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終息

 

「はあッ……はあッ……」

 ザンザスに馬乗りになる形でバリウスが静止している。

 下になったザンザスの胸甲には刃状のフレーム片が直立して刺さっており、絶えずオイルが漏れ出していた。量子タービンは既に機能を完全に停止しており、量子化して格納していた多種多様な武装や装甲が周囲に散らばっている。

 鉄の破片が散らばる中に佇むバリウス。剣人はそのコクピットで荒い呼吸をし続けていた。

 HUDに映るザンザスはど真ん中に黒い穿孔を開けて完全に停止している。

 その残骸を見ながら、


「勝ったのか……?」

 自身の掌を何度も閉じては開き自問した。ザンザスが再度動き出す気配は無い。


「中の乗り手は……」

 ここからでは分からない。

 だが、剣人に迷いは無かった。美央を助ける為に無我夢中で戦ったのだ。その末の勝利。

 そう言い聞かせながら剣人はGHX1000ブレイドの方に頭部カメラを向ける。

 機体の外装こそ四散しているが内部フレームに損傷は無いようだ。搭乗者である栗生美央の生体反応も健在だった。

 あとは――

 ゆっくりと立ち上がるバリウス。愛機は軋むような音を響かせながら剣人の操作に追従してくれた。

 踵を後ろに返す。遥か向こうではアキと鬼斬が未だに戦いを繰り広げている。絶えず繰り返される破砕音を聞きながら剣人はその激闘をどこか遠い目で見ていた。

 何時までも繰り返される県機と戦二の死闘。だが、剣人のバリウスでは加勢はおろか戦闘続行さえ不可能だろう。


「でも……」

 せめて勝敗を見届けるくらいは……

 そう思い最低限の駆動系でバリウスを進ませようとしたのだが、突如大気が震えた。

「何⁉」

 その場にいた誰もが上天を掠めたモノに目を奪われた。


 ――空を走る一筋の光芒。


 低い音を震わせながら黄緑色の光線(レーザー)は一瞬の内に剣人達の頭上を過ぎ去った。

 向こう側――アキと死闘を繰り広げる鬼斬に吸い込まれるように向かっていく。

 轟音、爆炎がほぼ同時に上がり、衝撃波となった地表の砂埃が津波のように剣人達に押し寄せる。それらはほぼ一瞬に起こり、まともに身を護る手段が無かった。


「うっ……!」

 剣人のバリウスも、他の戦闘二輪や戦車にも礫混じりの砂嵐が襲い掛かる。


「何だ……何だってんだ⁉」

 巻き起こる砂塵の渦の中でノイズ混じりの通信が錯綜、そこにいる全員が混乱している。

 灰色の靄が晴れた時、剣人は目の前の光景を見て唖然とした。


「鬼斬が……」

 思わずごくりと唾を飲み込む。

 何と、先刻までアキと死闘を繰り広げていた鬼斬がその動きを完全に止めていたのだ。

 機体胸部には巨大な空洞が穿たれていた。

 あれではタービン部が無事でも県機として改修し再度戦場に出す事は無理だろう。


「終わったのか?」

 剣人は鬼斬の足下のTZFに視線を移す。

 アキはTZFの中で何を思っているのだろうか。

 巨大な県機の骸と、その下で呆然と立ち尽くすTZFの姿はまるで大男と幼児ほどの体格差もあった。


「さっきのはレーザー?」

「……ええ。味方機が到着したわ。状況終了」

 エレナの通信に円加が一瞬の間を置いて答えた。

 直後、巨大な駆動音と共に鬼斬を打ち貫いた張本人が現れる。


「あれは……」

 青と灰の冬季迷彩のようなパターンが施されており美しい。鬼斬とほぼ同じ大きさだが足も胴体も寸胴で大柄だった。それなのに頭部は鬼斬とほぼ同じ大きさ。頭以外の部位が異様に肥大化している。

 一本角の特徴は鬼斬に良く似ているが垂直に向かってはおらず、正面前方、まるで突き立てられた槍のように生えている。例えるならカブトムシの角のようだった。

 機体の装甲の多くは曲面に覆われていて衝撃を受け流すような構造だ。

 あの巨体でどうして浮いていられるのだろう。剣人は呆気に取られた子供のように大口を開けるしかなかった。

 脚部と胴体部がシームレスになった寸胴な機体。その右腕には本体の質量に逼迫するようなサイズの大口径の砲が握られている。鬼斬を撃ち貫いたのがその兵装の仕業である事は明白だった。

 だが、その巨大砲のせいで左右のバランスが崩壊しかけている。それでも浮いていられるのは大容量の量子タービンが成せる業なのだろうか?

 そこまで考えを巡らせた所で、


「この機体は……県機?」

 剣人の口から自然にその言葉がつむがれた。


「そうよ。応援部隊の青森県機、アヴァランシェが到着したの」

 円加の向こう側では鬼斬撃破に歓喜する声が聞こえる。

 四県区軍を統括するHQとやり取りしているのだろうか。時折歓声が上がる。


「この戦場に県機が三体も入り乱れるなんてね……」

 エレナはいつの間にか剣人の真横にバイクを停めていた。

 その口調はどことなく寂しげ。きっと少なくなってしまった報酬にがっかりしているのだろう。一番の大手柄とも言える鬼斬の撃破は京都県区軍ではないあの冬季迷彩の県機が持ち去ってしまったのだから。

 戦場を縦横無尽に駆け回り戦ってきた剣人達にとっては美味しい所だけ持っていかれた形になる。いい面の皮というやつだ。


「最も……京都県区の一番の手柄はお前だけどな。剣人」

 何時の間にかリヒターも剣人の機体に横付けしていた。


「何だって……?」

「おいおい謙遜するなよ。あいつはお前が倒したんだろうが」

 そう言ってハンドルを握りながら人差し指を向ける。その先には破壊されたザンザスの残骸。


「ああ……」

「全く、アンタはすごいのかすごくないのかわかんないわね」

 半ば放心状態で答える剣人にエレナは呆れ顔だ。


「機体のお陰にしろ、バリウスはこれまで誰にも心を開かなかった。アンタが機体ポテンシャルを最大限引き出せているのは間違いなく事実よ」


「エレナの言う通りだ。敵のザンザスと同じように一瞬で人型に変形したろ? おったまげたぜ――ったくよぉ」

 リヒターはドイツ人らしからぬ妙に小慣れた日本語を使っておどけて見せるが、当の剣人はそこまで楽観的に勝利の余韻に浸ることが出来ない。


「でも俺は特別な操作はしていないんだ……」

 先程と同じように何度も掌を開閉させ確かめる。自分の意志で動く筋肉の感覚を。


「気づけば夢中になって……それでバリウスは」

 何度も思い起こすが答えは同じ。剣人は目の前のザンザスから美央のブレイドを守ろうと身を挺した。その瞬間に可変は完了していた。

 それに――


「あの時、ほんの一瞬だったけど時間の流れが遅く感じた……」

「成程。しかし、自分の考える時間のスピードは何時もと変わらない早さだった。そうなんだろう?」

 ハッとして振り向くと、そこにはボロボロのライダースーツに身を包んだ栗生美央が立っていた。太ももは所々擦り切れていて素肌が露になっている。

 エレナが小声で大丈夫かと言おうとするが手の振り一つでそれを静止する美央。


「あれは量子タービンの力だ。脳に作用して搭乗者と機体の精神的リンクを上げるシステムが積まれている」

「それって」

 言いかける剣人の口を塞ぐように美央が続ける。


「つまり、君はバリウスに完全に認められたって事さ……後は分かるな?」

 それ以上の詮索は無用。

 そう言いたげに美央はメット下部に取り付けられたインカムをトントンと叩く。

 今もこの会話は司令部に通じている。聞かれるとヤバイ話だ。

 瞬時に理解した剣人は黙って頷く。話はそこで終わったが解決していない謎は残されたままだ。円加が語りたがらないバリウスの秘密。郊外戦争初期の色々ときな臭い噂、陰謀論の類は数知れない。

 その中の何かがこのバリウスにも関係しているのだろう。瞬時に悟った剣人の首肯に美央は笑みを作る。


「これでいいのよね? 円加」

 美央はウインクしながら通信機の円加に語りかける。

 それまで雑然としていた司令部の通信が常に垂れ流しになっていたが、美央の話を聞いた円加は神妙な面持ちで『いいわ』とだけ答えた。


「作戦は終了。よくやってくれたわ。皆ご苦労様」

 円加はそう言って満悦そうな笑みを浮かべた。だが、額や頬には汗の雫が煌いている。

 相当慌てていたんだろうな。剣人はそう思いながらも漸く安堵の表情に変わった。

 緊張が抜け落ち筋肉が弛緩する。


「ふぅーっ!」

 しゃがみながら大きく溜息をして頭を垂れる。

 よくやったよと周りの戦二乗り達に誉められながら、ふと向けた視線の先に気づいた。


「久澄……アキ……?」

 大穴を空けた県機、鬼斬の下に立ち尽くしたTZFは完全にエネルギー切れとなっていた。人型形態のまま停止し、まるでセミの抜け殻のように装甲部が割れた姿。

 緊急脱出の為の背部開閉部だった。そこから自力で降りた久澄秋鷹が立ち尽くしていた。

 今まで誰に対しても無関心で自分の考えを明らかにしなかったウィルム隊のエース。

 だが今、剣人が見るアキの顔はある感情で一色に染まっていた――激しい怒り、憎悪だ。

 激情に染まったその顔で。

 見上げる先には巨大な県機――アヴァランシェが聳えるように立ちはだかっていた。



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