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S級魔王様が戦場の奇跡を起こし遊ばされます

 魔王城の至る所に沸き立っている殺気を感じながら、魔王バンドールは阿臥王国を救う手立てが完全に失われてしまったことを痛感した。


 魔王が内政への介入に利用していたイリヒサ新国王は、王都が消失したのを目の当たりにしたきり、気を失ってしまっている。

 もし彼が目を覚ましたところで、軍の会議は『迷宮都市ラビリンス・サイド』の貴族層に制圧されているため、戦争を回避させることは不可能だろう。


 吸血鬼メイドを下がらせ、私室に戻ると、魔王は『扉』を開いた。


 王都の人々を見渡すと、まだ何も気づいていない様子で祭りに興じていた。

 ギルドマスターは顔を赤らめ、冒険者たちと肩を組んで歌を歌っている。

 ひととおりの顔触れはそろっているため、王城に呼ばれたのは勇者プレミールだけなのだろう。


 そんな騒ぎのなか、女神アステラが、モッチの犬耳をもふもふと撫でて遊んでいる。

 モッチが魔族の血を引いていても、犬耳や尻尾が生えている程度なら許容範囲のようだ。

 今後の参考にすべきだろう。


 犬耳を撫でられながら、モッチは、むむむ、と顔をしかめていた。

 どうやら柄にもなく、難しい事を考えているようだ。


「バンドーさん」


「発言を許可する」


「その、なんだか街の様子がおかしいんです。いつもと違う気がするんです。何が起こっているんでしょう?」


 魔王バンドールは、鷹揚にうなずいてみせた。

 ようやく、モッチも異変に気づいたらしい。


「ここは安全だ。何も心配することはない」


「プレミールも、王城から帰ってこないんですよ」


 女神アステラは、不安がっているモッチの犬耳を撫でながら、魔王バンドールに目配せをした。

 いつも輝いている彼女の目も、同じく不安に満ちていた。


 女神アステラは、魔王バンドールが戦争を回避するために王都をここに召喚したことを知っている。

 ならば、残された王城がいまどのような状況にあるか、想像するのはたやすいだろう。


 ドトール界で、まもなく王国と魔王軍の戦争が起ころうとしている。

 それは避けようのない現実だ。


 だが、勇者だけを生き延びさせることなら、可能かも知れない。


「モッチ、王城に使いにいってもらえまいか」


「王城に?」


「これを勇者に渡してきてくれ」


 魔王バンドールが差し出したのは、一本の剣だった。

 柄にミスリルの装飾がほどこされたその剣には、退魔の魔法がかけられている。


 それはかつて、魔王バンドールが獣王ベレルリィッヒを打ち破った剣だった。

 魔族の血を吸い取り、魔族に対して絶大な攻撃力を誇る。


 これを渡して、あとは、勇者の力量に任せるしかない。


 剣を受け取ったモッチは、ぐっと顎を引いて、決意をかためた。


「わかりました……必ず、渡してきます」


 魔王が生み出した『扉』を通って、モッチはドトール界に戻っていった。


 たかが剣一本で人間に退けられるほど、魔王軍は脆弱ではない。

 どう足掻いたところで、阿臥王国は滅びるだろう。


 魔王バンドールの守るべきものは、女神アステラとこの『箱庭』がすべてだ。

 ここの安全を全力で守るのが、魔王バンドールのすべきことだった。


「王城に用事があるの?」


「ああ、勇者に剣を渡してもらいにいった」


「勇者ね……懐かしいわ」


 ドトール界に魔族が現れたとき、同時に魔族と敵対する勇者と称される者も現れた。

 これまで女神と勇者の接点はないと思っていたのだが、過去に何かあったかのような口ぶりだった。


 それよりも、何かを懐かしむような女神の表情に、魔王バンドールははっとした。


「どうしたの? バンドール」


「いや、なんでもない。多少、席を外す」


 魔王バンドールは、足早に物陰へと向かった。


 女神アステラは、「懐かしいわ」と言った。

 彼女がドトール界の事を思い出すとき、そこに『扉』が開く。

 

 だが今回は、何か嫌な予感がする。


 魔王バンドールは、モッチの後を追うように、『扉』の中へと身を滑り込ませた。

 ダミーの王都の地下に作っておいた薄暗い倉庫に、モッチの姿はなかった。


 無作法にも扉が開け放たれていて、外の空気が入り込んでいる。

 魔王はタブレットを取り出し、いそいでアプリを起動させた。


(――しまった)


 世界中を同時に見張ることはできなくとも、半径2キロ以内に女神の扉が出現していれば反応するように作った、女神の扉レーダーだ。


(――こんな所にアステラの『扉』が開いている)


 範囲を拡大してみると、なんと魔王軍に包囲されている王城のまっただなかに『扉』の反応があった。


 女神アステラが不在の今、『扉』を通じて魔王軍がアステラ界に進軍してしまえば、すべての生物がゆるふわなあの世界など、なすすべもなく魔王軍に蹂躙されてしまうだろう。


 まさか、女神の大事にしている世界に、このような損失をもたらしてしまうとは。


(いや……まて、落ち着け)


 魔王バンドールは、落ち着いて今の状況を整理することにつとめた。

 じつは、魔王的にはとても美味しい展開なのではあるまいか。


 唯一、魔王軍が恐れているアステラ界を征服することができれば、魔王バンドールの世界征服を妨げるものなど、どこにも存在しなくなる。


 そうなれば、こっそり女神アステラとデートを繰り返していたいままでの魔王の所業も、言い訳が成り立つ。

 女神アステラを異世界に連れだし、その隙にアステラ界に侵略するための計画の一端だったのだ。


 むろん、女神アステラにこの事が知られれば、彼女は涙ながらにこういうだろう「いままで騙していたのね」と。


 だが、それだけだ。

 多少の犠牲に目をつぶれば、その後の事は、すべてうまく行く。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 魔王バンドールは、若かりし頃を思い出していた。

 彼がまだ人間で、女神アステラと逢瀬を繰り返していた、あのころだ。


 彼女に会うために女神アステラゆかりの地を歩き回っていた魔王バンドールだったが、すぐにそれは非効率的だし、偶然出会うような奇跡は、そうそう起こりえないことだと気づいていた。


 だが、あながちそうでもないようだった。

 築500年の王立図書館で魔王バンドールが本を読んでいると、そこに彼女がやってきたのだ。


 モップとお鍋で武装して、きょろきょろと様子をうかがいながら書架の間を歩いていた。

 魔王バンドールの姿を見つけると、ほっとしたような笑みを浮かべた。


「ああ、よかった。知り合いがいたわ」


「どうしてここに」


「ちょっと、読みかけの本があって。それを読んだらすぐに帰るわ」


 どうやら彼が教科書を渡したおかげで、女神アステラはその図書館の事を思い出したらしい。


 魔王バンドールは、ふいに思い当たった。

 これを利用すれば、次に『扉』が開く場所をコントロールすることができるのではないか。


「待って……帰る前に、これを持っていってくれ」


 そこで、彼は女神アステラに一冊の詩集を渡した。

 それを渡したとき、女神アステラは目を丸くしていた。


「驚いたわ、詩なんて読むの?」


「魔法を極めるためには、普遍的な知識を得なければならないから」


「あのね、いいことを教えてあげるわ。女の子に詩集を渡すぐらいなら、自分で詩を作ってプレゼントしなさい?」


「なぜ?」


 詩を作ることが苦手だったバンドールは、図書館の隅で埃を被っていた詩集をコピーしようとしたが、女神アステラには、それがコピーだと一発でバレてしまった。

 だが、その詩は阿臥王国を旅した詩人が、行く先々の風物を書いた詩集である。

 女神がこの詩集に書かれている土地のことを思い出せば、そこに『扉』が開く可能性が高いと考えたのだ。


 彼がコピーした詩は、とある街に関する詩だった。

 その街には遺跡があり、美しい大理石の残骸が草に埋もれていくつも点在していた。

 創世に携わった天使がいまでも羽を休めに舞い降りてくるという。

 女神アステラの再臨を望んで、その詩を選んだ。


 魔法学園から数キロの道のりがあったが、まったく苦ではなかった。

 馬車を乗り継ぎ、何冊も本を読み潰しているうちに、徐々に目的地が近づいてくるのが嬉しかった。

 もしまた女神に会えるならば、と考えていた魔王バンドールは、心が躍っていた。

 むろん、知識欲的な意味でだった。


 だが、街に向かった彼の目に映ったのは、その街をいままさに侵略している黒い羽虫の軍勢。

 モンスターの群れだったのだ。


「やめろ」


 魔王バンドールは、本を放り出してモンスターの群れに飛び込んでいった。

 女神は『扉』に偶然モンスターが入り込んだせいで、100年近くもドトール界の事を忘れていたのだ。


 二度と同じことをさせてはならない。


「やめろ! なんなんだ、お前達は!」


 死体に群がっているものたちは、獣とほとんど変わらず、対話ができるような相手ではなかった。

 バンドールは、街の入り口に倒れていた兵士の亡骸から、剣を取り上げた。


 その剣に即席で魔法を施し、魔法剣へと仕立て上げる。

 モンスターとの戦闘を想定して考案した魔法剣は、彼の想定通りの効果を発揮した。


 一体、また一体とモンスターたちを屠っていくうちに、獣たちのなかに青い体毛を持つ、二足歩行のモンスターが現れた。

 驚いたことに、そのモンスターは人語を放った。


「あぁ? なんだ、テメェは。自殺志願者かぁ?」


 その首飾りにつけられた牙は、1本。

 7王の一角、超獣王の牙だ。


 モンスターたちの頭領として、阿臥王国でも有名になっていた、獣王ベレルリィッヒである。

 凶悪な目を向ける獣王ベレルリィッヒに、バンドールは指を向けて、こう言い放った。


「『扉』に入るな」


 そう、それこそが、魔王が彼に最初に出した命令であった。

 そんな魔王バンドールを、獣王ベレルリィッヒは面白いものを見るような目で見ていた。


「その『扉』の向こうに何があるんだ? お前ほどの男が、どうしてそこまで必死になれるのか、ちぃとばかし、興味が湧いてきたぜ」


 モンスター達の群れに飛び込んだ魔王バンドールは、片腕と片目を失うほどの重傷を負いながらも、『扉』を死守した。


 彼が時間を稼いでいる間に、どこからか増援の兵士達が駆けつけてきたのだ。

 珍しいことに、どうやら領主が派兵してきたらしい。


(捨てなければ。人間であることを、捨てなければ、ならない)


 魔法を極めるためには、もはやその道しか残されていない。

 バンドールは、そう堅く決意をするのだった。


 傷だらけになって『扉』を死守したバンドールは、アステラ界へと赴いた。

 神殿は相変わらず優しい闇に包まれていて、夜気が傷口を優しく撫でていく。


 女神像からひょっこり顔を出した少女は、変わり果てた様子のバンドールを見て、手に握りしめていたモップを床にからん、と放り投げてうろたえた。


「今日はいきなり殴らなかったな」


「貴方かも知れないと思ったの」


「なぜそう思った。『扉』が開く場所は、お前にも分からないのだろう」


「さあ、わからないわ」


 女神アステラは、両手をバンドールの胸の前にかざした。

 治癒の力が発動し、温かい光がバンドールの内側を満たして、傷の痛みを和らげていく。


「アステラ、俺も『千夜一夜ディ・クリエタール』を習得する」


「あなたが想像しているよりも、はるかに険しい道よ」


「構わない、もっとセキュリティも万全で、モンスターの襲来に怯える必要のない、ここよりも、住みよい異世界を作ってみせる。だから……そのときは、この異世界を捨てて、俺の世界に来るがいい」


 真面目に言いつのるバンドールの表情を、女神アステラはじっと見つめかえしていた。

 そのアーモンド状の目のふちが、わずかに赤らんで見えた。


「バンドール、それってプロポーズ?」


「プロ……」


 女神アステラが茶化していった言葉に、バンドールはすぐには答えられなかった。

 これは、プロポーズなのだろうか?


「もしプロポーズだったら」


 バンドールがまごついているのを見て、アステラは言い直したのだった。


「考えてあげなくもないわ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 最初は、プロポーズなどではなかったのかもしれない。

 魔法を極めた偉大なる魔法使いから教えを請うのは、純粋に彼の知識欲を満たすための行為だった。


 だが、『扉』を通じて侵入してくるのがバンドールである回数が増えてゆくうちに、女神アステラの警戒は薄らいでいった。


 そんな無防備な彼女を見るたびに、バンドールは彼女を守らなければ、という決意を高めていったのだ。

 100年を通して、やがて、その約束の意味はプロポーズへと変貌していった。


(これを機に、アステラ界を捨てて、『箱庭』に永住するように説得するのはどうだろうか)


 女神アステラは、バンドールの『箱庭』を気に入ってくれているようだ。

 それどころか、勝手に改造しはじめて、すっかり自分とバンドールの世界にしようとしている。


 完璧な世界を作ることに、一体なんの意味があるだろう。

 不完全でも、『箱庭』で何不自由なく暮らしていければいいではないか。


 バンドールは魔王として、ドトール界とアステラ界の両世界で不動の地位を築く。

 お互いになるべく干渉しないように、平和な関係を維持していけばいい。

 あとは、女神アステラを説得するだけだ。もうそれでいいではないか。


(そうだ、それがこの場合における最適解、魔王として我の為すべきこと……むむッ!?)


 そのとき、『千里眼』で王城の様子をさぐっていた魔王バンドールは、そこにあってはならない物を見てしまった。


 豪奢な絨毯のど真ん中に、平べったい板状のものが立っている。

 チョコレートで描いたような「Welcome」の文字に、ネコの手の形をしたドアノブ。

 アステラ界の『扉』だ。


『扉』が出現したのは、さして珍しいことではない。

 このとき問題なのは、場所だった。


 そこは王城の最奥である。


(いったい、なぜこんな所に……?)


 王子イリヒサやその親族である王女や国王しか入ることの許されない、その禁断の部屋に『扉』があったのだ。


『扉』は、女神アステラがドトール界の出来事を思い出すとき、そこに開く。

 こんな場所に女神の思い出がある理由は、定かではない。

 だが、これだけは確かだ。


 阿臥王国の『王城』も、魔王バンドールが守らなくてはならない、女神アステラの大切なものだったのだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 気が付くと魔王バンドールは、暗黒騎士の鎧に身を包んでいた。

 外骨格じみた鎧のすき間を通して、不穏な夜の気配が肌をさす。


 その姿は、モンスターによって蹂躙されている王城を眺めるのに、非常に似つかわしいものであった。


(我は一体、何をやっているのだ?)


 完全に気配を遮断しているため、あたりを蠢くモンスターたちには気づかれてない。

 運悪く気づいてしまった者には、魔法で石になってもらった。


 どんどん王城へ踏み入っていくと、東西南北ダンジョンから集結したAランク冒険者たちが、完全武装して、モンスターたちの軍団と戦闘を繰り広げていた。


 だが、魔王バンドールが行き着いた時には、野営地のいくつもが壊滅したあとであった。


 ダンジョンのモンスターとの戦いに慣れていた冒険者たちでは、歯が立たなくて当然だろう。

 空を埋め尽くすように飛び交うコウモリから毒の息をまき散らされ、ダンジョンには入りきらないような、300メートル級の巨人に踏み散らされる。


 まるで悪夢のような戦局に、まともに立っていられる者は皆無だった。

 それは一方的な虐殺である。

 透明な水にインクを注ぐように、王城は隅々まで毒されていった。


 軍師カルツァーデネフの策かと思っていたが、どうやらそれだけではない。

 彼らは敵うはずなどない相手に、みずから戦いを挑んでいたのだ。


 冒険者がかつて挑んできた戦いは、必ずしも安全を確保した戦いではない。

 どれほどの危険が潜んでいるかなど、知るよしもない未開の地に足を踏み入れ、そして幸運を掴んで生き残ってきたのだ。


 それが冒険者なのだと呼びかけた、勇者プレミールの姿を魔王バンドールは思い出していた。

 愚かしい蛮行。

 しかし、動物とは常にそうやって繁栄してきたのだ。


 彼らにはひとつの確信があった。

 そして、その選択は間違いではないのだ。

 なぜなら、彼らには女神の加護がついている。


「目覚めよ、そして新たな神に忠誠を誓え」


 魔王バンドールは、本来の魔力とは別の力、かつて彼の体に注ぎ込まれた、女神アステラの魔力を解き放った。


 魔族になった彼の身体にとっては有毒となった治癒の力を、いままで体内で保管していたのである。


 蹴散らされたたき火の跡にまみれていた死体たちが、むくり、と体を起こした。

 Aランク冒険者のパーティで、胸につけているタグはいずれもプラチナ。

 魔王バンドールは記憶にないが、探索者ギルドでも相当な腕前を持っていたはずである。


「……悪夢みたいだ」


「違う、いままでの俺たちが夢を見ていたんだ……人間が勝てる相手じゃなかった」


「ちくしょう、どうすればいいんだ」


 一度死を経験した彼らは、自らの愚かさにいまさら気づき、怖じ気づいてしまっていた。

 このままでは、魔王軍に対して降伏してしまうか、さもなくば寝返ってしまいそうである。


(いかんな……もう少し、粘ってもらわなければ)


 魔王バンドールが本気を出して介入してしまえば、あっという間にこの戦争は終わってしまうだろう。

 だが、そんな奇跡を起こしてしまえば、次の魔王軍の閣議がこのことで紛糾することは間違いない。


 もう少し彼らに時間を稼いでもらわなければならない。

 この世界で奇跡を起こすことができるのは、魔王軍が唯一恐れている異世界の存在。

 女神アステラだけで充分なのだ。


 魔王バンドールは、王城の片隅に建っていた女神アステラの石像を見やった。

 風化して姿形の見分けもつかなくなってしまっているが、胸元の大きなエメラルドのペンダントが、彼女であることを示している。

 魔王バンドールは、その石像にむかって女神アステラの魔力を注ぎ込み、そっと呟いた。


「守ってやれ」


 やがて、女神アステラの石像は、ぼんやりと光に包まれた。

 魔族にとっては有毒なその光を恐れ、モンスターたちは遠巻きにざわめいていた。


「ギギィッ!? アステラの光だと!?」


「バカな、一体何が起こっている……!」


 その石像の周囲にいる兵士たちの体は、またたくまに回復していった。

 さらに剣や鎧にも、その奇跡の光が宿っていくようだった。


 光に包まれた彼らは、まったく新たな軍団として蘇ったかのようだった。


「これは……なんということだ、またしてもアステラ様の奇跡が」


「おお……アステラ様は、我々をまだ見捨ててはいなかった」


「行こう、我々には、アステラ様がついている!」


 歓喜につつまれ、モンスター達に立ち向かう兵士たちを見やって、魔王バンドールは心苦しく思った。


 このような気持ちになるのは、いつぶりだろう。

 本当は、彼らが信奉する女神アステラは、この世界を見捨てているのだと、いったい誰が教えてやれるだろいうか。


 堀に渡された大きな橋を通り、王城へと入っていくと、見覚えのある犬耳が、ぴょこぴょことはねているのが見えた。

 どうやらモッチのようだ。

 彼女はバンドールが渡した剣を胸に抱えて、うろうろしている様子だった。


「モッチ、大事はないか」


「バンドーさん! ……バンドーさぁぁぁん!」


 さすがモッチ、鎧に身を包んだ魔王バンドールの正体を、一瞬で見抜いてしまった。


 顔を涙と鼻水でぐちょぐちょにしながら、モッチは鎧にしがみついてきた。

 本来なら不敬罪で剣の柄を額にぐりぐりしてやっているところだったが、そんなことをしている時間がもったいないので、不問にすることにした。


「バンドーさん、大変です! もふもふしたワンワンがやってきて、プレミールが……!」


「ああ……知っている」


 魔王バンドールは、『千里眼』で奥の戦闘を見ていた。

 勇者プレミールによって片目を奪われた獣王ベレルリィッヒは、その雪辱を晴らすべく、彼女に一対一の決闘を挑んでいたのだ。


 獣王ベレルリィッヒらしい決着の付け方だ。

 古典的に見えて、非常に理にかなっている。

 彼1人で倒してしまえば勇者プレミールの実力が他の者にはわからなくなるので、本当に強い相手だったのだと錯覚させることができる。


 だが、王城のどこを見ても勇者プレミールの姿が見当たらない。


「……勇者はどこに?」


「『扉』に逃げ込んでしまって……剣を渡しそびれてしまいました」


 なるほど、『千里眼』を使っても見つからないはずである。


 魔王バンドールは、この戦争に直接手出しをするつもりはない。

 時間が経てば、中央で反乱分子が騒ぎを起こすので、うまく魔王軍を撤退させることができる。


 だが、全軍を撤退させるためには、王城を占領してしまってはならないのだ。

 まず王国軍には、勝てるはずのないこの戦局をひっくり返してもらわなければならない。


 魔王バンドールは、モッチの手から剣を取った。

 それには、かつて獣王ベレルリィッヒを打ち破ったこの剣が必要だ。


「我が渡してこよう……勇者には、なんとしてもこの剣が必要だ」

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