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吶喊

「こちらドレイクリーダー、栗生美央だ。聞こえるかウィルムリーダー」

 旧地下鉄路線の出口からは曇天が覗いていた。

 両脇に聳えるのは空と同じ灰色のビル。その姿を仰ぎながら、アキと剣人は並んで停車している。

 さながらドラッグレースのスタートでも待つかのような構図だ。


「ああ、良く聞こえる」

 アキが小さく一言、美央の通信に答える。

 空を見上げる姿はどこか感慨深げだ。


「本当にやるのね?」

 しばしの瞑目の後に、アキは円加の言葉でゆっくりと瞳を開いた。


「ああ、その為に俺達二人はここまで来たんだ。味方の損害なんざ無視してな」

 ちらりと一瞥するアキに、剣人もまた無言で頷き返す。


「ドレイク隊も私を含めて残り三機しかいない。頼むわね」

 栗生美央の鷹のように鋭い眼差しを右上ウインドウに見ながら、剣人はその隣のウインドウに映る円加に注目する。

 彼女はオペレーターから受け取ったデータをホロウインドウで操作している。


「演算完了。エレナの残存ドローンのおかげで大体の位置は掴めたわ。もうこのルート直上にしかアヴァランシェはいない。予測弾道ルートも陽動機に各個転送しているわ。全力で避けて」

「了解したわ、円加」

「ああ任せてくれ。俺達もウィルムだけにいい顔はさせねえよ」

 美央を始めとするドレイク隊の心強い通信が返ってくる。

 ここまでの死線を生き残ったパイロット達だけあって、この状況下でも心は全く折れていない様子だ。


「ドレイク各機は生き残る事に全力を、ウィルム各機は」

「アヴァランシェ撃破に全力を尽くす」

「え、ええ……そうね」

 付け加えられたアキの一言に円加はたじろぎながら答える。


「それではカウントダウン開始。残り10秒で先んじてドレイク隊が突撃、いいわね?」

「「了解」」

 ドレイク各機が確かな返事をし、円加の口から直接カウントダウンが始まった。


「59……58」

 淡々とカウントダウンする間も、剣人は真っ直ぐに円加の表情を見ていた。

 円加も心なしかこちらが映るモニターに向けて視線を逸らさない。

 いや、違う。剣人は直感した。

 ――円加が見ているのは俺じゃない。アキだ。円加は群馬からの長い付き合いのアキ。最後になるかもしれないこの吶喊を見届けようとしているんだ。


「おい」

 そう思っていたら見透かしたかのように隣のアキが声をかけてくる。


「何だよ、急に」

 今まで考えていた事を読み取られぬように、わざとらしく剣人は返す。

 だが、アキは何時ものように、剣人の心境など構わず続ける。


「剣人。この最後の攻撃。もしどちらかが生きてどちらかが死んだら――」

「やめろって」

 言いかけたアキの言葉を静止しながら剣人の声のトーンが低い物となった。


「……そういう縁起でもない話は止めろ」

「うるさい。聞けよ」

「なっ……」

 剣人の忠告など全く聞かないアキが高圧的に会話を続行する。


「45……44……43」

 その間も円加のカウントダウンは続いている。


「もしお前が生き残ったら、頼む。円加をこの戦争から抜けさせてやってくれ」

 相変わらずの一方的でぶっきらぼうな物言いだが、その言葉の端には微かに哀愁が漂っている。


「え?」

 剣人はこの緊迫した状況で呆けた返事をする。


「馬鹿。ちゃんと聞いてろよ」

「聞いてるよ」

 アキは地下道出口から見える空――流れ行くちぎれ雲をぼんやりと見ながら、少しだけ物思いに耽った後で、


「答えはイエスか、ノーか」

 小さくそれだけ問う。


「……嫌だ。お前が死ぬ前提の質問なんか止めろ」

 断る剣人。

 だが、アキはそれには何も答えなかった。


「20……19……」

 円加もまた、カウントダウンに集中していてアキと剣人の戯言など聞いている余裕は無いようだ。


「そろそろだ」

 アキは愛機TZFの回転数を上げていく。

 血に飢えた獣のようにエンジンが獰猛な唸りを上げていく。剣人もそれを見ながら同じようにバリウスの回転数を上昇、そのままキープ。


「12……11……10! 陽動開始!」

 円加の合図を皮切りに、戦場の方々で爆音が鳴り響いた。

 一足先にドレイク隊による同時突撃が敢行されたのだ。


 遠巻きに聞こえるいくつかの排気音。

 甲高いエンジンの雄叫びを聞きながら剣人はゆっくりと瞑目する。


「8……7……」

 円加のカウントダウンは止まらない。

 アキと剣人が直線上のアヴァランシェに突撃するゼロを告げるその瞬間まで、何があっても彼女がカウントを止める事は許されない。決して残った味方機が全滅しようとも……

 不意に、大気が震え、粒子砲が大気を切り裂く轟音が遠く鳴り響いた。

 遠雷のような砲撃音に追従するように味方機の反応消失を示すアラート音が重なる。


 ――誰がやられた?

 だが剣人は瞳を閉ざしたままそれ以降考えるのを止める。

 今まで聞いたのと同じ――アヴァランシェの粒子砲発射音。

 数多の仲間が堕とされていく度に聞こえた悪鬼の咆哮がこれまでなく間近で聞こえていた。

 やはり、このルートの向こう側に確かにいる。

 エレナが遺してくれた最後のドローンが伝えてくれた座標データ。それがこの地下鉄の地上に登っていく路線の先、直線上に存在するかつてのターミナル駅だった。

 もう一度、轟音が響き、瞼を開けるとドレイク隊の二機目撃墜の報がHUDに表示されている。残りは美央機ともう一機だけ。

 今行かねばドレイク隊がやられる。剣人はカウントを無視してでも発進したい衝動に駆られるが必死に抑えようと試みる。気付けばハンドルを握る両の手が小刻みに震えていた。


「4……3……2……」

「ドレイク2通信途絶!」

 円加の無機質なカウントダウンにオペレーターの悲痛な叫びが重なる。陽動部隊は残り一機、栗生美央だけだ。


 ――頼む。

 美央に祈りながら剣人は待つ。

 ぎりぎりと歯を噛みながら、僅かな傾斜となった地下鉄出口から見える空を仰ぐ。


「1……0! ウィルム全機突撃!」

 円加の最後のカウントに発破をかけられた右手が一気にアクセルをぶん回す。

 二つの爆音が鼓膜を突き破り、身体が重力に引っ張られるのを必死で堪えた。

 一気に振り切られた速度計の針を刹那の内に確認しながら曇天の下に躍り出る剣人のバリウス。

 それは隣のアキも同じ。TZFは全く無駄の無い動きで発進。頭一つ分、剣人機をリードしながら並走する。


 ――相変わらず、速いな。

 この状況でも先を行くアキに剣人は小憎らしささえ感じてしまう。

 ヘルメットが大気を切り裂きガタガタ鳴動するが、それでも剣人は頚椎に力を込め重心を下げる。

 空気抵抗を減らしたバリウスは見る見る加速。順々にギアを蹴り上げ、最速に上げる事だけに全てを費やす。

 最初の五秒で一気にトップ手前まで達した戦二のギア。

 不意に、彼方の駅ターミナル、その建物の頂点が光った。

 次いで巻き起こる轟音と共に光の軌跡が東へと放たれていく。


「美央!」

 剣人は叫びながら最後の一段を思い切り蹴り上げた。

 レッドゾーンの端で喘いでいたバリウスが再び低音域に戻り加速を増していく。


「落ちつけ剣人。頭を寝かせて空気抵抗をもっと減らせ」

 加速し続けるバリウスに負けじとアキのTZFが肉薄する。

 放たれたアヴァランシェの一弾。だが、美央機を狙った閃光は剣人達に位置を示してくれた。


「フィードバック完了」

 円加の声と共にHUDに更に詳細なアヴァランシェの位置情報が追加された。

 3Dのオブジェクト――横長の駅ターミナルビルの建物が回転表示され、アヴァランシェの機影が崩れかけた最上段に陣取っているのがはっきりと見える。


「こちらドレイクリーダー。 突撃を続行――!」

 美央の力強い返答を確認しながら剣人は真っ直ぐ見据える。

 もしかしたら、剣人とアキの存在に気付いたフィオナが一瞬躊躇したのかもしれない。だが、それはつまり二度目の外しは有り得ない。そう言う事だ。


「もういい! 離脱しろ栗生大尉! 後は任せろ!」

 剣人が叫ぶと同時に再び閃光が迸る。が、二度目の閃光の後に続く筈のアラート音は無かった。


「ドレイク1、戦闘続行する!」

 美央の通信は継続していた。つまりそれはアヴァランシェの狙撃の完全回避に成功したと言う事だ。

 前の一撃で敵機位置情報は割れている。しかも事前に狙われるのが分かっていれば幾ら凄腕の狙撃手でも回避できる筈だ。

 流石美央、ドレイク隊のリーダーを務めるだけはある。

 一瞬の内に剣人が逡巡した次の瞬間、


「きゃあああッ!」

 美央機の通信が途絶した。


「美央!」

「ドレイク1の信号確認。戦闘続行不可能! 後は頼むわよ……ウィルム隊!」

「おおおおおおお」

 代わりに円加が答え、アキがそれに咆哮で答えた。

 その次の瞬間、思考が一瞬鈍化した。水飴のように視界が緩慢に色褪せていき、


「――右よ」

 円加とは全く違う艶っぽい女の声が剣人の脳裏に響いた。何度となく聞いたバリウスの声。ジーニアスの女の声だった。

 脳裏にバリウスのデータファイルで見た、黒髪の少女の面影が呼び起こされる。


「――ッ!」 

 剣人は無意識の内にバリウスのハンドルを微かに傾ける。

 クイとハンドルを傾いだ刹那――時が動き出す。

 その直後、電車を間近でやり過ごしたような重圧感が側面を擦過し、長い光の塊が剣人の左側をチリチリと掠めた。

 剣人とアキの間を抜けたアヴァランシェの粒子砲だ。ドレイク隊から本命のアキ、剣人に気付いたフィオナが狙いを変えたのだ。

 咄嗟の機転で回避できたのはバリウスに潜む女の声のおかげだった。


「ジーニアス。やはりこいつは生きてる――ただのAIなんかじゃない」

 極限状態の中で剣人は確かにバリウスの中に眠る存在を確信していた。


「剣人、俺の後ろに来い!」

 アキが急加速し、剣人の前方につく。


「これで速度は上がる。次弾は同時に避けろ」

 空力を得たアキと剣人は連なる矢のように猛然と突き進む。既に距離は詰まり、アヴァランシェの機影、その巨体に不釣り合いな小さな頭すらも肉眼ではっきり捉える事が出来る。

 狙撃手は、はっきりとこちらを見ている。コクピットのフィオナもまた狙いを定めている。

 感情がごちゃごちゃになる。彼女を倒すという戦意。この戦場に敵として対峙しなければいけない現実への怒り、やるせなさ。

 それら全てが束となって剣人にのしかかり、胸の奥から何かが沸き起こる。


「「おおおおおおおおおおお!!」」

 アキと剣人の咆哮が重なり、遥か前方が真白に輝いた。

 重粒子砲の斉射――直後、

 肉薄したアキのTZFは一瞬の内に人型に可変し、シールドを展開。粒子砲の直撃に相対を試みる。


「アキ――!」

 その意図を瞬時に理解した――剣人の悲鳴が重なる。


 瞬く間に視界全てを白光が支配した。

 まるで真正面から雪崩が襲いかかったような光景。一面の『白い闇』だった。

 スローモーションになった世界の中で剣人は確かに見た。


 六角形に花開く光の壁――粒子エネルギーによるシールド。

 展開したのは青いTZF――アキだ。

 アヴァランシェの粒子砲を真正面から受け止める青い背中。

 当然耐えられない。いくらシールドとは言え重粒子砲の近距離を受け止めて無事な筈が無い。

 端から見る見る内に融解していく人型形態のフレーム。


 そもそもこの距離では敵の狙撃に失敗は有り得なかった。

 避ける避けない、当たる外れるの次元では無い必中の距離。アキや円加が幾ら避けろと言った所でそんな話、土台無理なのだ。


 ――アキ。


 心の中でそう叫びながら、剣人は仰け反り弾け飛ぶTZFを背後に見送った。

 しかし、決して後ろは振り返らない。


 アキのTZFを飛び越えるバリウス。

 今度こそ目の前に迫る悪魔の頭蓋――アヴァランシェの長角が見えた。その脇に抱えるように装着された重粒子砲のロングバレル。闇のように底が見えない銃口の孔を見据えながら、


「はああああああッ!」

 バリウスは一瞬の内に変形。人型となって右腕のパイルバンカーを顕現させる。

 粒子砲の次弾は来ない。装填は間に合わない。いける。


「――避けなさい」

 再び耳朶を打つバリウスの声。

 剣人が既にパイルバンカーのトリガーに指をかけたのと同時の出来事だった。

 鼻先まで迫りつつあったアヴァランシェの肩部からマイクロミサイルが放出されたのだ。蜂の巣をつついたように、無数の弾頭が飛び出しこちらに殺到してくる。

 だが、剣人の思考は最早、完全にバリウスと同調していた。

 左手の挙動だけでチャフを散布――遥か上方に軌道を変える無数のミサイルなど目にも暮れない。

 そして、そのまま飛びついた悪魔の武器、粒子砲極太の銃口にバンカーを思い切り突き入れ、


「いっけええええええッ!」

 レバー下のトリガーを思い切り引き絞る。

 バツン、と言う破裂音がコクピット内を叩き、強烈な振動が全身を揺さぶる。

 花火の残り香に良く似た、硝煙の匂いが鼻腔を通り抜けた。







「これは何だ……⁉」

 バリウス人型形態のコクピット。

 ハンドル上部の増設レバーが瞬く間に元のハンドルレバー内へと収容され形態を戻していく。

 剣人は困惑の声を上げ続けるが、その動作は止まる事が無かった。

 搭乗者の混乱を余所にバリウスは元のネイキッドバイクの形態に戻る。

 それと同時に、緑色の光が剣人の視界を包む。先程アキが見せたエネルギーシールドと同じ物がバリウスのフロントから展開されていた。

 どこか温かな、この戦場において安らぎすら覚える。そんな黄緑色の燐光だった。


「どうしたってんだよ――ってこれは⁉」

 突如、眼前の巨大な重粒子砲が鳴動を始める。次いで何度も巻き起こるのは爆発音。アヴァランシェの各所から火花と煙が漏れ出しているのも見える。

 剣人の放ったパイルバンカーで冷却回路からタービンに衝撃が伝達したのだ。


「お前、俺を守って――」

 県機の搭載タービンは戦闘二輪の比では無い。ダメージによって行き場を失ったエネルギーの力場が暴走を始め、やがて自壊する。

 アヴァランシェの炉心部とも言うべきタービンが崩壊する際に発生する爆発。

 バリウスはそういった全ての事象を予測し、身を挺して剣人を守ろうとしていたのだ。


「すまん……!」

 名も知らぬバリウスの人工知能、ジーニアスの被検体となった女性。

 バリウスの化身とも言うべき黒髪の少女に詫びながら、剣人は愛機と共に爆発に飲み込まれた。

 一際大きな爆炎と破裂音が鳴り響く。


 シールドがその役目を終えて四方に砕け、黒煙を散らしたバリウスの車体が地に堕ちていく。

 宙に放り出された剣人。

 身体中の衝撃吸収パッドが展開し圧迫される。熱感にまみれ朦朧とする意識はまるでサウナか、お湯に浸かっているようだ。

 すぐ傍には、逆さまに迫る灰色の地面。


 ――ダメだ。ぶつかる。 

 だが、意識が途切れる最中、剣人は見た。

 彼の目前に両腕を広げたような人影が現れる。黄緑色だった人影は、やがて薄っすらとした少女の姿となり剣人を包み込む。


「……」

 優しい笑顔。

 バリウスの少女は衝撃から守るように剣人を抱擁し、地面へと降りて行った。



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