お披露目パーティーの後のヴィルベルト
ご覧下さりありがとうございます。
ヴィルベルト視点です。
本日、投稿した計3話でもって、本来は1話として考えておりましたが、長くなりそうだったので、場面毎に切り分けました。
ヴィルベルト視点は、欲望よりな発想?の表現をかなり修正した為、投稿が遅くなりました。
ご迷惑おかけして、申し訳ありません。
ヴィルベルトは、目の前にある、書類の山の中で、頭を抱えていた。
(なんて事をしてしまったのか・・・。)
昨日、ヴィルベルトは、長時間に渡り、婚約者と自身のお披露目パーティーを開催した。
その際の自分の行動について、次に、婚約者である、アイヴィーに会う際に、何と言い訳したものか、という情けない理由を考えていた。
そして、頭を抱える事態を引き起こしたのである。
ヴィルベルト自身、初めて会った時から、アイヴィーに対して、どこか不思議な雰囲気を持った女の子だと、感じていた。
気付いたら、婚約者になっていた時も短い間の関係ならば、子供でも構わない、とすら思っていた。
そう、女の子だと、子供だと思っていたかった。
しかし、その希望は、日に日に、そして、いとも簡単に覆された。
(自覚は有った・・・有ったが、無視していた、という事になるのか・・・)
そう、思いながら、ヴィルベルトは、執務机の前の筆を紙の上に落とした。
アイヴィーの14歳という心身共に成長が激しい時期という事のせいなのだろうか、はたまた、アイヴィーの考えた物や発言が、どうにも14歳の少女らしさが薄いせいなのか、ヴィルベルトは日に日に少女に対して特別な感情を抱いていた。
(たしかに、今考えれば、彼女と話す度、彼女の微笑みや髪を耳にかける仕草、ときたま重なる視線に、脈が打つ音が響いていた。
あの時、いや、今もだが、話す内容が内容なだけに、緊張していただけなのだと、自分に言い聞かせている。し、今もそうだと思おうとしている。
このまま、きのせいだと言い聞かせ、自分が隣国へ旅たてば、この想いは、簡単に忘れられるだろう―――と。)
そう、ヴィルベルトは、気付いていた。
初めて会った時から。
そして、簡単に忘れられる好意だと自身の気持ちに高を括っていた。
(自分の事とはいえ、こんなにも予想が外れるとはな、何が、簡単に忘れられる―――だ。)
ヴィルベルトは、昨日、自分が彼女に抱いた感情について、反芻し、深い溜め息をおとした。
(人生とはいつも残酷だ。
忘れられると思っていた気持ちが、まさか、ジョシュアを相手にしている時に、否が応にも鮮明に自覚させられるとは。)
そう、あの時、ヴィルベルトは、ジョシュアに対して警戒していた。
特許の件、ではなく、アイヴィーに対して、よからぬ恋情を抱かれるかもしれないという邪推に囚われて。
昨日のヴィルベルトは、パーティーが始まる前に、目の前に現れたアイヴィーに対して、今まで感じた事の無い、劣情を初めて感じた。
それは、特別な想いを寄せるだけの気持ちをゆうに越え、彼女が、動く度に香る香りに、彼女が動く度に揺れる髪に、彼女が笑う度動く唇に、自身のあらゆる欲望が渦巻いた。
そして、自身の欲望と葛藤している最中、ジョシュアが現れたのだった。
ジョシュアが、アイヴィーに親しそうに話しかけるたびに、己を凌駕していた欲望は、怒りとも悲しみとも違う感情をヴィルベルトに呼び起こした。
(あの時は、まだ、特許の事で誤魔化せたが、その後の舞踏会の事は、なんと言い訳すれば良いのか。
あれでは、まるで、誰にも見てくれるな、と、他人に見せつけているようではないか。
いつぞやか、嫉妬に狂った男ほど、惨めでみっともないものはないと思っていたが・・それを私自身が行うとは・・・・。)
そして、ヴィルベルトは、再び、溜め息をついて、自身の額に手を添え、天を仰ぎ見た。
(そもそも、彼女もまるで男心というものを理解していない。
あんな姿で現れれば、私が、彼女にふれたいと思わない訳がないというのに。
そのお陰で、昼間一体どれほど、彼女に無理やり事を為せずに苦しんだか、彼女はつゆ程も理解しては居ないのだろうな・・・・そもそも、そんな事を思う、私もなんと滑稽な事か。)
ヴィルベルトは、自分の感情が、理解できるのに、何故か、彼女の事を考えてしまう自分にあきれていた。
そして、ため息をつき、執務室の机に肘をついて、人差し指と中指だけで、こめかみを抑えたあと、回転する椅子を回し、机に対して、斜めに向くと、足を組んで、更に物思いにふける。
(『―――彼女を自分の物にしたくなる。それを止める事が出来ない。』と、いつだったか、レオンハルト王子も言っていたな。
まさか、それを自分が味わう日が来るとは思っても居なかったが。
・・・この感情が、おそらく、恋というものなのだろうな。
『気付いたら、落ちている。それが恋というものだよ。』
―――なんと、恋とは、厄介なものか。)
ちょうどそこへ、王子のレオンハルトがやってきて、ヴィルベルトに声をかけた。
「やぁ、ヴィルベルト、そなたが、仕事もせずに物思いにふけているなんて、珍しい事も有るんだな」
「これは、殿下。ご機嫌麗しゅう。如何なさいました?」
声の主が、王子である事を悟ったヴィルベルトは、すぐさま、頭を上げて、立ち上がり、礼をとると、笑顔でレオンハルトにはなしかけた。
「ん?ああ、ちょっと野暮用にな。」
「さようでございますか。簡単な雑務でしたら、こちらで引き受けましょうか?」
そう言って、ヴィルベルトは、レオンハルトの野暮用について聞いてきた。
それを聞いたレオンハルトは、『相変わらず、抜け目のないやつめ。』と、小さくつぶやくと、笑顔で、答えた。
「いや、大丈夫だ。私もいつまでもそなたに頼りっぱなしというわけにも行かないからな。これくらいは、自分でやるさ。」
「左様でございますか。では、・・・いつまでこちらに?」
「・・・・。」
笑顔のまま、正しい姿勢をとったヴィルベルトは、仕事が自分の及ばない範囲と判断するや否や、間髪入れず、王子相手に、『さっさと帰れ』と言外に言ってきたのである。
これには、流石の王子も瞬時に言葉を返せるはずもなく、暫く笑顔のまま立ち止まっていた。
そして、レオンハルトは、ニヤニヤと、楽しそうに再び、ヴィルベルトに話しかけた。
「今日はいつに無くつれないな。何かあったのだろう?」
「・・・殿下、私などに構っている暇があるのでしたら、野暮用を先にお済ませください。仕事が滞って困るのは、最終的に民ですよ。」
「そなたも民の一人だ。それに、そなたは、この部屋で今、沢山の国民を救おうと努力している、そんなそなたを気にかけるのは、管理者として、ごく当然の事であろう?」
レオンハルトがそう言うと、更に楽しそうな顔をして、ヴィルベルトの反応を伺った。
言われたヴィルベルトは、片眉を上げて、不機嫌な表情をすると、レオンハルトに向かって答えた。
「殿下、時間は有限ですよ。私の事など、細事でございます。お気にかけていただける事は有り難いですが、殿下のご迷惑には成りたくありませんので、どうか、これでお引き取りを。」
「・・・そうか。そなたがそう申すなら、これ以上の追及は諦めよう。」
「ご理解頂き、ありがとうございます。」
そう言って、ヴィルベルトは、胸に右手を添えると、軽く頭をたれた。
「ああ、そうだ。そなた、昨日、お披露目パーティーだったそうだな?何故、私を呼んでくれない?」
「・・・身内だけの簡単なパーティーでしたので。殿下がいらっしゃる様なものでは無いかと。」
「お忍びでちょっと挨拶くらいなら、出来るぞ?相手は、あの、アイヴィー・オルウェンなのだろう?」
「ええ。そういえば、殿下は、彼女とお知り合いなのでしたね。」
「ああ、一応な。ビクトリアと仲が良すぎるのだ。全く、あやつは、恋人との時間というものを全く理解しておらんのだ。私がビクトリアと会う時はいつだって、久しぶりだと思うのに、アイヴィー嬢は、『殿下昨日も来たじゃありませんか?久しぶりっていうのは、前にその事をしてから、長い時が経っている時に使うものだ』と言うのだぞ?恋人に会えない時間がどれほど長く辛いという事を、これ程理解出来ない女性が居るとは、全くもって、信じられん。」
そういうと、レオンハルトは、腕を組ながら、顎に手を当てて、考えるようにブツブツと呟いた。
その様子を見たヴィルベルトは、思わず、ふっ、と笑いをこぼす。
「彼女は、その手の思考に不自由しているようですから、殿下の意とする所を理解出来ないのかもしれません。」
そう、正についさっきまでヴィルベルトを悩ませていた彼女の質が、ここでも迷惑―――猛威を奮っていたとは思いもしていなかった。
そして、その被害もまさか、この国の王子にまで及ぼしていると思うと、自分の気持ちを彼女が理解していない事など、些末なことの様に思えてきたのだった。
「なんだ?そなたもアイヴィー嬢に苦労させられているのか?」
「殿下が思うよりは。」
「普段から、隙きのないそなたが、振り回されるとは、良い気味だな。」
からかう様に、楽しそうな顔をしたレオンハルトが、そう言って、ヴィルベルトを見た。
「ええ、彼女は台風の様に、その笑顔で、簡単に私を振り回してくれますから、困っております。」
レオンハルトの言葉に答えたヴィルベルトは、楽しそうに微笑んだ。




