ヴィルベルトは頑張っている
ヴィルベルトは、アイヴィーとの約束を果たす為、日夜奔走していた。
そして、準備も大方終わったと思われるヴィルベルトは、こめかみに指を当て、机に肘をつきながら、考えていた。
「やはり、あの人には、直接お声、かけておかないとだよな……」
難しい顔をして、そうつぶやくと、ヴィルベルトは、机から離れ、出かける準備を始めた。
◇◆◇◆◇
ヴィルベルトが到着したのは、毎日通っている王宮の管理棟である。火山灰を使った白い石畳の上を財務省に向かって歩いている。
そこへ、資料を手に持ったタレ目が印象的なジョシュアが現れて声をかけてきた。
「やぁ、ヴィルベルト! 元気か?」
「ああ、ジョシュアか。会うのは、パーティー以来か。元気か?」
「そうだな。こちらは、相変わらず、といったところだよ。ところで、ヴィルベルト、今度、例のおもちゃの特許取得を祝うパーティーを開くそうじゃないか」
「ああ、そうなんだ。先日、バークス家には、招待状を送付したから、もう届いていると思っていたが?」
「ああ、届いているよ。しかし、おもちゃだというのに、随分様々な方に声をかけているとか」
ジョシュアが、そう尋ねると、ヴィルベルトは、腕を胸の前で組んで答えた。
「まぁ、な。アヴィーの為だよ」
するとジョシュアは、眉を持ち上げ、目を開いて、更には両手てまで広げ、オーバーに驚きを表現して、言葉を発した。
「おいおい、ヴィルベルト、本気か? そこまで、惚れているのか?」
「何を今更」
「いや、確かに、美しい女性だったが……男爵家だろう? 持参金や相続する土地等も期待出来ないし、一体彼女に何が有るっていうんだ?」
ジョシュアは、ヴィルベルトに疑いの眼差しをむけて、口を開いたが、ヴィルベルトは、少し頬を緩めると楽しそうに答えた。
「彼女は、普通のご令嬢だよ。ただ、彼女の全てに、私が惚れて、色々世話を焼いているだけさ」
ヴィルベルトがそう言うと、ジョシュアは目を細めて、訝しげな表情をしたが、それ以上何も言わずに、別の話題をふってきた。
「ところで、ヴィルベルト、これから、何処へ?」
「ああ、レイノックス大臣のところへね」
「なんだ、仕事か?言付てなら、俺が言っておこうか?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
「そうか。――ヴィルベルトも仕事をするのだな」
ジョシュアが楽しそうな笑みを浮かべてそう言うと、ヴィルベルトは片眉を器用に持ち上げ不満そうな顔で答えた。
「どういう意味だ?」
「いや、深い意味はないさ。ただ、ヴィルベルトは、いつも飄々としているから、いつ仕事をしているのか、不思議だったからな。普通に仕事をしているお前を見て驚いた……というところだな」
「何を人聞きの悪い事を。私だって、これでも、日々仕事に追われているのだぞ?」
そう、ヴィルベルトが、渋い顔をして答えると、ジョシュアは楽しそうに笑いながら、
「ああ、知っているさ」と言って、去っていった。
ジョシュアが去った後、ヴィルベルトは再び歩みを進めて、重々しい扉の前に辿り着き、秘書に名前を告げると、そのまま大臣室に案内された。
中に入ると怜悧な印象のシルバーグレーの髪と高い鼻の老年の男性が、革張りの重厚な椅子から席を離れて、ヴィルベルトを暖かく向かい入れてくれた。
そして、秘書にお茶の準備を頼み、お茶が運びこまれ、二人きりになると、まず、ヴィルベルトが先触れを出したとはいえ、アポイントを取らずに訪問し、それを快諾してくれた事に礼を述べた。
その後、その老年の男性が、口を開いた。
「いやぁ、ヴィル坊ならいつでも構わないよ。それにしてもヴィル坊は、随分見ない内に大きくなったなぁ。アルフレッド卿はお元気か?」
「ええ、祖父は、ご存知の通り、相変わらずですよ。レイノックス大臣もご健勝のようで、なによりです」
「そうはいってもな、年にはなかなか、勝てないよ。最近は、衰えてきたせいか、腰が痛くてね。そろそろ杖でもついても歩かねばならないかもしれん」
「また、ご冗談を。先日、狩りで、立派な牡鹿を仕留めていらっしゃったと、お伺いしましたが」
ヴィルベルトは、レイノックス大臣と呼んだ老年の男性の方を向いたまま、笑顔でそう答えると、レイノックス大臣は、ニヤリと口元を三日月に歪め、突然、大きな声で笑いだし、自身の膝をバシバシと叩いた。
「あーはっはっはっ!! いや、愉快、愉快。ヴィル坊には愛しの君が現れたから、もう私の事などかまってはくれないだろうと思っていたが、早計だったな。悪い、悪い」
「何故、そんな事を考えるのですか」
「何故か? だと? では、聞くがな、何故、私をお披露目パーティーに呼ばなんだ」
ここにもお披露目パーティーに呼ばれず、不満を抱いている人物がいた。
ヴィルベルトが表情を変えずに何も言わないでいると、レイノックス大臣は、更に続けて文句を言う。
「私の部下のバークスは、先日そのパーティーとやらに呼ばれたと、随分楽しそうに話してくれたよ」
「……身内だけの小さなパーティーでしたので」
「ほう、という事は、私とヴィル坊は身内ではないと?」
「血縁関係は無かったと記憶しておりますが」
「……分かった。今日の話は、そろそろ終わりにしようか。何、私は、これでも忙しい身でね。折角、訪ねてきてもらって悪いが、お引き取り願おうか」
そう言うと、レイノックス大臣は、笑顔で、ヴィルベルトが入ってきた扉の方を手のひらで指し示すと、ヴィルベルトに帰る様促した。
「その事は謝罪します。ですから、今度のパーティーにお呼びしようと直接伺ったのですが、お忙しいなら、仕方ありませんね。招待状は、此処に置いておきますので」
「ん? 何、パーティーだと?」
そう言って、ヴィルベルトが席を離れようとすると、レイノックス大臣は、待て待て、と手を軽く上下させて、ヴィルベルトを制すと、ヴィルベルトが置いた招待状を広げて中身を確認した。
そして、招待状に一通り目を通したレイノックス大臣は、片眉を上げて眉を寄せながら、ヴィルベルトに尋ねてきた。
「何を企んでる?」
「……何も。ただの祝賀会兼お披露目パーティーです。ですが、一応、他国の方もお呼びしたりしておりますので、今後、税やその他の事等でご迷惑おかけするかもしれません、とだけは一応お伝えしておこうかと」
「……そういえば、何日か前に外務省の役人から話がしたいと連絡があったな。まさか、それもヴィル坊のこのパーティーと関係が?」
「ええ、おそらく。まぁ、私も商売の事は詳しくないので、上手く行くかは分かりませんが……上手く行けば、この国の益をみすみす他国へ逃す事になりかねないので、一応お知らせしておきます」
そうヴィルベルトが笑顔で答えると、目を丸くしたレイノックス大臣は、再びニヤリと笑って頷いてから、ヴィルベルトに尋ねてきた。
「それで、もちろんそれだけの為にわざわざ私の所に来たりしないだろうな?」
「――やはり、そうですよね。」
「これでもまだ大臣を賜っているからな、そう簡単に引きはしないさ」
「これは、外務の友人にはまだ話していない事なのですが……、当日、この機械を使った綿を披露する予定です。」
「綿? というと布地か?」
「ええ。布地の綿ですね」
「たしか、聞いた話だと、この機械では、殆ど糸は紡げないと言う話だったと聞き覚えていたが?」
「ええ、あの時は、そう、でした。」
ヴィルベルトがニコリと笑顔をつくってそう答えると、レイノックス大臣は、再び口元を三日月形に歪ませ、ヴィルベルトを、見て言った。
「やはり、ヴィル坊は、アルフレッド卿のお孫さんという事だな! 話を聞く度に若かりし頃の気持ちか蘇ってくるよ」
「お褒めに預かり光栄です」
ヴィルベルトが、胸に手を添えて、軽く頭をたれると、レイノックス大臣は、続けるように、再び言葉を発した。
「それで、後は、どなたをこのパーティーに呼んでいるんだ?」
「一応、王子殿下にもお声をかけてあります。あと、父上にも一応伝えてありますね……」
ヴィルベルトは少し嫌そうな声でそう答えると、レイノックス大臣は、人差し指と親指を顎に添わせながら、言った。
「ほう、王子に宰相までか。随分大掛かりなパーティーじゃないか、たかだか特許如きで、随分と豪勢だな」
「……本当は呼びたく無かったのですけどね。王子は何処から聞きつけたのか、催促してこられまして。呼ばないと殿下の仕事を大量に回してやる、と脅されましたので、仕方なく。……そのせいで、父にまで声をかける羽目になりました。最悪ですね。本当に」
ヴィルベルトは笑顔のまま、悪気なくそうまくしたてると、最後に溜め息をついた。
それを見ていたレイノックス大臣は、眉を寄せて、残念そうなものを見る目をして、ヴィルベルトに言った。
「ヴィル坊、いくら殿下と兄弟の様に育ってきて仲が良いと言ってもな、いくらなんでもその……その言い様は、無いのでは無いか?」
「殿下は、あのような性格ですから、多少改善された方がよろしいかと。何かと理由をつけて、仕事を放り投げて、何処かに行かれるので、こちらとしても、手を焼いているのです。ご理解ください。」
全く悪気なく、そう答えたヴィルベルトを見て、レイノックス大臣は深く溜め息をつき、肩を落とすと、
「宰相も大変だな……」と、小さく呟いた。
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ジョシュア再び登場!
この回、書くか非常に悩みましたが、ヴィルベルトの立場上、外務だけだと、どう考えても角が立ちますよね……。と言うわけで、恋愛とはあまり関係ありませんが、かきました。
次話から、パーティー始まります!
至らないところも有るかと思いますが、今後ともお付き合い下さると嬉しく思います。




