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傘の下の人工都市 ~中野テラリウムにて~

 翌日、剣人は陸上艦ジャガーノートを降り、居住区、中野テラリウムにいた。

 傘――透過性の屋根が覆う巨大な人工都市の気温は快適だ。

 その気温を維持する為に周りの大地の温度が上がろうとも気にしない。既に人類はこの傘の下で生きる事を決めたのだから。


 この二十年間、全ては居住区域に優先され他は切り捨てられ続けている。第三次大戦以降、企業統合体が国家と共同統治するようになってからの世の常だった。

 当時幼かった剣人は第三次大戦以前の人類の文明を知らない。絶対平和を謳うこの小さな島国以外の殆どの国を巻き込んだ戦争。それがいかにして始まったかは義務教育の歴史でなぞる程度に教わっただけだった。

 ただ、幼いながらに見たテレビの記憶だけは微かに残っている。

 それがどこの戦地での事だったのかは分からないが、確かにニュースで見た。

 暗視カメラで緑色に染められた闇夜を切り裂く巨大な翼、彼方でストロボのように巻き起こる光の嵐。

 たった二十と少し前の出来事。第三次大戦は世界の在り方を根本的に変えてしまった。


「それでも何も変わらない。統合企業体が言ってる経済復興率なんか興味も無い。俺にとってのこの世界は辛く理不尽な物でしかなかったから」

「へえ、言うじゃない。自分で何とかしようとも思わないわけ?」

「俺一人が何とかしようとしてもダメだからな」

「だからとりあえずは金を稼ぐってか――名案だ」


 そう言って隣の男はにやりと笑う。

 剣人と男は駅北口から望むモール街を見下ろしていた。

 数多の人々が往来し、ここだけ見れば地球人口がかつての十分の一に落ち込んだとは思えない。


「で、どうしてついてきたんだよ」


 剣人は手すりの縁に背を向けながら上天を眺める。屋内気球が広告ホログラムを切り替えながら遊覧飛行していた。


「まあ、成り行きと言うか……いろいろあってさ」

 剣人の隣に立つ青年。色素の抜けた茶髪に痩躯の優男だ。

 休暇なので剣人が中野の街でも見て来ようと外出許可を申請していたらそのままついてきた。


 妙に馴れ馴れしく、また昨日の一件もあるのでどうにも気を許すことが出来なかった。

 話しながら歩いていたらそのまま旧大戦の話、自分が今後どうしたいか等という一方的な人生相談になった。

 男は自らをリヒター・ロットマンだと名乗った。

 何でも剣人が配属されたウィルム戦闘二輪部隊の所属だそうだ。部隊行動はチームワークが要とのことで、同僚として親交を深めるために付きまとっているらしい。


「何、昨日の事気にしてんの? いいのいいのあいつらは、いつものことだし、他の部隊なんだから関係ないって。好きに言わせとけば」

 

 剣人はそれには答えず下を見る。

 複数車線の上を通路が交差する、そこはありふれた居住区の街並みだ。

 剣人が学生だった頃、通学帰りに見た街並み、新入社員として近衛技研に勤めていた頃に見た街並み。全て同じように人と車が行き交い規則的に信号の色が変わり続け街が動いていく。

 人も世界も時間が等しく流れ換わらない毎日が繰り返されている。


 だからこそ信じられない。今この世界の外、郊外で行われている惨事に。

 テラリウムの居住権を剥奪された者は犯罪者が殆どだが、中には家庭事情や成り行きでやむを得ず外に出た者もいる。

 そういった彼らは日雇いの仕事を与えてくれるような下請け企業を往復する生活をしている。そしてその中には少なからず郊外戦争に参加する者もいるのだ。

 真横に立つリヒター・ロットマンもまたその中の一人だった。


「お前は、何で派遣契約兵士モジュールアーミーなんかになったんだ? 見たところ外人だろう? 安定した仕事があったんじゃないのか?」

「俺は元々報道記者だったんだ。でも企業の闇を追及するネタを取材してたらトカゲの尻尾切りさ」


 そう言ってリヒターは肩をすくめる。


「ベルリンには家族もいるけどドイツじゃ郊外戦争はやってないからな。だからこんな極東くんだりまで来て腐った世界を見たくなったのさ」

「そうか。悪かったな」


 リヒターは構わないと手を振ってみせた。

 安定した暮らしを保証された地位にある傘の下の人々。彼らは口々に言う。落伍者は自業自得だと。

 安定した地位に立つべき努力を怠ったから、確固たる目的をもって行動しなかったから起こった当然の結果だと。

 剣人が職を失い途方に暮れていた頃も同じような言葉を浴びせられた。個人が抱える問題は大あれ小あれ存在するものだ。

 しかし、各々の事情などろくに知らない者達から浴びせられたその言葉に剣人は反感を覚えた。

 何も知らない癖に……だからこそ、剣人は心に刻みながら生きてきた。


「見ていろ。俺は必ず……」


 拳の間からいっぱいになった手汗が滴り落ちる。それを見ていたリヒターは口笛を吹きながら頷く。


「じゃあ、円加に言われた通り伝えるけど――郊外戦争の次戦が迫ってる」

「いつだ?」


 いきなり振られた重要な案件に剣人は即座に振り向く。


「うちの依頼主は京都県区だからな。今京都は愛知とやりあってる。何でも富士の食料プラントの分配率が絡んでるから躍起になってるらしい。それに誰かさんのせいでこの前の勝ち戦が台無しになったからな」

「……悪かったな」


 だが、それは仕方が無い事なので言い訳はしない。ごくりと唾を飲みリヒターの続きを待つ。


「ま、愛知の方も損傷機体の修復はすすんでねーし。そこでだ」


 ここからが本題だ。そう言いたげにリヒターがにんまりと笑う。


「円加は京都の奴らに小規模方式での戦闘をエントリーしたらしい。何でも実戦部隊をお互い二部隊ずつにまで減らしての出撃だ。場所はこの前やりあった郊外戦区。ご丁寧に配置図まで決まってる」


 そう言ってリヒターは手元の端末を取り出した。このタブレットには電話やインターネット機能は勿論、個人識別機能や県区を越える際のパスポートの役目も果たしている。

 ぶるりと震えたポケット。剣人も端末を取り出し確認する。そこには詳細すぎる戦区の立体マップとそれぞれの配置図。

 出撃人員の顔写真と名前をスクロールさせていて気づいた。


「これは、昨日のオムライス男!」


 忘れもしない銀髪男の写真に剣人が声をあげた。


「よりにもよってウチの小隊長様なんだぜこいつ。昨日のお前の挨拶には驚いたよ。ま、とにかくだ」


 リヒターはそう言って大きく咳払いをする。


「お前も俺もこのオムライス男もとい、久澄秋鷹の小隊で展開する」

「ってリヒターも戦二乗りなのか?」

「ヤー」


 ドイツ語で返答しながらリヒターは自分の愛車の詳細データを剣人の端末に送った。

映し出されたリヒターの写真の顔は不遜な物で、自尊心に満ちていた。剣人はその下に表示された使用機体に目をやる。


「VBWのG750ベースの戦二か。なかなかでかいのに乗るんだな」


 現在日本の中枢を担う三大企業の物ではない外国製のオフロードバイクだった。

 足つきの高さも背丈の高いリヒターには何の問題もなさそうだ。


「いいバイクだろ?」

 自分の愛車を褒められて悪い気がしないバイク乗りはいない。そんな笑みを浮かべていたリヒターは話を戻す為、表情を再び硬化させる。


「話は戻るけど、次の作戦は隊長機を撃墜するまで続行される。前回の領土戦とはワケが違う」

「機動性の高い戦二の戦いになるわけだ」


 そうだ、とリヒターが頷く。そこまで話していて思い出した。


「ちょっと待て。俺が初戦なのは良い、覚悟は出来てる。けど、俺の戦二――バリウスはAIが」

「そこが問題なんだ」


 リヒターは核心だといわんばかりに声のトーンを上げる。


「日にちもそう無い。円加は最終調整を実戦で行うつもりなのさ。だから円加は言っていたぜ――」


 そして、両手を剣人の肩に置くリヒター。胡散臭い笑顔を顔一杯に貼り付ける。


「頑張れ新入り。あのじゃじゃ馬を乗りこなして生き残れば君はエースになれる、だそうだ」



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