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デザートは甘酸っぱく冷たい

 ヴィルベルトが連れてきてくれたリストランテは、魚介料理がオススメという、落ち着いた淡黄色の壁が印象的なお店だった。

 地下の貯蔵庫にあるワイナリーから、料理に合わせて、ソムリエが、オススメのボトルを開けてくれる。


 おっ洒落ーな、お店だった。


 アイヴィーは、運ばれてきたコース料理を一つ一つ味わって楽しむみ、毎回美味しさに頬を緩ませる。


 (美味しい!!


 お魚が!新鮮な魚が手に入る距離ではないのに、全然生臭くないし、お魚の脂が、しつこくないのに濃厚な美味しさをもたらしてくれます!


 権力がある人は、良いものを知っている事が求められるらしいと何かで聞いた事がある気がするけれど、本当でしたねー!)


「お気に召していただけましたか?」


 最後のひと切れにフォークを指して口に含み、その状態で、話しかけられたアイヴィーは、フォークを口にくわえたまま、はしたなくもコクコクと顔を上下に動かした。


「それは、良かったです。」


 ヴィルベルトが、目元を緩めてそう答えると、美味しい料理に気分が高揚したアイヴィーが、口の中の料理を飲み込んだ後、ヴィルベルトに質問をして良い旨を確認し、魔術図書館を後にしてから、気になっていた事をヴィルベルトに尋ねた。


「ヴィルベルト様、どうして、魔術図書館に私を連れて行ってくださったのですか?」

「時間がそこしか取れなかったからです。」

「時間・・・ですか?」

「ええ。貴女を連れて行くのに、あの時間しか入室許可が降りなかったのです。」

「なんだか、凄い簡単に言ってますけど、やっぱり、本来は簡単に入れ無い場所なのではないですか?」

「本来は、一般人入館禁止の様ですね。ですが、今回は、誕生日のお祝いという事も有りますし、渡したいものの為にあの図書館の資料室に行く必要があったので、折角なので、ご一緒して頂こうかと、許可を頂きました。」


 ニコリと笑みを作って答えるヴィルベルト。


 そこへ空になったお皿を下げに長身の給仕がやってきて、会話を邪魔しない程度にサッとお皿を下げ、アイヴィーのグラスにトニックウォーターを注いでいく。

 それをアイヴィーが眺めて、給仕が去った後、おずおずと再び口を開いた。



「許可って、一体どなたに??」

「レオンハルト殿下です。」


 ヴィルベルトがよどみなく、笑顔で答えた。

 キラキラと眩しい笑みに目がくらみそうになる筈なのに、背筋に流れる緊張感は何故なのか。

 そして、アイヴィーが、ヴィルベルトのあまりの発言に言葉を失った。


「アヴィーもご存知の通り、殿下はとてもお優しいので、簡単に許可を出してくださりました。」


 (いやいやいや!!ちょっと待って。魔王様。


 私、知っていますけど、王宮内にある図書館に入るのだって、事前申請をした上で、行動範囲を示し、それに了承を得た上で、更に王宮内で働いている人が同行しなくては、まず、入れませんからね?


 その上、申請してから許可が降りるまで早くて二週間。

 最速で、二週間。

 そこから、実際に入館出来るまで更に二週間。


 つまり、王宮内図書館でそうなのだから、騎士団専用の魔術図書館なんて、普通に考えても、そんなに簡単に許可貰えて、『許可証があるから、入るね。』みたいに、そんな簡単に入館出来ませんからね??


 その上、許可を頂いても王宮内図書館には、常に王立騎士団の方々が巡回なさっていたし、今日行った魔術図書館みたいに、人一人居ないなんて、まず、あり得ませんからね?


 ・・・・一体、何をしたんだ、この魔王様は。)


 アイヴィーの想像の範囲を超えたヴィルベルトの発言に、アイヴィーは、それ以上思考する事を止めた。

 考えても、目の前に座るキラキラと眩しい笑顔を振りまいているヴィルベルトの笑顔が、怖くなるだけである。

 考えるのをやめたアイヴィーは話題を変えようと、別の話題をふってみる。


「それは、流石、殿下という事ですね。ところで、ヴィルベルト様・・・・」


 丁度その時、ヴィルベルトは、グラスに注がれたワインを口に運ぼうとしているところだった。

 無意識のうちに、その動作を眺めて、口に運ばれるグラスとワイン、そして、ヴィルベルトの口をみつめるアイヴィー。


 (そ、そういえば、私、今朝、ヴィルベ――魔王様にキ・・・口に皮膚接触をしてしまったのでしたっけ・・・・。


 そうそう、皮膚接触。したのですよね。うん。


 ・・・・なんで、そんな事してしまったのでしょうか・・・。


 自分で、自分が分からない。


 あの時は、ただ、ヴィルベルト様がいつもより不機嫌で、でも、私だけ楽しみにウキウキしてて、そのチグハグな感じがなんだか、いつもと違って不快というか・・・。


 魔王様と違う事が、なんか不快で、その上、事件が解決したのがちょっと残念で、終わりたくないって思ってしまったのですよね。


 折角のミステリーなのだから、ヴィルベルト様にも一緒に楽しんで貰いたいというか・・・。


 んー?

 なんで、ヴィル―――魔王様に楽しんで貰いたいなんて思ってしまったのでしょう?


 魔王様は、悪役で、そもそもミステリーを仕掛ける側なので、楽しむも、何もないというか。


 だから、魔王様は楽しまなくて良いというか。


 あれ?あれ?


 なんで、魔王様の事気にする必要が??


 私にとって、魔王様は、いつも胸焼け起こさせらてて、すぐ、からかって意地悪ばかりしてきて、それでもって、物理的ファーストキスを奪ってきた憎き敵で、その魔王様を不快にさせる為に頑張っても、楽しんで、欲しいなんて、まず、思えない相手ですよ!?


 ちょっと待って!!


 うん、落ち着こう?私、落ち着こう?


 私は、魔王様と婚約してるけど、早く破棄されたい。うん。そのとおり。

 魔王様は、近々、隣国に旅立つので、婚約破棄は確定。うんそのとおり。


 あ、でもこの前、婚約破棄はしないって、それでもって、キスしてきたり・・・


 そのキスも、私そんなに嫌じゃ・・・


 嫌だった!うん、嫌だったはず!!)


 アイヴィーが何かに気付きかけていると、アイヴィーとヴィルベルトの前にデザートが運ばれてきて、先程の給仕が料理の説明をしてくれた。

 その説明を聞く為、アイヴィーの思考は中断され、出されたジェラートを堪能した。


 (はぁっー!!美味しい!


 ベリーの酸味が、疲れた私の心を癒やしてくれますね!


 そういえば、私、魔王様からの物理的な口の接触は嫌なのに、さっき、恥ずかしかったけれど、私から、物理的に接触してしまいましたね?私。


 ・・・なんですか、この矛盾は。


 それじゃあ、まるで、私、魔王様の事、嫌いじゃない、っていうよりまるで好―――)


「―――嫌いでしたか?」

「は??」


 ジェラートを目の前にして、手が止まっていたアイヴィーは、ヴィルベルトの言葉に反応して、視線をジェラートからヴィルベルトに移す。


「今・・・何と仰られたのですか?」

「ジェラートは、お嫌いでしたか?と、尋ねたのですが、何か考え事でも?」

「あ、いえ、好きです。ジェラート。考え事はしていません。ええ、私が好きなんて、ね?はい、無いですから。大丈夫。」


 アイヴィーは、目線をさまよわせながら、赤くなったり、青くなったり器用に表情を変えながら、自身が気付いた言葉とヴィルベルトの言葉に動揺した事を隠す様に、ヴィルベルトの質問に返答する。


「・・・何が無いのですか?」

「え゛・・・」


 目の前のジェラートは、気温によって、少しずつ溶けていた。アイヴィーのグラスに注がれていたトニックウォーターの気泡が一つ、一つ、グラスの上に向かって上がっては消えていく。


 暫くの静寂。


 (うん、私が、魔王様を好きとか、恋とか、そんなの無理な話だから。


 だって、男の人は、いつだって、私に耳障りの良い言葉を言って、好き勝手弄んだ後、いつも簡単に離れて行くのだもの。


 前世でも現世でも。


 男運無いって思っていたけど、そもそも、男を見る目も無いって自覚あるし・・・。


 だから、こんな魔王様みたいなチートで欠点の無い男の人が、私を好きだなんて言うなんてあり得ないって理解しているし、言ってる言葉も裏があるって分かってる。


 だから、そんな、完璧で裏しか無いはずの男を好きになったら、私、きっと今までに無いくらい辛い思いするに決まっている―――。


 ・・・そんなの、嫌。


 だから、魔王様は、いつでも完璧なその態度で、私に意地悪で、からかうくらいの関係が丁度良いの。


 私は、これからも魔王様を好きに成らないし、今日のデートだって、魔王様の戯れで、今日だけの事だし。


 私達二人の関係は、いつかは終わるわけで・・・。)


 最後は自分に言い聞かせるように思った言葉が、ズキリとアイヴィーの心を傷つけた。


 そして、アイヴィーは、顔を上げ、精一杯の笑顔で言った。


「文句のつけようが()()ほど完璧なお食事でしたわ、と言いたかったのです。」


「そうですか。喜んで頂けて良かったです。」


 ヴィルベルトがニコリと笑うと、アイヴィーの心は更にズキリと痛んだ。

ここまで、ご覧下さりありがとうございます。


デート回まだ続きます。

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