傘にあぶれた者達
撤収が始まった。
他の者達が早々に撤退していく中、激戦でまともに動かなくなったバリウスを剣人は置いていく事が出来なかった。
兵員輸送トラックが到着した頃には日は傾きかけており、オレンジ色の陽光が荒野を染め上げている。一日中戦いに明け暮れていた剣人に漸く安息の時が訪れようとしていた。
オーライの掛け声と共に収容されていく吊られたバリウスから視線を移した先には護送車が停められている。
「あいつは……」
戦闘二輪の残骸が横たわり、その中から引っ張り出されたのは敵の首魁だった。
鬼斬と共に県区軍を一時は恐慌状態にまでさせたザンザスの乗り手だ。
美央よりも損傷の酷いライダースーツを着込んだ初老の男は両手を拘束され完全武装の県区兵士に背中に銃口を突きつけられている。
それでも尚、その瞳はぎらついていて戦意の衰えが見えない。海草のように乱れた前髪が男の煤けた顔にへばりついている。その奥に見える餓えた獣のように獰猛そうな眼。その視線が交錯し、剣人は鳥肌が立つ思いだった。
「おい! 歩け!」
兵士が男の背中を銃口で小突く。
男はゆっくりと歩き出したが、何を思ったのか剣人もそれに合わせて男と会話の出来る距離まで近づいた。
それに気づいた兵士は剣人の会釈に視線で返す。会話は許されているらしい。
しかし、相手は反乱軍の首魁だ。彼の手腕一つでミリタリーバランスを左右させる事だって出来る。そんな人間を相手に緊張しない訳が無い。勇気を振り絞り語り掛けてみる。
「アンタがザンザスに乗っていたのか?」
「そうだ。お前はあのバリウスの乗り手だな?」
剣人の問いに男は驚く程すんなりと答えて見せた。戦った時感じた狂犬ぶりとは打って変わって話し合えそうな程の知性が垣間見える。
整備員の手で輸送トラックに積み込まれていくバリウスをぼんやりと見ながら男は、
「そうか。お前が……」
感慨深そうに呟いた。同じ旧世代の戦闘二輪に乗る者として思う節があるのだろうか。
「どうして、こんな事をした?」
剣人は声帯が震えるのを感じながら問う。
「今この時代にテロリストみたいな事をして何になるんだ。アンタの部下だって今回の作戦でたくさん死んだだろうに」
だが、男はハッと息を漏らすと剣人に向けて身体をひねりながら語り始める。囚われの身でありながら鷹揚とした振る舞いだ。
「ならお前はこのままでいいのか? こうやって大企業に使い潰され、いつかは俺らみたいに自壊する。そんな毎日の繰り返しが死ぬまで続くだけなんだぞ。それをあいつらは努力を怠った結果だとか言って終わりにする」
「……アンタもモジュールアーミーだったのか?」
男は何も答えない。
「……なら、あいつもお前の仲間だったんだろ?」
剣人が顎先で示した方には胸に大穴を空けた鬼斬が鎮座していた。既に中のパイロットは大口径のレーザーで焼かれ骨すら残っていないだろう。
「仲間があんな死に方して……それでいいのかよ」
目の前の男は反動勢力のボスだ。世の中のシステムに異を唱え、対話では無い実力行使で世を乱してきたグループの――外道だ。
だが、剣人はそんな男を前にしても怒りでも憎しみでもない、ある種の哀れみを覚えていた。この男がこうまでするようになった背景が知りたかった。
そして、同じ目的の為に集ったであろう男の仲間達がむごたらしい死に様で消えていくのを彼はどう思いながら見てきたのだろう。
「いくら悪いヤツだろうが、仲間は仲間だろう」
だが、剣人にその事実を突きつけられても男は顔を伏せたまま。何も答える事は無い。
彼の主張は最初の下りで全て言い尽くしたという事なのだろうか。
剣人は釈然としない。男を煽る文句を言ったつもりだったのだが反応が無くてはひたすらに空虚感だけが残ってしまう。後味が悪く嫌な感じだ。
それと同時にこの男はやはり切れ者だとも思った。一見ただの凶暴なテロリストに見えるが、この男は確固たる目的を持って行動している。
だが、彼をこうも突き動かす根底が一体何であるかは剣人は想像もつかなかった。
「……何か答えろよ」
男は尚も沈黙を保ったまま。
「言えよ――!」
「もう終わりだ。早く乗れ」
二人のやり取りを見ていた兵士が堪りかねて叫ぶ。
護送車のタラップが下がる駆動音だけが響く。砂を踏みしめる靴音と共に男の背中が車内に消えていく。
それを見ながら、
「俺が思っている事と同じだ……」
剣人は独りごちる。男が呟いた『努力を怠った結果』という台詞。
剣人が会社を辞めた頃に周りから嫌になるほど言われた言葉だった。
自分にとってはそれが精一杯の結果。苦渋の末の決断であったが、事情をろくに知らない者達は鬼の首を取ったように剣人を攻め立てたのだ。
何故頑張らなかった。もう少し頑張れば結果は変わっていた筈だ。お前より苦労している人はもっとたくさんいる。
だが、幾らそんな言葉を投げかけられても当の剣人の心はその時、再起不能な程に壊れてしまっていたのだ。他人の薄っぺらい言葉で動ける程、当時の剣人の心は強くなかった。
今でこそ郊外戦争の兵士として従事しているが、豆腐のようなメンタルの剣人がここまで心身を持ち直すのには多くの時間を要した。
剣人が会社で直面した苦悩は、確かに多くの社員が悩む内の一つに過ぎなかった。
満足のいく実績を作ることが出来ない。人間関係に躓く等、人間社会には一歩違えれば修正が難しくなる程の分岐点は数多く存在する。
無数に空いた落とし穴。剣人もその内の一つに運悪く足を踏み入れてしまったに過ぎないのだ。
それでも――
「俺はあの時、やれる事をやれるだけしたつもりだ。それなのに皆は……」
幾ら自分なりに頑張っても、結局は周りは自身の身体では無いので好き勝手言える。持てる者は持たざる者なりの苦悩を知らない。
だから持てる者の尺度で何でも押し付けてくる。
それを世界では優劣と呼んでいる。人間社会はそういった線引きで上手い具合に回るシステムが構築されている。
人間という種そのものを生かす為のシステム。個を殺すことで効率的に社会を回転させていくシステムが。
でも、その為に犠牲や肥やしにされた人間達はどこで報われるのだろう。苦しみながら日々を生きる人々がいる中で、傘の下では何一つ不自由ない毎日を送っている者達も少なからずいるのだ。
「だから、壊すのか?」
傘の下の世界を壊す――それがさっきの男の目的なのだろうか。
壊すという、たったそれだけの為に生きる者達。
「けど、全て壊して、本当に自分達が幸せになれるのか? ただの八つ当たりじゃないか」
剣人は遠ざかっていく護送車を見ながら呟いた。
剣人もかつてはあの男のように世界を憎んだ。理不尽な社会を恨み僻んだ物だ。
しかし、後ろ向きの生き方を続けても解決する事は何一つ無かった。それを自覚するまでに剣人は貴重な時間を労した。
だが、その真理を得るまでに費やした時間は決して無駄ではなかったと、今は思っている。
だから剣人は今こうして郊外戦争の兵士として生きている。例え死と隣り合わせであっても、これが精一杯の生きる道だと思ってバリウスで走り続けているのだ。
「壊したくもなるさ」
いきなり声をかけられ振り向いた先には久澄秋鷹――アキの姿があった。
「ただの八つ当たりでも世界は壊れるのなら仕方ないだろう。あいつらはやるさ。それに――」
こちらに歩を進めながらアキは後ろ――今もまさに郊外戦争の後片付けに追われる兵士達の方を振り返る。
「壊してしまいたい程にこの世界はクソッタレで一杯だからな」
エースは剣人の隣に並び呟く。決して視線は合わせようとしない。夕陽に染まる中、二人は走り去っていく輸送車両を見ていた。
彼方にはテラリウムの巨大な傘がオレンジ色の光を反射してぼんやりと煌いている。
「だが、俺は違う」
アキは呟く。
だがそれは剣人に向けてかけた言葉では無かった。アキは自分に言い聞かせているのだ。
剣人はそれを察し、アキの言葉に反応しないように務める。
「……アンタみたいに殺された仲間の仇を討つつもりは俺には無い。俺は失われた自分を取り戻すだけだ」
平静を装った声音だが剣人には直感で分かる。
今アキは怒りに震えている。それを宥めるように自分に言い聞かせている――その為の独り言に思えたのだ。
「戦う理由はそれだけでいい。貴様のように大層な事を並べ、県機乗りすら心服させて体制そのものを覆そうなんて事は考えない。けどな……」
そこまで言った所でアキの言葉が止まった。静寂と時間が一瞬静止する。
何事かと剣人が漸くアキの様子を窺った時、アキは前方を見てはいなかった。
その方角は朽ちた県機――鬼斬と対峙している県機アヴァランシェを向いている。
アキは巨大な砲塔を腰に携え屹立する県機を睨みつけながら白い歯を噛み締める。
「アヴァランシェは絶対に倒す。俺の仲間だけでない。故郷も、俺すらも奪い尽くしたコイツを……倒さなければ気が済まない」
そこで初めてアキの真意がちらりと見えた。
「……アキ」
「何だ?」
剣人の憂いを帯びた言葉に、アキはちらりと剣人を一瞥する。
「まだいたのか。俺は別にお前に向かって言っていた訳じゃないぞ」
その顔には何時ものぶっきらぼうな調子に戻っていた。人を寄せ付けない切れたナイフのような鋭い眼光が猜疑心に染まっていた。
だが、剣人は気にしない。
「ああ、知ってるよ。でも……俺もアヴァランシェには借りがある」
そう言って剣人もまたアヴァランシェを見上げた。駆動は完全に止まっているが、まだ中にいるであろう乗り手。一体何を考えながら戦場に留まっているのだろうか。
恐らくは全ての後片付けが終わってから撤収するのだろう。もうすぐ日も暮れる。
剣人は腕時計を一瞥しながら尚も眼前のアヴァランシェを睨みつける。
「そらそうだ」
アキは大きく息をつきながら答える。一瞬の瞑目の後に開かれた瞳は、今度は剣人にはっきりと焦点を合わせている。
幾度と無く会話を交わしてはきた。だが、ここまではっきりと久澄秋鷹の瞳を剣人は見た事が無かった。
「手柄を横取りされたからな。コイツのせいで俺達京都県区の報酬は――」
「違う。今回のミッションのじゃない」
剣人は真っ直ぐにアキを見返す。
「何――だと?」
驚きに染まるアキの両眼。
「お前は何を言っている。まるで昔アヴァランシェに遭遇したような口ぶりじゃないか」
「正解。つまりそういう事さ」
剣人は事も無げに答えるがアキの驚愕に見開かれた瞳は固まったままだ。
「何故お前が……」
理解できないといった色が瞳に混ざっていた。
「ずっと昔の借りだ。俺もアンタと同じ。アヴァランシェとケリをつけなきゃならない過去がある」
「どういう事だ」
アキは剣人に釘付けになっている。
視線を逸らさぬまま、剣人は続ける。
「俺は昔、アヴァランシェの装備を造っていた。近衛技研決戦兵器開発部――それが俺のいた部署だ。だけど、それ故にこんな事になった。こいつのせいで俺は」
ずっと使い潰されてきたあの近衛技研にいた日々を忘れはしない。
「アキ……いや、隊長」
剣人の力強い語気にアキは瞠目しながら次の言葉を待っている。
「アヴァランシェを倒そう。それが俺達の今出来得る最大かつ最優先のミッションだ」




