表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/16

S級魔王様は少々本気で魔法をお使い遊ばされます

 阿臥王国が終焉を迎える光景は、魔族の間で普及している魔鏡テレビによって、ドトール界全土に放映されていた。


 魔王領とは違って、テレビなどまったく普及していないのどかな街は、踊る人々によって通りが埋め尽くされ、空砲や旅行客の喧噪が、秋風にのって遙か遠くにまで響いていた。


 それはただの人の集まりでしかなかったが、国の歴史など、紐解けばただの人の集まりでしかない。


「聞くがよい、人間どもよ」


 王都を見晴らすことができる崖の上に立った魔王バンドールは、そんな昔ながらの祭りのただなかに、声を響かせた。


「魔族の支配に甘んじようとせず、保護を受けようとしない貴様らは、自らの国のことを高潔で誇り高いと思い描いているのだろう。それは大きな過ちである。人間の繁栄など、すべて奇跡の上に成り立っている、刹那的なものにすぎん」


 じっさいに女神アステラによって薬草が生み出されるまで、この阿臥王国では迷信やまじないが横行し、人々はまともな医術を受けられることさえなかったという。


 もしも今、薬草がなくなれば、この世界の人々はまた昔の状態に戻るしかない。

 また別の奇跡が起こらない限り、それ以上はありえないのだ。


「この世界に奇跡をもたらす存在は、いまや女神から我ら魔族へと変わったのだ。その意味を、いまこそ思い知るがいい」


 魔王バンドールは、両手を広げてなにやら呪文を唱えはじめた。

 単調な言葉の繰り返しのようでありながら、ひとつひとつが莫大な意味をもった、これまで誰も聞いたことのない言語だった。


 それは知識さえあれば誰でも使えるような、ただの技術の域を超えたものである。

 彼はこのドトール界と一対一で対話しているだ。


 優れた魔法使いとは、どうすれば己の意思を正確に世界に伝えられるか、どうすれば世界はそれを実現してくれるか、それを理解して使いこなすことができる者だ。


「これらのものよ、消え去れ」


 次の瞬間、阿臥王国を光の爆発が包み込んだ。


 新たな世界を創造する『千夜一夜デイ・クリエタール』を習得する過程でついでに身につけた、究極の破壊魔法『白鳥ディ・エンタフ』。


 宇宙レベルのとてつもないエネルギーが発生し、核融合が王国の空一面を覆うように、至る所で大爆発を生じさせた。

 ひとつひとつの大爆発を中心として生じた超質量によって空間がゆがみ、あたかも無数の小石を水面に放り投げたかのように地上に波紋が広がっていくのが見えた。


 魔王様が魔法を放っている空間はもはや、人間はおろか、あらゆる生物の生存を許さぬ、絶体の聖域と化していた。

 そのあまりの破壊力に、家臣達でさえも震え上がり、言葉を失っていた。


「なんと……!」


 崖の下に広がっていた街は、一瞬にして焦土へと生まれ変わっていた。

 いや、魔王の命令によって世界の全ての精霊が街から目をそむけ、そこに街があったという事実すら無に置き換えられてしまっていた。

 魔王様の魔法の前に、もはや燃え残りの灰すらこの世界に姿をとどめてはいない。


 祭りの喧騒は王都ごと消え失せ、静寂が辺りを包んでいた。

 王城のベランダから街を一望していたイリヒサ新王は、気を失って倒れていた。


 竜王は震え上がって、魔王バンドールを見つめていた。


「この男……これほどの大魔法を発動しながら、平然としている……なんという恐ろしい奴だ……」


「これで安心したか、竜王よ」


 いまだ全身に魔力と邪気をみなぎらせた魔王バンドールに問われて、びくり、と竜王は肩をふるわせた。


 そして、竜王は理解した。

 人間などを恐れていた自分が、いかに滑稽だったのかを。

 人間が積み上げてきた発展など、この男の前には一瞬にして消し飛ぶのだ。


「これで魔族にたてつこうなど、連中は夢にも思わんだろう。少なくとも、あと100年は……人間は、どうにも忘れっぽいのでな」


「ふふ……ははは……! はははははは……!」


 竜王は、恐怖に凍りついていたかと思うと、一転して大声で笑いはじめた。

 その顔には、満面の笑みが浮かんでおり、目尻に涙まで浮かべている。


「なんという、あっぱれな奴だ! いやいや、魔王バンドール、どうやらワシは、お前を見くびっていたようだ!」


 竜王の豹変ぶりに、竜族のものたちも呆気にとられていた。

 竜王が他人を褒め称えるなど、1000年に一度あるかないか、というところであった。

 竜族にとっては、まさに大事件だったのである。


「……過分な言葉だ、受け取りかねる」


「そう言わずに、素直に非礼を詫びさせてくれ。じつはワシは、お主の度量をためしておったのだ。ワシらの上に立つ者として、竜族を安心して任せられるか、危機に陥ったとき、ワシらを切り捨てて逃げたりはしないか」


 竜王は、ぶるる、と鼻を馬のように鳴らして、満足げに頷いていた。


「だが、お主が逃げる相手など、この世に存在するはずなどない。お主はそんな心配事などとはほど遠い、まったく遠い次元の存在だったのだな。お主こそ、竜族の上に立つにふさわしい、真の魔王だったのだ。創世よりこの方、お主のような傑物はみたことがない。ようやくその事を理解するに至ったのだ」


 あまりの変わり身ぶりに、四天王の一同も、思わずニヤリと笑みをこぼしていた。

 たったひとつの魔法で、問題のすべてを解決してしまう、そんな芸当ができてしまうからこそ、彼らはみな魔王バンドールに心酔しているのである。


 ただ1人、魔王バンドールは面白く無さそうな顔をして、マントを翻した。

 彼は自分より目下の者の評価など、まったく興味がない。


「デネフ、あとのことはお前に任せた。阿臥王国には適当な警告文でも送りつけておけ」


「はっ! よ、喜んで承ります! 魔王殿下!」


「魔王殿下、バンザーイ!」


「魔王殿下、バンザーイ!」


 魔王軍は、誰からともなく万歳三唱をはじめ、祭りのように騒いでいた。

 魔王バンドールは、大魔法を発動した余波のどす黒いオーラを身にまとったまま、転移魔法によって魔王城へと帰ったのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そして、政務が滞りなく終わったアフターファイブ。


 魔王バンドールは、『箱庭』の扉を開いた。

 そこには、なんと阿臥王国の王都がそっくり存在していた。


 草原ばかりが広がっていた異世界には、祭りの音楽や騒ぎ声が聞こえ、毛むくじゃらの生き物たちが何事か、と聞き耳を立てていた。


 じつは先日、王都を視察してまわっていた魔王バンドールは、その際に王都の構造を完璧に把握し、『箱庭』に王都の模型を作っていたのである。


 そして破壊魔法を撃つ直前、本物の王都をまるごと『箱庭』に転移させておき、入れ代わるように模型の街をドトール界に置いたのだ。

 彼は、その上で模型の街を破壊した。

 目まぐるしい連続魔法によって、王都を戦争の危機から救ったのであった。


 そう、S級魔王様とは、目下の者の想像などはるかに及ばない、高度な魔法をお使い遊ばされるお方なのである。


(このような使い方も、まあ、悪くはあるまい)


 女神アステラとは違って、ここに理想の世界を築こう、などともとより思ってはいなかった。

 魔王の理想にほど遠い王都をおくことになっても、よしとした。


『箱庭』に移転させられた王都は、何も知らずに祭りでにぎわっていた。


 今はまだだれも気づいていない様子だったが、あたかも王都にいる人々は、彼らの街を見下ろす王城が、こつぜんと消えたかのように騒ぎだすことだろう。


 ここが異世界であることを知るものは、誰1人としていない。いまのところは。


 魔王バンドールは自らお救いあそばされた王都から背を向け、薬草畑の丘の上へと歩んでいった。

 丘の上にあるマイホームの扉をこんこん、と叩くと、屋内に上がり込んだ。


 ベッドの上には、美の女神のように長い髪を広げて、女神アステラが横たわっている。

 彼女の腕の中には、例のもこもこふわふわした謎の生物がいた。


 やはり、抱かないと眠れないのだ。

 今の魔王には、それらのもの全てが愛おしかった。

 女神アステラに覆い被さるようにして、魔王バンドールはちいさな耳に声をかけた。


「いま、街を作ったところだ」


 女神アステラは、くすぐったそうにみじろぎして、微笑みを彼に向けた。


「そう」


「友人もいるはずだ。君に合わせたい」


「ねぇ、バンドール」


「なんだ」


 女神アステラは、魔王バンドールの手を握った。

 まるで彼の存在がここから離れていってしまうのを恐れるように、その指先には力がこめられていた。


「貴方を信じているわ」


「もちろん」


 魔王バンドールは、頷いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ