青の機体、TZF-R
明らかに道路がおかしい。
剣人は分かりきった疑念を抱きながらも愛車を止められずにいた。
舗装されていないならまだいい。そんなの居住区域外の道路なら茶飯事だ。
地元にいた頃はバイクで何時もテラリウム外のフリーマーケットに通いつめていたものだ。荒野の悪路での走行には慣れているし、その為にタイヤも特別なチューニングを施している。
しかし、居住区外での生活に慣れきった剣人でも今の状況には疑念を感じずにはいられない。
道路脇に破壊された巨大兵器が散乱していた。巨大な砲身を墓標のように立てて横たわる黒こげの戦車。そして、乾いた空気に混じる硝煙の香り。
「やっぱりここって……」
そうこうしている内に彼方では間延びした砲撃音が木霊し始める。
次いで響く何かが倒壊したような崩落音。遠巻きではあるが微かに空気が震えた。
急制動をかけたその先には、都合よく標識が立っていた。
サビだらけの標識は大戦前の、青地に白の文字で書かれた古びた物だった。おまけに丸い弾痕が所々に刻まれている。
「どうしよう……」
真っ白になった頭の中を必死に整理していたら重い駆動音と共に巨大な足音が近づいてきた。
恐る恐る左右を見渡すと二台のバイクと、こちらに銃口を向ける二足歩行の巨大兵器。
「嘘だろう……」
剣人は呆然として頭を振る。
規則的に知覚センサーの赤い光を点滅させながらこちらを窺う歩行兵器サベージ。こいつには何を言っても無駄だ。
剣人はバイクの乗り手に見えるように顔を向け降参の両手を挙げた。
いずれもクルーザータイプ。内一台にはビキニカウルが施されている。
黒塗りのバイクに跨る男達はいずれも黒のライダースーツにスモークで塗りつぶされたフルフェイス姿。
全てが黒に統一されていて言い知れぬ不穏な空気を醸し出している。
「あの――」
言いかけた所で二台のバイクがほぼ同時に変形。
後輪が割れ二足歩行化。競り上がったボディサイドには武装展開の光と共に銃のシルエットが浮かび上がる。
鈍く光る銃口に剣人はごくりと唾を飲んだ。
二人は前傾姿勢のままバイクの計器を弄くりながら剣人と見比べている様子だ。
「登録無し。おいおい、民間機だぜ」
「どっから紛れ込んだんだ……ったくよォ」
剣人の中で、今すぐここを離れねばと言う衝動が跳ね回る。
「このままじゃ作戦は中止だ。ペナルティとかいろいろ面倒になるぞ」
「……ん? でもこいつ市民ナンバーすら該当無しだ……これならバグのせいにすれば問題ないぜ」
こちらに向けられた銃口は下ろされる気配が無い。今動けば間違いなく撃たれる。
「おい坊主!」
「はい!」
剣人は射抜かれたウサギのように上体を飛び跳ね返事をする。
ヘルメット姿の男はたちは互いを見合わせ哄笑した。すごく、嫌な予感がした。
「迷い込んだキツネが。居住区民の証になるナンバーすらエラーコードを吐きやがる」
「戦闘記録を停止した。これなら詰問も無い。今の内だぜ」
「よし、見張っとけ」
そう言って男はホログラムパネルを操作、見る間に二本足立ちしたバイクは背を伸ばし直立形態に移行する。
更に競り上がったシートに座するライダーを隠すように装甲が展開され計器類が格納、ヘッドライト周りのビキニカウルが装甲に変化、一つ目の顔になる。
今や、乗り手の姿は殆ど見えない装甲に覆われた人型兵器の姿。
無人のサベージより一回り小さいが明らかに元のバイクよりも質量が増している。それにドローンには不必要な頭部パーツが搭載されている。
その姿はまるで命を得て動き出した黒い甲冑だった。
昼光色のヘッドライトが怪しげな紅に変色、獲物を見つけた黒犬のように爛々と輝き出す。
それと同時に剣人の心臓が早鐘のように加速する。この状況はヤバイ。
「悪く思うな。こっちも生活がかかってる。無効試合になっちまったら色々と面倒なんだよ」
そういって人型は右手を掲げ、そこから白刃のブレードが表出した。
「だからよ……ここで消えてくれ」
甲高いモーター音と共にブレードに据えられた鋸歯が回転。明確な殺意が迫り来る。
「チックショオオオオ!」
剣人は叫びながらハンドルにしがみつく。後輪が獣の雄叫びを上げてアスファルトを擦りつけた。
ターンした頃には背中にモーター音が肉薄、振りかざされた回転刃を屈んで交わしBC250を急発進させる。
「ああクソッ」
もう一人の男のバイクも変形し、銃を構えるが人型の中から音声が拡がる。
「無駄に撃つな。こいつは俺が直接消す!」
そう言って再び変形――バイクの原型を残した前傾姿勢に戻る。
エネルギー装甲も解除、二つに割れた後輪がうなりをあげる。バイクのシルエットを胴体部に保ちつつ人を乗せた歩行兵器のような姿。その右サイドには相変わらず唸りを上げるモーターブレード。
「こういうグズは見てるだけでいらつくんだよォ!」
「こっちに来た。やべえ!」
剣人はギアをトップまで上げ逃走を図るが、向こうはそもそも戦闘用の自動二輪。馬力が桁外れだ。
狼男のように大きく前傾姿勢を取った二輪兵器はますます肉薄し、乱雑に薙がれた回転ブレードが剣人の肩を擦過した。
剣人は大きく車体を傾け急旋回。正面から迫る巨大な歩行兵器――サベージの股座目掛け加速する。
サベージは大口径のガトリングを向け今にも撃つ構えを見せる。
だが、剣人の後にはサベージをの仲間のバイクが二台もいるのだ。読み通り、同士討ちを避ける為のプログラムが作動している。
銃撃する気配のないサベージ。剣人はそれを確信するとフルスロットルで二本足の間を走り抜けた。
「よしっいけた!」
ミラーを一瞥。追跡者の影は見る間に小さくなっていく。
ひとまず胸を撫で下ろし前を再び見た瞬間、
「――ダメだ!」
建物の影からヌッと現れたのは灰色の戦車。思わずバイクを横滑りさせながら停止を試みるが既に遅かった。。
車体は荒れ土をかきあげスリップ。フルバンクで地を滑り剣人は放り出される。
衝突音と共に土と礫が右半身を擦り視界がぐるぐる回った。
ようやく身体が止まった頃にはライダースーツは大きく裂け、破れた腕には夥しい血液がべっとりと染み付いていた。
2036年の技術で作られたスーツは所々に部分エアバッグと衝撃吸収パッドが施されている筈だ。それなのに耐えきれない程の激痛が体中を電撃のように巡り、身動き一つ取れない。
「あ……あ……ぐっ」
かろうじて動く右腕で灰土をつかんだ。崩れた粉塵が指先をすり抜ける。
星がちらつく視界の先には黒いバイク乗りの姿があった。
「向こうの戦車に見つかっていたら面倒なことになってたな」
低速ギアでこちらに近づく二輪兵器。
チェーンソーの耳障りな回転音が高鳴り、朦朧とした意識の淵で死の恐怖が再び沸き上がる。
「六号車はそのまま待機。運営にバレないように俺がやる」
その背中に乗る男が右手を上げ静止する。
男の仲間らしきジャーマングレイの戦車は砲の旋回を止める。
「テメエがさっさと逝かないせいで後でメモリーいじる羽目になっちまっただろうが……」
日差しに重なった刃がぎらつきながら回り続けている。
黒いバイクフレームの悪魔が死を運ぶその瞬間、剣人は覚悟し瞳を閉じた。
その直後、耳を突き破ったのは肉を切り刻む電動音ではなく、小気味良いバイクの排気音だった。
「え!」
庇っていた両腕を解き、恐る恐る窺う。目の前に迫っていた黒い人影は既に無い。
「なんだってんだよ……」
遠くなっていく排気音に目を向け驚愕する。
黒いバイクを追随するように青いフルカウルのバイクが爆音を撒き散らしていた。
抜きつ抜かれつ螺旋を描いて猛追を繰り返すバイク達の姿は、昔動物番組で見たドッグレースに似ていた。
細っこいグレイハウンドが小屋から飛び出すと同時にコースを弾丸のように走り回るレースだ。それが今バイクで再現されている。速さのみ追求した三つの機影による高速機動戦。
「TZF……R1……」
昔カタログで見た武波発動機のSSバイク。その美しさに思わずため息が漏れた。
「そいつを止めろ!」
黒い二輪の内、一機が銃口をTZFに向けた。
強烈な射撃音が耳元で残響する。
間隔毎に大きな薬莢が落ちる金属音がキンキン響いた。それを黙り込ませるように青いバイクが一際高く吼え猛り、
「な……!」
黒の一機に追いついた瞬間に変形、現れたライフル型の武装が抜き様に火を噴いた。
破片を散らしながら派手に吹き飛ぶ黒のバイク。そのまま廃ビルに突っ込み姿が消えた。
「野郎! やりやがったな!?」
留まりながら射撃を続けるもう一機は更に機銃を顕現、二丁の巨大なマシンガンで鉛弾を撒き散らす。
青いバイクは元の二輪形態に戻り加速、巧みに火線を交わしながら接近、ボディサイドからブレードが顕現、すれ違い様に貫いてみせる。
ぐしゃりと音をさせて黒のバイクが崩れ落ちた。
「何て動きだ。あんなに素早く切り替えられるのか」
身体を起こしぼんやり見上げた先でTZF-Rによく似た青い戦闘二輪は加速減速を巧みに使い分けながら残った戦車、サベージと戦い続ける。
両者に滑り込み、スピンしながら全方位にアサルトライフルを乱射。サベージが狙いを定めて小型ミサイルを発射するが簡単に交わし離脱する。
青いバイクはそうやって敵の無駄撃ちを誘発させ撹乱していく。
ドローン戦車やサベージをバックアップしている有人バイク戦力が潰えた今、その巨体は只の的だ。
簡単なプログラムに従ったまでの単純な射撃。数度の肉薄でそれを見切った青い二輪はぐっと距離を詰めると立て続けにサベージのセンサー部分を銃撃、沈黙させる。
意地になったドローン戦車が榴弾を炸裂させるが明後日の方向のビルを吹き飛ばすだけだった。
その隙に青いバイクは変形、人型となって砲塔部に乗り上げる。
先程の黒いバイク達が変形した際の人型とは違う、所々に尖ったセンサーを突き出した細身のシルエット。
青い人型兵器は戦車の上に立ち止まりしばしの沈黙、ついで放たれたライフルのゼロ距離射撃が砲塔を破壊した。
ドローンの戦車のエンジン音が弱まり砲塔ががくんと鎮座、再び灰色の荒野に静寂が訪れた。
「あ……っ」
それと同時に剣人の意識が一気に持っていかれる。極度の緊張が切れた反動だろうか。
薄れゆく意識の中、剣人は見た。
TZFは段々と人型からバイクの形に戻っていく。その中で露わになったシートに腰掛けたライダーがいた。
ゆっくりとフルフェイスを脱いでこちらを見る乗り手の男。その顔は人間味の欠片すら感じさせない。研ぎ澄まされたナイフのような表情だった。