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作戦続行

「ウィルム隊! 状況報告を!」

 通信機越しでも分かる。指令室は相次いで伝わる味方機の被害報告でパンク寸前だった。

 その中心で円加はただ一人、冷静さを保ち続けているように見えた。

 急かされるままに剣人は報告する。


「リヒターがやられた!」

 声帯を絞り出すように出した剣人。一方で画面の円加は呆然自失といった様子だ。

 それまで浮かべていた冷静な表情に明らかな動揺が見えた。顔に出さないように心がけているのは指揮官故だろうか。

 それでも剣人には分かる。リヒターはこれまで苦楽を共にしてきた仲間だ。彼の死をそんな報告一言で割り切れる訳が無い。


「ウソ……」

 あまりに呆気なく消失したリヒター機。ついさっきまで隣を並走していた戦友の突然の悲劇に思考がまるで追いついていない様子だった。

 だが、それは剣人にとっても同じ事だった。

 分かっているのに。ここで割り切らなくては次にやられるのは自分だ。

 それでも――

 剣とは炎と黒煙立ちこめるその場所をぼんやりと見ている事しかできなかった。

 長身痩躯のリヒターの姿は見える事は無かった。


「おかしいな……」

 背だけは無駄にデカイ、そんなリヒターの事だ。簡単に見失う事なんて無い筈なのに。

 普通なら、その炎の向こうがどうなっているのか、考えなくても分かる事だ。

 だが、頭が理解を拒もうとしている。


「ケント! しっかりしてよ!」

 ヒステリックなエレナの一言で我に帰る。次に耳朶を撃つのは敵攻撃を示す警告音。

 けたたましいブザーと共に彼方で何かが光った。

 そう思った瞬間に光の帯は瞬く間に目の前まで接近し、


「ケント!」

 剣人の前に割り込んだエレナ機は量子の光で形作られたシールドでそのレーザーを受け止める。


「くっ……あああッ!」

 光の盾はレーザーに耐え続けるが、粒子光がそこら中に弾けけたたましい音が響いていた。エレナのBC1100の量子タービンがエネルギーシールドを維持する為に全開で駆動しているのだ。


「エレナ!」

「バカ! アンタまでやられたいの⁉」

 剣人が離脱したのを確認したエレナはそう言って愛機を思い切りスライドさせる。

 ギャギャギャ、とタイヤが生き物のように喚き散らした。無理やり弾き出すように黄色の戦にがスピンし、レーザーの弾道から逸れる。

 が、レーザーの照射は終わっていなかった。注がれ続ける光線。

 重々しいの極太の光線が周囲を薙ぎ払う所を間一髪避けた剣人。照射は終わっていたが、赤黒く焼けたその痕を見てぞっとする。

 もしもエレナが量子シールド全開で受け止めてくれていなければ蒸発していただろう。


「急げ、こっちだ!」

「――ああ!」

 アキに促されるまま、バリウスを急発進して路地裏に進む。

 この位置ならば敵からの狙撃の恐れはないが、こちらからの攻撃も届かない。


「次のコーナーを右へ」

 円加の指示で迂回ルートを進み続ける。

 アキが先行し、エレナが二番手を行くのだが、突如ブスブスと音を立ててエレナ機のスピードがガクンと落ちる。


「ダメ、タービンがイカレたわ」

 見る間に剣人の後方にまで下がっていくエレナのBC1000はとうとう停止してしまった。

 先程剣人を庇ったのが影響に出ているのは明白だった。


「すまないエレナ」

 剣人はエレナ機に横付けする。 

 銀髪の少女はヘルメット越しに猫のように鋭い眼光で剣人を威嚇する。



「気にしないでよ! さっきのはただの私の気まぐれなんだから」

 しかし、エレナは謝ろうとした事を責めるように声を荒げる。

 先行したアキも止まり、エレナ機の復帰を待ちながら警戒を崩さない。

 アヴァランシェの照準からは外れているようだ。彼方で幾度かの砲撃音がした後はそれっきり止んでいる。


「私はただ、アキとアンタの方がアヴァランシェを倒す可能性は高いと思っただけ。使える駒を残しておくのは当然でしょ。アンタが弱気になってどうすんの」

 エレナは戦闘二輪から下りると愛機のチェックを始める。



 三人の戦闘二輪乗り達は狭い廃墟の間道で立ち往生していた。

 青森県区との戦いで初めて静寂が訪れる。狭いビルの合間から見上げた空は依然灰色の曇天だ。

 今にも泣き出しそうな空を鴉が鳴きながら周回飛行している。


「どうだ?」

「言う事を聞かないわ。多分もう使い物にならない」

 エレナは暫くの間、エンジンと前輪のタービンを確認していたが、アキの問いに観念したように首を振る。

 剣人はメットを脱ぎ、汗を拭いながら二人のやり取りを見ていた。

 通信では相変わらず味方の撃破報告。聞く度に神経から筋が削がれていく嫌な気分だ。

 まだ進撃再開しないものかと剣人はエレナとアキの方を垣間見る。二人は問答しながらバイクを整備していた。

 だがそうなった原因は剣人にあるのだ。あの時、一瞬の隙を作った剣人のせいでエレナが被弾した。リヒターを失いナーバスになっていた剣人は後悔に打ちひしがれ項垂れる。


「はぁ……」

「さっきのエレナの言葉は本当の気持ちよ。無用な心配を剣人達にかけさせない為のね」

 すると、通信機越しに円加が話しかけてきた。思いつめた剣人の緊張を解そうと必死だ。

 剣人もそれは分かっていたが、それでも感情的になってしまう。


「けど俺はリヒターを守れなかった。それどころかエレナの邪魔までしてしまった……」

「仕方ないわ。仲間がやられる所を間近で見たら誰だってあんな風になるわよ」

 背後では相変わらずオペレーター達の慌ただしい会話が聞こえている。


「私はもう慣れちゃったから……アキも、エレナもね」

「なら、俺も慣れるしかないな。俺はモジュールアーミーだ」

「剣人君……」

 円加は何か言おうとしたが、


「――ダメ。やっぱり動きそうにないわ」

 エレナの通信が割り込み中断された。

 剣人が振り向くとエレナはヘルメットを脱ぎ叩きつけ座り込んでしまった。拗ねた子供のように見える。


「なら、お前はここに残れ。隠れていれば俺達が全滅するまでは安全だ」

 アキはそれ以上何も言わずにエレナの肩をポンと叩くと、自身のメット口許にある通信機に親指を当てる。


「円加。エレナのドローンが回収したデータの転送を頼む。アヴァランシェの位置を知りたい」

「そうね。敵はワイバーン隊を完全に撃破。ドレイク隊も相当数やられた……降参する?」

「……冗談だろ」

 フンと鼻を鳴らしながら、アキはTZFに戻り端末を操作する。戦力が半減しても尚、アヴァランシェを倒す意志は変わらないらしい。

 だが、それは剣人にとっても同じ事だった。

 ここまで接近したのだから是が非でもアヴァランシェとやり合う、その一心でここまでついてきたのだ。

 剣人は決意も新たに、黒い煤がうっすらと積もったバリウスのハンドルバーを拭き取る。


「けど、この残った戦力じゃもう……」

 円加の力無い声。エレナも沈痛した面持ちで地面を見続けている。


「せめてもっとドローンが残っていれば……クソ!」

 悔しそうに拳を瓦礫の大地に叩きつけるエレナ。

 長年連れ添ったリヒターを失った事もあってか、エレナは悔しさ以外の感情も入り混じっている。 剣人にはそれがエレナ自身に対する不甲斐なさへの怒りにも見えた。彼女と関わり始めて日は浅いが、エレナ・レナヴィクは人一倍責任感を持ち行動している兵士だ。

 決してスコアの利益を追及する守銭奴ではない。


「エレナ……ごめん」

「だからアンタが謝る話じゃないって言ってるでしょ!」

 ヤケクソ気味にエレナが吠えて、剣人は再び萎縮してしまった。

 そうこうしている内にも遠巻きに聞こえる味方の被害報告。

 暫くの静寂を経て、アキが二人を見渡す。


「何時までもこうしてはいられない。残った戦力は俺と剣人だけで十分だ」

 だが、アキの主張に円加は承服できないというような厳しい顔をしていた。


「でもそれじゃあまりに無謀よ」

 そう言って見せるがアキの決意は固かった。


「円加。俺はともかく――剣人は退かないぞ」

 発せられたアキの一言に思わず剣人は顔を上げた。


「だろう?」

 ヘルメットのバイザーを上げたアキの目は真っ直ぐにこちらを見ていた。

 その問いに剣人も力強く答える。


「……俺はやるよ」

「ああ。当たり前だ」

 その答えを聞いてにっこりと微笑むアキ。剣人はこの時アキの笑顔を初めて見た。


「幸い敵の位置も掴めた。マップデータも大分更新されて小道や地下道も把握できる。各隊の敢闘に感謝――エレナ、掌握しているドローンの指揮権を俺に。アヴァランシェの座標に一気に肉薄する」

「ちょっと待って。確かにドローンはまだ残っているけど……アキ!」

「もう戦況は絶望的よ。接近するまでに全滅するわ……」

 円加もエレナも諦めムードだった。

 しかし、アキは動揺もしていなければ臆してもいなかった。そして、それは桐柄剣人も同じ。

 アキに同調するように剣人も口を開く。


「俺からも頼む円加。このままじゃ更に味方がやられる。それに今までやられた味方はどうなる? 俺とアキでカタをつける。勝つにも負けるにも道はそれしかないんだ」

「そんな、無茶よ!」

「大丈夫――」

 通信ウインドウに映し出される怒ったような円加の顔。だが剣人は優しい笑顔でそれに答えた。


「こいつもいる」

 そう言ってゆっくりと愛機バリウスのタンクを撫でた。

 ゴロゴロと機嫌の良い猫のような唸り声を上げるバリウス。


「言っても聞かないみたいよ、円加」

 エレナは肩を押さえながらしゃがみ込む。しかし、その表情は穏やかだった。

 円加は呆れたように左手で頭を押さえると、


「分かったわ。ドレイク隊の栗生大尉にも出来得る限り援護してもらうように伝えておくわ。作戦開始はそれからよ」



 そして、数分後。ドレイク隊とのデータリンクが完了した。

 残存勢力が時間合わせで四方から接近、最後の突撃を担当し、アキと剣人は地下道を一直線に抜けるルートでアヴァランシェへ吶喊する。

 やぶれかぶれのような作戦が決まった。


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