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数年越しの反乱

完結しておりましたが、設定補完も兼ねて続きを書きました。

時代設定は主人公達が東京を離れた数年後という設定です。

本編終了~この話の間に起きた出来事も書ければ投稿したいです。


 1


 荒涼とした灰色の大地。

 かつて、関東平野と呼ばれた場所だ。

 崩落したビルがぽつりぽつりと枯れ木のように点在し、カラスの鳴き声が彼方までよく透る。そんな人の営みが感じられない廃墟群を轟音が震わせた。

 一台のトラックが、土煙を巻きながら走行していた。

 車体に艤装されたコンテナは一つだけ。線状に散らばるアスファルトの残りかすを辿る様に真っすぐに走っている。

 トラックが轟音を立てて過ぎ去ると、その風圧で標識が吹き飛ぶ。

 地面に転がった標識。その錆に塗れた表面には『大宮 15㎞』とだけ書かれていた。



「畜生! ようやくここまで来たってのに!」

 ハンドルを握り締めながら、運転席の男は叫ぶ。サイドミラーを確認する彼の眼は皺に塗れていて、短く切りそろえた頭は白髪がよく目立つ。

 トラックはかつての幹線道路に入った所だった。いくらか道らしくなり、ある程度整えられた路面となっていく。

 突然、警告音が車内に響いた。何度も繰り返されるアラート音は中央に据え付けられたディスプレイから発せられていた。画面上には、トラックを追尾する赤い光点。


「野郎! きっちりついてきてやがる」

「埼玉に入ってからずっとね。これ以上速度は上がらない?」

 興奮気味の運転手に助手席の女が声をかける。

 赤いフレームの眼鏡が似合う若い女だった。

 彼女の髪は半開きの窓から吹きつける風に揺れている。日光に透かされた亜麻色が輝いていた。


「そんなの無理だろ」

 運転手はハンドルを構えたまま、隣をちらりと見る。


「お客さんまで乗せてんだぜ、こっちは!」

 二人の間の座席では、少女が座っていた。

 ミルクティーカラーの茶髪は内側に緩くカールしていて頬を隠している。

 白い肌と華奢な体つきのせいで年齢は窺い知れない。薄手のコートを肩から羽織り、礼儀正しく膝を揃えて補助席に座している。


「……それでも急いで!」

「クソ、無茶ぶりしやがるッ」

 運転手の男は車内の振動音に負けないくらいの声量で吠えた。


「これ以上速度を上げたら少しバランスを崩しただけで横転するぞ!」

「捕まるよりマシよ!」

 眼鏡の女と言い争った所で、背後から水を差すようなサイレンが鳴り響く。

 二人は示し合わせたように黙りこくり、サイドミラーに目をやった。


『不明車に告ぐ、停止せよ。繰り返す、速度を落とし直ちに停止せよ』

 荒野中を震撼させるけたたましい警告音。それに混じってやけに落ち着いた男の声が響き渡っていた。

 サイドミラーに小さく映るのは二両のジープ。どちらも企業が差し向けた追撃部隊だ。

 カーキグリーンの車体上部には固定銃座が設けられている。

 車内の三人に俄かに緊張が走る。


『その車両には我が軍の機密が積まれている。停止しなければ破壊も辞さない』

「クソ。奴ら本当に撃って来るぞ!」

 我慢ならなくなったのか、運転席の男は泣き言のように叫ぶ。歳の割に随分と落ち着きが無い。


「この車は民間仕様で防弾処理はされていないんだぞ! せっかく郊外まで逃げて来られたってのに、これじゃやられちまう!」

 男達が、東京県区内の研究施設からトラックを出したのは夜明け前の事だった。

 もう少しで逃げきれると思いきや、県境を越えた途端に追手が現れたのだ。


「ここはとっくに埼玉県区だぜ。管轄だって違うだろうに……仕事熱心な連中だ!」

「当たり前よ!」

 運転手に対して、気丈に声を張り上げる助手席の女。


「企業の軍隊にルールなんて通じないわ――」

「降ろしてください」

 口論の最中に割り込んできた凛とした声音。

 黙りこくった二人は息を呑む思いで声の主――少女の方を見る。


「見つかったからには、皆さんがこれ以上危険を侵す事はありません。彼らの目的は私です」

 その瞳には強い決意が宿っている。

 少女は二人の身の安全を案じているのだ。

 しかし、大の大人がこんな荒野に少女を置いていくことなど、出来るはずなどない。


「それはダメ」

 頭を抱えるように髪を掻き上げ、女が声を上げた。


「貴女は私達の提案に乗ってくれたわ。なら、私達には命を賭けてでも貴女を送り届ける義務がある」

「でも!」

 まだ何か言おうとする少女に、若い女は言い聞かせるように肩を掴んだ。


「私は誓った。他のもの全て犠牲にしてでも貴女を送り届ける!」

「――でも、もう限界だ!」

 運転手の声が割り込み、大きく車内が右に傾いた。

 ハンドルを派手な動きで回し続ける運転手。


「掴まってろよぉ!」

 だみ声に被さる様に、低く鋭い銃声が轟く。

 女が眼鏡を直しながらサイドミラーに目をやると、先ほどまでの進路上にパッパッと火花が瞬いていた。


『今のは威嚇射撃だ。次は当てる! 直ちに停止せよ――』

 その後に続くのは聞き飽きた警告文のループ。

 トラック側面を掠めるように、威嚇射撃は続く。礫がタイヤに当たり車体が揺れ、その度に車内に悲鳴が走る。


「ここはもう居住区なんですよ!」

「ええ、そうよ! だから言ったでしょう、連中は本気だって」

 天井の握り手にしがみついた少女が叫ぶと、女も言い返した。その眼はこれまでになく闘志に燃えている。


「あいつらがやる気なら私達もやるまで! 出撃準備を!」

「了解、ボス!」

 その声を皮切りに、運転手はインパネに据え付けられた計器をいじる。

 配線も殆ど剥き出しの、一目で急ごしらえだと分かる機材だ。

 操作する度に片手ハンドルは揺れる。車体も少しばかり蛇行するが問題はない。


「いけるぜ」

 追撃者達との距離はまだあった。運転手はその隙に、背面のコンテナ扉をゆっくりと開かせる。 

 速度を出しての運転中の操作は細心の注意を払う必要がある。蝶番が軋み、動き始める感触を背中越しに感じながら、バックカメラを睨む男の額に汗が浮かんだ。


「頃合いね」

 助手席の女も手を伸ばして据え付けられていたタブレットをひったくる。

 膝に乗せて両手を揃えると、画面からホログラムが浮き上がった。女は宙に浮かぶ半透明のキーボードにホームポジションを取ると、軽やかにタイピングを始めた。

 程なくしてソフトウェアの起動が始まり、空いた手を伸ばしてダッシュボードからヘッドセットを取り出す。


「積み荷さん? 状況は分かってるわね?」

『聞こえてるよ』

 装着したヘッドセットからはノイズ混じりの通信が届く。


『戦闘か?』

 若い男の声。どこか淡々としているがその語尾には力が込められていて肝が据わっている。

 男の声は、後部コンテナ内から発せられていた。

 彼は、最初から荷台に潜んでいたのだ。


「ええ。システムリンクは済ませてあるわ」

『了解だ』






 2


 トラック後部のコンテナ内。

 轟々と風切り音が鳴る狭い空間に身を置きながら、男は流れていく景色を見ていた。

 ヘルメットに覆われているせいで彼の表情は窺い知れない。必死に追走してくる軍用車両は二台。 バイザー内に表示されたHUDが敵車両を四角いカーソルで囲み、赤く点滅させている。


「機体状態は良好」

 彼はバイクに跨っていた。クロームブラックのフレームのネイキッドモデル。銀色のタンクの側面には羽根を生やした馬のエンブレム。

 バイクは既に起動していてヘッドライトが白く輝いていた。四気筒エンジンは足元のトラックの駆動音とは違うリズムで回り続けている。

 インジケーターに浮かび上がっていたホログラムを指でタッチして、ハンドルを握り締める男。


「暖機はもう十分だ」

 前方に見える瓦礫の残骸は目まぐるしく流れていく。

 ビルの残骸、陥没した家屋、傾いた鉄塔。それら移り変わる景色の中、二両のジープだけが変わらぬ大きさ距離感を保ち、存在を誇示していた。


「敵の武装は固定銃座のみ」

 しつこく追走する二両を睨みつける。煩わしい奴らだと思った。


『間もなく未踏査区域に入るわ。かき回して距離を稼いで』

「了解だ」

 男は通信機越しに力強く答えると、ハンドルのスロットルをゆっくりと捻り始めた。

 見る見る内に回転数が増し、殺気立った駆動音が反響し出す。


「状況を開始する!」

 言うが早いかギアペダルを蹴り上げ発進。白銀のバイクが荒野に勇躍した。

 ジープへと向かっていくバイクの速度は既にトップスピードに達している。しかし、彼が駆るのはただのバイクではない。

 排気ガスの代わりに後方に撒き散らすのは淡いグリーンに輝く光。

 流星の尾を引くように、バイクは荒野を突き進んでいった。





 ――運転席内のバックカメラ越しにその輝きを見た瞬間、少女は叫ぶ。


「戦闘二輪ですか!?」

 彼女は未だ天井の吊り手を握り締めたまま、その顔には驚愕が張り付いている。


「ええ。でもただの戦二とは違う。あの機体は――」

 隣に座り、タブレットに映る光景を睨みつける女。

 バイクの車載カメラから中継される映像はヘッドライトの光量で白く飛んでいるが、臨場感に溢れていた。

 二両の間を真正面からすり抜け、横滑りであっという間に背後に取り付いて追走する。その情景がまざまざと映し出されていく。


『クソ、戦二だと!?』

 追撃者達のどよめきが拡声器から聞こえてくる。逆に追いかけられる形となったジープが狼狽えるように蛇行していた。

 銀のバイクは、その内の一両の後ろにぴったりとつけると、フロント部から銃弾を斉射する。

 タイヤがバーストしたジープが横に大きく逸れて後退していく。


『一機キル。次』

 一瞥をくれながら、男は淡々と戦果を告げる。

 残るもう一両はトラックを追うのを止めて、バイクの対応にまわる他ない。


「何とか逃げ道を確保できたようね。ありがとう、ケント」

 ほっと胸を撫でおろしながら女は汗で下がりかけた眼鏡を人差し指で直す。


「でも気を付けて。まだ敵は残ってる」

「任せろマドカ。このまま残りのやつも――」

 と、通信機越しに聞こえるバイクの乗り手――ケントの口調が俄かに曇る。

 タブレットに映るマップ画面を見つめながら、眼鏡の女――マドカは口元を引き締めた。


「敵の量産型よ。車種はGHX-250――うっ」

 ホログラムキーボードを叩き続けるマドカだったが、ヘッドセットに響く金切り音に思わず顔をしかめる。

 トラックを掠める白い軌跡は、曳光弾による威嚇射撃だった。


「躊躇なく撃ってきやがるな、クソッタレ!」

 ハンドルを叩きつけながら運転手が後方へと怒鳴り散らす。


「大丈夫、一機だけよ。多分追撃用でしょう。ケントが何とかしてくれる」

「今は信じるしかねえか。飛ばすぞ……!」

 レバーを豪快に動かした運転手がアクセルをもう一つダンと踏み込む。

 トラックは、後続を離すべく一気に再加速する。


「というわけでよろしくね!」

 シートに押し付けられながら、マドカは背後のバイク目掛けて激励を送ったのだった。







 3


「よく言うぜ。お使いじゃないんだぞ」

 聞き慣れたその声に、ケントは溜息混じりに答える。


「敵はたった一機。相手もやりたがってるみたいだ」

 残ったジープは既に撃ち落とした。

 しかし、更なる敵の発見に、弛緩した空気は張り詰められていく。


「なあ。お前も戦いたいんだろ? バリウス」

 ケントはタンクにそっと片手を置き、愛機の名を呼んだ。


「敵は全て滅ぼす。それが私の使命よ」

 驚くべきことに、呼応するかのように女の声が脳裏に響き渡る。通信機越しのマドカのような怜悧な物ではない。


「さあ破壊を。私に更なる充足をちょうだい、ケント」

 恨めしい程に昏い女の声。どこか狂気に満ちていて、それでいて艶を帯びている。


「ああ、分かってる。やるぞ」

 ケントは声に応えつつ、背後を振り返る。

 追ってくる敵のバイクが小さく見えていた。HUD上のズーム画面にはより鮮明にその姿が映し出されている。

 黒いネイキッドタイプ。乗り手もまた黒のライダースーツにフルフェイスのヘルメット姿だった。

 甲高い音を響かせて迫りくる黒いバイク。


「来た……! 敵が来た! 殺されに来た!」

「うるさい、黙ってろ」

 脳裏にまとわりつく女の声は感極まっている。ケントはそれを黙らせながら、追いついて並走を始めた黒いバイクを睨みつける。

 向こうもまた、車体を傾けて幅寄せしてきた。

 その後輪からはケントのバリウスと同じ、グリーンの光塵が撒き散らされている。


「敵も戦二か」

 隣について速度を合わせたその瞬間、敵のバイクに変化が起きた。

 後方へ撒き散らされた緑色の光が、タイヤを巻き込み、黒い車体を飲み込んでいく。

 その光に包まれた中、後輪は二つに割れ間隔を広げる。

 そこで初めて、前輪が浮いて車体前部が持ち上がり始めた。二つに分かれた後輪を支えに立ち上がる敵のバイク。


「成程、先に邪魔な戦二から潰すってか」

 敵機からのロックを知らせるアラート音が鳴り響く。


「殺してやる。早く……早く!」

 女の声がケントも変形するよう急き立てる。

 そんな脳裏を埋め尽くす嬌声の相手はせず、ケントはハンドルサイドのスイッチを親指で押し込んだ。

 空圧開放音が響き渡り、バリウスも同じように変形を開始する。

 持ち上がっていく視界が緑の光で覆われていく。


「量子装甲展開、行くぞ!」

 並んで駆動する二つに分かれた後輪を、光が覆っていく。後輪から伝わるようにフレーム、ボディ部へと――光輝く装甲が張り付けられていく。

 眩い閃光が周囲を照らした次の瞬間には、バリウスは人型形態へとその姿を変えていた。

 銀の装甲に包まれた外見は例えるなら西洋甲冑の騎士だ。

 白銀のプレートアーマーは重厚だが、肩甲部は空力特性にかなった背後へと流れる形状をしている。

 バイクのフロント部はセンサーを満載した頭部の役割を持ち、中心で白く輝くヘッドライトは一つ目のようだった。

 乗り手たるケントはボディ内部に完全に覆い隠されていた。

 バイク形態だった頃の面影は、銀のカラーリングと所々に残された外装部パーツのみ。

 今や完全な人型戦闘歩兵形態へと切り替わった戦闘二輪、バリウス。


「ふぅ……」

 内部コクピットと化したシート部で、ケントは息を吐く。

 そして、思いきりシフトペダルを蹴り上げた。

 歯車が噛み合う鉄音が耳朶を打ち、人型と化した戦闘二輪は動き出す。


「バリウス――エンゲージ!」

 背骨を突き破る様に後方に飛び出た銀色のマフラーが震える。

 脚部のタイヤが地を抉り、排気音に似た甲高い咆哮が轟き始める。

 隣を走る敵機もバリウスに向かって来る。


「量子武装、展開――」

「――喰らい散れ!」

 女の声がケントに呼応して武装を呼び出す。

 宙に顕現するサブマシンガンをバリウスの腕が力強く掴む。


「ファイア! いっけええ!」

 トリガーを押し込むケントのすぐ横を、女のおどけたような声が通り過ぎた。

 ゼロ距離で放たれる弾丸。

 しかし、敵もまた同スペックの戦闘二輪だ。量子装甲を展開した腕を突っ張らせ、防御の構えを取る。

 牽制用のマシンガンでは敵の装甲を削り切るには至らず、マズルフラッシュと薬莢が散る向こう側で、外装が砕け散っては何度も再構成されていく。

 そうこうしている内に、敵の二本脚のフレームも完全な人型の装甲へと覆われた。

 その瞬間、ロックカーソルが耳障りな程に高鳴る。


「ミサイルが来るよっ!」

 女の声がケントの脳裏に響き、バリウスは手にしたマシンガンを投げ捨てた。空手になった拳を見る間に追加装甲が覆い、武骨な籠手が肉付けされていく。

 再び敵に突き出した腕部には刃が取り付けられていた。


「はああああああッ!」

 肘から張り出したブレードを武器に、殴りかかるバリウス。

 尾を引いて迫るミサイル弾頭を斬り飛ばす。

 二つに分かれて飛んでいったミサイルが脇を掠め、背後で炎の華を咲かせる。


「敵接近!」

 女の声にはっとして前方を見据えると、黒い敵機はバリウスと同じブレードを構えていた。


「斬り殺せ!」

 高らかに叫ぶ女の声を鋼の交錯音がかき消した。

 ブレードで激しく鍔ぜり合う度、火花が視界をスパークさせる。

 コクピット内から望む景色はぐるぐると回り続ける。



「早く決めろ。こんな雑魚に手間取るな!」

「うるさい!」

 鬼気迫る女の声。エキゾーストパイプが奏でる爆音、量子ブレードの甲高い残響音。

 ケントはそれら全てをまとめて払う勢いで叫ぶと、左腕の拳を敵に突き出す。

 軽く仰け反った敵機もまた、隙を見せまいと受け身の体勢を取りながらも再接近してくる。

 敵機接近を告げるアラート音を無視し、ハンドルバーに据え付けられた操縦機構を握り直すと、中指を軽く叩く。

 HUD内に赤いロックカーソルが浮き上がり、敵機の胸部を視線誘導で捕らえる。


「砕けろおおおおっ!」

 血走ったケントの眼が敵を射抜くように睨みつけ、トリガーを思いきり引き絞る。

 瞬間、バリウスの拳が光った。

 バツン、という炸薬音と共に、腕部から鉄の杭が打ち出される。


「パイルバンカー! 相手は死ぬっ!」

 女の言葉通り、黒煙と爆炎を撒き散らし、敵は胸部から背中へと破片を散らす。控えめな飛び散り方だが、見た目以上に破壊力はある。内部で暴発した鉄杭は間違いなく搭乗者を死に至らしめた筈だ。

 それまでずっと、柔道の組合いのように拳を突き合わせていた敵機が活動を停止する。

 ケントは絡みついた敵の腕からそっと離れた。


「決まったね、ケント!」

 からからと乾いた声で女が笑っている。

 背後を見送ると、ゆっくりと荒野に停止した敵機が最後の爆発を起こすところが見えた。HUD上の敵を表す赤い光点ブリップは消失。


「敵機の撃破を確認」

 吐き出す息と共に呟いた所で、ケントの周囲を覆っていた量子装甲が解かれていく。

 高くなっていた人型形態の視点は、バリウスの自動変形機能によって下がり始めた。

 装甲が消え去った事で前輪が接地し、二つに割れて駆動していた脚部も元の一つの後輪へと戻る。

 すっかり元のバイクの姿になったシート部。

 穏やかになった排気音を聞きながら、ケントはメットのバイザーを上げた。

 グローブの中は手汗でぐっしょり濡れていて、乾いた荒野の風は酷く塩辛いガソリンの味がした。


「状況終了……」

 しかし、この荒んだ世界でも人は未だ生き続けている。

 そして、彼らを救うためにケントは戦っているのだ。

 地平の先に、半球形のドームが見え始めていた。

 都市を丸ごと覆う透過壁だ。居住テラリウムと呼ばれるあの箱庭の中に人は住んでいる。

 遠くに見えるその風景に安堵を覚えながら、愛機のハンドルへと視線を戻す。

 戦闘中、ひっきりなしにケントを焚きつけていた女の狂声はもう止んでいた。


「マドカ、聞こえるか? 戦闘終了だ。帰投する」

「ええ。お疲れ様」

 代わりに聞こえてきたのは労うようなマドカの優しい声音。

 固く結ばれていたケントの口元が緩む。

 スロットルをひねり込み、米粒みたいに小さく見えるトラックを追った。






 4


 狂馬の嘶きのような爆音は止み、荒野はすっかり平穏を取り戻していた。

 先ほどまで戦闘が行われていたとは微塵も感じさせない。

 トラック車内のマドカは、少女へと眼をやる。


「あの機体にはとあるシステムが搭載されているわ。貴女なら分かるでしょう?」

「そういう事ですか」

 少女は諦めたように息を吐いた。


「それならば、私が連れて来られた理由も分かります」

 汗に濡れた額を拭い、シートに深く腰かける。年端もいかない見た目の割に、どこか達観した様子の少女。


「所で貴女のコードはいくつ?」

 マドカはふと思い出したように口を開く。

 少女はじっとマドカを見返していた。瞳の奥底にちらりと輝きを帯びる緑の光芒。


「私のコードは33です」

 その輝きを見せたくないのか、少女はそっと瞳を閉じて語る。


「レプリカではありますが、人間兵器として与えられた忌まわしい識別番号です」

 それ以上答える事は無い。


「貴女が気に病む事じゃないわ」

 しかし、少女の苦々しい表情も、発せられた言葉の意味もマドカはよく知っている。


「協力してくれた以上、私達は礼節を尽くす。私達は戦争屋じゃない。心配も遠慮も無用よ」

「それを聞いて安心しました」

 少女はふっと溜息を漏らし、隣で運転していた男もその様子に微苦笑した。

 いつの間にか、車内にはラジオが流れていた。埼玉県区が配信する独自のチャンネルだ。大戦前のノスタルジックなポップスはノイズ混じりだが、車内の雰囲気を柔らかくさせる。


「それで、あのバイクに積まれたコードはいくつですか?」

 少女は気を取り直したようにマドカの方を見上げる。

 じっと細められた少女の眼。その奥底に灯った輝きは、今まさに隣を駆け抜けているバイクが散らす光と同じ、淡いグリーンに輝いていた。

 先ほどまで瞳の奥で種火のようにくすぶっていた緑色の片鱗は、今では強く燃え上がっている。


「そうね。出し惜しみする情報でも無いでしょう」

 少女もまたバリウスと同じ理で生きている存在なのだと、マドカはそれを改めて実感した。


「彼の機体のコードは10(ヒトマル)。かつて群馬と呼ばれた県区のナンバーよ」

 少女の美しい相貌が微かに歪むのをマドカは見逃さない。


「あのバイクには貴女と同じ、かの大戦を戦った者の魂が搭載されている」

「私と同じ……」

 サイドミラー越しに見える銀のバイク。その姿を見つめながら、少女は忌々し気に奥歯を噛み締めた。










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