すれ違う二人 ヴィルベルト視点
ジョシュアが去り、ヴィルベルトは溜め息をつき、大量にある引継ぎと通常業務をこなしていく。
そうやって黙々と仕事をしている間だけは、アイヴィーの事を考えずに済むからである。
しかしそれは、再びジョシュアが現れ、ヴィルベルトに伝えた言葉によって、一気に変わった。
「今、門のところにアイヴィー嬢が居てな、言伝を頼まれたから、伝えにきた。門の前のカフェで待っているから、来てくれとさ……ヴィルベルト、良かったな」
そう言って、伝えたからな、と言って去ろうとするジョシュアを、ヴィルベルトが止めた。
「待ってくれ!今、すぐ……か??」
「さあ? 俺にはわからないな、終わってからでも構わないんじゃないか?」
「本当に彼女が??」
「なんだ、俺を疑っているのか?」
「いや、そうではないが……。そうだ、ジョシュア、お前、今日はもう仕事は終わっているのか?」
「ああ、丁度帰ろうと思っていたところに、アイヴィー嬢が現れてな。言付かったというわけさ」
「そうか、なら、私がアイヴィーの所に行くまで、相手をしてもらえないだろうか? そろそろ日も陰ってくる頃だ。女性一人では、何かと心配だ、頼む!!」
ヴィルベルトが、頭を下げて、お願いすると、驚いたジョシュアが、息を落として了解し、執務室を後にした。
そして、ヴィルベルトは急いで、目の前の仕事に取り掛かったのである。
(早く、この仕事を終わらせなくては。
早く、アヴィーに会いに行かなくては。
早く、この気持ちを伝えなくては。)
ヴィルベルトは嬉しかった。アイヴィーが会いに来てくれた事が。
だが、目の前の仕事を放り投げる事を周りが許してくれるはずもなかった。
だから、可能な限り仕事を最速で終えると、顔を上げて時計を見た。針は、夜の10時を回ろうとしていた。
流石にもう帰って居るかもしれない、とその事がヴィルベルトの頭を一瞬かすめたが、そんな事には構っていられなかった。
そして、早る足を止める事が出来ず、なりふり構わずに、アイヴィーが待つというカフェにかけてきたのである。
カフェの前につくと、ヴィルベルトは、店に入る事なく立ち止まった。
目の前では、アイヴィーを庇うように、男性から守っているジョシュア。
アイヴィーに触れようとする男性。
そして、再び恐怖に顔を歪めたアイヴィー。
それだけを見て、ヴィルベルトは状況を、理解した。
そして、この状況にさせてしまったのは、自分なのだと、後悔し、己の中から怒りがふつふつと湧いてくる。
(何が、彼女を守りたいなど!!
彼女を今、危険な目に合わせているのは、他でもない、私が彼女にすぐ会いたいという欲望に彼女を付き合わせてしまったからではないのか?!)
ヴィルベルトは、自分の拳を強く握りしめ、自分自身に向かう怒りを堪えていた。
(ただでさえ、彼女を恐怖に怯えさせたかもしれないというのに! 何故、私は、自分の気持ちを優先してしまったのか! 再び、今度は他人の手によって、彼女に恐怖を与え、怯えさせてしまったのか!
ジョシュアに頼まずとも、他にもやり方はあったはずなのに、何故、それをしなかった?!
何故、彼女をこのような目に合わせてしまった!?
何故、ジョシュアに頼ってしまった!?
何故、私は、すぐ会いたいなど……!
何故、私は、すぐ彼女に気持ちを伝えなければなど……。
――――これでは、まるで、ジョシュアの為のお膳立てではないか。)
何故、何故と繰り返すヴィルベルトは、己の不甲斐なさと悔しさで、いっぱいになった心で、アイヴィーとジョシュアの二人が立ち並ぶ姿を目に映した。
そして、その二人の映画のワンシーンの様な姿を見て、一気に忙しなく荒れ狂う心が凪いでいった。
(恐怖を与えた私より、約束一つ守れない私より、ジョシュアの方が十分誠実で、彼女に似合うのではないのだろうか……。
友の頼み一つで、こんな時間まで、そして今も彼女を守っていてくれる素晴らしい男が、ここにいるではないか……。
私は――――彼女と離れたくないという理由だけで、彼女にとって一番素晴らしい相手と結ばれる可能性を奪っているのではないか?
これ以上、彼女を苦しめ、危険に合わせ、恐怖を与える男より、優しく側にいて守ってくれる男の方が良いのではないだろうか?
約束一つ守れない、意地悪だと言われてしまう男と、側に居たいと彼女が思ってくれるだろうか?
そんな男が彼女を守ると言ったところで、彼女が頼ってくれるだろうか?
『お前が、守らなくとも彼女の事は彼女の親や必要であれば、この国が守る』)
ヴィルベルトは、父の言葉を思い出した。
そして、ヴィルベルトが、アイヴィーと一緒に居たいというだけの無責任な欲望のせいで、一人苦しんでいただけだと、ようやくアイヴィーとの関係に答えを見つけた。
(父上が言っていたな……。
『納得なぞ、必要ない』と――)
ヴィルベルトは、アイヴィーにとって何が幸せなのか、わからない。
だけど、少なくとも、ヴィルベルトと一緒に居る事では無い、とようやく諦めの気持ちがついたのだった。
(こんな約束一つ守れない無責任な男が、彼女の幸せを、私が奪うわけには行かない――な)
しかし、気持ちに納得出来たとしても、アイヴィーを愛していて、そばに居たいと思う恋情は、すぐさま心から離れてくれるはずもなく、ヴィルベルトの心を覆いつくそうとする。
(諦めたくない――、納得したくない――。
『感情は後からついてくる。そういうものだ。』
――全く、父上は何処まで残酷で、優しいのか……。)
ヴィルベルトが、父の言葉に、自身の感情を諦める術を指し示していてくれた事に苦笑すると、アイヴィー達の前にいた男性達は姿を消していた。
そして、ヴィルベルトを見つけた、アイヴィーによって声がかけられた。
「ヴィルベルト様!!」
アイヴィーに声をかけられたヴィルベルトがゆっくりと二人に近づいていく。
そして、アイヴィーが、ヴィルベルトをしっかりとその瞳に捕らえて、声を発しようとするのを、手で制した。
アイヴィーが、ヴィルベルトに何を伝えたいか、その声を、その言葉を無理矢理止めて、声を発した。
(ここに来ても私は、アヴィー貴女のその声で、別れを告げて欲しくないと――。)
「アヴィー、貴女は……いえ…………その前に、私達、もう、今日でお会いするのは、止めましょう」
(これ以上、貴女に嘘つきと思われたくない――。
貴女を傷つける男と思われたくない――。
そんな風に思われたまま、関係を続けたくない――。)
「え?? そんな、私まだ何も……」
「ですから、もう、こんな時間まで私を待つような事は止めてください。それから、貴女は、早く自宅に帰りなさい。ジョシュア、悪いが彼女を自宅まで送って行ってくれないか?」
「あ、ああ、構わないが……」
「では、私はこれで失礼させてもらう。後は任せたよ、ジョシュア」
そう言って、ヴィルベルトは踵を返してアイヴィーの目の前から、あっという間に居なくなった。
(私は、これ以上貴女に嫌われたくないのだ――。
こんな、嘘つきで恐怖を与える私を貴女は許してはくれないだろう?
だから、貴女を恐怖に怯えさせる私は、離れるから、どうか、どうか、貴女は幸せに――。)
ヴィルベルトはアイヴィーから離れる中で、せめてアイヴィーが、これから先笑顔でいれる様に願っていた。
この恋情を忘れるその時まで、それだけは、願わせてくれと、思いながら。
そして、ヴィルベルトが去った後、アイヴィーが涙に頬を濡らしている事を知らないまま、ヴィルベルトは一ヶ月後、隣国へ赴いた。




