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独居房の頑固者

 静寂が支配していた。

 通路の灯りだけが格子から注ぐ。剥き出しになった白い便器だけが視界に映り、薄暗い空間で存在感を放っていた。

 もう夜は明けたのだろうか。長くこの場に閉じ込められている。

 膝を抱え冷たい床にうずくまっていた剣人は、身体を僅かばかり蠢かせる。

 だが、感覚の鈍った尻をずらしながら立ち上がった所でよろめいてしまった。


「はあ……何時までこうしているんだろう」

 冷たい壁面に手をつきながら房内を見回す。

 窓が無い独房では外の様子が窺い知れず、今が何時なのか全く予想もつかない。

 永遠ともいえる時間を過ごしてきたような気分だった。

 懲罰房だとは聞いていたが、このような物が必要あるのだろうか?

 ジャガーノートのクルーで規則を破るような人間がいるとは、あまり思い浮かばない。

 剣人がこの房に送り込まれる時、看守役を務める事になった守備兵はこの区画を使うのは数年ぶりだと言っていた。

 少なくとも剣人がこの戦艦に配属されるまで、殆ど使われていない区画だったのは確実だった。

 その証拠に房内は埃とカビの臭いで酷く充満している。


 看守役は剣人の房に鍵をかけた後に面倒な事になったとぼやいていた。

 更に一言『仕事柄、仕方無いけど我慢しな』と付け加えた。

 剣人がここに来るまでの経緯、高官を殴ったという事情を聞いていたのだろうか。

 郊外戦争の首脳部とも言える存在を一介のモジュールアーミーが殴った事は、確かに明確な軍紀違反だが、ここには剣人と同じモジュールアーミーが何人もいる。

 人を道具扱いする上層部の振る舞いに反感を覚えている者も少なく無い。

 多くの者がため込んでいる鬱憤を行動を以って示した剣人。

 房送りにはなったが、内心では剣人に賛同してくれる者もいるのではないか。そんな期待を抱き始めた所で、


「ほら、メシだ」

 それは見事に霧散した。

 乱雑な勢いで小扉が開き、荒っぽい口調が浴びせられると同時jにトレーが滑り込んできた。

 トレーの上にはご飯の盛られた小さな茶碗、具が殆ど無い味噌汁に沢庵の切れ端二枚。


「はぁ……」

 据えられた割り箸を二つに割りながら剣人は溜息をつく。

 食堂の残り物で拵えたようなメニューだ。

 もう暫くこの状態は続くだろう。

 いつまで?

 剣人の胸中に言いようの無い不安が去来する。

 最悪銃殺なんて事もあるのではないか。ただでさえ重苦しい房内の空気が剣人にネガティブな感情を抱かせるのだろう。

 考えていても仕方が無い。成るように成れ、だ。

 言いようの無い不安を振り払うように沢庵を噛み砕く。バリボリと沢庵の小気味良い音を立てながら味噌汁を啜る。


「ん?」

 再び近づいてくる足音。さっきの看守がまた見回りに来たのだろうか?――それにしても間隔が早すぎる。

 違和感を覚えた剣人が重い腰をあげ外を覗くと、


「よう」

「お前か……」

 鉄格子の向こうには見慣れた顔、リヒターの姿があった。

 剣人は手にしていた箸をトレーに置くとどっかりと座り込んだ。

 面会に来ただけのようだ。


「何だよ、がっかりそうな顔して。エレナでも来た方が嬉しかったか?」

「うるせえよ」

 剣人は最後の沢庵を口に放り込みながら答える。

 不貞腐れながら咀嚼する剣人にリヒターは苦笑いを浮かべた。


「どうだ? ここのメシは。やっぱ食堂と違うのか?」

「食堂よりずっと最悪だよ」

 鉄の柵の中からぶっきらぼうな調子で返された言葉に、リヒターは乾いた笑いをあげた。

 他人事だと思ってからに。剣人はリヒターを睨みつける。

 だが、当の本人は剣人の視線にもお構いなし。茶化すような何時もの態度を崩すことは無かった。


「聞いたぜ、円加から。馬鹿だなお前は」

「……」

 沈黙する剣人にリヒターは首を掻きながら座り込む。

 座り込んだ剣人と同じ目線になった所でリヒターはやれやれと頭を振った。

 そこまで来て漸く、リヒターからおどけた調子が消え去る。


「気持ちは分かるけどよ。大体あいつらに綺麗事言った所で通ると思ってんのか?」

「……思わないけど、言わずにはいられなかったんだ。あんな綺麗なスーツだけ着ていても中身はクズだあいつら」

 子供のような剣人の愚痴。


「……はあ」

 リヒターは馬鹿にする事も無く『同感だ』とだけ答えた。

 暫くの間、特に会話をする事も無いまま二人は向かい合ったまま沈黙する。


「ならよ。いっそフケちまうか?」

「は?」

 神妙な面持ちからいきなり切り出してきたのはリヒターだった。座り込んだままカーゴパンツの尻ポケットをまさぐりながら二枚の紙切れを取り出す。

 長細くてヒラヒラ揺れるそれは、コンサートか映画のチケットのようにも見えるがどうにも違うようだった。


「実はな。これは他県区下の居住区域に行ける許可証なんだ」

 紙切れには確かに他県である新潟県区入場許可証と書かれ、偽造防止の処理がされた印が記されていた。

 死んだ魚のような目をしていた剣人の瞳に活力が戻る。


「何でこんなものを持ってるんだ……一般市民ですら登録された居住テラリウムの移動は簡単に出来ないってのに。政治家とのコネでもあんのかよお前」

 モジュールアーミーであるリヒターの身分にそぐわないあまりにも高価な代物だった。

 リヒターはふふんと得意げに鼻を鳴らした。


「昔やってたブン屋の伝さ。恐らく京都県区は負ける。県機相手じゃ流石に無理だ。見ただろお前も――」

「そんな事を言いにきたのか。俺に逃げろと」

 剣人は遮るように口を挟んだ。まだ言うべき事があったのであろうリヒターは少しだけ、ほろ苦い表情を見せると続ける。


「この部屋からは俺が何とか逃がしてやる。後は渋谷の役所に辿りつければ手続きができる。だから……」

 そう言って格子の隙間から長い腕を差し伸べようとする。


「俺に任せろ……!」

「嫌だ」

 即答とも言えるタイミングで放たれた短い言葉。リヒターは言いかけた続きを目を大きくさせながら呑み込んだ。

 リヒターはノリノリでその後の県区移動手続きの段取りを伝えようとしていたのだが、剣人の返答はその出鼻を挫いてしまった。


「良いのかよ。このままじゃここを出ても最前線に送られるんだぞ? 分かってんのかよお前」

 だが、剣人は頑なにリヒターの誘いを拒む。


「なら俺は戦う。戦ってアヴァランシェを倒すまでだ」

 リヒターがいよいよ困ったと表情を硬化させた。そして寸隙の内に口を開く。


「本当は言いたくないけどさ……いいか? これは忠告だ」

 先程までの軽い口調とは打って変わって真剣な表情。普段の飄々とした調子とは違う戦友に、剣人も思わず釣られて口を真一文字に結ぶ。


「お前とあの機体はもう目をつけられてる……ウチのエース、久澄秋鷹とやりあって互角な上に、この前の掃討戦では敵の指揮官までやっちまった。お前はもうこの京都県区軍じゃ不確定要素(イレギュラー)なんだよ」

「イレギュラー……俺が?」

 ゆっくりと頷くリヒターだが剣人には理解し難い事実だった。

 成り行きでバリウスの乗り手となり戦場を駆けてきた。バリウスの暴走で思いがけずアキと交戦した。

 前の掃討戦ではザンザスのパイロットを無力化。その戦績は剣人の中ではまぐれによるものだと思っていた。

 だが、リヒターはそれは違うのだと言いたげだった。そう言えば先程も――円加と郊外戦争運営の男とも似たような会話が交わされていた気がする。


「あんなのどっちも偶然、バリウスのおかげだよ」

「いや違う。お前はバリウスに認められた。今までのパイロットは誰一人初期起動すらままならなかった。それをお前は曲がりなりにも使いこなせている。その事実こそが実績だ。いいか? お前とバリウスは二つで一つなんだよ」

「どういう事だよ?」

 釈然としない剣人にリヒターが被せ気味に答える。


「能力を最大発揮できる組み合わせだって事さ」

 リヒターの表情は真剣そのものだった。


「俺には分からない。あの機体は一体」

「とにかくだ」

 リヒターは剣人のこれ以上の詮索をシャットダウンするように続けた。


「とにかく、あの嬢ちゃんともやりあわずに済む。もういいだろ剣人。郊外戦争運営のクソ具合も分かっただろ? あいつらイカれてる。だから、ここらで逃げようぜ」

 剣人の脳裏にフィオナの顔が再び浮かぶ。ここを出れば彼女と殺しあう未来が待っている。リヒターはそれを回避する為に働いてくれているのだ。

 今すぐここを出れば後は新天地でどうとでもできる。一度郊外戦争を経験した剣人はもうこの戦場に戻って来ようとは思うまい。

 せっかくの機会。ここで垂れてきた蜘蛛の糸を掴まない理由が見当たらなかった。

 だが、


「もういいよリヒター。俺はここに留まる」

「剣人!」

 小声ながら叫ぶ口調でリヒターが息を漏らした。それでも剣人の意思は変わらない。


「俺は戦うと決めたんだ。たとえ負けると分かっていても俺はフィオナと戦わなければいけないんだ。それにあの機体は何度でもパイロットや装備を代償に戦場に現れ続ける。県機の運用ってのはそういうものだ。タービンを壊さない限り……」

「そんな器用な真似、まだお前には無理だよ、剣人」

 リヒターは看守の方を確認しながら呟く。そろそろ面会時間の終わりも近いようだった。


「お前が言ってる事は、それこそ昔の郊外戦争で鬼斬がやって見せた芸当だぜ。タービンをやればボディがいくらあっても意味が無くなる……県機のタービンは特別仕様だからな」

 県機は47の特別製タービンの一つを搭載した各都道府県区のワンオフの機体だ。各県区の郊外戦争にかける費用は莫大で県機の装備やボディをいくらでも製造できる程の余力は持ち合わせている。

 だが、県機の心臓部とも言えるタービンは各県区一つまでしか持ち合わせる事が出来ないルールだった。

 それこそが剣人の出した結論。アヴァランシェのタービンを破壊する。それでもう青森県区は戦えない。

 県機という圧倒的存在に極端に拠った戦略の青森県区にとってアヴァランシェの損失はそのまま郊外戦争からの撤退を意味するからだ。


「どうせ死んだ身だ。俺はアイツを倒してフィオナをこのクソみたいな戦争から抜け出させてやらないといけない」

 言い聞かせるように呟く剣人の声音は消え入りそうだった。

 だが、少なくとも剣人よりも郊外戦争を経験してきたリヒターには剣人の本心がはっきりと分かっていた。


「剣人……お前本当は逃げ出したいだろ?」

 単刀直入。事実をそのまま告げる機械的な一言。だが、リヒターの口調にはどこか人の良さが感じられる妙な温かさが含まれている。

 剣人はその優しさを拒絶するように首を激しく振り乱す。


「そりゃ逃げたいよ俺だって。でも駄目なんだ」

 暫く考え込むリヒター。その後にやれやれと首を振りながら、


「分かったよ。お前には負けたよ」

 そう言って握り締めていたチケットを二枚まとめて破った。

 剣人に見せつけるように何度も何度もちぎって、細切れになったそれを宙にばらまいて見せた。唖然とした様子で舞い散る紙吹雪を見つめる剣人。


「お前は逃げないのか? リヒター」

 その問いにリヒターは微笑で答えてみせる。


「俺だってお前らみたいに仲間意識がちゃんとあるんだぜ」

「やっぱ胡散臭いなお前」

 二人は顔を見合わせて改めて笑いあう。

 と、思い出したように顔を上げるリヒターが唐突に、


「そういやお前、円加に惚れてんのか?」

 思いもよらない一言を口走る。


「は、違うし。大体あいつにはアキが――」

「どうだか。アキは朴念仁だし、円加はどっちかっていうとアキには恋愛感情よりも負い目の方が多そうに見える。ありゃ昔にデカイ貸し作ってるって俺は見てるね……」

 ブン屋をしていたと言う持ち前の分析力。ゴシップ記者のような事を言ってのけるリヒターに剣人は乾いた笑いを零した。


「リヒター。お前はアキのどこまで知ってる?」

 こいつなら剣人の知りたい事の何もかも知っているかもしれない。

 そう思った剣人は問いかけるのだが……


「あいつは――」

「面会の時間は終わりだ」

 リヒターが言いかけた所で、看守が再び現れる。

 口を紡ぎながら剣人とリヒターは看守を仰ぎ見る。その手元にはじゃらじゃらと金属質な雑音を走らせる鍵束が握られていた。


「出ろ」

「「は?」」

 二人の青年はほぼ同時に呆けた声を上げた。

 看守は何度も言わせるなと付け加えながら、


「退去命令が出たんだ。さっさと出ろ、桐柄剣人」

 ゆっくりと、だがしっかりと錠が外れる音が響いた。

 軋む扉の音を聞き遂げた剣人は立ち上がり看守とリヒターを見渡した。


「分かった。戦闘が決まったんだな」

「そうだ。不本意だが鷲宮少佐からの非常時通達だ。貴様をこれから少佐の執務室まで案内する――だから、君も自分の部屋に戻れ、リヒター・ロットマン」

 へいへいとリヒターは一足先に去っていく。その去り際に目配せをする。

 待ちに待っていた。そう言いたそうな顔だった。

 そんなリヒターを見ていたら剣人も釣られて頬が緩んでいくのを感じたが、直ぐに引き締める。


「了解。ではこれより、桐柄剣人は原隊に復帰します」

 そう言って切られた敬礼と共に剣人は看守役だった兵士に続いた。





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