ビクトリア様にお聞きしました!
あの後、不承不承、ヴィルベルトの元に戻ったアイヴィーに、ヴィルベルトが、優しく謝罪をしてくれた。
しかし、どうにも恥ずかしくていたたまれなくなったアイヴィーは、無理矢理、理由をこじつけて直ぐに帰宅したのだった。
アイヴィーが帰宅して暫くすると、(そういえば、お披露目パーティーについて、全く何も聞いて来なかった!)と、気付いたが、時既に遅し。
と、言うわけで、アイヴィーの知り合いで、一番そういった事に聡いと思われる、ビクトリアに尋ねる事にした。
学園の昼休み、昼食を取る為、円テーブルに薄いグリーンの草花が描かれたジャカードのテーブルクロスに深碧色のパラソルが美しく立つテラスにて、アイヴィーとビクトリアは、ランチを取りながら、話をしていた。
「――というわけです。だから、是非とも参考情報をご教授下さい! ビクトリア様!」
昼食を簡単に済ませたアイヴィーは、両目をきつく閉じ、両手を合わせ顔の前で拝み、合掌のポーズをとり、ビクトリアに懇願していた。
「そうねぇ。残念だけど、アイヴィー。お断りいたしますわ」
ビクトリアは、アイヴィーに目線だけツイとよこした後、すぐ目の前の彩り豊かなコブサラダに視線を戻し、サラダにフォークをさしながら、そう言った。
「ええ?!どうして?」
「貴女、あの後、次期公爵様の好きなところは、見つけられましたの?」
サラダを上品に口にはこび、咀嚼した後、ビクトリアは、アイヴィーに、前話をしていた事について、改めて、尋ねた。
アイヴィーは、尋ねられた内容を思い出し、そして、昨日の自分の失態とも思える事実を目の前でフラッシュバックし、頭と耳が熱くなるのを感じながら、何と言ったものか、と、言葉を探す。
(す、好きなところとか!
確かに、魔王様は、眼鏡男子ですけど!そして、私は、眼鏡男子が好きですけど!それと、好きというのは違うと思うのですよ!
しかも、あの眼鏡男子の顔面偏差値が高いおかげで、眼鏡男子のクオリティが尋常じゃない程、高いのです!!
たまに、眼鏡かズレて、眼鏡に隠された髪の色より濃い茶色の睫毛が、良い感じに瞳を透かして、少しだけ見えるチラリズムな目元とか、男性なのに、艶やかで、鼻血出そうでした!
ああ、もう、眼鏡を思い浮かべるだけで、む、胸が、胸焼けでモヤモヤウズウズしてきました。い、息切れが……。こ、これはもはや、好きという表現は、役不足です!
そう、この気持ちを表すなら・・・『尊い』!って、BLか!)
相変わらず、脳内は激しく女子力が迷子のアイヴィー。
そして、アイヴィーが好きという感情に迷子の女子力を有していると知らないビクトリアは、アイヴィーのしどろもどろしている様子を見て、見事に勘違いをし、フォークを皿に添え置いて、驚きの声を上げた。
「あら? あらあらあら! まぁまぁまぁ!」
ビクトリアは、ニコリと微笑み、口元をテーブルナプキンで軽く抑えながら、アイヴィーに言った。
「な、何……?」
「ごめんなさい? 私とした事が、勘違いするところでしたわ。良いですわ。やはり、お手伝いさせてくださいまし。そして、アイヴィー・オルウェンという女性を次期公爵様に相応しい立派な婚約者に仕立てましょうね?」
「え……そういうのは求めて……」
突然ビクトリアの様子が変わった事に驚きつつも、会話の内容に待ったをかけようとしたアイヴィーにビクトリアは、笑顔のまま、有無を言わせず言葉を続ける。
「し た て、ましょうね?」
「はい……」
アイヴィーの意見を言う、などという雰囲気は一切許さない、という無言の圧力に屈したアイヴィーは、ビクトリアの言葉に頷くしかなかった。
それを確認したビクトリアが、笑顔で頷き、さらに言葉を続ける。
「先ずは、人数と形式ね。あと、テーマですわね」
「テ、テーマ???」
なんだ、それは。とでも言いたげな様子で、アイヴィーは、目を丸くした。
「そうよ、パーティーですものテーマに沿って催すものでしてよ? 公爵家となれば、懇意にしてるプランナーがいらっしゃるので無くて?」
「な、なにそれ??」
それを聞いたビクトリアは、眉を寄せて、訝しげな表情を浮かべ、アイヴィーに尋ねた。
「アイヴィー?? 貴女まさかと思うけど、プランナーを知らないって言うのかしら?」
「うぇ? プランナー? プランナーなら知ってるけど、たかだか身内のお披露目パーティーにプランナーなんて、必要なの?」
この世界の貴族社会は、常にパーティーで溢れている。
そして、名目は様々なパーティーが、常に開かれ、そこで、皆、様々な交流をしていた。
パーティーとは名ばかりの社交である。
そして、そのパーティーに一々、貴族本人やその家のハウス・スチュワードがこなすより、事業として立ち上げた方が、利便性が良いのでは? と考えた何処ぞの侯爵家のチャランポランな3男坊が、このプランナーという仕事を作り出していた。
そして、その商会にお願いするとそのクオリティの良さから貴族本人も満足出来、パーティーへの賞賛という名の泊もついて、良いことだらけという事で、次から次へと仕事が舞い込んでいるらしい。
そんなわけで、今や手を抜きたくないパーティーこそ、イベント商会に申し込む、という流れになっているのだった。
「あのね、アイヴィー。今回のお披露目パーティーは、貴女という婚約者を見にくるのよ? それが、どういう意味か分かっておりますの?」
「うん? 多分……?」
「でしたら、きちんと専門の人にお願いなさいまし。それが、安全、安心、安定の一番良い方法でしてよ。」
確かに、イベント商会に頼んだ方が、男爵家で育った社交界デビューもまだなアイヴィーが考えるパーティーよりも確実に良いものを作ってくれるだろう。
しかし、アイヴィーは悩んでいた。
(この場合の外注って、費用対効果が不明瞭とお思うのは、私だけですか。しかし、社交界デビューもまだな未婚の私は、比べようが無い、という現実!! なにより、いくらかかるか分からないけど、人様の資金をそんなに簡単に使わせてくれ、とは言えない!! お父様にお願いするのも非常に憚られる。仮に、公爵家全負担だとしても、それもそれで、気が重い!! 私のチキンハートがそれらを拒んでいるのです!)
年齢不相応に前世記憶があるせいで、アイヴィーは余計な心配をしていたのだった。
そして、その心配は、結局はお願いするという行動をしたくない為の理由を自分を納得させるように、つらつらとあげつらって、いるのである。
しかし、そんな事をしても、結局は、やらなければ成らない事の背後にチラチラと見え隠れする責任という言葉に、アイヴィーは気が重くなるだけであった。
「それは、とても頼みにくいといいますか、何といいますか・・・」
「―――アイヴィー、良いこと?仮に、ここで、出し惜しみして、カジュアルでありきたりな装いのパーティーでも開いてご覧なさい。貴女、なんて言われるか先が見えていてよ?」
そう言うと、ビクトリアは、グラスに注がれたトニックウォーターを飲み、再び、サラダに手をつけた。
暫く逡巡した後、ガクリと気落ちしたアイヴィーは、結局、ビクトリアの問に答えを出せず、申し訳なさそうに質問した。
「……差し支えなければ、何て言われるか教えてくださいませんか、ビクトリア様。」
「そうね、良くて、婚約とは名ばかりの差し当たりの婚約者。最悪、次期公爵様の女の趣味が、前面に出た婚約と思われるかもしれないわね? 少なくとも、公爵家事態はこの婚約に本気では無い、と思われても不思議ではないはね。貴女、それで良くて?」
「良くて? といわれても、事実そうだから・・・」
ビクトリアは片眉を持ち上げた、尋ねるような視線を送って聞いてきた。その反応に、アイヴィーは、だんだん俯き気味になり、声も尻すぼみになりつつ、答えた。
そして、アイヴィーが内心、ヴィルベルトが日頃、アイヴィーに行う行動より一段も二段も上の破廉恥極まりない事を想像し、己の下世話さに謝罪していると、ビクトリアが、思いついたような顔をして、ニヤリと口元を歪め、手のひらでそれを覆い隠すと言葉をはっした。
「まぁ! なんて事なの?! 今まで、次期公爵様は、非の打ち所のない立派なお方だというお話を様々な方から伺っていましたけれども、あれは全て嘘の作り物という事なのね? これは、一大事だわ!」
「ちょ、ちょっと、待って! 何でそうなるの??!!」
あまりの話にアイヴィーは、顔を上げ目を丸くして、ビクトリアに尋ねた。
「あら、だって、貴女が仰ったのじゃない? 次期公爵様は、貴女の事、面倒な事を避ける為のたまよけにして、その上、たまよけの貴女に優しくするどころか、歯牙にもかけない態度なんて!」
「ま、待って! 違う! 違う! ビクトリアの勘違い! 優しい! 次期公爵様は、とても優しくしてもらってるから! 大丈夫だから!」
アイヴィーは、両手を振って、ビクトリアの言葉を全力で否定した。その言葉を聞いたビクトリアは、ニコリと微笑むと、確認するかのようにアイヴィーに尋ねた。
「その言葉に嘘はなくて?」
「ありません!」
「ふふふ。分かっておりましたわ。ですから、ね? 専門家の力をお借りするのよ?分かりましたでしょう??」
「……とっても良くわかりました。」
最後の言葉を聞いて、アイヴィーは、自らがビクトリアにうまい事操られていた事に気付き、ガックリと肩を落として、頷いたのだった。
そして、ビクトリアから、やっとの思いで、パーティーの参考情報を教えて貰ったアイヴィーだった。
(なんか、ビクトリアにハメられた気がして納得いかないのは、何でだろう!?)
とアイヴィーが思っても、後の祭りである。