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買い物と小休憩と

ご覧下さりありがとうございます。


遅い時間ですが、投稿します。


少し長いですが、デートも後半です。

次話でおそらくデート回は、終われると思います。


ごま豆腐

 アクアリウムから出た二人は、そのまま、キャリッジに乗り込む事なく、近くを散策する事になった。


 相変わらず、腰に手を回しているヴィルベルトに、アイヴィーが、不機嫌な声で言った。


 「ヴィルベルト様、もう少し離れて歩いてくださいませんか??」

 「どうしてでしょうか?」

 「歩き難いからです。」


 アイヴィーにそう言われたヴィルベルトは、暫く眉を寄せ、空いている右手を顎に曲げた拳を当てて考えた後、満面の笑みを浮かべて、

 「・・・では、私の腕に手を回して下さい。」と、答えた。


 その答えを聞いたアイヴィーの口角が、一際高く持ち上げられ、引きつった笑みをしたものの、少し間を置いて落ち着きを取り戻すと、一度ごほん、と咳払いし、引きつった笑みを正して、答えた。


 「嫌です。」

 「そうですか。それでは、残念ですが、このままで居るしかえりませんね。出来るだけ、ゆっくり歩きますからご心配なさらないで下さい。」


 全く残念そうな顔をしていないヴィルベルトは、笑顔のまま、そう答えると、アイヴィーの腰に手を回した状態で、再び歩き始めた。


 アクアリウムを出てからの二人は、この調子で、ずっとやり取りを繰り返している。


 (まーおーうーさーまー!


 これじゃあ、私が、アクアリウムで、あんなに頑張って、距離を保とうとしている意味が無いではないですか!


 私は魔王様と恋しない!好きになら・・・これ以上好きにならない!って決めてるのです。


 だから、この密着を何とかしたいのです!

 お願いですから、何方か、なんとかして下さい、この魔王を。)


 「それで、アヴィー、今日は貴女の誕生日のお祝いをさせて頂く為にデートして貰っているので、お祝いに何かプレゼントさせて下さい。」


 商業区を歩きながら、ヴィルベルトが突然、そう言った。


 「え?あ、はぁ・・・。」


 アイヴィーは、気の抜けた返事をして、促されるように、ヴィルベルトと歩いていく。


 (そういえば、今日のデートの名目って、そういう話でしたね。

 スッカリ頭から抜け落ちていましたが。


 まさか、誕生日――正式には明日が誕生日ですが――に男の人とデート出来る日が来るなんて思っても居ませんでした。


 前世でも、現世でも、誕生日は、仕事か、家族に祝ってもらった事しか有りませんでしたからね。


 元とはいえ、彼氏が居た事もあったのに何故でしょうか。


 しかも、明日は誕生日だというのに、気付きたくない気持ちに気付いてしまいましたし!!


 なんという悪魔の様な日なのでしょう?


 ミステリーは始まらないし、さっきから、心臓が溶けかけて、息が・・・息が苦しいです。)


 ふぅ、と溜め息をついたアイヴィーは、目の前のアクセサリー店のウィンドウに飾られている、ネックレスに目を止めた。

 そのネックレスは、深く吸い込まれそうなほど透明感のある深緑の色をしたシンプルな作りの石だった。


 「これが気になりますか?それなら、入って見せてもらいましょう。」


 アイヴィーの返答を聞く前にヴィルベルトは、アイヴィーを連れて店に入っていき、店員に先程のネックレスを出してくれるよう頼み、流れるように店員から簡単な説明を聞き、アイヴィーと石を交互に見ながら、頷くと、アイヴィーに何も言わないまま、

 「これを包んで下さい。」と、言って、早々に会計を済ませた。


 店員がネックレスを包装しに目の前から去ると、流石がにアイヴィーもこのよどみなく進んでいく流れに、驚いて、ヴィルベルトに声をかける。


 「ちょっと、ヴィルベルト様!!」

 「何ですか?」

 「私、これが欲しいなんて一言も言ってません!」

 「では、要りませんか?」

 「要るとか要らないとかでは無く、私へのプレゼントというのなら、私の意見を聞いてください!」


 最もらしいアイヴィーの力説にヴィルベルトは、ニコリと微笑み、頷くと、アイヴィーに言いはなった。


 「それも一理ありますが、プレゼントというものは、大概、善意の押し付けなので、これは、買います。貴女に良く似合いますから。」


 なんといういい草か。


 ヴィルベルトが、店員からネックレスが包装された箱を受け取るとアイヴィーの腰に再び手をまわしたまま、通りを歩き出す。


 「今度は、貴女の欲しいものを探しましょう。」


 店を出て数歩歩いたヴィルベルトは、そう言ってニコリと微笑んで、アイヴィーと商業区の石畳の上を歩いていった。


 商業区は、いくつか大通りに名前がついていて、アイヴィー達は、王宮から一直線上に走っている大通りを歩いていた。

 ここは、冬の生誕祭当日、王宮の魔法使いによって、木々に様々なイルミネーションが施され、その道は、お店やパレードで人々がごった返す様な誰しもが知ってる道だった。


 つまり、その道に並んでいるお店は、地代を払えるには有名なお店ばかりである。

 マダム・プティに始まり、多種多様な服飾店、ティアラという女性の憧れる宝石店、セルベアという鞄屋、ローズステルラという靴屋等、古豪に始まり、新鋭まで、そのブランドの品を一度は、身につけたいと女性が思うお店ばかり並んでいる。


 そんな大通りを歩きながら、ヴィルベルトはアイヴィーに次から次へと通りかかる店のウィンドウを見て、あれはどうですか?これはどうですか?とアイヴィーに質問を繰り返しては、店に入り、服を試着させ、靴を試着させ、帽子を試着させたアイヴィーを見て、笑顔で頷くと、

 「これを包んで下さい。」と次から次へと小切手を切っていく。


 買ったものの多くは、ヴィルベルト一人では、持ちきれないので、始めにかったネックレス以外は、後で、男爵家に運ぶ様にヴィルベルトが、アイヴィーの預かり知らない所で、勝手に手配してくれていた。


 そこまで行くと、もう、アイヴィーは何も言う気力すら湧いて来ず、『はいはい、魔王様クオリティでございますね』と、心の中でつぶやくのみである。


 買い物がなかなか止む気配を見せず、疲れてきたアイヴィーは、やっとの思いで休憩出来そうな、白いパラソルが素敵なテラスがあるカフェを見つけ、休憩を提案して、ヴィルベルトを連れてカフェにはいった。


 カフェに入り、案内された席に座りメニューを決めると、タイミングを計ったかのように現れた店員にヴィルベルトが、メニューの中から好みのアイスティーを注文した。

 そして、ヴィルベルトは、アイヴィーに何を頼むか尋ねてきた。


 アイヴィーは、そのメニューの端にあるカフェ・オ・レの文字に目を止めていた。


 前世日本人であるアイヴィーは、疲れた時はコーヒー、朝目覚めた時もコーヒー、仕事中の休憩もコーヒー、というほど、普段から愛飲している身近な飲み物だった。

 その、コーヒー(正確にはカフェ・オ・レである)が、目の前のメニューにある。


 そして、アイヴィーは無言のまま、店員にメニューを見せて、『カフェ・オ・レ』の文字を示すと、メニューを閉じた。


 店員は少し驚いた顔をしたものの、何も言わずに、会釈をして下がっていく。


 店員が下がって姿が見えなくなると、ヴィルベルトが微笑みながら、アイヴィーに尋ねてきた。


 「何を頼まれたのですか?」

 「・・・・カフェ・オ・レ を。」


 疲れきっているアイヴィーは、笑顔のヴィルベルトの圧力に抗う気力すらわかず、少し黙っていた後、観念し、手のひらで顔を隠して、小さな声でそう答えた。


 この世界、コーヒーは、男性が飲む飲み物という認識が非常に強い。


 女性が、頼むのは、ハーブティーか紅茶、でなければ、フルーツジュース、もしくは、トニックウォーター等である。

 兎に角、そこにコーヒーに関連する飲み物は含まれない。


 いくら疲れていたからとはいえ、思わずコーヒーを頼んでしまった後、男性であるヴィルベルトに飲み物を尋ねられ、アイヴィーは、己の行動に後悔していた。


 アイヴィーの小さな懺悔を聞いたヴィルベルトは、驚いた顔をする訳でもなく、一人納得すると、一人用のソファの背もたれに寄りかかり、その長い足を組んで、肘掛けに頬杖をついて、微笑んで、アイヴィーを眺めていた。


 ヴィルベルトから一切の反応が返ってこない事を不安に思ったアイヴィーは、顔を隠したまま、ヴィルベルトに尋ねた。


 「・・・何も仰らないのですか?」


 アイヴィーが、そう尋ね、顔を隠した手のひらの隙間から、隠し見るように、ヴィルベルトを見ると、笑顔のまま、アイヴィーを見ているヴィルベルトが居た。


 「何を言えば良いですか?」

 「女性がコーヒーなんて、とか。そういうたぐいの事です。」

 「・・・・私に女性を蔑めと?」

 「そういうわけではありませんが、そう言う風に思わないのですか?」

 「―――・・・もしかすると、建前では、蔑む事が有るかもしれませんね。ですが、基本的に私は、そんな事は、どうでも良いので、気にしません。女性が何を飲んでも女性のままで有ることは変わらないし、それに、アヴィーがコーヒーが好きだと言うのなら、何時だって、飲んで頂いて構いませんよ。」


 そうヴィルベルトが答えると、アイヴィーが顔を隠していた手をゆっくりと下げて、ホッと息を吐き、確認するようにおずおずと上目遣いで、ヴィルベルトに尋ねた。


 「ほ、本当に?」

 「私は、貴女に嘘をつきませんよ。」

 「そ、そうですか・・・。良かった。」


 (ん???良かった???


 な、なんで、私が、ヴィルベ―――魔王様の意見に左右されなくちゃいけないのですか!!


 別に、魔王様がコーヒーを飲む女性が好きでも嫌いでもどっちでも良いではないですか!!)


 アイヴィーが、自身の発言にツッコミを入れていると、丁度ヴィルベルトも同じ事に気付いたようで、アイヴィーに尋ねてきた。


 「その『良かった』は、私が、コーヒーを飲む女性が嫌いでなくて、良かった、ですか?それとも、コーヒーを飲む貴女が嫌いでは無くて良かった、でしょうか?」

 「・・・・。」


 思わず、アイヴィーの目が泳ぎ、口元が引きつる。


 「どちらでしょう?」


 アイヴィーのその態度を見て、確信を得たヴィルベルトは、笑顔を強めて、アイヴィーに尋ねてくる。


 「ええと、それは・・・」

 「どちらですか?」

 「・・・・・。」


 アイヴィーは完全に言葉に窮し、顔を赤く染めていた。


 丁度そこに、店員がやってきて、ヴィルベルトにアイスティーをアイヴィーにカフェ・オ・レを置いていく。


 そして、アイヴィーは、なんとかその場を誤魔化すように、カフェ・オ・レを一口飲んで、別の話題を切り出した。


 「そ、そういえば、魔術図書館で仰られてた、魔法の理屈って、いつ教えて頂けるのでしょうか?」


 アイヴィーの質問に溜め息をこぼしたヴィルベルトは、運ばれてきたアイスティーを飲んでから、微笑みながらアイヴィーに答えた。


 「何時でも、貴女が良い時に。」

 「で、では、私、もうすぐ卒業なのです。もう、授業も殆ど無いので、近々、ヴィルベルト様がお暇な時に、お時間作って教えて頂けないでしょうか?」

 「それは、構いませんが、アヴィー、進路の方はどうなっているのですか?研究所に進学するなら、そろそろ進学準備を始めなくて良いのですか?」

 「あ、はい。私、今期進学はしないので、大丈夫です。」

 「進学、なさらないのですか??何故また。」


 アイヴィーの言葉に驚いたヴィルベルトは、目を開いて、口を覆いながら、アイヴィーに尋ねた。

 アイヴィーは、話題が逸れた事に安心して、ヴィルベルトの質問に返答した。


 「本当は、進学予定だったのですけど、今回、ヴィルベルト様が協力して下さった特許が上手く行きそうなので、一年休学してから復学しようかと思っているのです。」

 「休学ですか?」

 「ええ、休学です。」

 「どうしてまた、その様にお考えになったかお伺いしても良いですか?」

 「はい。元々、この機械は、私がやりたい事の為に作ったと、前、言いましたよね?」

 「ええ、でも、糸が上手く行かないと。」

 「そうなのですが、昨日、工場長から連絡を頂きまして。綿の強度を上げる方法が見つかったそうなので、近々実用化に向けて資料を作りたいと連絡がありまして。」

 「そ、そうだったのですか。」

 「あ、わざと連絡しなかった訳じゃないてすよ?私もまだ、その綿を確認した訳じゃないので、今日お会いした時にお話して、お伺いしようと思っていたのです。すみません、すっかり失念していて、お知らせするのが、今になってしまいましたが。」

 「あ。いえ。大丈夫です。では、予定を調整して、近々その工場に見に行きましょうか。」


 そう言うと、ヴィルベルトは再びアイスティーを口に運び、そして、言葉を続けた。


 「それで、どちらの『良かった』なのでしょうか?」


 完全に話題をそらせる事ができたと思い込んでいたアイヴィーは、目が飛び出そうなほど見開くと、ヴィルベルトの顔を凝視し、再び言葉に窮してしまう。


 それをニコニコと楽しそうに見ている笑顔のヴィルベルト。


 とうとう、アイヴィーは、諦めて、眉を寄せて困った顔をし、言葉を発した。


 「・・・・ヴィルベルト様は、もうお分かりなのでしょう?」

 「いいえ?全く分かりませんね。」

 「・・・本っ当に意地悪な人ですね!」

 「貴女が素直になってくれれば、私の言葉の受け取り方も変わると思いますよ?」

 「―――私は、素直です。ヴィルベルト様が意地悪なのです!」


 その様な言い合いを二人でしていると、隣の席に二人のカップルが案内されて座った。


 案内されたカップルの男は、アイヴィーとテーブルの上のカフェ・オ・レを交互に見ると、女性に向けて言葉を発した。


 「なぁ、キャリー、僕は、貴女の様な女性と婚約出来て幸せだよ。」

 「まぁ。突然、どうなさったの?」

 「僕は、生意気に男の様な真似をして粋がる女性より、しおらしく、女らしい貴女が、僕を選んでくれた奇跡に感動しているよ。」

 「まぁ、ありがとうございます。そう言って貰えると、私とても嬉しいですわ。」


 男性にそう言われた女性は、両手で、赤くなる頬を押さえて、俯いて照れていた。


 その様を見た男性が、斜め向かいに座っているヴィルベルトの方に視線をやり、アイヴィーと自身の婚約者を見た後、嬉しそうに笑顔を作ると、注文を取りに来た店員に、メニューに書かれている飲み物を二人分頼み、ケーキを一つ頼んだ。


 アイヴィーとヴィルベルトは、いつの間にか、言い合いを止め、その二人のやり取りに耳を澄ませていた。


 そして、ヴィルベルトが一言アイヴィーに言った。


 「そろそろ出ましょうか。」

 「ええ。そうですね。」


 そう言って、殆ど手をつけてない飲み物を置いて、二人は席を立とうとした、その時、隣の席に二人分の飲み物とケーキが運ばれてきた。


 運ばれてきたケーキを男性が、

 「美しい君の為に。」と、言って、目の前の婚約者にケーキを差し出した。


 そして、女性が、再び顔を赤く染めて、お礼を言って、俯いていた。


 それを見ていたヴィルベルトが、思い出したかのように、先程買ったネックレスを包みから出すと、深い緑色をしていた石が、ワインのような鮮やかな赤紫に変わっていた。


 それに驚いたアイヴィーが目を丸くしてヴィルベルトを見つめて、尋ねた。


 「これ、先程の??確か、色は緑だったと記憶しておりましたけれど・・・」

 「ああ、アレキサンドライトですよ。光の色によって、石の色が変わる不思議な石ですね。いつも素敵な貴女に、この石は、良く似合います。」


 そう言うと、ヴィルベルトが、そのネックレスを包みから取り出して、アイヴィーの長くウェーブをえがいた髪を左に寄せて、その首にネックレスをつけ、

 「美しい貴女に。」と、一言言うと、アイヴィーのその細く白い首筋に口づけを落とした。


 そして、素早くアイヴィーの手をとり、アイヴィーを立たせると、腰に手を回しその場を離れた。


 その様子を隣で見ていた、男性は、口をポカンとあけた後、女性の方に視線をやると、笑顔のまま、青筋を浮かべた女性が、

 「・・・私はケーキ程度の美しさですか?」と尋ねていた。




 店を出た二人を迎えた空は、オレンジ色から深い蒼に変わろうとしていた。


 空の色を見てたヴィルベルトが、時間を確認する為に胸元にしまってあった懐中時計を出して、確認すると、時間の経過の速さに驚いた声をだし、アイヴィーの方に向いて、尋ねてきた。


 「今夜は、晩御飯をご一緒しても大丈夫でしょうか?」

 「あ、ええ。あまり遅くならなければ、大丈夫と言われております。」


 (うん、むしろ、

 『お父様の事は気にしないで、レベニスク次期公爵様と既成事実を作ってこい(要約)』と、お母様は仰っしゃり、

 『少しおそくなるくらいなら、姉がいくらでもお父様を誤魔化しておきますからね。(要約)』と、笑顔でお姉様が仰られていたとは、言えません。


 ああ、我が家のお母様も姉上様も、揃って、なんという貞操観念の軽さなのでしょうか!!!


 かわいい娘が、妹が、大切では無いのでしょうか??


 そんな事を言おうものなら、可愛いからいっているとか、言われそうなので、そんな事は言いませんが。)


 アイヴィーが心の中で自身の母と姉に対し文句を言っていると、公爵家のキャリッジが目の前にあり、再び移動の為にキャリッジにのりこんだ。


 キャリッジは、ガタゴトと揺れて移動していく。


 朝から濃密な一日を過ごしているアイヴィーは、その揺れのほど良さにまぶたが重くなり、視界が狭まっていき、気付いたら、ヴィルベルトの肩に寄り添うように、眠っていた。


 ヴィルベルトは眠っているアイヴィーを起こさないように、慎重になりながら、その髪に優しく口づけを落とした。

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