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エースと新入り

 剣人はそのまま食堂まで足を運んでいた。

 可変テストのせいで遅くなってしまったせいか人影はまばらだ。

 剣人は配膳口でカレーライスをチョイス。並々と盛られた具沢山のカレーはレトルトだが鼻腔一杯に広がるスパイスの香りに胃が空腹を主張してくる。

 トレイを持ちながら座席を探していたら、座っていた二人組と目が合った。

 歳は二人とも剣人よりもそこそこ上に見える。くたびれたミリタリージャケットに袖を通しガツガツと丼を食べている。

 二人で親しげに話している所を見ると新入りではないらしい。

 

「よう、新入りか?」


 対面上の席に座りながら食べていたら話しかけてきた。


「はい、今日配属されたばかりです」

「どこに配属されたんだ? 俺らは前線さ。四足の軽量ドローンの操作もしてる」

「俺も前線配属です」


 二人は顔を見合わせながらこちらを一瞥。しばし考え込み口を開いたのは最初に話しかけてきた男だった。


「担当は? 俺はドレイク隊の戦闘二輪部隊さ。こっちの奴は戦車の砲手」


 やけに話好きな印象のある男達だった。剣人はなるべく気さくに返す。


「俺も戦闘二輪です。隊はまだ分かりませんけど……バイクの免許を持ってるので」


 ほう、と声を上げながら水を一口。


「何に乗るの? 大型?」

「BC250です。戦闘二輪だけど乗り方は同じだと聞きました。攻める走り方には慣れてるのでいけると思います」


 二人は顔を見合わせ一瞬の沈黙。


「ぶっ!」


 直後、水を噴出しながら笑いこける。

 剣人は何がおかしいのか分からない。


「何か変な事言いました?」


 二人はひきつった笑いを上げながら声も途切れ途切れだ。明らかに剣人を見下している。

「だってよう……なあ」

「ひゃひゃひゃ、BC250って教習用のバイクじゃねえか。それ乗ってる分際で攻める走り方には慣れてるキリッ。だってよ! ひゃはは!」


 二人は指差しながらテーブルをバンバンと叩きつける。その光景がやけくそ気味に鰭を打ち付けるオットセイかアシカのようで滑稽だった。


 ああ、そういう事かと剣人は冷めた表情で全てを悟った。この二人が自分に話しかけてきたのは新入りのからかい半分だったのだ。

 これ以上この二人と仲良くするのは無理そうだ。気が合わないなと心の中で重いながら、剣人はトレイを持ち席を立とうとする。

 すると、もう一人の男が剣人に問う。


「そんなふてくされんなよ、同じ前線で戦う仲間じゃねえか。で、お前担当車は決まったの?」

「バリウスですけど……」

「ぶ――ッ! 腹いてぇ!」


 再び噴き出す二人。これには流石に周りも何事かと視線を向ける。数人が点在して座っていた広い食堂の中で剣人のテーブルだけが喧騒に包まれている。


「何がそんなにおかしいんすか」


 剣人の声は不満げだ。


「だってよう、だってよう! なあ!?」


 笑い上戸の男がもう一人に話を振るともう一人も合わせる。示し合わせて剣人を馬鹿にしにきたようだった。


「それってガレージに放置されてる銀色のヤツだよな?」

「そうですけど……」

「あのバリウスのジーニアスシステムって誰も乗らせねえクソAIだって聞いたぜ。バイクが背に人を乗せたがらないってなんだよ。そのせいで廃車寸前って聞いたぜ。押し付けられてやんの」


 要はこう言いたいんだろう。ご愁傷様と。

 食堂の衆目を全て剣人に向けさせて笑い飛ばす。新人いびりだけならともかく傍観者をも味方にして笑い者にしようとする悪質な嫌がらせだ。

 全てを察した剣人はこれ以上この場にいるのに耐えられなかった。


「じゃあこれで」


 そのまま背を向けようとした瞬間、


「おい待てよ。逃げんのか?」


 それまでの軽快な調子とは打って変わったドスの効いた声。振り返ると裾を掴んで離さない男の睨み顔。まだ絡み足りないらしい。


「まだこっちの話は終わってねえんだよ、新入り」


 これ以上関わってもロクな事にはならないのは目に見えている。かといって無視してこの場を去ったら? 

 後々まで面倒な事になりそうだ。

 剣人は裾を掴まれたまま途方に暮れた。




「そこまでにしておけ」


 清冽な声。振り向いたテーブルの二人に釣られ視線を向けると、そこには銀髪の男がいた。


「貴方は……」


 忘れようが無い顔だった。男は剣人を助けた青い戦闘二輪のパイロットだったのだ。

 氷のような冷たい顔に髪と同じような褪せた色の瞳。表情というものが消えていてその裏にあるべき感情が読めない。

 排他的。誰も自分に寄せ付けないナイフのような眼光。彼にとって世界は彼以外存在していないようだ。その他全ての者は邪魔な異物でしかないのだろうか。

 結果的に剣人が助けられた昼の出来事も彼にとっては成り行き上の事だったのだろう。

 そして今回も……


「飯が不味くなるから黙れ」


 男は突き放すような一言だけ放ち、自分は少し離れたテーブルに座った。

 剣人が恐る恐る、まるで盗み見るように彼のトレイの中身を見て目を見開く。

 何と男の夕飯は丸々に太った極厚のオムライス。ご丁寧にその頂点には最高峰に立てる旗の如く日の丸が刺されている。

 そのギャップは戦場を駆け巡る冷酷な男の見かけからは想像も付かないものだった。

 

 不意に、剣人は歩き出す。その先には赤と白の縦縞柄の皿に盛り付けられたオムライスを黙々と食べ続ける銀髪の男。

 テーブルの前に剣人が立っても男は食事を止めない。というか剣人の存在そのものが眼中に無いと言った所か。


 男は髪と同じような白系統のシャツにジーンズと言うカジュアルな格好だが、安い服でも着る者によって見栄えが変わると言う言葉を如実に現しているようだ。

 背丈の高さと痩せた体型もあってか、まるで男性誌のモデルのようだった。

 そのオーラは一匹狼。誰も寄せ付けようとしない威圧感。彼のテリトリーに土足で踏み入るのはここにいる誰もが躊躇うだろう。


「あの」

「……」


 それでも剣人は声をかける。

 当然男は答えない。銀のスプーンでひたすらオムライスを崩していく。時折コップに手を伸ばし水を飲みつつ、ひたすらオ食べ続けている。


「あの!」


 今度は先程より声量を上げ話しかける。食堂の他の面子がこちらに注目しているのを背中で感じるが止めない。

 剣人は食べ終えたトレイを男の席の斜め向かいに置き、座る。


「俺、昼に戦区に迷い込んじゃって。その時貴方の戦闘二輪に助けてもらったんです。ありがとうございました」


 男の反応や返答など期待はしていなかった。それでも礼を言うのが筋だと思った。だから剣人は一方的に声をかけお辞儀までしてみせた。

 男はオムライスの最後の一口を飲み込み、次いで口にしたコップの水を丁度飲み干した。オムライスと給水のバランスが計算されているようだ。

 オムライスを食べきった男は日の丸の旗の爪楊枝、その先っぽに血糊のように付いていたケチャップを紙ナプキンでそっと拭取る。


「明日はメキシコ風タコスライスか。旗ついてんのかな」


 声は聞こえているのだが男が何を言っているのか分からない。

 どうするつもりだと剣人が生唾を飲み込みながら視線を追わせる中、素知らぬ顔でオムライスの旗を胸ポケットにそっとしまいこむ。


 ――もしかしてランチの旗を集めてるのか⁉


 何とも言えない緊張感が食堂を電撃のように走る。絶対に笑ってはいけない、そんな状況だ。

 直後、男は剣人に射殺す勢いの視線を投げかける。その輝きの無い瞳にぞっとした。

 男はしばらく剣人を見た後に、


「気にすんな」


 それだけ呟く。


「俺も戦闘二輪に乗ることになったんです。だから……戦場で会った時はよろしく頼みます! 俺、桐柄剣人って言います」

「気にすんなってのは『俺自身』のことだよ。俺の事をいちいち気にすんじゃねえ餓鬼」


 男はそのまま背を向けぶっきらぼうに呟いた。


「俺はお前のことなんて知らないし気にもならない。だからお前も俺に構って来るな」


 離れていく男の背中。剣人は立ち尽くしたままだ。


「ったく、どいつもこいつも威勢だけはいい癖に死ぬかバックレる腑抜けばかり、邪魔なんだよ」


 最後の方はもう聞こえない。

 剣人はそんな命の恩人――銀髪の男の小さくなっていく背中を呆然と見送った。


「御馳走様」


 ただ、男が去り際に食堂のおばちゃんに掛けた言葉。

 それだけは感情がこもっている様に聞こえた。



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