訪問と理由
次期公爵様が到着すると、興奮したアイヴィーの母は、次期公爵様にほとんど会話を振ることなく、一人で話し続けた。
その様子をみていたアイヴィーは、自身の母をなんとか宥めすかして、応接室から退出してもらった。
アイヴィーの母である、男爵夫人が部屋をでて行った所で、一息ついき、次期公爵様に、母の非礼を侘びた後、先触れの件に改めて触れた。
「それで、先触れに触れてあった謝罪の件ですが、もう、先日十分に謝罪は受け取ったと思っていましたの。
ですから、このようにわざわざ、お忙しい中ご足労いただいて、大変申し訳なくて。本当に次期公爵様はお優しくて、素敵なかたですのね。ですから、もう謝罪などお気になさらないで――――もう、このお話は終わりにしてくださいませね。」
相変わらず、ウェンディのご教授通り、笑顔を崩さないように、最大限の笑顔を貼り付けて。
だってですよ、だって、どう考えてもこの屋敷に次期公爵様がいらっしゃる意味が分からない。
何回も理由を想像しても、わざわざ、ご訪問いただく理由ってどんな理由?って思ってしまう。
―――実は少しだけ思いついてる。本当は、思いつきたくないのに、消去法でいくとそれしか残らないという・・・。
もう、絶対この前のお見合いの返事だよね?
しかも、わざわざ、徒労をするということは、それなりに礼をつくしたい内容って事ですよ。そうなると、もう、確実に答えはひとつなです。
つ、まり、この前のお見合いが別人だという事ばばれた、としか思えない!
そして、その報復に次期公爵様はいらっしゃた・・・と・・・私の首が危ない!!
誰か、助けてください!私は危険な目にあいたくない!命はひとつしかないのです!!
って、もう、目の前に座っていらっしゃいますよね。逃げられないのは、承知してます。
いま、覚悟をきめました。
ここは、なんとしても口八丁で乗り切るしかない!!
アイヴィーが、自らの命を懸けて戦いを決意している事など知らない、次期公爵であらせられるヴィルベルトが静かに口を開いて答えた。
「あぁ、わかった、その話はもうこれ以上しない。それで、ウェンディ嬢、貴方に、改めて話しておきたいことがあるのだ。聡明な貴方なら既に察しているとは思うが、私は貴女と会ったあの日以来、貴女に興味をひかれていてね。だから、貴女に会いにきたんだ。」
・・・っですよねー!!そうですよねー!
高飛車にもそれ以外の理由は、当然のように、排除してましたよ!!
ええ、ええ!!それ以外の理由でのご訪問だった場合、目が飛び出す程驚きますよ!!!
思わず、ずっこけそうになりましたよ!!なんですか、その見事な間をはずすようなボケ具合は!!思わず乗ってしまったじゃないですか!!
・・・と、いうか!!!私が聞きたいのは、そこじゃない!!
何で私に会いに来たんだって話!!
興味を引かれただけじゃ納得しませんからね!こういう定番のパターンは、絶対裏があるにきまってるのですよ!
そこ、もったいぶらない!!駆け引きとか要りません、言わぬが花は要りません!
はい、復唱!言わぬが花は、要りません!!!
そんな簡単に私の首は上げません!!そもそもその、興味を引かれたは軽くフラグのにおいしかしませんが!!
前回のお見合いの際、アイヴィーが、ウェンディの助言を聞き入れ、正に今、復唱した言わぬが花を先にやらかしたのは、アイヴィーである。
それに気づかないまま、アイヴィーは、ウェンディお得意の微笑みを真似て携えて、答えた。
「―――まぁ。そうでしたの?次期公爵様にそのようなことをいっていただけるなんて、とても嬉しいですわ。ありがとうございます。ですが、一体、興味をひかれたとは、どうしてでしょう?」
ニコニコと、一切すきをみせず、崩れないこの表情筋のチート能力、本当に神レベル。とアイヴィーが感嘆しつつも、相変わらず、命がかかっているアイヴィーにとっては、内心一切穏やかに居られない。
そもそも、この前のお見合いで、断るっていってたじゃない。なんで、わざわざ会いにくるほど、何に興味ひかれたの?それが、聞きたいところだからね?
それが、主題だからね?
決して、私の正体が姉上様の偽者だった、なんて話題にたどりつかせないからね?
「・・・どうして、か。貴方はどうしてだと思う?」と、言って、美しい唇がきれいな弧を描き、たれ目気味の蒼の瞳を細めたイケメンことヴィルベルトから微笑みが溢れる。
その顔を見ていたアイヴィーが、笑顔を携えたまま、一瞬凍りつく。
な、な、何が、『貴方はどうしてだと思う?』っだ!!
も、もしかして、ばれてるのかとおもって焦ってしまったではないですか!!
イケメンだからって、イケメンだからって、そんな簡単に微笑まれても、簡単に魅了の魔法になんてかからないのですからね!!!!
この前言うことが出来なかった、質問を質問でかえすなぁーっ!ってあの有名な御言葉をいってやりたい!!
そもそも、わかってますか、次期公爵様。そんなね、笑顔一つ、微笑み一つで女の子が簡単に落ちると思ったら大間違いですからね!!
ですから、私の首が落ちると思ったら、大間違いなのですからね!
ついでに、前世の私だったら、その微笑み一つで、簡単に自供してましたけどね!
ええ、簡単に言質とられて、あやうく、胴体と頭が離れてしまうところでしたよ!
しかーし、現世での私は、人タラシスキルを持っている我が姉上様直々の過去の鍛錬のお陰で、簡単には騙されない、強さを手に入れているのです!
そんなに簡単に首と胴体が切り離されてたまるか!
どうだー!凄いでしょーう?驚きでしょー?
前世記憶等なくても、耐性もちの私には、イケメン無双許さない程度には、魅了の魔法の耐性ついてるのですよー!オーホホホホホっ!
今ばかりは、姉上様に感謝します、ありがとう、姉上様!
私は負けません!!
このイケメン公爵様、いや、魔王を撤退させ、再び、無事生還してみせます!!
こほん、と咳払いをして、アイヴィーは微笑みを強めて答える。
「残念ながら、わたくし、人のお心を読み解く術は持ち合わせておりませんの。」
アイヴィーは、「そんな事のためにわざわざ来るな」と念を送ってみる。
すっと、笑みを深め、上半身を前のめりにすると、両膝に両肘をついて、手をあわせた次期公爵様は、ここで、爆弾を投下させてくれたのである。
「私もお見合いした相手にここまで関心を寄せたのははじめてでね。正直、自分でもどうしたものかと、戸惑っているところなんだ。それで、お見合いのとき、君の言っていた言葉をおもいだしてね。今日貴方に会いにきたのだ。是非、ウェンディ嬢にこれからも協力を仰ぎたいのだが、かまわないだろうか?」