S級魔王様は魔王軍の閣議にご出席あそばされます
魔王バンドールが千年に1人の魔王、すなわちS級魔王として魔族を従えていることは、女神アステラには打ち明けられない秘密だった。
なぜなら、女神は極度の魔族嫌いだったからだ。
彼女の生み出したアステラ界にいるのは、彼女が厳選した120種のカワイイ種族のみである。
ふわふわ、もこもこ、手足が短く、目がぱっちりしていて、基本的に草食系だと魔王は分析している。
モンスターなどの魔族は、1匹たりともいない。
以前、「モンスターも、よく見ると可愛くないか?」ということを魔王が漏らすと、
「冗談でしょう?」
と、笑顔で言われて、異論をはさむ余地すら与えられなかった事がある。
一体、魔族がどこからやってきたのかは分からない。
100年前からドトール界に出現し始めた新たな種族、魔族は、微量な元素である魔力素を利用することで驚異的な能力を発揮し、人類社会を脅かす天敵として、凄まじい速度で世界中に拡散していった。
そしてバンドールは、世界のどこに出現するか分からない『扉』をいち早く発見するために、この魔族を利用できないかと考えた。
各地のボスモンスターを倒しては、配下として従え、『扉』を見張らせる。
大魔族を力で屈服させ、『扉』を見張らせる。
それを繰り返しているうちに、いつの間にか『扉』を見張るモンスターたちは魔王軍と呼ばれる巨大な軍団となり、バンドールは魔王様と呼ばれるようになっていた。
魔王になる過程で、更なる力を手に入れるために人間から魔族へと転生しており、当時は生えていなかった牡羊のような巨大な巻き角まで生えてきた。
そういえば、いつまでこの巻き角が「これか、これは我のファッションである」で通せるかも怪しいものである。
女神は「ヤギみたいで可愛い」と言って愛でてくれているので、魔王はそのままにしているが。
それもこれも、すべては、このプロポーズを成功させるための作戦であった。
『扉』を独り占めにし、女神アステラをゲットするために、彼は手段を選ばなかったのである。
魔王になったとは言え、なにか特別なことをしている訳ではない。
バンドールがこなしている仕事は、主に3つある。
魔族の各機関が山のように提出してくる活動計画に目を通し、それらに許可を出すこと。
ドラゴンや6大悪魔などの大魔族の諸侯と対談し、力関係を調整すること。
5日に1回の魔王軍の閣議に出席することである。
魔王バンドールはこれらを通じて、もっぱら魔族がなにか変な事をしでかさないか、監督する役割を担っていた。
たとえば誰かが「女神が卒業した魔法学園を侵略しようぜ!」というような事を計画し始めたら、「そういえば、そこの土地は前々から大悪魔がいつか自分のものにしたいと目をつけておったな」という事をぽつりともらす。
有能な部下達は、それだけで「魔王様はこの計画がお気に召さないのだ」、と理解して、いわゆる謎の圧力によって計画を中止に追い込んでくれるのである。
広大な魔族のネットワークと、それを統括する魔王という今の地位。
それらがあってこそ、世界のいつどこに『扉』が出現しようとも独り占めができる、安心感があった。
なので、容易に今の立場を捨てられる訳ではない。
魔王バンドールはプロポーズを成功させてからも、自分の仕事を打ち明けられない、というジレンマに頭を悩ませていた。
政務と恋に忙しいS級魔王様は、世界の支配など二の次であった。
それらは有能な部下たちに任せきりにていた。
だが、そのお陰で、彼のあずかり知らぬところで、少しずつ問題も生じ始めていたのである。
「えっと、最近、勇者プレミールなるものが幅をきかせ始めています」
耳慣れぬ報告に、魔王は眉をつりあげた。
勇者……
閣議の場からは、失笑が漏れていた。
「アロン王国……そんな辺境で勇者だと?」
アロン王国は、9割がたが魔族によって支配されたドトール界の、残された1割の世界にぽつんと残された人間の領域である。
じつは魔王がもっとも手厚く保護している女神の出身地であり、ここだけはマーラーの闇も及ばず、むしろマーラーはここから魔力素を吸い上げて他の土地の還元しているため、完全に魔力素の干からびた元のままの姿を保っていた。
そんな土地はダンジョンの核もかつての1000分の1に縮小しており、モンスターは弱小で統率も取れていない野生種ばかり、というのんびりとした場所である。
そんな土地のちっぽけな国が、魔族と敵対する勇者を擁している、というのである。
魔族にとっては今の今まで、彼らが魔族と敵対しているという認識すらなかった。
魔王軍にとっては、もはや怒りを通り越して、滑稽な話でしかなかった。
「は、はい、どういうわけか、あの土地の魔力素では栽培の難しい、フレイメルの神聖薬草を使った回復薬が出回っているらしく、勇者プレミールはそれを使って、中ボスモンスターを倒してまわっていると……」
資料には、その中ボスモンスターと思しき、武器を持ったゴブリンの画像がプリントされていた。
ウルフの背に乗っかったそれは、ウルフ・ライダーと呼ばれる蛮族である。
「中ボスモンスター(驚愕)」
「あっははははは! やめて、お腹いたい!」
「えっ、これが中ボスモンスターなの? ただの仲の良いウルフとゴブリンじゃないの?」
「笑わないでください、ウルフ・ライダーです!」
同じ魔王領でも、中央と辺境のモンスターは、山で出合ったスズムシとダンプカーぐらいの絶望的な戦力差があった。
モンスターをモンスターたらしめている魔力素とは、彼らにとって、それほど重要な要素なのだ。
「おい、外野ども、ぎゃーぎゃー騒いでんじゃねえぞ!」
もふもふしたオオカミの頭を持つ獣王ベレルリィッヒは、ざわついていた閣議を一瞬で静まらせた。
彼は、世界に名を轟かせる大モンスター、蛮竜、超巨獣、太陽鳥、地底大蛇、大海牛、天つ物、闇蛙、の7王の牙でつくった首飾りをいじりながら、長ったらしい閣議に機嫌を悪くした様子で、牙を剥いていた。
「おいビビル、その程度の問題、四天王ならば閣議に出す前に自力で解決すべきであろう? 俺様を笑わせに来たのか?」
「で、ですが、本当にこんな事ははじめてで、どうしたらいいのか……」
「自分の領地のゴタゴタだろうが! まったく、俺様の後任がこの度量とは、情けない……」
「あうぅ~……」
獣王ベレルリィッヒは、魔王の世界侵略の出発点となったアロン王国を中心とし、その周辺の荒くれモンスターたちを従えていた小魔族だったのだが、魔王軍の拠点が中央に移ってからは、王国の支配を後任のビビルに任せて世界各地を飛び回っていた。
四天王でも最年少の頼りない苺小鬼のビビルは、頭の上にぷるぷるの苺をのせた白髪の少年の姿をしていて、なんとも愛らしい魔族であった。
戦闘能力こそないが、魅了の魔法に優れており、その甘いイチゴのにおいを嗅がせるだけで、ドラゴンでさえ意のままに操ることができる。
理屈で従えることのできない蛮族や野生種を支配するとき、なかなかその能力は役に立った。
お陰で、政務には取り立てて興味のない各種族のモンスターたちが、ビビルの身体に何匹もまとわりついてきて、傍聴席はいつも満員で騒がしくなるのだった。
さらに、他の四天王なら魔王の耳に届く前に自分で解決してしまうような些細なことでも、彼はいちいち閣議で報告して指示を仰ぎにくる小心者だった。
そこがいい。
S級魔王様は、そこまで計算して彼をこの辺境の担当に任命したのである。
「ならば、王国の周辺にある東西南北ダンジョンの核を強化するのはいかがでしょうか?」
だが、ひとつだけ計算違いがあった。
それはノーライフキングの軍師カルツァーデネフが、自分に関係のないことなのにいちいちビビルに手を貸すのである。
黒髪に切れ長の鋭い目は、東方の民族の特徴で、感情をほとんど表に出すことはない。
1000年に1人の天才と謳われる魔王バンドールには及ばないが、不死の体を手に入れて数百年の生涯を魔法の研究にあてた、100年に1人の天才魔法使いであった。
いつも沈着冷静に情報分析をする、いわゆる仕事のデキる女という位置付けで、魔王も秘書官として重用していた。
彼女はタブレットを使ってざっと計算すると、出席者それぞれの手元にあるタブレットにデータを表示させた。
「『マーラー』による吸引を一時的に抑制し、ダンジョンの核を強化すれば、あの土地の魔力素を今の1000倍にまで到達させることができます。最低限モンスターが生育可能な環境が備われば、次にモンスターたちを進化させ、質と数を向上させてゆきます。そうすれば魔法文明の利器すら持たぬ人間ごとき、たちまち消滅してくれることでしょう」
「おいビビル、良かったな。あとでカルツァーデネフのお姉ちゃん大好きって言っとけ」
「うん、デネフ、大好きー!」
「私語は謹んでください(キリッ)」
一切の感情を排し、きりっと言い捨てる軍師に、傍聴席にいる魔族の女性陣は、憧れの眼差しを注いでいた。
「A45、お前はどうよ?」
「それデ、異論は、ありまセン」
最後の四天王の1人、歩く古木のような老人は、機械巨兵A45。
今はよぼよぼの老人の姿だが、歩くと周囲のすべての物を破壊し、生じたジャンクを体に吸い付けて無限に成長して行く、機械族の王だ。
その戦闘力は、獣王ベレルリィッヒをして「もう1度戦えって言われたら魔王軍を信じて俺は逃げる」と言わしめるほどであった。
「我々魔王軍ハ、実質的にこの世界を支配シている最大の軍デス。我々がむやみに動けバ、魔族全体にあたえるプレッシャーも非常に大きイ。特に支配して間もないドラゴン族ハ、ささいなきっかけで反乱を起こしかねまセン。くれぐれも、余計な行動は謹んでおきまショウ」
「A45、お前に言われなくとも、そんな辺境に構っていられるほど俺たちは暇じゃねぇよ? 自分の管理する土地の問題くらい、どうするかはビビルに任せとけ、もうこの話はやめにしようぜ」
「そうですね。それでは、次の議題に行きましょう。つい最近南方で目撃された、新種の魔族に関してですが、現在確認されている情報によりますと――」
そうして、閣議の議題はすみやかに次へと移った。
(……そいつはまずいな)
魔王バンドールは、軍師の示したデータをじっと見つめて、あとの問題は聞き流していた。
そこには、ダンジョンの核を強化した際に予想される、モンスターの出現範囲が記されている。
(魔法学園が範囲内か……)
いまよりもはるかに拡大すると予想されるモンスターの出現範囲には、彼の出身校である、王立魔法学園が含まれていたのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
こうして、すべての職務が終了したアフター5は、魔王の自由時間となる。
マーラーの生み出す闇に包まれた世界を、魔王城から見下ろすのも嫌いではない。
孤独を好む魔王にとって、闇は落ち着く色合いだ。
誰の目も届かない私邸にたどり着くと、魔王はさっそく『門』を生み出した。
「『箱庭』よ、開け。主の帰還である」
それは、『千夜一夜』の魔法によって生み出された、魔王のオリジナル魔法。
新世界へと繋がる、堅牢なる『門』を生み出す魔法である。
気が向いたときにふわりと誕生する、女神の愛らしい『扉』とは違って、いかにも質実剛健で機能的といったその『扉』は、左右にいかめしい2体のガーゴイルまで備えており、出現も消滅も魔王の意のままとなっている。
魔王はそれを通じて、自分の異世界へと飛んで行った。
その瞬間、ふわり、と草原の薫風が鼻孔をくすぐる。
豪華な『扉』とは対照的なほど、何もない、空っぽの世界であった。
温かい太陽の日差しが、彼の大きな角に降りかかっていた。
太陽と肥沃な土地以外、なにもない世界には、色とりどりの花が咲き乱れている。
ドトール界には、もうほとんど残されていない豊かな自然。
魔王が『箱庭』と呼ぶ、彼だけの小さな異世界だ。
まだ生息する種族も決めていないが、いずれはここに魔王のマイホームを建設し、女神アステラを迎え入れるつもりである。
そうして職務が終われば、毎日のように2人でイチャイチャするのだ。
そんな野望を胸に抱きながら、美しい花をつける薬草に、魔王はじょうろで水をやっていた。
以前、魔法を使って雨を降らせたのだが、力の加減がわからずに全滅させてしまったことがあり、以来、じょうろを使って慎重に水やりすることにしている。
魔王様は、命を奪うのが趣味の死神のような凶悪なお顔をなさっておいでだが、べつだんそういう嗜好をお持ちあそばれるお方ではないのであった。
(まさか、この薬草のせいでトラブルが起きるとは……)
魔王様は、頭をお抱えなさった。
そう、魔王様のお育てあそばされているこの薬草こそ、フレイメルの神聖薬草。
そしてこの薬草をアロン王国にお売り歩きあそばされていらっしゃったのは、ほかならぬ魔王様自身だったのだ。