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S級魔王様がお祭りにお出かけあそばされます

 もし、女神アステラが極度のモンスター嫌いでなければ、獣王ベレルリィッヒを友として紹介していただろうか。

 ひょっとすると、魔族と女神、両者が歩み寄ることは可能かも知れない、そういう考えがふとよぎったが、それはありえないことだった。


 魔族たちは、ただ強いものに従うだけの獣ではない。

 うかつに信頼してはならないということを、魔王バンドールはすでに知っている。


 女神アステラの手を引いて、王都へとゆっくり歩いていくと、彼女は街の様子に目を見張った。


「まあ、素敵な街ね。阿臥王国にそっくり」


「阿臥王国だ」


「本当に? ずいぶん綺麗になったのね」


 街中に数多くの魔法道具があふれた阿臥王国の発展ぶりには、魔王も驚いていた。

 彼女がいた350年前とは、かなり様子が違っているはずだ。


 ずいぶん古びて見える石造りの城壁も、モンスターの被害にあうようになってから、何度も増改築を繰り返している。


 300年も変わらず昔の名残を残すものと言えば、王都の中央を貫く英雄の石畳と、建国祭の踊りぐらいのものだった。


「お祭りの音楽もぜんぜん違うわ」


「100年前から遠方の楽器が取り入れられたと聞く、その影響だろう」


「不思議ね、むかしは最新鋭のポップスだったものが、伝統になっていくのって。ねぇ、ひょっとして、王都をまるごと召喚しちゃった?」


「いけない事だったか?」


「そうではないけど……ドトール界に残された他の国は、阿臥王国を失ってしまうのよね」


「すまない」


 女神アステラは首を横に振ったが、すこし寂しげな顔をしていた。

 一度はドトール界を見捨てた彼女が、いまさら口出しをすることもないと思って、言いはばかっているのだろう。


「わかるわよ、バンドール。故郷になにか危険が迫っていたら、思わず助けちゃうわよね。大地震だとか、津波だとか……戦争だとか」


 女神アステラは、うつむきがちに言った。


「私だって、阿臥王国がモンスターに襲われていたとき、助けたいと思ったわ……けどそれは、ドトール界にしてみれば、他の国がかわりにモンスターに襲われるということにしかならない。アステラ界にとっても、理想の世界づくりを放棄したのといっしょ」


「そうか」


「理想の世界を作るのは、なかなか難しいものなのね」


 英雄の石畳を通過し、さらにため池がある火除地に向かうと、大勢の人でごったがえしていた。

 魔王が『千里眼』で辺り一帯を確認すると、両手に串焼きを持ったモッチがはふはふ、と鶏肉を頬張っているのを見つけた。


 女神アステラには離れた所で待っていてもらい、まずはモッチを呼び寄せることにした。


「モッチ、こっちに来い」


「あ、バンドーさん! んぐんぐ、バンドーさんもおひとつどうです?」


「いや、夕食は済ませてきた。1人で食べるといい」


「そんなぁ、この日を逃したら、あと1年はがまんしなくちゃならないんですよ? ほら、ひとくちでいいから食べてみてくださいよぉ」


「いいから、こっちだ。はぐれるな」


 モッチは串焼きを両手にもったまま、魔王バンドールの腕に腕を絡めて歩き出した。

 なにやらパタパタ、体がはたかれているな、と思うと、音楽にあわせてしっぽをふるふる振っている。

 本来なら不敬罪で尻尾をもぎ取っているところだったが、今日ばかりは大目に見ておくべきだろう。


「えへへー、バンドーさん、こういうのをデートって言うんですねぇ」


「人前で滅多なことを言うな。いいからお前は俺と口裏をあわせていればいい」


「はいはい。ええと、なんでしたっけ、私はお金持ちの魔族の家の令嬢で……うひゃー! なんですかあの人!」


 女神アステラを見つけたモッチは、大きく目を見開いた。

 彼女の美しさは、人間が知覚することのできる許容量を大幅に上回っており、むしろ人間の目にはうつらない。


 魔族は人間よりも感覚が鋭いと言われているのだが、それでもモッチの目にはその女性が光に包まれているみたいで、よく見えないみたいだった。


「なにか、すごくキラキラしていますよ! キラキラなんです! どなたですか?」


「私のフィアンセだ」


「フィアンセ! うわぁー!」


 モッチは焼き鳥を持ったまま、その場でぴょんぴょん、と小躍りした。

 女神アステラの両手をぎゅっとにぎりしめ、挨拶を交わした。


「はじめまして! バンドーさんとはいつも、薬草の取引でお世話になっています、モッチと言います! あ、お近づきの印に、焼き鳥、おひとつどうです?」


「あら、いただくわ。ありがとう。ねぇ、バンドール」


 不意に、女神アステラが光に包まれた笑顔で、魔王バンドールの方に向き直った。


「ひょっとして、友達って女の子なの?」


「そうだが……?」


 女神アステラが、試すようにバンドールの顔をのぞき込んでいるのを見て、魔王バンドールは少しばかり考えた。


 モッチが魔族との混血であることは見れば明らかで、女神アステラが気にするところと言えば、まずそこだろうと思って返答を準備していたのだが。


 まさか女であることが気になるとは思いもよらなかった魔王は、モッチとしばし顔を見合わせていた。


「とくに、これと言った特別な関係ではない」


「そうですよぉ。私がバンドーさんの奴隷にされていたことはありますけどぉ、何もなかったですよ?」


「おい、モッチ。その事は他言するな」


「そ、そうでした。ちょっと人に言えないような魔法道具を作らされていただけですよぉ。何もありませんでしたよぉ。えっへへ」


「その通りだ、何でもない」


 どうにかはぐらかそうとするのだが、話はますます怪しい方向に転がっていった。


「ふうん、仲が良いのね、羨ましいわ」


 女神アステラの表情は変わらなかったし、モッチにはその顔は光の塊にしか見えないのだが、どうやら2人の関係を訝しんでいるのは、さすがに誰にでもわかった。


 だが、魔王バンドールがこんな時の対策を練っていない訳がない。

 S級魔王様に限って、女心が分からないなどという事は、ありえないのである。


 そう、モッチには、バンドールよりも遙かに仲の良い相手がいるのだ。

 勇者プレミールという、将来を誓い合った幼馴染みである。


 2人の仲の良さを見れば、女神アステラの疑いなど、あっという間に晴れるはずだ。


 あの銀色の鎧を探そうと、『千里眼』で辺りを見渡してみたところで、魔王バンドールはようやく気付いた。


「……勇者プレミールは、いないのか?」


「あ、プレミールでしたら、ちょうど王子イリヒサ様のところにお呼ばれしています」


「そうであったか」


 どうやら王都を召喚したとき、間の悪い事に王城にいたらしい。

 いまは魔王軍に包囲され、ともすれば、すでに占領されている状況だろう。


 その状況下から勇者プレミールを連れ出すのは至難の業だったが、魔王バンドールはさほど慌てなかった。


 こういう取りこぼしが起きることも、魔王バンドールは計算づくだったのだ。


「ならば、連れてこよう」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 この魔王軍の占領状態は、間もなく解除されるだろうと予測がついていた。

 なぜなら、魔王領の中央では、反乱分子がまもなく決起して、魔王城に攻撃を仕掛ける予定なのだ。


 魔王は、その事前計画も、反乱分子の組織の全貌も、すべての情報を手に入れていた。

 手に入れておいて、あえてこの日のために放置しておいたのである。


 阿臥王国を占領中の魔王軍を中央に引き返させる口実としては、十分であろう。


 魔王バンドールの奇跡の魔法は、魔王軍がいなくなった後に取りこぼしを回収することで、ようやく完璧なものとなるのである。


 ……だが、事態は思わぬ方向に向かっていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 一度『扉』を通って魔王城の私室に戻ると、なにやら外が騒がしかった。

 建物全体が暖炉になってしまったかのように、熱い。


 この熱気は、魔族達が怒り狂った時に発するものだった。


「……なんだ?」


 反乱分子が行動を起こすのはまだ先のはずだが、いったい何に対して怒っているというのか。


 廊下に出ると、吸血鬼メイドがひざまずいて、魔王に報告した。


「魔王殿下、お目覚めにございますか」


 対外的には、魔王バンドールは久しぶりに大きな魔法を使ったため、長い休憩を取っているということになっている。

 本当は女神アステラとデートする時間をかせぐための口実だったのだが、誰も疑問を挟まないので、遠慮なく使わせてもらっている。


「うむ、なにかあったのか」


「はっ……恐れながら」


 吸血鬼メイドは血の色を変え、怒りによってか、恐怖によってか、わなわなと口を震わせながら言った。


「さきほど四天王様が、阿臥王国に対して、降伏を要求したのですが……阿臥王国はこの要求をはね除けました。……のみならず、駐留している魔王軍に対して、交戦をしかけた、ということです」


「……バカな」


 魔王バンドールは、大きく目を剥いた。

 いったい、どうしてそんな事が起きるというのか。


 つい先ほど、大魔法によって、中心都市の王都をまるごと消し飛ばされたのだ。

 もはや勝てる勝てない以前の問題であることぐらい、自明なはずだ。


 そのまま放置しておいても、経済が破綻して、王国はまもなく自壊するだろうことは、容易に予測がついた。


 にもかかわらず、魔王軍に対して抵抗するなど、もはや正気の沙汰ではない。


「……カルツァーデネフの策か……」


 魔王バンドールは、すぐにその原因に思い当たった。


(やれやれ……デキる部下だ、本当に)


 イリヒサ新国王が気を失って倒れた今、王国軍に潜ませていたスパイを操って無謀な行動をさせるのは、不可能ではない。


 軍をいたずらに駐留させていれば、それだけ費用がかさむ。

 経費削減のためには、正面衝突してもらうのが一番手っ取り早いのだ。


 魔族は、けっして知恵のない獣ではない。

 利益になることなら手段を厭わないだけで、油断をすると寝首をかかれてしまいかねない。


 魔王バンドールには、魔族が彼の事を心から信頼し、王として認めているとは、どうしても思えなかった。


 反乱分子が行動を起こすのは、まだ時間がかかる。

 おまけに人員がまだ揃っていないらしく、予定より遅れそうな塩梅である。


 こうなってしまった王城に、魔王が直接向かうようなことはできない。

 ましてや、そこから勇者プレミールを回収することなどできようはずもなかった。


 だが、勇者プレミールをあえて回収すべきだとは思わなかった。

 勇者はいわゆる、『取りこぼし』だ。


 王都の人々のほとんどは回収済みだし、彼女を『箱庭』に連れて行く必要がそこまであるとは思えなかった。


 魔王バンドールは、少しばかり思案した末に、吸血鬼メイドに言った。


「阿臥王国に対する処遇は、四天王に一任してある。我はもう少し眠ることにしよう」


「かしこまりました、魔王殿下」


 魔王バンドールはマントを翻し、私室にもどっていったのだった。

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