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S級魔王様が異世界にお友達をお呼び遊ばされます

 魔王バンドールが生み出した世界には、最初は何もなかった。

 それは新たな世界に希望も何も抱かず、ただ煩わしくない程度にそこにあることを望んでいた魔王の心の有様を表しているかのようでもあった。


 だが、そこに薬草畑とマイホームを築き、アステラ界の女神アステラを迎え入れることによって、何もなかった風景がとつぜん意味を持ったように見えはじめた。


 実際に、草の間にもふもふした毛玉のような生き物が等間隔にうずくまっていて、風を背中に浴びて目を細めているのだが、魔王バンドールはその食性も、そこに生きている意味もよく分からなかった。


 この生物はいったいなんなのか、と尋ねると、女神アステラは「抱かないと眠れないのよ」と言った。

 仔細は聞かなかったが、それはぜひ、この世界での生存権をあたえなければなるまい。


「静かな世界ね。貴方の世界は」


 女神アステラは、もふもふした毛玉のような生物を抱きながら、『箱庭』を歩いていた。

 彼女は自分好みの愛らしい生物を勝手に生み出していて、それらは世界の創造主である魔王バンドールの知らない生態系を築き上げていたのだった。


「何もなくて、つまらないだろう」


「ううん、私はこの世界の空気の味が好き。物悲しげな空の色も好き。宇宙みたいな静かな夜に、風が子守歌みたいに吹いて、草原の薫りが高まるのが好き。あなたの歩いてきた道のりがわかるみたいだわ」


「我の歩いてきた道のりか」


 彼女の目は、大海のような深い色をたたえて、何もないこの世界のすべてを慈しんでいた。

 女神アステラは、草の一本一本を踏みしめる感触にまで、魔王バンドールの個性を感じているのだ。


 魔王バンドールは、それを邪魔しない程度の距離を開けて歩いていた。


「新しい世界を作るときはね、誰しも、自分が感銘を受けた風景を再現したがるものなのよ。先輩の神様がそう言っていたわ」


 言われてみると、確かに。

 この何もない場所は、モンスターたちと共に旅してきた道のりとよく似ているように見える。

 いままでそれに気づかなかったのは、周りにモンスター達がいないからだろう。


 魔王に付き従い、魔王のために命を投げ出すこともいとわない、ドトール界の生き物たち。

 それらをこの異世界に呼び寄せることは、今の魔王にはできない。


 いくら魔王の友人だとは言え、女神アステラの審美眼にはそぐわないだろう。


(……ひょっとすると、我はモンスターたちのいる風景を尊いと感じていたのであろうか?)


『扉』を保護するために魔王になってしまったバンドールだったが、モンスターたちに慕われていた生活に、少なからず愛着を感じていたのだろうか。


 否、自分の心はそんな些事にとらわれない、きわめて平静かつ理性的だと断じる。

 それこそが、悪魔との契約で望んだ、究極の魔法使いに必要な資質であったはずだ。


 女神アステラは、きょろきょろと辺りを見渡して、なにかが足りないことに気づいた様子だった。


「ねぇ、バンドール。この世界には他の人が住む街はないの?」


「街か。必要があるとは思わないが」


「どうして? せっかく異世界を作ったのだから、お友達ぐらい呼ぶでしょう?」


「……」


 女神アステラのリア充発言に、魔王バンドールはいささか衝撃を受けていた。


 その発想はなかった。

 魔王は、だだっぴろい草原を見渡して、しばし思案していた。

 そういえば、人の住む場所と言えば、丘の上にマイホームしかない。


「いま作ろうと考えていた所だ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 魔王バンドールと最も親しい存在と言えば、今は獣王ベレルリィッヒであろう。


 魔王とベレルリィッヒが運命の出会いを遂げたのは、ドトール界が暗黒に包まれるよりさらに100年も昔であった。


「あんたも魔族だったのかい……」


「つい先ほどなったばかりだ」


 魔王バンドールによって打ち負かされた獣王ベレルリィッヒは、草原に寝転がって、虫の息で空を仰ぎ見ていた。

 身体にふりかかる雨には、魔力素がかけらも感じられず、獣王ベレルリィッヒは、水中のような息苦しさを感じているはずだった。


 魔王バンドールの持っていた剣は、周囲の魔力素を吸い取って力に変えるものだ。

 いまも彼の手の中で、轟々と炎を吹いているそれは、魔族に対して絶大な攻撃力を誇っていた。


 知恵の悪魔ラウムとの契約により、魔王バンドールは身体の半分以上が禍々しく変容していた。

 右半身の大部分は鉄のように黒ずみ、頭部からは巻き角のようなものが生えている。


 まごうことなき、魔族である。


「こいつは単なる下克上か、それとも俺になにか恨みがあるってのか? ただ人間の街を襲っていただけだろうが」


 目の前には、魔族に蹂躙されて見るも無惨に破壊された街があった。

 吐き気を催す光景だったが、バンドールは平然としていた。

 魔族にとっては、それすら当たり前の営みなのだ。


「非効率的だからだ」


「あん?」


「なぜ人間を襲う必要がある。お前達に必要なのは魔力素だけだ、人間の持っている魔力素など、微々たるものではないか」


「へっ、お前みたいな強い魔族には、わからねぇだろう……そんな微々たる魔力素で食いつなぐしかない、底辺のモンスターだっているんだよ……俺はこの辺境で、そいつらをまとめ上げているだけだ」


 獣王ベレルリィッヒの答えに、バンドールはなっとくした。

 とつぜんドトール界に湧き出したモンスターたちは、まるで自然発生した蛾のように、国も法律も持たなかった。

 大陸の各地では、増えすぎたモンスター同士のいさかいが絶えず、より強いモンスターに従って、この世界に限りのある魔力素を分かち合っていたのである。


「家畜に人間、人間が食料としている小麦、なんでもいい。頭の悪いモンスターじゃ、自分の腹をいっぱいにすることだけしか考えないから、人間を全滅させちまうんだよ」


「お前が全滅させないように管理しているということか」


「当たり前だろ、必要最低限の人間と食料を残しておけば、やつらはそのうち増えてくる。けれど、残しすぎても困るんだ、そうすると人間どもは食料を金に換えて、鎧や武器を買い集めて、用心棒を雇って、次の狩りを難しくしちまう……そのさじ加減が難しいのさ」


「お前は他のモンスターとなにか違うようだな」


「俺が? ……そいつは、どうだろうな」


「ここの領主も似たようなことを言っていた。国民が必要以上に栄えて、反乱を起こすのもまた困る、と」


 その領主とは、バンドールがかつて父と呼んでいた存在だった。

 冷酷であり、無慈悲であると謗りを受けていた。

 魔法の奇跡から見放されたこの王国で、常に理性的であることは必要な資質なのだと、バンドールは彼の姿から学んでいた。


 獣王ベレルリィッヒは、この土地を支配するのに必要なすべてを兼ね備えている気がした。

 モンスターの人口が人間を上回ってしまったのなら、領主になるべきは彼だろう。


「このままでは、お前は人間どもによって殺される運命だ」


「勘弁してくれよ、殺されるのならお前がいいぜ」


 ベレルリィッヒは、人間に殺されるぐらいならば、という意味で言ったのだろう。

 だが魔王は、それを言葉の通りに受け取った。


「わかった、お前はいずれ、俺の手で殺してやる」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そうして、獣王ベレルリィッヒは魔王バンドールと共に世界へと旅立った。

 彼は読み書きこそできなかったが、ただの獣にはない、知性と理性を兼ね備えていた。


 野生のモンスター達を従わせるカリスマ性、そして規格外の戦闘能力を発揮し、後に四天王と呼ばれる魔王軍の重鎮となったのだ。


 だが、『扉』の中にまで一緒に連れて行くことはできなかった。


 凶暴なオオカミの頭に、2メートル近い毛むくじゃらの巨体は、明らかにモンスター嫌いの女神アステラには、引き合わせられないものであった。


 おまけに、耳にピアスをいくつもつけているのも、何か言われそうな気がする。

 ピアスは魔力を高めるための装飾品の一種だったが、魔法学園では禁止されており、不良の代名詞のようなものであった。


 魔王バンドールは、魔法学園に在籍していたころの知り合いを思い出そうとしていた。

 魔術の勉強に没頭していた彼でも、ひと言、ふた言、会話を交わした程度の生徒はいた。


 もっとも多くの言葉を交わしたのは、いつも実験で隣の席にくる女子生徒ぐらいである。

 ピアスもつけていなかったし、『箱庭』に呼ぶことのできる者といえば、そのあたりしかないだろう。


 だが、100年前の知り合いだ。

 ひょっとすると、魔王と同様に魔族に転生したかもしれない。

 それならば、100年以上生きている可能性はあるのだが。


「仕方あるまい……行ってみるか」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 いつも通り、お忍びで阿臥王国に向かった魔王だったが、魔術師ギルドの事務員に神妙な顔をされた。


「100年前の魔法学園の生徒、でございますか?」


「うむ、その当人を探している」


「100年前に滅びた魔法学園の生徒、でございますよね?」


「その通りだ」


 もう一度、同じ事を尋ねられた。

 自分でも、不思議なことを言っているのは自覚しているが、そうとしか尋ねようがない。


 卒業生の多くはこの魔術師ギルドに所属していたので、バンドールの同級生も何らかのツテがあるはずだ。


 魔術師ギルドの事務員は、分厚い魔導書を広げてなにやら調べはじめた。

 単純な質問のはずが、なにやらあちこちから資料を集めて、ギルドが軽い騒ぎになってしまった。


「学園に関する資料は、古文書として研究を進めているところです。なんせ魔族との戦争で散逸しておりまして」


「なに、もう古文書の扱いになっているのか」


「はい、なにせ100年前に滅んでいますから……当時は当ギルドに所属していた魔術師でしたら、だいたいが魔法学園の卒園生だったと聞いておりますが……いまはそのお弟子様ぐらいしか……」


「弟子だと……弟子では意味がない、本人には会えないのか?」


「メイシューナ大老師でしたら、ひょっとしたら」


「メイシューナ……いつも巻物の角を三角に折っていたメイシューナか」


「それは知りませんが、魔王軍の捕虜となって、今でもハルデナンの砦でおつとめになられています」


 なるほど、魔族になったのならば、いつまでも阿臥王国にいる理由はない。

 メイシューナならば、バンドールの事を思い出してくれる可能性はあるかもしれない。

 だが、大魔族の領地でうかつなことをすれば、そのことが魔王軍に伝わってしまう恐れがある。


「そうか……うまくは行かぬものだな」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 過去の友人を探すことができないのならば、いまから友人を作るしかない。

 そう考えた魔王バンドールは、いつもどおり阿臥王国の英雄の石畳へとぶらぶら歩みを進めていった。


 遠くに見える冒険者ギルドの屋根を目指して歩いていると、平和な街中を凄まじい勢いで駆けていく人影があった。


「あれは……勇者プレミールか」


 道端に置いてあったプランターを蹴飛ばしても、気にせず駆けていく。

 その必死さから、ただ事ではない、と察知した魔王バンドール。


 気配隠蔽の魔法を使い、こっそり後ろからつけていくと、勇者プレミールは階段を踏み外しながら、モッチの店へと飛び込んでいくところだった。


「モッチ! モッチ! モッチぃぃ! ご主人様の命令だ、いますぐ服をぬげぇぇ!」


「ぷ、プレミール、まだお風呂の時間には早いよ?」


 モッチが奴隷になって以来、勇者プレミールは女遊びをやめるようになった。

 その代わり、仕事から帰ってくるたびにフラストレーションがたまっており、毎回モッチを押し倒して行き過ぎたスキンシップをとるようになったという。


 しばらく時間がかかりそうなので、魔王バンドールは街を観察してまわることにした。


 冒険者向けの雑貨を売っていたモッチの店は、看板もオシャレなものになり、ハーブや薬草を煎じた紅茶を売る喫茶店になっていた。


 冒険者ギルドの周囲に立ち並ぶ建物は、いずれも屋根が高くなったお陰で、街のどこにいても見えた冒険者ギルドの屋根が見えづらくなっていた。


 街はそこかしこに魔法道具があふれており、街灯が等間隔にならび、夜の防犯体制も強化されていた。

 ときおりだが、馬車に混じって魔法エンジンで動く自動車が見える。


「変わってしまったな。この冒険者の街も」


 かつては魔族との戦争によって荒廃していたのが、ウソのような発展ぶりである。

 それに魔王バンドールは、不安を抱かないでもなかった。


 王都をぐるぐる視察してまわった魔王バンドールは、公園にポスターが張り出されているのに気づいた。


【まもなく、阿臥王国の建国祭が開催されます。出店者、およびスタッフ募集】


 この建国祭は、毎年盛大に行われるものだった。

 その習慣は100年前から変わらない、だが協賛企業の一覧を見ると、ゆうに1000社を超えており、規模が段違いだった。


「ふむ……かなり発展しているな」


 阿臥王国は、順調に発展している。

 発展しすぎている。


 魔族に支配されたドトール界において、人間の国がここまで発展しておいて、何事も起きないはずがない。


 魔王バンドールは、そのことを懸念しながら、街を入念に視察してまわっていた。


 モッチの店へと戻ると、床の上にぺたりと座り込んだモッチは、胸元のボタンを留め直しながら、自分の口周りを手でしきりにごしごし拭っていた。


 なにやら顔を真っ赤にして、心ここにあらず、といった様子である。

 ぼーっと天井の一点を見つめているモッチに背を向けて、離れた床の上に座り込んだ勇者プレミールは、カチャカチャとベルトを装着しているところだった。

 一瞬知らない男が上がり込んでいるのかと思って魔王は二度見したが、間違いなく勇者プレミールである。


「ねぇ、プレミール」


「ん?」


「ひょっとして、ひょっとしてだけど……私の事、好きだったりする?」


「どうして、今さらそんなことを聞くんだ?」


「だって、その、お友達としてじゃ、なくてよ? 女の子が、男の子を好きになるみたいな感じで、好き、だったりするのかなーって」


「いや」


 勇者プレミールは、さらりと髪をかきあげると、きらっと笑顔を浮かべて、モッチの方に振り返った。

 彼女を抱き寄せると、鼻と鼻をくっつけながら言った。


「愛しているんだ。というか結婚しよう」


「えっ、で、でも、でも、プレミールにはもっと素敵な男の人が……」


「何度いわせるんだ、君以上に素敵な女性なんて……」


「邪魔するぞ」


「はわああわわわわッ!」


 モッチから離れるまで待つつもりだったが、このままだと日が暮れてしまいそうな様子だったので、魔王バンドールは店内に声をかけた。

 

 モッチは全速力で身なりを整えながら、カウンターへと滑り込んできた。

 慌てて服を身に着けているプレミールから気をそらさせるように、魔王の目の前に立ちはだかって、にぱっと笑顔を浮かべるモッチ。


「あっ、バンドーさん! いらっしゃいませ!」


「まだ店をやっていたのか。もう冒険者相手の商売はやっていないと聞いたが」


「薬草でしたら、また買い取りますよ? じつは最近、ハーブティーを売り始めたんです! えへへ」


 王都には、迷宮都市から出店してきた大手フランチャイズ店があちこちに建っていて、多くの冒険者たちはそれらの店に入っていた。


 モッチいわく、品揃えや情報収集は向こうの店の方がはるかにレベルが高いので、冒険者相手の商売はすっかりそちらに任せることにしたのだそうだ。


 モッチのお店は、いまでも彼女と懇意にしてくれる引退した冒険者や、その家族を相手にして営むようになったのである。


 服を身に着けた勇者プレミールは、ずかずかとモッチの隣に並ぶと、肩に腕を回し、さりげなくおっぱいを揉みながら魔王バンドールを睨みつけた。


「悪いが今日、この店は私の貸し切りだ。用向きがあるなら私が聞こうか?」


 プレミールは顎を突き上げて、すごんでいる。

 どうやら、腰に携えている白銀の剣を見せつけている様子だった。

 たしか、王国から与えられる貴族の証かなにかで、たいていの悪党ならそれで怯んで引っ込んでいるところだったが、魔王バンドールにはそんな飾りなど無論意味をなさなかった。

 肩を掴んで勇者プレミールをどかせると、モッチと真正面から向かい合った。


「勇者プレミール、お前に用はない」


「なッ、なんだと!?」


「モッチ、今度の祭りに我と一緒に来てもらいたいのだ」


「ふ、ふええぇー!?」


 バンドールらしくない、あまりにも急な申し出に、モッチは目をぱちくりさせて驚いていた。


「そんな、バンドーさんまで、私の事を好きだったなんて……これが、モテ期……おばーちゃんが言ってたのは、本当だったのね……モテ期はとつぜんやってくる。えへへ」


 モッチは、頬をおさえて、にへら、と相好を崩した。

 そのまんざらでもない様子に、勇者プレミールは、それまでの余裕ぶりだった態度を翻した。


「おい……モッチ……! なんだ、この男は! こんなよそから来た男なんか相手にするな……! それとも女である私よりも、男の方がいいというのか……!」


「うーん、ふつーはそう」


「モッチぃぃぃ!!!」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 勇者プレミールが魔王バンドールをライバル視しはじめたのと同様に、阿臥王国はいま、ドトール界全土からライバル視されはじめていた。


 とくに、ずっと以前から阿臥王国の経済的な隆盛を警告しつづけていた竜王は、怒りに皮膚を赤らめながら閣議に出席していた。


「いまや阿臥王国のGPSは、魔族の中小国を2、3束ねたほどに成長している! これがいったい何を意味するかわかるか、いつ何時、人間どもが魔王領に戦争をしかけてきても、おかしくないということだ! この危険から目を背けておいて、いったい何のための魔王軍か!」


 竜王の剣幕に、場にいる他の種族はすくみあがっていた。

 だれもこの大魔族の威圧には逆らえない。

 四天王の1人、苺鬼ビビルは、顔をしかめてべーっと舌を出していた。


「人間が魔族と敵対しているうちは、安全だーとか言ってたじゃん? 簡単に手のひら返すなぁ」


「危険かもしれない、という推論は、世の中のなんにでもつけられマス。ガガー、ピー」


「いつか空から隕石が降ってくるかもしれない、地震が起こるかも知れない、突然人間が戦争をしかけてくるかもしれない。なんでも考えられる危険を言っていれば、どれかひとつは当たるでしょう」


「デネフ、そいつを言ったらおしまいだよ。相手の口を閉じさせるためだけの正論はひっこめとけ。適当に相手をして、メンツを保たせてやるのも俺たち上に立つ者の仕事だ」


「あら、お優しいことですね、獣王は」


「正論を言ってはいけないと、機械族ニハ、理解できないデスネ」


 ふしゅー、とオーバーヒート気味の排気音を響かせるA40に、獣王ベレルリィッヒは肩をすくめてみせた。


 魔王は、四天王の面々を見渡しながら、思った。


 ……――丸くなったな。


 昔は魔王軍が批判されるような事があれば、すぐに戦争だ、などと言い始めて、魔王がいさめなければならなかったものである。

 5日に1回、何度も同じことを繰り返すうち、さすがに慣れてきているのだ。

 戦争をしない平和な生活に。ともすれば、魔王が戦争をしないことを望んでいることも、なんとなく察しているのかもしれなかった。


 だが、いつも予想外の行動で魔王を困らせる軍師カルツァーデネフは、そうもいかない様子だった。


 彼女はこのとき、ある決意を胸に秘めて閣議に出席していた。

 阿伏王国は、彼女の策を幾度も出し抜いて隆盛してしまった、いわば仇敵である。


 彼女は、やおら立ち上がると、竜王に対して返答をした。


「ご安心ください、魔王軍は将来の人口増加に備え、未開の土地へ侵攻し、いまある魔王領をさらに拡張する計画を検討しております」


 事前の打ち合わせにはない応答だったが、その言葉の効果は抜群だった。


 魔王軍の者達は、そろって目つきを魔族にふさわしい鋭さに切り替え、魔性の気配を濃厚にした。

 いまは平和を謳歌している彼らであったが、そこにいるのはつい最近まで最前線で戦っていた、魔王軍の精鋭たちだったのだ。


「つまり、阿臥王国も、その範囲内にはいるという事か?」


「はい。私の試算によりますと、いまの我々の技術を使えば、阿臥王国でも魔族が生活するのに充分な魔力素を確保することができます。王国がまだ発展しきっていないいま、あの土地を支配下にしておけば、10年後には十分なメリットが見込めるかと」


「おいおい、本気かよ……どうするよ、バンドール?」


 獣王ベレルリィッヒは、魔王バンドールの方を仰ぎ見た。


 ……ついにこの時が来たか。


 魔王領は絶対王政だ。

 魔王が「ならん」と言って、これを拒めば無理やり阻止することはできる。


 だが、いまは魔王軍が阿臥王国に攻め入ってはならない正当な理由がない。


 いままでは進軍しても何も得られず、費用のムダでしかなかったのだが、阿臥王国は、攻め落とせば十分なメリットが得られるほど発展してしまったのである。

 魔王が考えても、攻めるならば、今しかないだろう。


 だが、問題ない。

 魔王バンドールは、そんな可能性のことなど、とうに計算尽くだったのである。


「その必要はあるまい」


 魔王バンドールは、席から立ち上がると、ぞっとするような声音で宣言した。


「ちょうどいい、民草の気も緩みはじめていたところだ……我が恐怖をいまいちど全世界に、知らしめてみせよう」


 その不穏な発言に、竜王でさえ青ざめて、ゴクリと息をのんだ。

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