火蓋は切られた
「フィオナはこの摩天楼のどこかに潜んでいるのか……」
愛機バリウスの排気音を耳にしながら、剣人が呟く。
「死に急ぐんじゃねえぞ」
ウィルム隊は皆が黙したまま戦区に向かっていた。
口火を開いた剣人の一言にリヒターも通信を返す。
「とにかく距離を詰めるまで死ぬな。生き残る機体が多ければ多い程、他の連中の生存にも繋がる」
釣られる形でアキも声をかけてくる。
彼が剣人にアドバイスをするのは珍しい。無口な調子とは打って変わったアキに、剣人はどうにも返し方に困っていた。
今までなら戦闘開始前に声をかける事すら無かった。
それなのに、
「ケジメは自分なりにつけてきたか?」
アキは剣人に語りかけ続ける。
モニターに映るアキはいつもと同じ、ぶっきらぼうな無感情野郎のまま。相変わらずの小憎らしい顔だった。
一方で、モニターの小窓に表示される円加の顔は普段と違っていた。普、心配そうな顔で一触即発な二人のやり取りを見守る円加だが今日は違う。
どこか母性を感じる温かな表情。それはさながら会話する間柄までになったアキと剣人二人を微笑ましく思っているようだった。
円加にじっと見られている事を意識した剣人。
モニター越しの円加と交錯した視線をわざとらしく逸らした。
「あ、ああ。フィオナとは昨日話をつけてきた。もう俺は大丈夫だよアキ」
だが、円加は何も口出しする事は無かった。
茶化しの一つでも入れてきそうな物だが、今はぎこちない不器用な男二人の会話を見守る事に徹している。
「なら良い。行くぞ」
その言葉を皮切りにアキが急加速する。負けじと剣人もアクセルを捻りこみ、リヒターとエレナが続く。
陽の光を背に浴びながら疾走する戦闘二輪の群れ。既に戦闘は開始していたがアヴァランシェはまだ戦闘区域外の戦二部隊に攻撃を仕掛ける事は出来ない。
青森県区との戦いは、開戦数分後のドローン全機ロストから始まった。
戦闘区域に先行した偵察機は悉く破壊され、二輪部隊は何の情報も無いまま侵攻する事を余儀なくされた。それほどまでにアヴァランシェの狙撃は素早く、正確だった。
「エレナは何機残ってる?」
「直属の四機だけよ円加。この数じゃ陽動の足しにすらならない」
先手を打たれる形となった戦闘二輪部隊は散開しつつ、ほぼ同時刻に戦区に入る。
「カウント開始、全機ゼロと同時に戦闘区域に突入せよ」
「「了解」」
オペレーターのカウントダウンが始まる。
「24、23、22――」
レーダーに表示される、弧状に展開した味方機。その青い光点を見ながら剣人はバリウスのアクセルを煽り込む。高鳴る愛機の好反応を確かめながら、カウントに耳を傾けた。
「ウィルム全機、横一列へ」
アキの指揮で戦闘二輪部隊は左右に展開、恐らくは他の部隊も同じように横並びになって同時に突入するのだろう。
「6、5、4……」
剣人は真っ直ぐに前方を見つめる。
「3、2、1……0! 全機突入!」
まるで、全員並んで徒競争のテープを切るように、HUDに表示される戦闘区域のラインを同時に越えるウィルム各機。
瞬間、彼方のビルディングの一角が光った。
「――来る」
一瞬の逡巡で脳裏に浮かんだフィオナの相貌。きっとその相貌は冷徹に獲物を射殺すハンターの顔をしているんだろう。
発光した位置とは全く別方向、ウィルム隊の遥か右翼で爆発音が上がった。
「サーペント3、ロスト!」
「次弾に備えて、全機チャフとスモーキング!」
円加の指示に従いウィルム、他の戦闘二輪部隊も狙撃撹乱のパターン行動に移る。
予め戦闘二輪に積まれたチャフを噴出させる。
灰色の空に煌びやかに輝いた銀紙の吹雪は、次いで巻き起こったスモークに瞬く間にかき消された。
センサー上、目視で確認不能にさせる為の作戦だ。この間に一機でも多くアヴァランシェとの距離を詰める。
「サーペント6、信号途絶!」
「敵は一隊ずつ確実に消していくつもりだ!」
オペレーターの冷静沈着な声にリヒターの悲鳴が重なる。
「各機散開を維持、遮蔽物、ビルディングを活用して」
モニターに映る円加の頬は汗の滴で一杯だった。
だが、剣人はそんな円加の顔をじっと見ている程の余裕は無い。直ぐに前方の遮蔽物――トンネルのように向こう側まで穴の空いた地下駐車場を駆け抜ける。
恐らくはかつての戦闘で破壊されたのだろう。だがこういった廃墟群は剣人達に安全地帯を提供してくれる。
そうこうしている間にもサーペント隊の信号ロストの報告が続いた。
「サーペント1、戦闘不能。サーペント隊壊滅……」
オペレーターの正気を失ったような一言にウィルム隊の面々も動揺を隠せない。
「ウソだろ……まだ戦闘区域突入から一分だぞ」
リヒターが青ざめた顔で剣人に語りかけるが、剣人は何も答えなかった。
せめて時間稼ぎとして彼らが粘ってくれた。そう思いたかった。
決して無駄死にではないと……自分に言い聞かせながら剣人は愛機を進める。
やがてウィルム隊の先に開けた大通りが現れる。出来れば避けたい見通しの良いフィールド。
だが、迂回路は無い。マッピングされきっていない小道に入って時間を無碍に潰すのも難しかった。ウィルム隊が安全な小道を回っている間にも味方機は破壊されていく。
とにかく今は距離を詰めなければいけないのだ。
「全機スモーク展開。出し惜しみは無しだ。突っ切るぞ」
アキが少しだけ先行しスモーク展開。剣人達も続いた。
「ワイバーン4ロスト!」
オペレーターの悲痛な叫びに無意識に噛みしめられる奥歯。
だが、剣人はぐっと堪えながら前方だけに注視する。その刹那、
『――右よ』
女の声が脳裏に響いた。現実味の無い、殆ど妄想にも似た声だが確かに剣人には聞こえた。
「俺達だ。右に避けろ!」
剣人が叫びながらハンドルを横に傾ける。アキ達も剣人の言葉に何かを感じ追従した、その瞬間。
「!」
ごう、と言う音を立てながら光の帯が掠める。
斜め上方、遥か彼方から浴びせられたレーザー攻撃。アヴァランシェから放たれた物である事は最早明白だ。
「野郎、狙いを変えやがった」
先程まで続いていたワイバーン隊撃破の報が一瞬止んだ後の出来事だった。
「やはり開けた場所にいると狙われる。円加!」
「エレナ。分かるわね? 時間稼ぎでいいの」
「任せて!」
エレナは短く答えると左右に展開させていた四足型高機動ドローン「クーガー」の編隊を解く。四方に散らばったクーガーの群を確認しつつ、
「ウィルム各機左右に展開」
アキの一声で四機の戦闘二輪は二機で一分隊、ツーマンセルに移行した。
剣人とリヒター。エレナと組んだのはアキだった。二つの分隊は出来るだけ両端のビルに張り付くように走行を続ける。
途中、ビルの両脇に配置された敵のドローンが銃撃を浴びせてくるのを確認したが、剣人達はアクセル全開で走り抜けた。ドローンの相手をする為に速度を落としては格好の的だからだ。
「ワイバーンリーダーロスト。ワイバーン2、指揮系統を引き継げ」
「了解……何て奴だ……こっちはレーダーにすら捉えていないんだぞッ!」
指揮を継いだと思われるワイバーン2からの悲痛な叫び。
だが、歩を止める訳にはいかない。更に距離は進み、剣人達はビルディングをすり抜け、
「レーダーに敵機確認!」
遂に敵を射程に捉える事に成功した。
既にその頃にはワイバーン隊も殆どが戦闘不能に陥り、まともに戦闘を続行できるのはドレイク隊と剣人達ウィルム隊だけになっていた。
「こちらでも敵の光点を確認したわ」
「よし、囲い込んで一気に攻めようぜ」
美央からの通信に答えたリヒターは勇みながら愛機を進める。
だが、剣人はこの状況にどうも違和感を覚える。
味方の数は確実に漸減している。状況悪化は明らかだった。
それなのに、
「何なんだこの違和感は」
アヴァランシェは迎撃に徹しているだけ。しかもその攻撃も酷く消極的だった。
フィオナの腕ならばもっと早くに全滅に陥っていてもおかしくはない。
それなのに……
「待っているのか俺を……」
公園で交わしたフィオナとの約束を思い出すが、すぐに頭を振った。
今は走行に集中しなければと気を引き締める。
かつては栄えていたアーケード街。ウィルム隊は穴だらけとなったその庇の下を走っていた。次第に縮まるアヴァランシェの位置を示す光点に注視しながら走行を続ける。
「さっきのアレ。助かったぜ、剣人」
前を走るリヒターが話しかけてくる。が、剣人は答えない。
先程の回避は偶然だったのだろうかと自問していた。
「……」
サーペント隊への攻撃が続いていた中で全く想定外の狙撃だった。
その時脳裏に響いた女の声は間違いなく、バリウスに眠るジーニアスシステムの根源。円加の執務室で見た資料の女の顔が思い浮かぶ。
彼女の声が剣人に同調し、直感的にフィオナの照準を読み取ったのだろうか。
「……考えていてもしょうがないか」
剣人は左翼に展開しているアキとエレナ機の反応が健在しているのを確認し、アクセルを捻り込む。
「もうじきこのアーケードを抜ける。そうしたら奴の馬鹿デカい図体も拝めるだろうさ」
リヒターはそう言いながら、見てろよと毒づいた。
アーケードの向こうには最早原型すら思い起こす事が出来ない程に倒壊した瓦礫の山。
その向こう側にヤツはいる……!
「ウィルム全機、接敵に備えろ」
アキの合図で剣人達はアーケード街を抜けた。
その瞬間、
「――あれは」
あるはずの巨大な機影は無かった。
代わりに瓦礫の頂点に構えていたのは、
「ドローン『ヴォルク』……」
エレナの声が震えていた。
アヴァランシェだと思っていたポイントに居たのはこれまで何度も相対し、撃破してきたドローンの、四足高機動型の『ヴォルク』だった。
瓦礫の山の上で鉄狼は背筋を伸ばし四本足で屹立していた。
「何で――?」
チャフで撹乱し相手に気付かれないまま背後から接近したつもりだった。
それなのに――
「散らばれ! そいつは囮だ!」
その瞬間ハンマーで後頭部を叩かれたかのような怒鳴り声にハッとする剣人。
慌てて瓦礫の山を迂回しようと機首を傾けた所を、
「――!」
光の帯が擦過、ほぼ同時に爆炎と轟音が上がった。
その方向には、
「リヒター!」
先程まで先行していたリヒター機の地点だった。
轟き巻き起こる紅蓮の炎。コンクリートは黒く焦げ付き向こう側が見えない。
確かなのは、その瞬間リヒター機のシグナルがレーダーから消失した事実、それだけだった。




