旧型機の意地
「行け、鬼斬――!」
その咆哮は、ザンザスの乗り手が発した物だった。
通信機越しでは無い、生身の人間は発する叫びが戦場に木霊する。
突如発せられた音がザンザスの乗り手の物であると剣人が理解したのとほぼ同時に、轟音が巻き起こる。
「あいつは――!」
県機の高出力タービンが巻き起こすブースター噴射の炎を吹きながら、鬼斬が戦場にとうとう顕現する。
郊外戦争では早々に敗退した岡山の県機、鬼斬。白いボディに紅い血筋のようなカラーリング。一本角のレーダーはまるで鬼の角のようだった。
県機を形作る人型フレームの大部分はまるで鎧武者のように重厚な白の外装に覆われている。その反面、両腕はフレーム保護しか用を成さないクロームブラックの装甲が施されただけで異様に細っこい。
その細い腕より更に華奢な手が握るのは長大で無骨な剣。さながら日本刀のような――片刃だけの格闘白兵戦兵器だ。
時代と共に県機のデザインや外装にバージョンアップが施されるのは郊外戦争の常だが、鬼斬は岡山が初期に行われた郊外戦争から脱落してからは行方知れずだったと言う。
それが今日この日、剣人達の前に現れた。
その姿は歴戦を経た貫禄が据わっていた。古傷のような損傷修復箇所が狂犬染みていてかえって威圧感に満ち満ちている。
「とうとう来やがった!」
リヒターが叫び、円加に指示を仰ぐ。
剣人は戦場に現れた死神を呆然と見上げる事しか出来ない。
鬼斬は低空で接近。ホバー走行のように機体背部から砂塵を撒き散らしこちらに向かってくる。
「どうすればいい……俺達じゃ無理だぞ」
だが、通信を円加に向けた所で反応は無い。
鬼斬が現れた瞬間、戦場は恐慌状態に陥っていた。通信が錯綜していて指示系統が完全に麻痺してしまっている。
「だめ……私の武装じゃアイツは捉えきれない」
風防に据えつけられた照準器を覗き込みながらエレナが呟く。
彼女の言う通り、鬼斬は恐ろしい瞬間移動のような機動を交えて接近してくる。
味方機が鬼斬を落とそうと弾丸を雨あられと浴びせるのだが、鬼斬はそういった射撃を悉くかわしてみせた。
あの鈍重な見た目の装甲からは想像も付かない機敏な動きだ。戦二を遥かに上回る出力のタービンがそれを可能としているのだろうか。
打ち落とそうとして放たれた銃声が虚しく響き渡る。有人の戦闘二輪は無駄だと察知してすぐに射撃を止めるが、ドローン兵器は躍起になって銃撃を続けている。その中には有人操作のサベージもいるのだが、素人のエイミングでは鬼斬の軌道を追いかける事すらままならず、明後日の方向を数テンポ遅れで撃ち続けている。
鬼斬は器用にそれらを回避しては手にした日本刀で次々と斬り落としていく。
巨大な県機が通り過ぎる度に、その腰元でまるで小さな子供のようなサイズの無人機が吹き飛んでいく。
先程まで両勢力が凌ぎを削りあっていた有象無象の戦場に置いて余りに異質。突出した戦闘力だった。
「クソッタレが……この場は任せるぞ」
見かねたアキがアクセルを煽る。TZFの後輪が地面を擦りボディが左右に揺れている。
「嘘だろ! おい、いくんじゃねえ! いくら隊長でも一機じゃあ無理だ!」
「うるさい」
リヒターが止めるがアキは前輪を浮かせながら猛加速する。
あっという間に機影は小さくなり、低空飛行を続ける鬼斬に接近する。
鬼斬は眼下に迫る青い小兵に刀を振り上げ、
「駄目だ! アキ!」
円加とリヒターが同時に叫び、剣人は思わず眼を瞑る。
アキの青いTZFは呆気なく吹っ飛ばされる。スピンしながらTZFとアキの身体が宙に舞う。
「チッ……おおおお!」
が、アキは雄叫びを上げると機体を空中で立て直す。そのまま人型に変形したTZFは荒っぽい着地と同時に再び跳躍。ブースターの青白い噴煙を輝かせながら鬼斬に飛びつく。
戦闘二輪の人型形態よりも何倍もある巨大人型兵器――鬼斬の腰元につかみかかり格闘戦を挑むアキ。
その様子は剣人が傍目に見ても鬼気迫る物があった。よじ登り胸部にたどり着いたTZFは懐から顕現させたハンドガンで何度も薄い装甲部分目掛けて乱射する。
「おおおおおおおおお!」
通信機越しにビリビリと震えるアキの咆哮。
こんなアキを剣人は見た事が無い。少なくとも剣人達の前で久澄秋鷹という男がここまで感情を露にする事は未だかつて無かった事だ。だからこそ戸惑わずにはいられない。
「あいつ、何であそこまで――」
小柄で出力にも限りがある戦闘二輪で県機に挑むと言う行動。剣人は理解できなかった。
県機はこの郊外戦争にあって明らかなオーバースペックだ。既存の通常兵器では相手にならない。戦闘二輪に積まれた物の比ではない高出力大容量の量子タービンはエネルギーの力場で通常兵器の攻撃を殆ど封殺してしまう。
それに対抗するには県機クラスのタービンが発生させる高出力の攻撃を直撃でもさせなければ……それは格闘戦でも同じだった。
直接飛びついての零距離戦闘ならその差は埋められない程では無いが、それ以上に危険な賭けだ。一撃を喰らったら搭乗者ごと粉微塵に破壊されかねない。
いくら白兵戦で繰り返し鬼斬に物理的ダメージを与える事が可能でも捨て身でなければ出来ない戦法だ。
京都のテンペストが鬼斬に倒されたように県機は県機でしか倒せない。それが郊外戦争の中での常識だった。通常戦力で県機に一騎討ちを挑むなんて正気の沙汰では無い。
だが、アキはそれを今まさに実践しているのだ。
「すげぇアイツ……」
剣人の横で呟いたのは救出したワイバーン隊の隊長だった。
既に多くの敵戦力を壊滅させた京都県区軍。手隙の者は皆アキと県機の戦いに見入っている――だからこそ気づかなかった。
「敵機アラート!」
叫んだのはエレナだ。
「まだ終わらんぞ! 鬼斬も――俺も――ザンザスも!」
巻き起こる爆音。見ると、先程までアキが散々に打ちのめしたザンザスから緑色の燐光が迸っている。紛れも無くそれは量子タービンの光。
再び稼動を始めた敵性量子タービンに識別アラートが反応する。
「あいつまだやる気かよ!」
リヒターが対応しようと機首を変える。だが、それを遥かに越える反応速度でザンザスはエンジンの回転を上げていく。
「いくぞザンザス――再起動!」
その瞬間、双輪の獣は咆哮を上げた。
獰猛に回転するタービンがザンザスを駆動させていた。大の字でコンクリートの瓦礫に磔になったその身を拒むように、両足に据えつけられた車輪部が壁を抉り散らす。
「来るぞ! 剣人お前だ!」
リヒターの裏返った声が上げられたのと同時に、ザンザスは並列したライトをまるで獣の眼光のように爛々とさせながら突撃する。尾を引いて迫る赤眼。
咄嗟の出来事で剣人の反応が遅れた。真っ先に飛びついたザンザスは剣人ごとバリウスを横倒しにするとそのまま湾刀を顕現させる。
「死ね!」
両手でヘルメットを覆い剣人は両目を瞑る。
万事休す。死を覚悟した刹那――
「何をやっている!」
女の叫びがヘルメット中に響き渡り、青白い火花が剣人の視界で弾け飛ぶ。
見上げるとそこにはザンザスの湾刀を剥き出しになった肘のフレームで受け止める銀色の人型――GHX1000ブレイドだった。
「栗生大尉!」
白銀の騎士はフレームに据えられた白刃でザンザスの攻撃を弾き返すと、
「この前の借りだ! こいつは私がやる!」
そう叫んでザンザスと交戦状態に入る。
GHX1000ブレイドは白兵戦闘能力に特化した機体だ。バイク形態でもフェンダー部分に刃が格納されている。
搭乗者の姿勢制御の動作に反応して回転刃のように動き、格闘白兵戦を行う事が出来るのだ。人型形態は更に顕著で、肩、肘、膝と全身が鋭利なフレームで武装されている。
「久澄にやれて私にやれない筈が無い――ッ!」
何度も打ち付けあう刃と刃。金属音が散らされ剣人の鼓膜がビリビリと震盪した。
「ハッ!」
獰猛に笑いながらザンザスが振りかぶる。
一度アキに戦闘不能状況に追い込まれたというのにその鬼神のような動きに美央は押され気味だった。
「――チックショウ!」
男勝りな罵声を浴びせながら剣戟を続ける。
乗り手の魂が人型に乗り移ったように、二機の戦闘二輪は激しい戦いを繰り広げていた。
「近距離から援護できるのは貴方だけ。お願いウィルム7!」
円加の通信にハッとした剣人がライフルを顕現させるが、
「駄目だ――狙えない!」
肉薄しながら目まぐるしく動き回る美央のブレイド。ザンザスだけ狙い撃つのは剣人の射撃技術では無理があった。
「アキの方も危ないし……どうすればいいのよ、もう!」
円加の悲痛な叫びが響いた。その間も剣人の照準は何度もロックと照準移動を繰り返す電子音が絶えず鳴り響いていた。
「クソ――クソッ!」
血走った眼でザンザスに狙いを定めようとするがその度にロックが外れて美央機が掠めるのだ。
県機鬼斬と戦闘を繰り広げるアキとTZFもそれは同じで、エレナやリヒター、他の戦闘二輪も同じく、戦闘に加勢する事が出来ない。
戦場では今や二つのペアが延々と終わらない死闘を繰り広げ続けていた。
耐えかねてアキ機に加勢した数機の戦闘二輪は一瞬で鬼斬に間合いを見切られ斬り落とされたのだろう。その周囲には粉々に砕け散った戦二の残骸が転がっている。
「せめてこいつだけは私が!」
ブレイドを駆る美央は思いきりよく剣で突きを試みる。
「ただの戦二風情がッ!」
が、美央の狙い済ました剣戟を絶妙のタイミングで避けたザンザス。
「バカめ!」
そのまま徒手となっていた側の拳がブレイドの肩を打ち砕き、
「キャアアアアッ!」
美央の悲鳴と共にノックバックする。
剣人の眼前にブレイドが転げ飛びフレームサイドの刃がへし折られ宙に舞った。
「そら、終わりだ!」
追撃にかかるザンザス。飛びかかる赤い目がジグザグに蠢いた。
――クソ。
眼前で戦う美央を見ながら、剣人の胸中に電流のような後悔が駆け巡る。
俺は何てバカなんだ。何度も助けられて、借りも返せないまま、仲間を殺されて――
このままザンザスの湾刀がかざせられれば間違いなく美央は死ぬだろう。
再起動したザンザスの出力は通常時のそれを遥かに超えている。オーバークロックされた膂力は強烈な一撃を作り出す。無防備なブレイドでは対処する事も出来ない。
剣人はそれを見ながら、沸々とこみ上げる激情に視界が白じむのを感じた。
ここで終わらせてたまるか。
途端、視界に黄緑色の――量子タービンの光が渦巻く。何かが噛み合う感覚のまま、
「おおおおお!」
跨った状態のままだった剣人のバリウスが一瞬の内にその姿を可変させる。
視界を覆う量子装甲の燐光。瞬く間に切り替わった操縦姿勢、次々とフレームが変形していく度に剣人自身の思考速度も加速していく。
最後に一発、跳ねるような可動音と共に二本脚で立ち上がるバリウス。
さながら先程敵機ザンザスがしてみせたように一瞬で人の形を成す。銀色の甲冑に身を包んだ馬頭の騎士。
そのコクピットで剣人が唸る。
「こいつ、俺の意志でそのまま変形した……」
それは、バリウスのAIシステム――ジーニアスが剣人の脳髄に染み渡り支配されていく感覚だった。かつてアキとの戦いで体験した時と同じ感覚。だが、決定的に違う物が一つあった。
剣人の自我は保ったまま、思考が研ぎ澄まされているのだ。決してバリウスの暴走とも言える稼動に引っ張られている訳ではない。まさに明鏡止水の境地。
加速した思考が世界を大きく鈍化させている。視界に映るザンザスもブレイドも止まっているような動きだ。
やるしかない。冷静にここから先の一手を考えながら、剣人の指先がスローモーション化された世界でゆっくりと動き出す。
眼前のザンザスに向け自慢の一撃必殺の武器、パイルバンカーをお見舞いしようと逡巡し武器変更の操作をしかけたところで、
――駄目だ
この速さでは炸薬の起爆まで間に合わない。瞬時に判断した剣人の視線が右に動く。
――あった、それだ。
視界に映るのは美央のブレイドの装甲片。刃の切っ先状のようなフレームの破片だった。
咄嗟にそれを握り締めた剣人――バリウスの拳。
「間に合えええええ!」
あまりに強く握ったので掌から細かな装甲が飛び散る。
でも止めない。これくらいの損傷ならば問題ない。いける。
握り締めた刃をザンザスの無防備な胸部に突き立てる。
軽い衝撃と共に鋼の装甲を突いた銀の刃が火花を上げる。
バチバチと視界が白くスパークし、ザンザスの赤い両目がこちらに焦点を定めようと、何度も光点の収縮を繰り返す。
敵のロックがブレイドからこちら――バリウスに変更されるのが分かった。
湾刀がバリウスの頭部を掠める。コクピット部の左頭上――肩部装甲を突き破られる感触で全身が総毛立つ。少しでも違えていればやられていた一撃だった。
それが逆に剣人の闘志に火を点けた。
「まだまだあああああ!」
弾かれた左肩の衝撃を無理矢理押し返しながらスロットルを目一杯回す。握り締めた拳に更に力を込め、ザンザスの心臓部に刃を突き立て抉り散らす。
敵の量子装甲を突き破っていく白刃を視界に見ながら、ザンザスを殺し続ける一撃にだけ集中。
次第に、敵のパワーが次第に弱まるのを感じながら、手に握り締められたフレーム片はザンザスの身体深くに沈んでいった。




