覚悟を問う
ブリーフィングは最初から最後まで恐ろしい睡魔との戦いだった。
剣人達の作戦は決まった。ドレイク、ウィルムを始めとした戦闘二輪部隊の残存戦力を総動員しての突撃接近戦。
最早作戦とも呼べないような力押し。戦車部隊は戦闘二輪の戦果報告までは戦区外で待機との事だが恐らくアヴァランシェとの戦いでは役に立たないだろうと鹿杜が言っていた。
戦車の機動性ではアヴァランシェの長距離射撃のいい的で、出撃するだけ無駄だという。必然的に剣人達は何の支援も無いままアヴァランシェのテリトリーに入る事になる。
「でも、やるしかないんだ」
皆がぞろぞろとブリーフィングルームを去る中で、剣人は座したまま自分に言い聞かせていた。
「おい」
はっとして振り向くとすぐ近くに立っていたのは久澄秋鷹。早朝だからか何時にも増してテンションが低い。
「偉くおとなしくなっちまったな」
「眠いからだよ」
そっちこそと思いながら剣人は反論する。
「ずっと懲罰房に軟禁されていたんだってな。馬鹿な奴だ」
そうだ。俺はバカだ。
剣人は一人心で叫ぶ。それは最早、県区運営への行き場の無い怒りからの破れかぶれの選択だった。
「それでも言わずにはいられなかった。それだけだよ……」
俯き加減の剣人は独りごちる。だが、アキは立ちはだかったまま、去ろうとしない。
「――違うだろ?」
「?」
アキから投げかけられた一言に剣人が意図を掴みかねる。
この男は何を言っているんだ。そんな疑問符が頭に浮かぶ。
「お前が怒っているのは郊外戦争と言うルールや上のやり方じゃない。こんなクソみたいな情勢そのもの、極端な話世界そのものにイラついてるんだよ……特に」
そう言って押し黙るアキに剣人は眉をひそめながら呟いた。
いちいち遠回しな言い方をする奴だな、そう思いながら反論する。
「何だよ。分かった風に言って……」
アキと剣人では干支が一回り分程の年齢差がある。それなのに不思議と、距離感が無い会話だった。
アキは少し考え込む素振りを見せると口を開く。
「アヴァランシェ――フィオナとかいうパイロットの嬢ちゃんだろ?」
「は……」
呆気に取られる剣人だがアキは淡々とした調子のままだった。
「俺には分かるさ。彼女が戦争やるにはあまりに幼く見える。だから命までかけてやりあうには気が退ける。そうだろ?」
「な……」
別にそんなんじゃない。剣人はそれだけ言おうとするがアキは畳みかける。
「だが、これは戦争だ……割り切れ。そもそも粒子砲をぶっ壊せば戦闘は終わるならそれでいいだろーが」
アキは言いだしっぺの法則だと、ぶっきらぼうに付け加えてそっぽを向いた。
その先、ブリーフィングルームのホワイトボードには予想される敵の進路と味方の進路を描いた戦場の図が描かれている。
「言い出しっぺ……か。確かにな」
剣人はその中に記されたアヴァランシェのルート――ほぼ開始位置から動かない待ち伏せ予想の注意書きを見ながら、アキは剣人の真意を計りかねていると思った。
剣人とフィオナに面識がある事。故に剣人は彼女を救うためにアヴァランシェを無力化、ひいては破壊を試みるに至った事。
それを伝えておかねばと思ったのだ。
ちらりと一瞥したアキの顔は至って冷静。先日アヴァランシェに向けていたような怒りや苛立ちといった表情は見えない。
でも、合理主義のアキの事だ。
――きっと言えば怒るだろうな。
そう思いつつも、剣人は口を開いた。
「隊長。アンタはまだ俺とフィオナの事を知らない」
「何?」
怪訝そうな顔を浮かべるアキ。初めて表情に変化が見られたのを確認しながら続ける。
「俺がフィオナを撃つのを躊躇っていると思っているのは彼女が子供だからだ。アンタはそう思っているんだろう。けど、それは違うって事さ」
「どう言う事だ」
「彼女と俺は一度渋谷テラリウムで会っている」
それだけ答えると明らかにアキの顔が驚愕で染まった。剣人は更に付け加える。
「顔を合わせただけじゃない。話もしている。彼女が何故戦うのかも教えてもらったよ」
「何だと?」
俄かにアキの顔が硬化していく。だが、剣人は俯いているのでアキの心境など知る由も無い。そのまま、感慨深げにフィオナの事を追憶する。
「俺には未だに信じられない。彼女は確かにモジュールアーミーだといった。だがあんな子が生身の身体で県機に乗って、しかも狙撃戦をしてのけるなんて――」
言いかけた所で剣人の体に衝撃が走った。
座っていたパイプ椅子ごと飛ばされる。派手に巻き起こる金属質な音を聞きながら、頬に感じたのは殴られた痛みだった。
遅れて口内中に染みだす酸味――血の味を感じながら剣人は、アキを見上げる。
アキは怒りの形相を浮かべていた。
「その程度なのか⁉ お前の意志は!」
「アキ……」
その叫びでまだブリーフィングルームに残っていた者達が何事かと集まってくる。軽い人だかりになった中心で、アキは尚も怒鳴り散らす。
「俺はあの県機に何もかも奪われた。俺はやるぞ。やらなきゃ前に進めない。後ろを振り返るのはもう出来ないんだ。死んでいった仲間にも顔向けできないからな! お前のような甘い考えのヤツは今すぐ帰れ!」
「違う! 俺は円加にも言った。彼女を倒す気持ちは変わらない!」
負けじと剣人も言い返すが、アキは動じない。罵声には罵声で応えてくる。
「なら、殺すしかない。分かっているだろう。無力化するなんてアホな考えは捨てろ!」
言うなり再び剣人に殴りかかるアキ。反対側の頬も殴られて派手に吹っ飛んだ剣人をエレナが庇う。
「ちょ、アキ! 何してんのよアンタ!」
だが、アキの剣幕は止まらない。剣人の肩を支えるエレナを無視して叫び続ける。
「この期に及んで甘い事言いやがって。俺は許せねえ。今度こそ俺はアヴァランシェをぶっ潰す。パイロットだけは助けるとか言う次元の話じゃねえ!」
他の整備兵もアキの背中から制止しようとする。
「やめとけって、アキ」
肩を押さえられながらも、身をよじりながらアキは剣人へと詰め寄ろうとしていた。
「やるかやられるか――なら殺る。そういう気概だ!」
「けど、あの子がお前の仲間を殺したなんて有り得ねえよ。県機のパイロットは何度も入れ替わってるんだ……ぐっ!」
言うなり剣人はアキに胸倉を掴まれる。一気にずり上がる目線の高さでは戸惑いを隠せない戦二乗り達の姿が見えた。
「――そうじゃない」
突如として静かな口調に戻るアキ。ギリギリと締めつけられた剣人の胸元を突き放す。
むせ込む剣人を尻目にアキは掌を叩いて汗を落とす。
「とにかくお前はお前なりにケジメをつけとけ。京都と青森はやりあう。それが決定事項だ。ならアヴァランシェ――フィオナ・ブランシュとのケジメもお前なりにつけろ。それを済ませない限り、お前は俺達全員のお荷物なんだよ」
それだけ言うとアキは強引に剣人を解放する。
そして、肩を押さえていた整備兵を優しく離すと、そのまま退室していった。
後には一人うずくまり、むせ込む剣人と戸惑う他の面々が置き去りにされる形となった。
「久澄のヤツがあそこまでキレるのは初めてだな」
一人の戦二乗りがそれとなく呟いた。
「一体どうしたんだ……」
皆が顔を見合わせる中、剣人だけは一人自問自答していた。
一見厳しいがアキの言葉と暴力は剣人への忠告に感じられたのだ。
彼なりに、剣人がフィオナとけじめをつけさせるための配慮だったように感じられる。
「なら……俺は――」




