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S級魔王様はちょっと本気で薬草をお売りあそばされます

 本気で薬草をお売りあそばされる事にお決めなさった魔王様は、『箱庭』にお戻りあそばされ、さっそく薬草畑の改革にお乗り出しあそばされた。


 魔王軍の手は決してお借りあそばされることのできない趣味であるが、S級魔王様ともなれば、人手はみずからお作りあそばされる。


「動け、そして聞け」


 24属性のひとつ、傀儡王ドルラージャの魔法により、地面の土石を人形の形に生まれ変わらせ、呪文と共にそれらの皮膚の内側に魔力回路を形成あそばされる。


 ごごご、と自動的に動き出した石人形たちに、魔王バンドール様は、よし、とお頷きあそばされた。


「今から、この土地を薬草畑にする。お前達は土地を耕せ」


 ごごご、とうなずいたゴーレムたちは、さっそく作業に取りかかった。


 ゴーレム。いつでも好きなタイミングで土塊に戻せる、魔王バンドール様がもっとも信頼あそばされる配下である。


 具体的な計画は、すでに思念によって魔王様と共有している。この命令は、いわば始動の合図のようなものであった。


 ゴーレム達は頑丈な手足で岩や土を掘り起こし、薬草畑となる耕作地をちまちまと広げていく。


「資源が土石だけでは心許ない……鉄がいるな」


 その間に、魔王様は『千夜一夜デイ・クリエタール』によってこの世界をご改変あそばされた。


「山よ、あれ」


 地面の一ヵ所を隆起あそばされ、山をお築きあそばされる。

 そこに金、銅、鉄、魔結晶などの鉱脈をお生み出しあそばされ、鉱山へと生まれ変わらせあそばされる。


「動け、そして聞け」


 またしても傀儡王ドルラージャの魔法により、新たに採掘用ゴーレムをお生み出しあそばされ、それらから鉱物を採掘させあそばされる。


「川よ、あれ。工場よ、あれ。動け、そして聞け」


 また、山を流れる清水の川をおつくりあそばされ、その水を利用して、金属を製錬する工場をお作りあそばされた。

 工場を稼働させるゴーレムもお作りあそばされ、農具やツルハシのような単純な工具を生み出しあそばされた。


「研究所よ、あれ」


 また、工場の隣に研究所をお作りになり、より低コストで優れた農具を生み出すよう、ゴーレムたちの知能を適時アップグレードしていく仕組みを作る。


 これによって、ゴーレムたちの作業効率とポテンシャルを数倍にお高めあそばされた。


 なにもなかった『箱庭』が、時間と共に開拓されてゆき、徐々に広大な魔王様の薬草畑が生まれて行く。


 また、すべてのゴーレム達のメンテナンスを定期的に行う全自動ゴーレム基地をお作りあそばされた。


 すべての施設の管理は、特別に四天王のA45の人工知能をコピーして作ったゴーレム・キングに任せ、その日起こった事をタブレットに報告させあそばされた。


「経過報告デス、現在の薬草収穫率、50株毎時、総収穫量、702株」


「よし」


 すべてが自動化されたのをご確認あそばされて、魔王様はよし、とお頷きあそばされた。


 魔王様が『門』をお開きあそばされなければ、報告はご確認あそばされない。

 けれども、薬草を食べにくる生物もいない現状の『箱庭』に限って、さほど突発的な問題は起こりにくいはずであった。


 1時間ほどで、『箱庭』の広大な大地に薬草の巨大プランテーションをご建設あそばされ終えられた魔王バンドールは、そのまま世界をご放置あそばされた。


 あとは数日もすれば、売るのに必要な薬草は自動的に集まってくる計算である。


 その間に、魔王バンドール様は薬草の販売先をご確保あそばされる行動にお出にあそばされた。




 アロン王国の例の店からモッチをお呼びあそばされると、寂れた雑貨屋の娘にふさわしくない高価なドレスをお着させあそばされ、商人ギルドへとお連れあそばされた。


 長いスカートに足をもつれさせながら、モッチ嬢は必死に魔王についていった。


「ば、バンドーさん、あの、どうしてこんな格好をさせるんです?」


「下手な格好をしていたら、足下を見られるからだ。いいな、作法などそれっぽく振る舞っていればいい、どうせ奴らは魔族の貴族など直接は知るまい」


「私だって知りませんよぅ?」


「とにかく、お前は大富豪ノベッセ家の娘だ。もう一度復唱するか?」


「じ、自信がないわけじゃありませんけど、お、お願いします」


「お前は商才はあると自負している娘だ。だが父が商人のまねごとをするなと言って許してくれず、売る予定で集めていた大量の薬草を持て余している。魔族の大半は、ノベッセ家に圧力をかけられていて、お前の味方になってくれない、魔族の店では、どこも買い取ってくれずに困っているのだ」


「だから、こっそり辺境に売りに来たんですね? なるほどぉ、バンドーさんの事がちょっと分かった気がしますよ!」


「一体なんのことだ、ノベッセ家は今作った話だぞ」


「ふぇッ!? バンドーさんの事じゃなかったんですか!?」


「そんなわけがあるか。商人の連中もそんな貴族がいないと知ったところで、それ以上の事は追求してこないだろう。この商品が訳ありなのは、契約を結ぶ時点でわかりきっていることだからな。とにかく、お前には強力な後ろ盾がいるのだ、堂々としていればいい」


 多少は噂が立つかもしれないが、どうせ辺境のことである。

 本当ならば輸送コストの方が高くつくので、中央の魔族たちは歯牙にもかけないだろう。


 金銀の装飾がほどこされた商人ギルドの中でも、キラキラ輝く宝石をちりばめたモッチのスパンコール・ドレスは、かなり目立っていた。


 実はこれ一着で、このギルドの年間の売り上げに匹敵するドレスだったのだが、魔王様も城にあったのを適当にご利用あそばされただけなので、その場にいる誰もその事実を知らなかった。


 商人ギルドのギルドマスターが応対したのだが、魔族の貴族が相手とあって、彼女以上にガチガチに固まっていた。

 室内にはサムライ姿の用心棒がひかえていたが、窓の外を食い入るように見つめて、必死に何か仕事をしている風を装っていた。


 きっとモッチがギルドマスターの首を絞めていても、「気が付かなかった、遊んでいるだけだと思った」と言って、責任逃れをするつもりだ。


「や、や、薬草を……ひゃ、150万トンで、ご、ございますね?」


「はい! ちょっと量が多いようでしたら、分割でもいいので買ってくださいます?」


 いつもみんなを和ませるモッチの溌溂とした大きな声は、この時は周囲の人間をびくつかせる大声でしかなかった。


 ちなみに、モッチはトンという単位を知らない。

 バンドールも「両手に抱えても余るぐらい沢山だ」とだけ教えておいた。ウソは言っていない。


 聞き間違いではないと分かって、商人の固まっていた指先がわきわきと動き始めた。


「そ、それは、その、身に余る光栄と存じますが、その、どうして、私どものような、辺境の木っ端商人などに、お声をいただけたのでしょうか?」


「この辺りに、最近になって強いモンスターが出始めたそうではありませんか?」


「た、確かに……そう聞いております。国境の辺りなどは、特にそうだと、警戒を強めているようですが……」


 魔王様は、あくびをお噛み殺しあそばされて会話をお聞きあそばされていた。

 どうやら、その原因が四天王の画策したダンジョンの核の活発化にあることには、まだ気づいていない様子だ。


 その手の時事にいちばん耳賢くなくてはいけない商人たちがこのありさまでは、カルツァーデネフの策は予想以上にこの国に大きな被害をもたらすかもしれない。


 モッチは、すかさずずいっと身を乗り出した。


「ギルドマスターさん、これはチャンスですよ!」


「ちゃ、チャンス?」


「そう、最近発見された、強いモンスターの中の1種、アロマオイリー・スライムというのを聞いたことはございませんか?」


「聞いたことがあります。たしか、その液が薬草のかわりに回復薬として使える、とか……」


「回復薬にするなんてもったいない! このスライムは厳選された薬草類しか食べませんから、高級なアロマエッセンスの素材になるんですよ! そのスライム液は、魔族の貴族の間で若返りの秘薬として、とても高値で取り引きされているんです!」


「ほほぅ?」


 商人の目が、キラリ、と光った。

 モンスターが出現して100年、アロン王国では、モンスターから得られる素材を活用した商品は、あまり発達していなかった。


 職人もその加工技術を持ち合わせておらず、素材の活用など、せいぜいが牙や爪をアクセサリーにする程度である。

 それらが実は、ちょっと工夫すれば魔族に対して高値で売れるものである、と聞けば、そこに利を見いださない商人などいない。


「そ、それで? それで?」


「そう、それで、このアロン王国の冒険者がご活躍なさって、スライム液がこの町の市場にたくさん出回るようになれば、私は中央の魔族を相手にするよりも、もっと安値で手に入れることができるようになるでしょう?」


「確かに、その契約に成功すれば、お父上もお嬢様の商才を認めざるを得ないでしょうな」


「お父上って? ……そう! そうでした! さすがギルドマスターさん、話がわかりますねー!」


 うっかり素が出てしまいそうになったモッチだったが、なんとか設定を思い出すぐらいには賢い子だった。危ない、危ない。


「なるほど、では年間150万トンでしたかな……いやー、しかし、アロマオイリー・スライムの討伐だけでは、さすがに年間150万トンもの薬草は消費されないでしょう?」


「そうなんです?」


「スライム自体は、そんなに危険なモンスターではありませんからね。もっとこう、何種類かの美味しいモンスターの討伐クエストがあれば、私どもも喜んで取り引きさせていただきたいんですけどねぇ、ちらっ、ちらっ」


 ここにきて、ギルドマスターはふっかけてきた。

 どうやら、もっと有益な取り引きのネタがあるのなら、今のうちに手をつけておきたい、という魂胆だ。


 こちらは利益など度外視なので、これは喜ばしい傾向である。

 あと一押しだ、と踏んだモッチは、ふんぞり返って腕組みをした。


「そうそう、そう言えば、ジュエル・ビートルの宝石蜜が取れるようになると聞いていますわ」


「ほ、宝石蜜ですとぉぉ!?」


 商人は、驚きのあまり椅子から飛び上がっていた。


「そう。あと、デッド・クロウラーの黒鉄の爪なんかも凄い名刀の素材になって……」


「なに、デッド・クロウラーがアロン王国に出たというのか!? 本当か!?」


 それまで黙っていた用心棒までもが、目を光らせて話題に食いついてきた。


 どうやらあまりの有名どころになると、人間にも知られているような伝説級の素材があったらしい。


「宝石蜜……世界の王族が欲していたという、あの秘薬を落とすモンスターが、この辺境に出現したなんて……! 聞いていませんぞ!?」


「え!?」


「伝説の剣豪が持っていたという名刀『謀殺ダマクラカス』の素材……! 本当にそんなものが手に入るのか!?」


「え!? え!?」


 モッチは、慌ててぱたぱた両手をばたつかせた。

 実は、これらのモンスターはあくまでこれから出現すると予測されているものものであった。

 人間にはまだ目撃もされていなかったのである。


(ば、バンドーさん……ッ! 聞いてませんよー!?)


 なぜ、こんな反応が返ってきたのか、ひょっとしてバンドーさんに担がれているのではないか、と思わないでもなかったが、ここまで来て後には引き返せない。

 モッチは、犬の耳をぷるぷる震わせながら、ひきつった笑顔で精一杯胸を張った。


「わ、私の商人の勘です! 信じてくださいませっ!」


 どーん。と言い張ると、熱意でなんとか彼らの信頼を勝ち得たのだった。


 こうして、モッチと商人ギルドの契約は、その日のうちに締結された。




 いつもモッチのクエストが張り出される冒険者ギルドの掲示板には、薬草採集以外にも、多種多様な素材の採集クエストが出されるようになった。


 それに伴って、日々討伐されるモンスターの数も増えてゆき、フィールド上にはびこっていたモンスターも徐々にその数を減らしていった。


 回復薬は冒険者たちを中心に一気に需要が高まり、その影響は隣国へも及んだ。


 本来、アロン王国のような小国ではこの回復薬の需要に対処できなくなり、回復薬の提供を他の大国に依存してしまい、代わりに利益を分割させられるなど、せっかくの利益をみすみす横取りされてしまうのが常であった。


 だが、目ざとい商人ギルドが、事前に大量の薬草をモッチから買い付ける契約を結んでいたため、逆に他国に売りにだすまであった。


 市場に素早く回復薬が供給されることで、アロン王国は一気に潤い、高級モンスター狩りが冒険者の生業として成立するまでに至ったのである。


 街は増えてきたモンスターによって逆に栄え、往来を行き交う冒険者の顔にも活気と自信が満ち溢れるようになった。


 アロン王国では冒険者であることが一種のステイタスとなり、彼らはそれまでの牙や爪の原始的なアクセサリーを捨て、オーダーメイドの強力な武具を競って身に着けるようになった。


 さらに高級モンスター狩りブームは過熱し、東西南北ダンジョンの周りを囲って、『迷宮都市ラビリンス・サイド』なるものまで築かれる始末。


 フィールドでは、逆にモンスターたちの方が人間を恐れるようになった。


 ダンジョンのどこかに抜け穴があるのか、フィールドに出現するモンスターがいなくなる訳ではなかったが、それでも、凶悪なモンスターに襲われる事件の数はぐっと減り、月に一件も報告されないといったことも珍しくなくなった。


 発展してゆく王都をお見守りあそばされながら、魔王様は、よし、とお頷きあそばされた。


 このまま思い出の薬草畑が、モンスターの出現域から除外されればいい。


 そうご期待あそばされておいでの魔王バンドール様だったが、その期待は次の閣議で、無残にもお打ち砕かれあそばされた。


 定例魔王閣議。

 えぐえぐ泣き声になったビビルが、このことを問題として取り上げていた。

 頭の上のイチゴも心なしかしおれていた。


「どんなにモンスターを強くしても、『迷宮都市』がその素材を使った対策アイテムを作っちゃって、それがあっという間に王都に出回っちゃうから、なんかもう、手がつけられないんですけどぉ~。このままじゃ、ダンジョンが攻略されちゃうよぉ~」


 ぴえぇ~、と弱音を吐くビビル。

 誰もが青ざめて、魔王バンドールの顔色をうかがっていた。

 魔王バンドール様は、苛立たしそうに押し黙りあそばされており、魔王様のストレスが黒い雲となって魔王城の上空2000メートルで渦をまき、その影響で突然変異したバッタが大群をなして周辺諸国の農作物を食い荒らし、魔王領の各地で飢饉を巻き起こしていた。


 魔王様の怒りは天変地異、いったいどこに神罰が飛んでいってもおかしくない。

 そこで軍師カルツァーデネフは魔王様の怒りをしずめるため、きりっと目を光らせて、おもむろに席から立ち上がった。


「……ご安心ください、魔王様! こんな事があろうかと、この私がアロン王国にスパイを潜入させておきましたので! スパイの報告によりますと、薬草をアロン王国に大量に供給し続ける魔族の『裏切り者』がいるようなのです!」


(……イラッ)


 魔王バンドール様は、目をお伏せあそばされた。

 ……すでに知っておるわ!

 ……お前の仕業だったか!


 魔王様は、『千里眼』でスパイがいる事まではわかりあそばされていたのだが、完全に事後報告であった。


「その『裏切り者』と取り引きをしていた商人は、相手の素性を明かすような真似はしませんでしたが、いずれ……い、いえ、まもなくその正体を突き止めてみせます!」


 長年連れ添って、魔王の怒りに慣れている獣王ベレルリィッヒは、面倒くさそうに肩をすくめた。


「おいおい、カルツァーデネフ。あんまりよその担当地区のことに首を突っ込むなよ? 公の場では冷たいお前が、実は裏ではビビルの事をいろいろ世話焼いているツンデレお姉ちゃんだってバレちまうぜ?」


「今のは不適切な発言です。撤回を要求します」


「じゃあなにか、その『裏切り者』の正体が判明したとして、いったい誰が片付けるんだ? 俺様の部下を貸すのはごめんだぜ」


「私モ、協力は致しかねマス」


「だよな、人間ごときを相手に商売したから、大魔族が動いたなんて、恥もいいところだ」


 傍聴席の大魔族も、みな同じ意見のようだった。

 魔王が天変地異を起こそうというこの非常時に、まったく動こうとしない彼らを、軍師はメガネ越しの目できっと睨みつけた。


「ご心配なく、私がなんとかいたします。……アロン王国に政治的圧力をかけ、国内で魔族の販売するあらゆるものに重税をかけさせ、『裏切り者』の動きを封じるのです……王国は、自らの手で成長の芽を潰すこととなるでしょう!」




 この軍師カルツァーデネフの策は、見事にはまった。

 商人ギルドがモッチからの薬草の買い取りをストップしたのだ。


 2ヶ月ごとに更新される薬草150万トンの買い取り契約は、3回目の契約で打ち切りとなった。


 さらに、ダンジョンの核は魔王国でも有数の名ダンジョンである極北の大迷宮から採集されたS級魔結晶『コキュートス』へとすげ替えられ、設置された途端、東西南北ダンジョンは全盛期の頃を遥かに超える圧倒的な魔力素を吹き出しはじめた。


 フィールドに出現するモンスターたちが奇妙な突然変異を起こし、その数も戦闘能力も従来とは比較にならない高レベルになり、ただの薬草採集のクエストでさえAランクの上級者が軍団で出張らなくてはならない高難易度という有様。


 そしてついに、深刻な薬草不足が訪れた。


 今までは、一番人数の多い底辺の駆け出し冒険者が薬草採集クエストをこなすことによって、市場の回復薬の量は安定していた。


 だが、ほんの数十名しかいないAランクのみが採集してくる程度の供給量では、完全に需要に追いつかなくなってしまった。


 回復薬の値段が急激に高騰しはじめ、B、C、Dランクの冒険者の収入では、毎日の回復薬を手に入れることも事欠くようになり、回復薬なしの危険をおかしてまでクエストに挑まなければ、利益が得られないこともしばしばとなった。


 冒険者ギルドは、大金を投資して国外から薬草を購入するなど、様々な対策をとったものの、この薬草不足は一向に改善されなかった。


 未解決クエストが山積みとなってゆき、ついには冒険者ギルドは信用を失って依頼がぱったりと来なくなり、いままで冒険者を中心に栄えていたアロン王国は、目に見えて衰退していった。


 次に魔王バンドール様がアロン王国に訪れあそばされると、王都はまるでスラム街のようになっていた。


 町全体にもやがかかったような薄暗い瘴気が立ち込め、不穏な空気や肌をぴりぴり刺す視線が街路のそこかしこから向けられる。

 仕事を失った下級冒険者達が道ばたに座り込み、上級冒険者は『迷宮都市』に出稼ぎにいって、街から姿を消してしまっていた。


「誰かーッ! 泥棒よ! 誰か、助けてーッ!」


 助けを求める声が響くが、冒険者達は誰も顔をあげようとしない。

 彼らはもはや、冒険者としての誇りさえ失っていたのだ。


 酸鼻を極める王都の荒廃ぶりに眉をひそめながら、魔王バンドール様は町中をお歩きあそばされた。


 モッチの店の扉をお叩きあそばされると、返事がない。

 恐る恐る、と言った感じで扉を開けたモッチが、バンドール様の顔を見たとたん、ほっと安堵の笑みを浮かべた。


「バンドーさん!」


「薬草が売れなくなったと聞いたが、大事はないか?」


「へへ、バンドーさんの顔をみたら、なんだかよくなりましたよ!」


 モッチは、ふるふる、と尻尾を振っていた。

 もっと怖い思いをしてきたはずだったが、モッチは相変わらずの笑顔だった。


「すみません、もう商人ギルドの人たちとは取り引きができなくなって。……それよりも! お願いです、私に薬草を売ってください!」


 ちょーだい、と両手を差し出した。

 いくら高額でも買い取る、と言い張るモッチに、魔王バンドール様は、眉をおしかめあそばされた。


「いったい何があった?」


「勇者が、困ってるんです。いくら仕事をしても、回復薬が高くなったせいで収入がほとんどなくなってしまって……だから、また昔みたいに、私が勇者の回復薬を作ってあげようと思うんです!」


 魔王様はため息をおつきあそばされた。

 やる気とガッツはあるが、モッチは決して先見の明がある娘ではないのだ。


 そんなその場しのぎをしただけで、どうにかなるような状況ではない。

 この悪循環をどうにかして断ち切り、思い出の薬草畑をモンスターから取り返す方法はないか。

 今日はそうお考えあそばされて、王都に足をお運びあそばされたのだ。


「今日は、薬草を売りに来たのではない。最近、街道に出現するようになったモンスターについてだが、その原因について、お前はどのくらい知っている?」


 ふるふるふる、と首を振るモッチ。

 どうやら、モッチの耳には届いていなかったらしい。

 犬の耳をしていても、良いのはさわり心地だけだ。


「よし、その原因はダンジョンの核が魔界でも有数の大迷宮の核『コキュートス』へとすげ替えられたことだと考えられる。お前の知り合いに、腕の立つ冒険者はいるな?」


「プレミールがAランクですけど」


「そいつでいい、いまから東西南北ダンジョンの最奥に行って、『コキュートス』を破壊してもらう」


「ふええっ!?」


「どうした? Aランクならお使いにいくようなものだろう」


「えっ、けど、ええええ!?」


 魔王様が自らお動きあそばされれば、3分で破壊あそばされるだろうが、そうなれば魔王軍でも騒ぎになるのは間違いなかった。

 ここは腕の立つ冒険者を利用して、人間たちに自らの手で問題を解決させなければならない。

 魔王様はそうお考えあそばされたのである。


「とにかく、核さえ破壊すればモンスターはもとの弱さに戻る。この王国に出現するモンスターは、お前たちに一匹残らず駆逐してもらわなければならんのだ……」


 戸惑うモッチをご説得あそばされていると。

 そのとき、雑貨屋のドアが乱暴に開かれる音がした。


「おい、モッチ! いるんだろ、出てこい!」


 何者かが壁にもたれかかっている。

 それは昼間っから酒瓶を片手に持った、勇者プレミールだった。

 お酒のせいで真っ赤になって、流し目が妖艶になっていた。


「プレミール……きゃんッ!」


 モッチが慌てて出て行くと、勇者プレミールは軽くおっぱいに触れながら壁にどんっと手をついた。


「なあ、モッチ、回復薬くれよ。薬草採取のクエストを受けてやるからさ」


「ご、ごめん、プレミール、今はもう回復薬がないの……けど、もうすぐ! 本当にもうすぐ、新しいのを作ってあげられるから!」


「はん、なんだねぇのかよ……じゃああるだけ金をもらっていくぜ」


 勇者プレミールは、軽くモッチのおっぱいに触れながら背を向けると、ずかずかとカウンターの奥まで入り込んでいった。


 どかどかと乱雑に物を投げ捨てながら棚を開けてゆき、大事にしまってあった金貨袋を拾い上げ、数秒で数え終わるぐらいのなけなしの金を握りしめると、袋を床に投げ捨てた。


「ちっ、宿代にもならねぇな……次はもっと稼いでおけよ! このあばずれが!」


 ポケットに金貨を突っ込んで、あっさりと去ってゆく勇者プレミール。

 まるで悪い男の見本であった。

 その背中に向かって、モッチは懸命に呼びかけた。


「お願い、勇者プレミール! 回復薬を作って待っているから、また来て!」


「うるせぇ! そんなもの、信用できるかよ!」


 モッチのおっぱいをむにょん、と掴みながら突き飛ばし、勇者プレミールは吐き捨てた。

 おっぱいに触りすぎである。


 いつも通り、気配をお消しあそばされてお立ちあそばされておいでであった魔王バンドール様は、その様子を目の当たりにして、お考えをお改めあそばされた。


(いや……たとえモンスターを駆逐したとしても、こんながらの悪い冒険者たちが薬草畑に近づく危険性があれば、同じではないのか?)


 勇者の荒れ方は極端だったが、街でごらんあそばされた他の冒険者達も散々だった。


 薬草畑に出たアステラが、ついでだから街の方も見てみたいと、言い始めないとも限らない。

 ならば、街の状態から改善してゆく必要があるのではないか。


 嗚咽の漏れる声がお聞こえあそばされてお隣をごらんあそばされると、モッチは、ぎゅっとエプロンを握りしめて堪えていた。


「お願いします、バンドーさん、あの子は、薬草がないと、ダメなんです……お金、ありませんけど……薬草を、ください。なんでも、なんでもします、お願いです……」


 モッチも、彼女なりにギリギリの所にいるようだった。

 垂れ耳がますますぺたん、と垂れ下がって、顔まで隠してしまいそうになっていた。

 だが、そんなことでお心をお動かされあそばされる魔王様ではあらせられない。


 少々路線変更せざるを得ない事はご理解あそばされたが、当初の目標にご変更はあらせられなかった。


「いや、お前たちに薬草は売らない」


 モッチは、目を大きく見開いて、捨てられた子犬のような顔をした。

 魔王様の足に縋り付いて、尻尾をばたばた振りながら泣いていた。


「おねがいじまずぅ~! ぞごをなんどがぁ~!」


「売らないと言っただろうが!」


 本来なら不敬罪で、尻尾を引っこ抜いているところである。

 だが、それはなさらない。

 今の彼は薬草売りであらせられるのだ。


 ただの薬草売りとして、この問題をご解決あそばなければ。

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