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ヴィルベルトの憂いとデヴィッドの願い


 ヴィルベルトは、執務室で、ペンを走らせ、仕事をこなしていた。そこへ、デヴィッドが陽気に声をかけてきた。


「ヴィルベルト、ちょっといいか?」

「ああ、何か用か?」

「まぁ……な。ここではその……」


 デヴィッドが言いにくそうにしていると、ヴィルベルトが察したように、答えた。


「ああ、いつもの所で良いか?」

「ああ!! 助かる! 先に行っているな!!」


 陽気な声でデヴィッドが答えると、執務室を出て行った。



◇◆◇◆◇



 心地よい気温の昼下がり、通いなれたカフェバールのテラス席にヴィルベルトがつき、注文を受けに来たウェイトレスにメニューから飲み物を注文すると、頬を赤く染めたウェイトレスが丁寧にお辞儀をしてその場を去って行った。

 それを薄目でやり過ごしたデヴィッドは、早速とばかりに、指を組んで肘をついた状態で、話をふってきた。


「ヴィルベルト……今日呼び出したのは他でもない、大事な話があるからなんだ」

「ああ、どうした? 何か困った事でも起きたか?」

「実は、俺は『愛』を知ったかもしれない」

「……――そうか。それは、良かったな。……それで、話はそれだけか?」


 笑顔でヴィルベルトは答えると、デヴィッドは尚も神妙な面持ちで答えたのだった。


「ああ、実は、その相手というのはだな……」

「イリーナ嬢だろう?」

「な、なんでそれを??」

「お前、仮面舞踏会が終わってから、イリーナ嬢にしつこくアタックしてると、宮内の外務省の方が教えてくれたよ」


 イリーナ嬢とは、伯爵令嬢の長子であった。その美しさから、好色の老年男性に嫁がされる予定だが、その婚約が決まってから、彼女の男遊びが派手になったと噂の女性である。

 その女性と、お近づきになりたい、と、このデヴィッドは言うのであった。


 ヴィルベルトの前に、コーヒーがサーブされ、ウェイトレスが去った後、コーヒーをゆっくり飲むと、それに合わせて、デヴィッドは言うのである。


「そこまで知っているのなら、話は早い! なぁ、ヴィルベルト! どうかお力添えを!」

「……お前は、イリーナ嬢とどうしたいんだ?」

「お付き合いしたい!」

「それだけか?」

「できれば、お相手願いたい!」

「それが目的だろう?」

「なっ! それだけじゃない! 彼女を好いている! 最近は、彼女の事が頭から離れなくて困っている」

「それは困ったな。――やっと、デヴィッドも独り身を離れたくなったか」


 楽しそうにヴィルベルトが答えると、デヴィッドが深い溜め息を落として答えた。

 デヴィッドは、ヴィルベルトと同じ歳にして、同じく独身の貴族であった。

 立場上、急いで婚約する必要も無かったので、好きな相手が現れるまでは、好きにすると言って、独身を謳歌して、この歳までやってきたのだ。

 それこそ、その楽しみの一つが、ヴィルベルトから溢れる惚気を散々からかう事だった。


「……今まで、散々好きだの愛してるだのほざくヴィルベルトをからかって悪かったよ。今は、お前の気持ちも分かるし、今度からは、お前の話を聞くからさ」


 苦笑を零して、デヴィッドがそう言うと、相変わらず、シュガーポットの砂糖を紅茶の中にすべて注ぎ入れ、一口飲んで納得し頷いた。

 そして、甘くて飲めたものではない、と思える紅茶を飲むデヴィッドを見ていたヴィルベルトが、溜め息を落として答えた。


「――まぁ、私もお前と似たようなものだ。好きな相手に、お相手してもらいたいと思うよ」


 自嘲気味にヴィルベルトは答えると、目を丸くしたデヴィッドが驚きの声を上げた。


 ヴィルベルトは、この見てくれに加え、若くして宰相補佐の地位につき、その上、公爵家の嫡男である。

 見た目は誠実そうな好青年を演じてはいたが、アイヴィーに出会うまで、それこそ、デヴィッドが知っているだけでも両手でたりない程には、女性関係が激しかった。


 ヴィルベルトの祖父であるアルフレッド卿がヴィルベルトに必要以上に婚約者をあてがおうとした理由の一つがこれである。

 いつ何処の誰と知らない女性を妊娠させたと、報告されるのでは無いかと気が気じゃ無かったという。


 アイヴィーは知らないであろう、内実派手な女性関係を送っていたヴィルベルトが、まさか、その女性に相手にされないというのである。

 これが驚かずに居られるだろうか?


「あのヴィル様が? 女泣かせのヴィル様が? 女は道具と言い切ったあのヴィル様が?」

「なんだ、その言い方は。俺がお前と同じような悩みを持っていて悪いか?」

「いや、ヴィルベルトが女で、苦労しているなんて、信じられないだけさ。嫉妬したと聞いた時も随分驚いたが、今日はそれ以上だな!!」


 テーブルに両手をついて前のめりにデヴィッドはヴィルベルトに言うと、腕組みをして、椅子に寄りかかるようにしたヴィルベルトが、デヴィッドに答えた。


「……というわけだから、お前の気持ちは分かる」

「じゃあ、協力してくれるか?!」


 子犬のように嬉しそうな顔でヴィルベルトを見るデヴィッドを見て、ヴィルベルトは「ああ」とだけ、短く返事をした。


「っても、ヴィルベルトのその悩みは、あと1週間程だろう?」

「その間、私がどれほど生殺しにされているか、お前には想像もつかないだろう?」

「……あの、ヴィル様を生殺し……――一体何が?」


 デヴィッドに、あの、と言わすくらいには、ヴィルベルトの様々な過去の話は耳に届いていたようである。


「……聞いてくれるな。思い出したくもない」

「――今、全く相手にされて居ない俺より、ヴィルベルトの方が可哀想に思えてきたよ。……元気だせ?」


 哀れみの顔でデヴィッドがそう言うと、ヴィルベルトが眉を顰めて、更に言うのだった。


「元気だと体が辛い」


 その一言が、全てだった。


「……良い店紹介しようか?」


 残念な好青年……もとい、ヴィルベルトを見て、デヴィッドはそう言った。


「そういう話じゃない」

「分かっているって。愛してるのだな、婚約者を」

「お前にもそのうち分かるさ」


 テラス席は、人が疎らにお茶を楽しんでいた。

 その間を縫うように、気持ちの良い爽やかな風が流れていく。


「――だと良いがな。全く、縛られる苦しさを越えられるとは、羨ましいよ。本当に」


 苦笑を零して、デヴィッドはそう言うと、再び、目の前の紅茶を一口飲み、言葉を続けた。


「そういえば、バチェラーパーティーの参加者なのだけどな、アーサーと、マイケル、俺にお前、あと、ジョシュアはどうする?」

「ジョシュアに予定が無いというなら、来て欲しいと思うが……、采配はお前に任せるよ」

「ヴィルベルトが、嫌じゃないなら呼ぶよ。そろそろお前達は、正式に和解した方が良い」


 バチェラーパーティーとは、独身最後を祝うパーティーである。

 デヴィッドは、ジョシュアとヴィルベルトが疎遠になっているのを気遣い、このパーティーに呼ぶというのである。

 さっきまで、下世話な話をしていたとは思え無いほど、友情に熱い人間である。


「ああ、助かるよ」

「それで――、イリーナ嬢とはいつ取りなしてくれる?」


 話が色々進んだが、結局、デヴィッドにとっての主題はそこだった。

 ヴィルベルトは暫く考えた後、言葉を発した。


「……お前はどれ程まで待てる?」

「早ければ、早いほど!」

「では、5日後か。たしか、5日後に、イリーナ嬢の派閥が参加する予定のパーティーが有るそうだ。私がそこで、彼女を見つけて、執り成そう」

「助かる!! そこで、ヴィルベルト、俺はもう失敗出来ないのだ! 何かアドバイスを頼む!!」


 両手を合わせて、デヴィッドがお願いしてきた。

 デヴィッドが、ヴィルベルトに、そこまでするのも珍しい、と驚いたヴィルベルトは、溜め息をついて、デヴィッドに答えたのである。


「……――危険だと思う時ほど平静を保て」


 清々しいまでの青空の下、ヴィルベルトは、アイヴィーとのやり取りを思い出して、デヴィッドの質問にそう答えた。


「それは、教訓か何かか?」

「そのような物だな。女性は遊び回る蝶のようだからな。男を虜にして幸せな夢を見せる生き物なのさ」

「女性が蝶ねぇ。……そうやって、胡蝶の夢にかけて数々の女をたらし込んできたのか……」


 なるほど、と何度も頷いて答えるデヴィッドを見て、ヴィルベルトは、眉を顰めて答えた。


「人聞きの悪い事を言うな。私は、アヴィーしかたらし込もうとしていないし、アヴィーにしか、夢現を疑った事はないよ」

「じゃあ、今までの女性は?」

「何事もますば、行動してみない事には良し悪しは、分からないものさ」


 ヴィルベルトは、平静と笑顔でそう言った。


ヴィル様、詩人ですね。

愛に触れると詩人になるらしいので、その影響ですかね。


結局、ヴィルベルトは、惚気る事が、テンプレートでした。真面目に友人に協力しようよ!(笑)


ごま豆腐

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