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その二輪、可変します

 桐柄(きりえ)剣人(けんと)は愛車のネイキッドバイク、BC250のスロットルを上げる。

 横を見れば、ビルの残骸が佇んでいた。壁面には蔦葉が生い茂り、ガラスは全て割れている。

 それを過ぎた所で、ギアを落として減速する。


 埼玉最大の居住区、大宮テラリウムを出たのは今朝早く。

 目的地、中野テラリウムはそろそろ到着する頃合いの筈だ。

 それなのに――


「まだなのかよ……クソッ」

 第三次大戦、そして大災害を経た人々はテラリウムと呼ばれる人工都市に引きこもっていた。有害物質や増加した紫外線、過酷な高気温に晒される生活を嫌ったためだ。

 残された僅かな人類が住まうテラリウム。

 その都市部を傘のように覆う透過防壁。特徴的な半球系のドームは太陽光をよく反射し、遠くからでもよく見える。

 この何も無い荒野ではランドマークになる筈なのだが……


「どこにも無いじゃないか……」

 360°見渡しても中野テラリウムの片鱗は見える気配がない。


「はぁ、これじゃ遅刻だよ」

 燃料の残りは半分を割っていた。ハンドルバーに据え付けたナビもブラックアウトに陥って久しい。

 初めてカスタマイズをした日が最早懐かしい。このカーナビさえあれば見知らぬ土地でも旅ができると思っていたのに。

 しかし、故障してからは直す金も無いまま――ずっとこの有様だ。

 あとの手がかりは胸ポケットに折りたたんだ地図一枚だけ。その目印を最後に通過したのは何時頃だったか。


「クソッ」

 業を煮やした剣人はBC250を停車させる。

 ここはどこなのか。

 最早、彼の()()()の遅刻は濃厚だった。


「腹減ったなあ……」

 シート下の収納スペースからゼリー飲料を取り出し口にするが、生ぬるくて恐ろしくまずい。

 春先だと言うのに真夏のような日差しが降り注いでいるせいだ。

 剣人は活発化してギラギラと輝く頭上の太陽を睨みつける。

しかし、こうもしていられない。


「もうちょっと進んで見るか」

  気を取り直した所で、地図を開き、再び進み始めた。









 少女は戦闘区域の更に奥へとバイクを進めていた。

 崩れた民家脇に愛機を停めメットを脱ぐと、美しい金髪がばさりと広がる。

 白い肌に青い瞳。一目で日本人で無いと分かる。

 彼女のバイクや身に着けたライダースーツもイエローで統一されていて、その美しさは灰色の景色の中で際立っていた。


「はあ……はあ……」

 濡れそぼった髪先からは汗が雫となって滴り落ち、何度か呼吸を繰り返す。

 グローブに覆われた指先で手元のレバーを引くと、ドリンクホルダーがポップアウト。

 冷却されたドリンクボトルから飛び出したストローを咥え込む。


「はぁ。生き返る~」

 声を上げながら、インジケーターに浮き出たホログラムを展開させると、作戦区域図に切り替わる。

 そのままストローを咥えながら画面に目を通す。


「いい感じにクリアリングできてるようね。流石、私のドローン」

 しなやかな指先が宙に浮かんだホログラムを叩き、その都度画面表示は忙しなく切り替わり続けていった。


「え?」

 おかしな事に気づきメットを被りなおす。あわてて通信チャンネルを開く。

 バイザー内に投影されたウインドウには鷲宮円加の顔が映っている。


「こちらウィルム4。何か戦区に変なのが紛れ込んでるみたいなんだけど……」

「知ってるわ。ウィルム1に何とかさせる。貴方は戦車隊と連携して戦線を押し返して」

 そこまで言った所で別の通信が入る。


「ウィルム4へ、北西より敵の偵察機だ。飛行型――数は3」

「了解」

 ウィルム4と呼ばれた少女は全ての通信を終了させ、インジケーター上のホログラムを操作する。


 瞬間、空圧が開放されたような音がして後輪が左右へと並列に分かれる。二枚に薄く分かれた後輪は徐々に間隔を開けていき、まるで三輪駆動車のような形態に切り替わった。

 それがこのバイクに搭載された変形機構の第一段階だ。

 今度は二つになった後輪を支えに、前輪部が浮き上がっていく。前輪が完全に宙に浮いた所で、バイクの車高がぐんと上がった。

 二つの後輪だけで立ち上がるバイク。その姿は例えるならば猿からヒトに進化する過程のような体勢だ。

 

「ウィルム4から後続の戦車隊へ。敵の飛行型が接近している。まずは私が相手するわ」

 少女がもう一度操作をすると、バイクの風防上に半透明のエネルギーシールドが展開されていく。CGのテクスチャのように、半透明だったパネルは眩い光に包まれ、次の瞬間にはバイクと同じ黄色の装甲に変化していた。バイクは一回り大きなサイズとなり、より戦闘向きの装甲を身にまとう。

 量子変換装甲。それが、この戦闘二輪に搭載されたもう一つの力。

 それらの維持展開はエンジン部の量子タービンによって制御されている。


「状態は良好。だいぶ走ったからかなりエネルギーを貯めれたみたいね」

 高くなったシート上で少女が右手を翳す。すると、追従するように車体の側面に巨大な銃器が現れる。

 見た目は旧ロシアのAKアサルトライフルだが、全長はバイクと同じサイズ。人間の持つサイズを明らかに越えている。

 二つに裂けた後輪で立ち上がり装甲を増やし、更に巨大銃まで搭載した姿はまるで、バイクに二足歩行機の血が混じったようだった。


「敵ドローン、ブラックテイルを確認――」

 待ちわびたように少女が声を強くする。

 見上げたビルの隙間から現れたのは敵の飛行型ドローン。サイズが小さいので偵察に使われるタイプだった。

 視界に投影されたレーダー上に敵を示す赤の光点が瞬き、それと同時に少女はアクセルを思い切り吹かした。


「さあ、はじめましょうか!」

 その一言で車体側面に据え付けられた巨大なAKが火を噴いた。

 二本脚のバイクはその場で旋回。間髪注がれる鉛弾はドローンが飛び回る摩天楼を掠め粉々に吹き飛ばしていく。

 頭でっかちの飛行型ドローンは赤い光を瞬かせ、周囲の状況をつぶさに分析している。

 その後を追うように、崩れたビルの物陰から巨大な歩行機械が姿を現す。

 戦車隊が相手していた二足歩行型ドローン――サベージだった。

 どうやら、飛行型が呼び寄せたらしい。


「ちょ、ここで本命!?」

 空の敵に射撃をしつつ、サベージへの対応も試みる。

 車体側面にもう一つAKが顕現。陸と空、二方向への射撃。

 しかし、サベージの装甲は分厚く、AK一丁だけの火力では前進を止められない。


「こいつ思ったより固い……!」

 歯噛みしながら射撃に集中する少女。

 しかし、弾幕をもろともせず、サベージはゆっくりと進む。

 瞬間、轟音と共にサベージが爆煙に包まれた。


「待たせたな」

 キュラキュラと履帯をたわませながら現れた援軍。二○式戦車が少女のバイクに横付けする。


「ありがとう! それより!」

 語気を強めると同時に上空の飛行型ドローンを撃ち落し、変形機構を操作する。

 左右に分かれていた後輪が再び間隔を狭めていき、車体が下がった所で光が包みこむ。全ての武装が解除され、バイクは完全に元の二輪形態へと姿を戻していた。

 そのシートに跨りながら少女は叫ぶ。


「さっきの民間バイクがエリアに入ってきた! まもなく……向こうのバイク乗りと接敵する」

「民間機がこの戦場へ?」

 そう言って戦車のハッチから車長が顔を覗かせる。皺塗れの顔を傾げながら、状況を飲み込めていない様子だ。


「多分、今の無人機を使ってた奴らよ。このままじゃ出会い頭にやられる……!」

 少女の視界に映るHUDの黄色い光点――民間機らしいバイクは今も直進を続けている。


「まったく、どうやったらここに迷い込むのかしら」

 そう言って少女は瓦礫の中で空を見上げた。


「まさか、古い標識を見てバカ正直に進んできたってオチじゃないでしょうね。今どきナビ無しなんてありえないんだけど」

 太陽は頂点に達して、ぎらぎらと輝いている。

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