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二人の衝突

 ジャガーノートへと帰還した剣人。

 自室に向かう途中、ふと曲がり角から聞こえる話し声に足が止まった。

 内容は分からないが双方ともにかなり紛糾している様子だ。

 恐る恐る曲がり角からこっそり窺うと、


「ですから、先程も言った通りなんです――!」

 聞き覚えのある声は鷲宮円加の物だった。

 灰色のスーツに覆われた円加の背中。その向こうに対峙しているのは黒いスーツに身を固めた中年の男。


「あの顔は――」

 見覚えがあるなと記憶をまさぐる。


「あいつか……」

 円加とは親子程も歳が離れているスーツ姿の男。

 それはこの前の反動勢力撃滅作戦のブリーフィングでも見た、京都県区上層部の運営委員だった。

 男は覗き込む剣人には気づく様子も無く、声を荒げながら円加に詰め寄る。


「これは私よりも更に上の権限を持つ者が決めた。もう逃れようの無い決定事項だ」

「ですが、何度も言う通りジャガーノートの現有戦力はもうありません! このままではアヴァランシェに何の対抗もできず撃滅されるだけです」

 円加も負けじと声を荒げる。

 全く退く様子が無い。ずっとこの調子でこの時間帯まで言い合っていたのだろうか?

 夜も夜、しかもここは連絡通路と言ってもいい場所だ。

 防音設備が整っているとは言え、これだけの声でやりあっていては耳にする者も多いだろう。

 それでも割って入る者が現れた様子が無いのは、二人の立場があまりに上過ぎて関わる事を躊躇ってしまっているのだろうか。


 剣人は二人の動向に注視する。

 この通路を無理に通らなくても剣人の部屋には行ける。戻って美央と同じルートで売店経由で回り道すればいい。

 だが、それでも剣人がこの場を立ち去らないのは二人の会話の内容が気になってしょうがないからだった。

 剣人は使われる側だ。おかみの事情など知ったところでどうにもならないし、かえって面倒事に巻き込まれるだけかもしれない。

 それでも剣人は柱の陰に身を潜めながら続く言葉を待つ。


「せめてこちらもテンペストのような県機クラスの戦力が残っていれば――」

「あれは目下改修中だ。次戦には間に合わんし、半端な状態で出撃するつもりもない!」

 運営の男は円加の言葉に被せる。言いようから判断すると、現場で戦う部下の言葉など聞く耳持たずといった様相だ。


「ここに来て県機をケチるのか……」

 剣人は聞こえないように声を漏らす。


「テンペストは損傷したとは言え代替のボディを使えば出撃だけは出来る筈です……!」

「ならん! あの機体は次々戦で使う手筈になっている。今回の作戦は戦闘二輪の戦力だけで行う」

 ――何だって⁉

 耳を疑うような発言だった。そもそも戦闘二輪では県機の相手にならないのは誰もが知っている事実だ。

 円加の言う通り、まだ京都に県機があるのなら相手の県機にぶつけるべきなのだ。

 だが、運営の男はそんな円加の提案を頑なに拒む。

 県機の用意は可能、それなのに負けると分かりきった戦力で戦おうとする運営の方針に剣人は憤りを覚えた。


「俺達は捨て駒だって言うのかよ……」

 運営の男に食い下がる円加。考えているのは剣人と同じ事なのだろうか。その表情は悲痛さえ帯びている。


「ですが、貴方ならアヴァランシェの戦績もご存知の筈。残った戦闘二輪では勝てる確率は」

「ええい! あの二機ならできよう! そもそも今回のような事態の為に仕入れた機体だ。あの対県機仕様の二輪ならば――」

 男の言葉に剣人はどこか違和感を覚える。だがその疑問を掻き消すような勢いで口論は激化する。


「でも……あれだけでは――今の私達にアヴァランシェを倒す戦力はありません!」

「まだわからんのか⁉ そもそも君は戦闘指揮だろう! 運営の方針に口出ししないでもらおうか」

「いいえ! 私には彼らを勝利に導く役目があるんです! このまま引き下がれません」

 正面から衝突する円加と運営委員。

 その様子を盗み見ていた剣人だが、先程から握り締めていた拳が汗でぐっしょりになっている事に気付く。同時に眉間を熱いものがグルグル回り始める。

 こうなってはもう止めようがない。とめどない怒りの奔流が剣人を支配していく。

 よくもあんな口で偉そうに、運営の男は円加や自分達を何だと思っているのか。


「いい加減にしろよ!」

 剣人は気がつけば二人の間に割って入っていた。


「何だ貴様は⁉」

 驚いたように声を上げる運営の男。だが威嚇するような男の声にも剣人は全く怯まない。


「どいつもこいつも俺達を駒扱いしやがって! 俺達は人間だ。子供だろうがクズだろうが馬鹿だろうが平等に生きる権利くらいあるだろう! ならアンタらが戦えよ、綺麗なスーツ着やがって!」

 そこまで言い尽くした所で酸素を取り込もうと肩が強く上下する。


「しま――」

 一呼吸置いて怖気が走る。

 勢いで目上の人間に大変な事を言ってしまったと気付いた時にはもう遅かった。

 円加も運営の男も呆気に取られたままこちらを見ている。突然の思わぬ人物の乱入により目が点になっているようだ。

 暫し流れる気まずい沈黙。

 激昂していた二人は剣人の乱入で完全にクールダウンしているようだった。


「何だ……彼は」

「剣人君……」

 幾分か落ち着いた様子の円加と運営の男。

 剣人は意を決する。ここはもう言い切るしかないと心の声が彼の背中を押した。


「運営のオッサン。アンタらは上でのさばっているだけだが、それは俺らが現場で命張ってるからやっていけてるんだぞ。分かってんのか?」

 そう言って剣人は男に詰め寄る。長身の男の首元まで近づいた剣人は見上げながら思い切り睨みつける。


「止めなさい剣人君。この人がどれだけ京都県区の中で権限を持っているのか君は分かっているの?」

 だが、剣人は止まらない。言うべきは今だと言い聞かせながら尚も続ける。


「県機を温存? 次々戦で使う? 自分らの都合ばかりで物事考えやがって。俺達は何時だって戦場で本気出して来てるんだ。死んだらこれっきし、温存なんて甘い考えで戦争やろうとしてんじゃねーよ!」

「剣人君!」

 円加が叫ぶが剣人は止めない。


「しかも次の相手は県機なんだぞ。動かせる最高の戦力があるなら全部投入しろよ。アンタ達がオフィスで次の次まで考えてる内に俺達が何人死ぬか……そこまで考えた事はあるのかよ⁉」

「鷲宮少佐! こいつを黙らせろ!」

 あまりの剣幕に男は顔を仰け反らせながら円加に指示する。

 だが、怒りに支配された剣人はそんな事では動じない。あろう事か京都県区の高官である男の襟を締め上げながら叫び散らす。


「――駒扱いするな! 俺達は人間だ!」

 剣人が男に向かってまくし立てた所で――熱の回った後頭部に突然押し付けられる冷たい感触。


「そこまでよ」

 我に帰った剣人が小首を後ろに傾ける。そこには銃口をこちらに向けて屹立する円加の姿があった。

 円加の小さな手に収まった拳銃。グロックの安全装置は完全に解除されている。

 脅しではない。剣人はそう直感して観念したように両の目をゆっくりと伏せる。その先には冷たい白い床。


「正気かよ。艦内で銃を向けるなんて」

「貴方こそ正気じゃないわ。君の行動は艦内規則、就業規則、そして京都県区の軍規に完全に反しています」

 吐き捨てるように呟く剣人。だが円加は銃口をこちらに突きつけたまま、自身の首元に左手を添える。据えつけられたインカムの小さなランプが赤く灯った。


「ガード。居住区Bブロックまでお願い。規則違反をした兵士一名を懲罰房へ」

 ナノマイクに向かって喋る間も剣人に向けた銃口は決して下ろさない。


「規則って……」

 事の重大さに気付いた剣人。駄々をこねていた子供が観念したように押し黙る。

 それを見ていた運営の高官は襟を正しながらネクタイを締め直す。そして蔑むような目で剣人を見下ろした。


「全く、突然現れて好き勝手に……何なんだコイツは」

 男が剣人を睨みつけた次の瞬間、


「――ぶッ!」

 側頭部に走る激痛。気付けば剣人は男に思い切り殴られ床に倒れていた。


「く…そ…何でだよ、円加」

 だが、男の横で佇む円加の顔からは感情と言う物が失せていた。機械のように冷たい眼差しが剣人を襲う。

 そして、頬を伝うような振動。バタバタと靴音を響かせながら防弾チョッキにアサルトライフル、強化ヘルメットを装備した警備兵の集団が現れたのだ。

 次々と向けられるアサルトライフルの銃口に囲まれた剣人は、大きく咳き込みながら口内に溜まった血の塊を吐き捨てた。


「……クソッ」

「立て!」

 背中を小突く銃口の感触にうんざりしながら両手を挙げる剣人。


「どうしてそこまでするんだ」

「それは貴方が規則を破るから。曲がりなりにもジャガーノートは軍隊と言う一つの集団よ。その中では守られるべき上下関係もあるって事」

 円加は冷め切った口調で答えた。


「違う、俺が言っているのはそう言う意味じゃない。なんで⁉ こんな杜撰な戦いを続けていたらアキだっていつか死んじゃうかもしれないんだぞ」

 アキと言う単語を聞いた途端、円加の肩がびくんと震え向けられた銃口が僅かに動いた。


「剣人君……」

「アンタの昔からの唯一の仲間なんだろう⁉」

「おいお前! いい加減にしないか」

 再びカチャリと鉄の擦れる音。

 警備兵に小銃を向けられた剣人はぎゅっと瞑目しながら押し黙った。

 その一瞬の沈黙の後に、


「貴方はバリウスに乗るべきではなかった」

 円加は物悲しそうに呟く。


「さあ、歩け!」

「どういう事だよ⁉ 円加……!」

 警備兵に引き摺られるように連行される中、何度も剣人は円加に問いかける。

 が、円加は立ち止まり俯いたまま。決して剣人の言葉に耳を傾ける様子は無かった。



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