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それぞれの過去

 障子風の曇りガラスに黒枠。和風の自動ドアがガラッと音を立てて開く。

 同時に効き過ぎと言える程の強烈な冷房が顔面一杯に吹き付ける。


「牛丼、超大盛りつゆだくねぎだくで! こっちのヤツにも!」

 美央は開口一番に慣れた口調でオーダー。真ん前のカウンター席に腰掛けた。


「お前も来い」

 剣人は少しばかり気後れしながらも美央の隣に座る。深夜と言う時間帯の影響もあってか客は他に誰もいない。

 カウンターの奥ではアルバイトらしき茶髪の青年が厨房に消える。

 こんな夜中では客足も少ないのかアルバイト一人に店の切り盛りをさせているらしい。


 ――強盗でも来たらどうするんだ。酷い店だな。

 そんな事を考えながら剣人はコップに給水すると席に戻り美央に渡す。


「おう、ありがとう」

 そう言って美央はコップの水を一気に飲み干した。ガツン、と音を立ててコップが木目調のカウンターを叩いた。

 気温が一気に下がる夜間とは言え、あれだけバイクで飛ばしては汗もかく。只の水でさえ極上の味に思えるから不思議だ。


 剣人は美央に促され二杯目を給水。席についたら既に二人前の牛丼がテーブルカウンターに並んでいて、その速さに舌を巻く。

 カウンター向こうでは仕事を終えたアルバイトの青年が暇そうに携帯端末をいじっていた。


「さあ、食おう」

 美央はケースから取り出した箸を割りながらはしゃぎ気味だった。

 牛丼はホカホカと湯気を上げながら旨味の効いたタレの匂いを充満させている。


「頂きます」

 剣人も手を合わせ箸を割ると丼の中身を一気にかき込む。


「……美味い!」

「だろう⁉」

 舌鼓を打たせながら感激の声を上げる剣人に美央はご満悦な顔を浮かべる。

 余程気に入っている店らしい。


「ツーリングの時に見つけてな。なかなかコスパが良い」

「はい! 特に肉が厚くてしかも他の店より多い!」

「チェーン店でこれは珍しいよな。恐らく、あのバイトの青年が気を利かせてくれているのだろう」

「今度また来てみようと思います。リヒターも誘おうかな」

 そこまで言った所で美央の表情に少し陰りが差すのが分かった。


「……どうしたんすか?」

 変な事でも言ったかと首を傾げる剣人。美央はコップの水を一口含みテーブルに静かに置いた。

「私の隊には、隊結成から所属しているバイク乗りは残っていないんだ……新人を連れてきても何戦生き残れるかどうか」

 美央はそう言って使い捨てのお絞りで手を拭う。

 その目はどことなく寂しげ。かつて共に店に訪れた――今は亡き戦友の事でも思い返しているのだろうか。


「すんません。俺もまた食いに来れるようにしなきゃ……」

 頭を下げる剣人の肩を美央はトントンと二回叩く。顔を上げた先の美央の顔は、既に先程までの暗さは失せていた。


「まあ、君には二回も助けてもらったからな。あまり気にしなくていい」

 二人は暫く無言で牛丼の残りを食べる。


「円加はああは言ってくれたが、次戦は直ぐに再開されるだろうな。アキも言っていた」

「アキ……いえ、ウチの隊長が……?」

「ああ。やはり皆考えている事は同じようだな」

 青森県区との戦い。円加は辞退すると言っていたが、京都県区の運営はモジュールアーミーの温存など考えてはいない。

 アキも美央も、最前線に場慣れしている古参の兵達は皆、次戦を確信し、心の準備を済ませている。

 そんな話を美央から聞いた所で、剣人はフィオナとの邂逅を伝えた。青森県区と京都県区がやる上で絶対に告げておかねばならないと思ったからだ。


「まさか……あのお嬢ちゃんと君が顔見知りだったなんて」

 それまで古参の隊長らしく、これから予測される状況を冷静に話してきた美央。

 だが、剣人がフィオナとの一件を話すと途端に驚いて見せる。


「実際一度しか会ってないし大した話もしてないんです。そもそも彼女が県機乗りであることすら俺は予想すらしていなかった。あの娘ってそんなに有名なんですか?」

「有名も何も、東京で郊外戦争をしている県区の中じゃ最も警戒されるべき兵士として名前が挙がっているくらいさ。彼女の撃破率はさっきのブリーフィングで聞いただろ?」

 大きめの声で張り上げる美央。

 店内には二人の他にバイトの店員もいる。剣人は気まずそうにその背中を一瞥するが、当の本人は五月蝿い客の会話など全く気にしていない素振りだ。相変わらずスマホをいじって暇を潰している。

 剣人は美央に向き直る。


「でも、アキは彼女を倒すつもりだ。あの反体制勢力を倒した日。アキはずっとアヴァランシェを睨みつけていた」

 夕陽に染め上げられたアキの背中。振り返った瞳は激情に燃えていた。


「やるよ。アイツは」

 美央は一言、確信を持った顔で小さく頷く。


「アキにとってアヴァランシェは仇だ。ブリーフィングでも見ただろう? あいつの並々ならない怒りに震えた顔を。私はアキがここに所属してからずっと見てきたが、アイツのあんな顔を見たのは初めてだ」

「けど、県機相手なんて無謀にも程がある。戦闘二輪で撃破するなんてそもそも出来るんですか?」

「へえ、ブリーフィングでいきり立ってた勢いはどうしたんだい? 元近衛の技術屋さん」

「……それは!」

 美央に言われて閉口してしまう剣人。

 ブリーフィングの折、剣人は県機アヴァランシェを潰すと宣言した。

『俺がやる』と。その場限りのテンションであんな事を言ってしまった事を今更ながら後悔する。

 決壊した堤防から溢れ出る濁流のように恥ずかしさがこみ上げて来る。

 何故あんな事を言ってしまったのかと紅潮して熱くなった顔を隠すようにテーブルに突っ伏す。


「あああああああ」

「ははは」

 美央はそんな剣人を気にせず笑い声を上げる。


「だからこそ、アキはお前を認めたんだろうさ。アイツは元々県機乗りだったから倒し方も知ってる筈だ」

「――何だって?」

 剣人は顔を起こしながらその一言をもう一度心の中で反復する。

 アキが元々県機乗りだった?

 剣人より一回りも歳が上だと言っていたアキ。確かにその年代は県機が跋扈していた郊外戦争初期も経験している。

 どの県区も県機を前面に持ち出して戦争していた時代だ。とは言えアキが県機のパイロットだったとは思いもよらない過去だった。


「アキは元々群馬県区軍――円加と同じプロジェクトチームの一員だった」

 美央は拳を組ませながら語る。既に丼の中は空っぽだったがお構い無しだ。


「群馬は近隣の県区に挟まれ常にギリギリの戦いを強いられていた。その為に上層部は強力な県機を欲していたんだ。人道的な安全性は無視してでも……」

「よくある話ですね」

 剣人の相槌に美央も苦笑いしながら頷き返す。


「円加は元々県機開発部門主任の娘だ。オペレーターとしてアキと組んでいたって昔聞いたよ」

「円加ってそんな重要なポジションだったんですね……」

「彼女の父親が開発していた県機『神速』はとにかく強かった。瞬く間に近県の県機を一掃すると、とうとう上位クラスの県区にまで戦を仕掛けた」

「その機体にアキが乗っていたんですか……? 『神速』だなんて聞いた事が無い名前だけど」

 剣人は首を傾げる。

 幾度と無く行われてきた過去の郊外戦争で様々な県機が名を残した。今でこそ県機は廃れつつあるが、先日戦った岡山の『鬼斬』のように人々の記憶に根付いている名機は数多い。戦闘の詳細は伏せられるにしても大まかな機体スペックなどは兵器開発にも関係する。  

 剣人は近衛技研時代にはそれらを座学で学び、今後の開発の手本にしたものだった。

 だが、群馬県機『神速』の名前に関しては聞いた覚えすらない。


「群馬県区は元々ジリ貧だからね。虎の子の戦力はとにかく秘匿を徹底したって聞いたよ。私だって円加から聞いて初めて知った機体だからね」

「強かったんですか? アキの腕前はもう十分知ってるけど、その県機はどんな性能だったのか気になります」

 興味深そうな剣人に美央はにやりとしながら続ける。


「そりゃもう。今の思考直結システムに繋がる技術が使われてたって聞いたよ。反応速度はとにかく最高レベルだったらしい。機動力も。それにアキのセンスが加わるんだ。今の戦闘二輪の比じゃなかったろうね」

 円加から聞いた群馬県区の過去話を余すこと無く語る美央。だが、そこで初めて剣人の中にある疑問が沸く。


「でも、何でそんな県機乗りだったアキが京都県区のモジュールアーミーなんかに……」

 ぼそりと口走った剣人を美央は見逃さない。その眦は引き締まり、


「それはアキが県機同士の戦いに負けたからさ。当時の県区軍の構成はどんな物か分かるか? 県機をクイーンの駒として扱う以上、他の駒はどうなるか」

 それだけ呟き沈黙に徹する美央。

 剣人はしばし考え込み、


「今から十二年も前って事なら県機を惜しみなく戦場に投入してた頃ですよね。決着は県機、それ以外の戦力は県機同士の戦場を作り出す為の捨て駒みたいなもんだ」

 そこまで巡らせハッとする。


「そうか、県機以外の戦力は今以上に生き残れる見込みが無い」

 美央はその言葉が答えだと言わんばかりに瞼を伏せる。


「そう、アイツはかつての戦いで全ての仲間を失った。当時は今みたいにドローン技術が発達していなかったからね。殆ど有人戦力なんだ。だから、次々と歩行機や戦車が投入されては県機に蹴散らされていった――アキに勝たせる為に。アイツはそんな仲間の死に行く姿を見ながら勝利を重ねるしかなかった。けど……」

 美央はそこまで言った所で口許にコップを運ぶ。


「アヴァランシェがとどめを刺した。アキは自分の県機すらも失い、群馬県区は郊外戦争からの撤退を余儀なくされた。それで円加と一緒にモジュールアーミーを始めたってワケ。それが全てさ。アイツが仲間に対して無感情に徹しているのも。別に桐柄達が憎くてやってる訳じゃない。アキはアキなりに戦友を思っている。変に感情移入して失くしちまったら辛いだろ?」

 そう言って席を発つ美央。


「アキはお前が思っているようなヤツじゃない。アイツは私と違って仲間思いさ。だからこそ次の戦いは勝ちに行くだろう。何たって最後の最後にアキと円加に引導を渡した因縁の相手なんだからな。アヴァランシェは」

「因縁の相手……」

 剣人もヘルメットを取り立ち上がる。頭の中で色々な思いが渦巻く。

 アキが倒すべきはアヴァランシェだ。だが、十二年も前にフィオナが県機乗りだったという事は先ず、あり得ない。

 恐らくは県機のアップデートと同じようにパイロットも幾度と無く交替を繰り返してきた筈だ。

 なら、


「俺の因縁の相手はフィオナだ。アキの因縁の相手のアヴァランシェじゃない」

 そう言い聞かせながら、剣人は思い知る。アキの本質を。

 アキはずっと孤独に戦ってきたのだ。勿論円加のサポートはあっただろうが、戦場においてアキは常に一人だった。それがどれだけ辛く虚しい物であった事か。


「あいつは仲間を捨てて生き延びてきたんじゃない。誰にも理解されないまま仲間の為に戦ってきた」

 何時もスタンドプレーに走りがちなアキの戦闘スタイルは、僚機を置き去りに武功を立てようとしているからだと思っていた。

 だが、それは違った。アキは常に味方の損失を庇うように最前線をギリギリの域で奮戦してきたのだ。

 自分自身で敵の大将首を取れば戦闘が終わる。そう信じながら。


「アキはアヴァランシェを倒すべきだ。俺はフィオナを何としてでも無力化する。あの粒子砲を何とかして……近衛にいた俺ならそれが出来る」

 剣人はそう言って拳に力を込める。

 それを見ていた美央はにっと笑うと、力強く剣人の肩を叩いた。


「いい心がけだ。次の戦い。勝つぞ」



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