ジョシュアのその後
ジョシュアは、アイヴィーに振られてから、仕事ばかりしていた。
失恋を忘れる方法は『昔を思い出さない事が第一である』と、先人が言っていたのを思い出したからである。
しかし、今日は違っていた。
カフェにて、男女が丸テーブルを挟んで向かいあっている。テーブルには、紅茶が2つとフルーツタルトが並んでいた。
そして、丸テーブルに座っている男の目の前には、アイヴィーの姉であるウェンディが座っていた。
野ばらと言われ、社交界を騒がせている、その可憐な女性が。
「それで――、お話とは何でしょうか?」
ジョシュアは、目の前にあるカップに入った紅茶を一口飲んで、ウェンディに尋ねた。
「実は、私、今度アイヴィーのブライズメイドをする事になりましたの。ですから、ジョシュア様に、グルームズマンをお願いしようかと思いましてお伺いしましたの」
ニコリと優しげに微笑むウェンディがそう言うと、ジョシュアは苦笑を零した。
グルームズマンとは、新郎の付添人のことで、結婚式での司会や進行のサポート役の男性である。
そして、そのグルームズマンは、新郎の友人や兄弟が選ばれることが多く、新婦の付添人であるブライズメイドと人数を合わせるのが慣わしであった。
「……アイヴィーとヴィルベルトは、その事をご存知なのですか?」
「ええ、約束させましたので、ご心配には及びませんわ」
その時、チリンチリンと、店の扉が開いた音がした。
ニコリと微笑むウェンディと何と返答したものか悩ましげに眉を寄せているジョシュアの間に言い様のない微妙な空気が流れている。
ジョシュアは、アイヴィーにプロポーズして、振られた立場である。
その血縁関係上、結婚式に参加しない、という選択は出来なくとも、あえて、グルームズマンに名乗り出るつもりは無かった。
おそらく、ヴィルベルトもジョシュアをグルームズマンに指名しないだろうと、思っていた。
それが、まさか、目の前の可憐な女性が、「約束させた」と言って、グルームズマンを指名してくると、誰が考えただろうか。
「大変名誉な事だと思うが……僕はその立場には相応しくないと思う。何と言っても、僕は、花嫁に恋慕した人間だ」
「それは、存じ上げておりますが、だからこそ、グルームズマンとして、参加なさって、二人を祝福して下さいまし。それが、器の大きさの見せ所でございましてよ。そして、私を嫁にもらって下さいまし」
目の前のウェンディは、その可憐な見た目からは、想像もつかない驚きの発言をした。
まさかの逆プロポーズである。
しかも、グルームズマンの打診のついでとばかりに、気軽な感じで。
ウェンディの突然の発言にジョシュアは、そのタレ目を見開き、青い瞳が驚きを顕にしていた。
「今、なんと?」
「器の大きさの見せ所、と」
「いや、ちがう、そこでは無くて!!」
「グルームズマンとしてご参加下さい、と」
「いやいや、そこでは無い!!」
「では、何処でして?」
そう言って、全く分からないとばかりにウェンディは、首を少し傾いで見せ、綺麗な波を描いている金の髪が、はらりと傾いだ方に流れた。
「い、今、聞き間違いでなければ、あ、貴女を嫁にと」
「あら、聞こえていたのではありませんか」
ウェンディが、楽しそうに目を細めて口元を覆い隠し、ふふふ、と笑ってみせると、ジョシュアは言い難くそうに、アイヴィーとよく似た髪のウェンディに言った。
「僕は、まだアイヴィーの事が忘れられないので……」
「ご安心なさって? 時間の問題ですわ」
遠回しにウェンディの申し出を断るジョシュアに、ウェンディが、気にも止めない、と言った風にそう答えた。
「だが……」
「私、アイヴィーとお付き合いしてるジョシュア様をずっと見ておりましたのよ? ですから、ご安心なさって。ジョシュア様のお気持ち、よく理解しておりますの。そして、私を嫁にもらって下さいな」
「な、何故そうなる?」
「あら、私、お好みにそぐいませんか? 見た目は悪くないと思っておりますけれど、少々年が行き過ぎですから、それが、ダメでしょうか?」
ジョシュアの気持ちも疑問もその意図しているところも完全に無視して、ウェンディは話を続ける。
「それとも、もう既に新しい恋を初めていらっしゃるのでしょうか?」
「だから、僕は、まだアイヴィーが……」
「そうでしたわね。私、アイヴィーの姉ですのよ。似てますでしょう? 少しは慰みになりませんか?」
「な!! 女性がなんという破廉恥な事を仰るのですか!」
「まあ、破廉恥にさせたのは、ジョシュア様のそのお言葉でしてよ。責任……、取ってくださいますわよね?」
ウェンディの手練手管は健在であった。
ニコリと微笑むと、その優しげな言葉の響きに惑わされそうになるが、その言葉は、確実にジョシュアを脅迫している。
暫く沈黙したのち、ジョシュアは、諦めたかのように溜め息をついて、
「……分かった。グルームズマンは引き受けよう」と、答えると、ウェンディが、尚も言葉を続けた。
「そして、私も引き受けて下さいまし」
まるで、これも買って?とでもお強請りするように、再び気軽に婚姻を申し込むウェンディ。
そして、思わず、顔を赤らめて、少し恥ずかしそうに怒ったジョシュアは、
「それと、これは話が違う!!」と答えると、ウェンディは眉を下げて悲しそうに言った。
「まぁ、お寂しい事を仰られるのね。私、こう見えてもか弱いのですよ?」
ウェンディのその悲しそうな態度を見てもジョシュアは、その態度を軟化させる事はなく、腕組みをして、髪の色と同じ丁寧に整えられた栗皮色の眉を訝しげに上げたのである。
「何処が、か弱いのか。野薔薇の名に相応しく、きちんと棘を持っていらっしゃるではないか」
「あら? 私を野薔薇とお認めになって下さいますの? 嬉しいわ」
「な、何故そうなる? 僕は今、嫌味を……」
「私が野薔薇のように美しいとお認めになってくださったのでしょう? 慕っている方にそのように言われて、喜ばない女性が居たら教えて頂きたいわ」
そう言って、ウェンディは、ほほを染めて、可愛らしく怒ってみせるのである。
怒る素振りまで愛らしいとは、何という事だろうか。
正に全面包囲の女子力である。
これなら、ジョシュアが相手でなくとも、その愛らしさに、庇護欲を駆り立てられ、その拳を広げて受け入れてもおかしくない。
「そ、それが、アイヴィーが言っていた、恐るべき女子力なのか……?」
ジョシュアは、ウェンディの想像を超えた手練手管に恐れ慄いて、思わず呟いた。
「あの子の言葉は、忘れて下さいまし。変わりに、私の言葉を覚えて下さいな」
ウェンディは、上目遣いで、不機嫌そうに全く見えないその顔で、不機嫌な声を上げて、ジョシュアにそう言った。
「……貴女の言葉……ですか?」
「ええ。そうですね――まず、『愛しているよ。ウェンディ』というお言葉を覚えて下さいまし」
ニコリと悪気なく微笑むウェンディ。
何という御言葉を……。
流石、恋愛至上主義、肉食系女子のウェンディである。
逆プロポーズに引き続き、愛を囁やけとのたもうた。
ウェンディが再び、ニコリと首をかしげて、その愛らしい顔を全開に使った動作でもって、ジョシュアを虜にしようとしている。
そして、ジョシュアは、というと――、もう、ウェンディの発言についていけてなかった。
ただ、顔を赤く染めて、ポカンと口を開けているだけである。
その様を見て、ウェンディが、可愛らしく口の中に、テーブルの上にあるフルーツタルトを綺麗に切り分け、ジョシュアのポカンと開いた口に無理矢理、押し込んだ。
「な、何を……!!」
ジョシュアが手のひらで口を覆い隠しながら、モゴモゴと咀嚼した後、文句を言うと、ウェンディが楽しそうにほほをゆるめて、
「甘いでしょう? 私と一緒に居たら、いつもそのタルトの様に甘い気持ちになれましてよ」と、自己アピールをしてくるのであった。
ジョシュアは、久しぶりに食べた甘いケーキに、暫しアイヴィーの事を忘れる事が出来たのだった。
大団円を目指している訳ではありませんが、ジョシュアの失恋は、ウェンディの手によって、少し癒やされていると良いな……。
落ち着いて考えてみれば、ウェンディの肉食系レベルに驚きですね。本当に、たまたまです。
ウェンディは心の優しい肉食系。人のものを無理矢理奪おうとは考えていないはず!!
ジョシュアだけは、早めに救済したくて、早々に投稿しました。
以降の投稿は、まだ未定です。すみません。
ごま豆腐




