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S級魔王様はマイホームをお作りあそばされます

 今日は月に一度、魔王バンドールが領地を視察してまわる日であった。


 いつものように転移ゲートから出現すると、そこから見晴らすドトール界の大地は、魔力を帯びたクリスタルの幽玄な光に彩られ、闇の中にひしめく怪物たちの姿をほのかに浮かび上がらせていた。


 魔王がそちらを一瞥しただけで、闇の中に雨季のカエルの鳴き声のような凄まじい歓声があがる。


(なるほど……これだけの人員が同時に動くのならば、軍事訓練にもなりそうであるな)


 以前、どうしてこのような事をしなければならないのかと、軍師カルツァーデネフに尋ねたことがある。

 彼女は「魔王様への忠誠心をあおり、魔族の団結力を高めるためです」と言った。


 魔王には、彼らが大事にしているその忠誠心や団結力といったものがいまいちよく分からなかった。


 しかし、いざ戦争になったときに、領地を視察してまわっていた経験があるのとないのとでは、領民の動きが目に見えて違っていたのは確かな事実である。


 要するに軍事訓練の一環なのだと、魔王は解釈していた。

 合同で動く訓練になっているのだと。


 魔王城のひとつ、鳥籠城ヴァルハードに訪れた魔王は、城内をゆっくりと視察してまわっていた。


 この鳥籠城は、昔からずっとドトール界の中心にあったのではない、魔王が城ごと異世界から呼び寄せたものだ。


 吸血鬼メイドのダルシュはそのとき、この城の前の持ち主であったダリオ伯に仕えていた。

 飛び抜けた美しさを持っているわけではないが、魔王が主人を殺しても眉1つ動かさなかった、その涼やかな表情が気に入った。


 傍に置いておいても、煩わしくない。

 戦闘力も他の種族に引けを取らないため、魔王は常に傍に仕えさせていた。


「ダルシュ」


「こちらにございます」


 鳥籠城の視察に訪れた魔王バンドールは、なにやら調理場の真ん中に立って、調理道具を眺め渡していた。

 ダルシュは今の魔王に仕えるようになってまだ日は浅いが、この城のことは隅々まで知り尽くしている。


「ちょっと使ってみてくれ」


「はい、かしこまりました」


 ダルシュは即答したものの、内心では少しばかり緊張していた。

 主と共にドトール界に召喚されて数年、この男ほど、不気味な者に出会ったことはいままで一度もない。


 ドトール界を征服したのみならず、異世界のダリオ伯から魔法を奪い、さらに『千夜一夜デイ・クリエタール』によって、新たなる異世界を生み出す力を手に入れ、神と同等の存在にまで登り詰めた、謎の魔法使い。


 次に魔王バンドールがいったい何を企んでいるのか、いったい何を目的としてここまでの偉業を成し遂げたのか、それは誰にも分からなかった。


 この男の傍にいれば安心という訳ではない、むしろその逆である。

 これまで何人もの刺客が送り込まれてきて、ダルシュは自らの手で返り討ちにしてきた。


 魔王バンドールも『千里眼』で様子を見ているのだろうが、さも当然の事のように平然としているので、ダルシュも特になにも報告しなかった。


 ダルシュは、この世界のモンスターの血がコーヒー色をしているのが気に入った。

 そして魔王の血が何色なのか、いまはそればかりが気になっている。


 調理台は、同時に数百人分の料理を作ることができる、大型のものである。

 カジキマグロのような巨大な冷凍肉や、丸太のような野菜をチェーンで引っ張って調理台に乗せ、それらを切り刻むところからはじめる。


 コンロの火を入れ、直径7メートルの大釜でぐつぐつと煮込んでいると、魔王がダルシュをじっと見ているのに気づいた。


(……いったい何を考えているの)


 ダルシュにはなにも思い当たらなかったが、周囲の家臣たちがなにやらひそひそと囁きあうのが耳に聞こえてきた。


「ひょっとして、あのメイドに気があるのでは?」


「お手付きになられるということですかな」


 それを聞いた途端、ダルシュは手がぶるぶる震え、かっと顔が熱くなるのを感じた。

 男の血を吸ったこともない生娘だったが、お手付きになるというのがどういうことを意味するか知らないほど初心うぶではない。


 高貴な主人に仕えるメイドは、それなりの教養をつまされるものだ。

 吸血鬼の一族はそれを「ガレットの契りを結ぶ」と呼び、獣人族はあけすけに「◯◯◯する」と呼び、機械族ですら「量産体制に入る」と呼ぶ。

 これらの言葉にもし触れる機会があったとき、知っていなかったではすまされないのである。


 魔王バンドールがどのような下種だろうと驚くまいと思っていたし、実際は思った以上にまともな男で拍子抜けしたのだが、まがりなりにも自分は魔王に敗北を喫した貴族の娘である。

 この先、まともな人生を歩むことはできないだろうと覚悟していた。


 だが、この男が内心でそのようなことを考えていようとは思いもよらなかった。

 ダルシュは内心にすさまじい動揺の嵐が吹き荒れていた。


 釜をかき混ぜる手を休めて、一度手のひらを拭いたい。

 だが、魔王バンドールが自分の一挙手一投足に視線を注いでいて、動きを止めることができなかった。


 じっと自分を見つめている、と思った魔王は、なにか違和感を覚えたようすで、調理中の大釜を見つめていた。


「量が多すぎないか」


「恐れながら、これが普段の量でございます、魔王殿下。これは、数百人の料理を同時に作るためのものでして……」


「我の食事も同時に作っているのか」


「魔王様のお口に入るものは、別室で厳重な警戒の元、作っております。20名の毒見役が少しずつ食べるために、20倍の量を作っておりますので、さほど量は変わらないかと」


「つまり……1人や2人のぶんを調理するための調理器具は、この城にはないということか?」


「左様でございます」


 魔王は、なにやら当てが外れたといった様子で、むーん、と唸っていた。

 ダルシュは首をかしげた。

 その理由を知る者は、その場にはいないのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇◆◇


「『箱庭』よ、開け、主の帰還である」


 魔王の生み出したオリジナルの異世界、『箱庭』へと続く扉を開くと、生物の一匹もいない異世界が現れた。


 そこにあるのは、ゴーレムたちに自動管理されている薬草畑、そして金属資源の豊富な鉱山、そして山裾に工場がひっそりとあるばかりである。


「そろそろ、家を作らねばならん」


 そう思い立って、丘の上に2階建てのマイホームを建築していた。

 万能の魔法使いである彼にとって、家を生み出すことなど造作もない。

 ただ石の形をイメージの通りに変えてゆけばよいのだ。


 だが、彼にはどうしても分からないものがあった。

 それが炊事場の調理器具である。


 魔王バンドールの人間時代は、炊事場といえば女の聖域であり、男は足を踏み入れることすら許されなかった。


 アステラと2人暮らしをするのだから、数百人もの食事を作る必要がないことだけは確かだ。

 そして女神に使わせるものは、当然、最高品質のものでなくてはならない。


 さらに手に取って鑑定魔法を使うなり、使い心地を確認するなりしたものでないと、魔王様は安心できなかった。


『千里眼』で街を眺めてみると、小型の調理器具は、魔族の市井ではごく普通に使われているのだが……。


 いかんせん、魔王様がそんなものを買い求めた事が知れると、たちまち大騒ぎになってしまうので、うかつなことはできない。


「……仕方ない、あそこで買うしかあるまいな」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇◆◇


 こんなとき、魔王がいつも利用しているのが辺境の阿臥王国であった。

 いつものように旅人のふりをして、お忍びでモッチの店へと向かうと、モッチは呆れたように言った。


「そんなもの、ありませんよぉ?」


「ない?」


 そういえば阿臥王国は、魔王がダンジョンの核を縮小したお陰で、100年前から魔石がほとんど採れなくなっていたのだった。


 だが、この土地が平穏でいられるのも、そのお陰なのである。

 その時代、魔石がたくさん採れて、道具が生産されているような土地は、すでに魔族やモンスターが支配している一等地になっていたのだ。


 ふむ、と魔王は一計を案じた。


「仕方ない……試しに作ってみるしかないか。ちょっと鍋と羊皮紙を借りるぞ」


「なにをなさるんです?」


 鍋と羊皮紙を借りて、魔王はその場で羊皮紙にペンを走らせた。

 モッチには呪文としか思えないような文言と記号をすらすらと書きしたため、鍋の底にば粘土を張り付け、ルビーのような赤い宝石を等間隔にはめ込んでいく。


 ぽつねんとしているモッチの前で、水をはった鍋を羊皮紙において、しばらく待つ。


 魔法学園の理科の実験で、やけに珍しそうに実験を観察していた同級生のことを思い出した。


 こういう簡単なおもちゃのようなものなら、地方の名家の生まれであったバンドールは幼少の頃から見慣れていたものだったので、彼の目にはかなり新鮮にうつったものだった。


 やがて鍋がぐらぐらと沸騰しはじめると、モッチは大仰に驚いた。


「うわー! うわー! すごい! 本当に魔法道具ですよ!」


「試験的なものだ、すぐに壊れる。素材も羊皮紙と粘土だからな」


「でも、すごいです、バンドーさん! こんなものを作られるなんて! 魔法使いみたいですよぉ!」


「このくらい、誰にでも作られるものだ」


 あらゆる魔法を極めた魔王バンドールからしてみれば、魔法道具はきわめて単純な仕組みのオモチャでしかなかった。


 動力源となる魔石と、魔法を発動する魔法陣さえあれば、あとはそれを接触させたり離したりする工夫があるだけである。


 魔王は、モッチに鍋の裏を見せてやった。


「鍋の底に、火の魔力を持つ石が等間隔にならべられている。これを羊皮紙に書かれた火の魔法陣の上に置いてやると、石のどれかが反応して火の魔法が発動する」


「火を消したい時はどうするんですか?」


「魔法陣の回路を切って、一部切り離せるようにしておいた。好きな時に回路を繋げられる。ついでに魔法強化の呪文も同様につけたり消したりできる。これで火力を調節できる」


「こんな簡単にできてるんですね……呪文のほうはチンプンカンプンですが……」


「昔の魔法使いは、魔法の使えない奴隷に魔法陣と魔石だけ渡して魔法道具を作らせていた。魔法道具の職人ギルドは、もともと魔法使いの奴隷上がりで、いまも魔法使いギルドとは似たような関係だ」


「へぇー!」


 即席コンロの使い方をレクチャーされたモッチは、しばらく感心しきりの様子で、ぐつぐつ煮える鍋を見つめたり、火を消したりつけたりしていた。


「……これだったら、私にもできそうですね?」


「ん? ……そうであるな」


 魔法道具のような便利な器具がない状態では、この先この国は立ちゆかなくなるだろう。

 ダンジョンは攻略したものの、魔族との取引には、いまだに重税が課せられていているのである。これでは魔石の輸入すらできまい。


 阿臥王国に魔石がないのならば、仕方ない。

 そこで魔王様は、一計を案じられたのであった。


(……仕方ない、魔石も作ってやろうか)

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