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テラリウムの夜

 ハイウェイが幾層も折り重なったテラリウム内の幹線道路。

 巨大な円形状のテラリウムが臓器ならば、張り巡らされた無数の道はこの人工都市の動脈とも言うべきなのだろうか。

 複数車線の高速道路は夜間のせいか空いていた。

 高速巡航にはうってつけ。腹に響くような轟音を響かせ走る物流トラック以外は車の通りは殆ど無い。

 省エネの名の下に灯火管制が敷かれたせいか、両脇に聳えるビル群も漆黒に包まれていて物寂しい。少なくとも昼間のように派手でごちゃついた渾然一体然としたテラリウムの姿はそこには無かった。


 透過防壁と言う巨大な傘の向こうに三日月が浮かぶその世界を、甲高いバイクの排気音が切り裂いていく。

 ハイウェイ上に等間隔で配置された、申し訳程度の水銀灯の光。そのオレンジの光芒を浴びながら、剣人はスロットルを握り締めている手元に視線を落とす。

 量子タービンの使用はテラリウム内で認められていないので今のバリウスはただのバイクと同じ。動力もレギュラーガソリンのみに頼っている。

 トップギアまで上げたバリウスのスロットルを更に煽り込むと、恐竜の咆哮を髣髴とさせる甲高い爆音が沸き起こった。ぐんと加速する感覚にニーグリップを強める。


「へえ、やるじゃない」

 それに合わせるように前方をひた走っていたGHX1000ブレイド――栗生美央の愛機も加速。二機の間隔は縮まらない。

 等間隔で照らされるオレンジの灯火。その反射光のせいでインジケータの表示が見えづらくてたまらない。


「どこまで飛ばせば気が済むんだよ……」

 剣人はヘルメットの中で舌打ちする。


「走る前は、もっと飛ばせるって言ってたじゃないか。あれは虚勢か?」

「――くッ」

 あの後、ミーティングルームで呆けていたら何故か現れたドレイク隊長、栗生美央にツーリングに誘われた。

 言われるがままガレージからバリウスを引っ張り出してテラリウムに繰り出した。そこまでは良かった。

 しかし、街で飛ばすと豪語した剣人を差し置いて美央はもっと速かった。プロレーサーとも言うべき技量で剣人の先を走っていく。

 恐らくは本気を出せば剣人などあっという間に見失わせる事が出来るのだろうが、その辺は加減して上手く剣人との差を保ちながら走っているようだった。


「まだまだ出せるわよね? BC250クン?」

 ――またそのあだ名かよ。

 メット内で毒づく剣人を余所に、前を走る美央が無線越しに笑う。


「じゃあ、あの四つ足のトラック野郎を抜いてからが勝負だから。付いて来いよ?」

 急に荒っぽい口調になった美央は車線変更――赤いテールランプのブレイドがスライドした前方には巨大トラックのリアがあった。

 轟々と響かせながら『法廷速度を越えたかなりの速さ』で走っているトラックだが、バイクのそれには遠く及ばない。

 一気に横付けして追い越していくブレイド。

 それ続き、剣人も車線を変えて一気に抜き去る。

 追い越し間際に、ミラー越しに見えた運転手の顔には驚愕の二文字が張り付けられていた。


「いいんですか? こんなに飛ばして!」

「先に飛ばすって言ったのは桐柄の方だろう?」

 無線通信で叫び気味に剣人は美央を諌めるが当の本人は涼しげなものだった。

 だが、ここはテラリウムの高速道路だ。そこかしこにデータ収集のカメラが監視している。モジュールアーミーには様々な特権や免除の特典があるとは言え、このスピードは流石にヤバい。

 だが、美央はそんな事お構い無しに更に愛機の速度を上げた。


「マジかよ……」

 置き去りにされるのはバイク乗りの本能が許さない。剣人は不本意ながらもスロットルを更に煽りこむ。

 エンジンの振動はますます高まり膝がバラバラになりそうだ。ヘルメットに叩きつける風圧もかなりの物で、油断しているとガクガクに頭が揺れてしまう。

 剣人はバリウスにしがみつく。

 追い越し車線を直進するブレイドの後ろにぴったり張り付けば風圧は免れられる。


 ――もうやだ、怖い。

 剣人は心の中で悲愴な声を上げながら美央の後を追う。

 そんな調子の爆走が小一時間続いた所で、


「よし、そろそろパーキングエリアだ。メシにしよう」

 美央はそう言って元の車線に戻りギアを緩めた。剣人も続く。

 漸く落ち着きを見せたバリウスの排気音にほっとしながら剣人は美央の斜め後ろを追走するポジションを取る。

「あそこだ、いくぞ」

 美央は左手で合図をして更に減速。二機が走る前方にはパーキングエリアの灯。

 様々な飲食店のネオンが浮かび上がっていた。


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