県機強襲
重苦しい駆動音が暗い空間を支配している。
県機テンペストのコクピット――その中に彼女はいた。
口元以外の顔面はバイザーに覆われていて相貌は窺い知れない。
ヘルメットバイザーに取り付けられた専用のデバイスは直接網膜に投影され、VRのように広がる戦場の映像は視線一つで必要な情報をピックアップする事が出来る。
司令部のサーバーにアクセスし、さながらオペレーターと同じように適宜情報を得る事が出来るのだ。
しかし、マップに表示された赤い光点を指す矢印はUNKNOWN表示のまま。
「全く、どうなってるのかしらね」
呟きながら手元のペダルでブーストの出力を上げる。ゆっくりと前に押し出したペダルと共に品格の良い稼動音が高鳴っていく。機体が加速しシートに背中が押し付けられた。
県機テンペスト。それが京都の持つクイーンの名前だった。
かつて各都道府県に供与された専用量子タービン搭載型大型機動兵器群の一つ。
戦闘二輪より二回りも大きい人型の機体はエネルギー自己生成機能を付けた高品質な大型タービンを内蔵し圧倒的な出力を誇る。
その中でもテンペストは優れた性能と安定した操作性で常に他の県機との戦闘でも遅れを取る事は無かった。多くの県機と同じ思考直結機構の搭載により、操縦者の意思とのタイムラグ無しで手足の如く操る事が出来る。
搭乗者の少女、近衛華麟はまだ齢十七。現存する県機のパイロットの中では若い部類に入るが、不明機相手とは言え全く臆する素振りは見せなかった。
「県区にも属する事すら出来ない落伍者の癖に」
年頃の少女に見合わぬ静かな、しかし確かな激情に染まった声音で呟く。
三大統合企業体の一つ近衛技研。その一族の一人である彼女は生まれついてのエリートだ。日本を牛耳る数多の氏族の中でも傑出した名家近衛。生を受けたその日から彼女は何不自由無い人生を送ってきた。その反面、近衛に生まれた以上、彼女は一族が謀りあい競い合う中でも生きてきたのだ。
そんなエリート同士が凌ぎを削る競争社会の中でも彼女は決して折れる事なく励み、結果的に京都県区軍の最精鋭たる県機の乗り手にまで上り詰めたのだ。
華麟は恐れを知らない。かつてこの国を支配していた者達と同じよう、相対して正々堂々と撃破してやろうと愛機を進める。
「テンペストへ。こちらアルゴノート。まもなく不明機と接敵します。全兵装の使用を許可します」
「テンペスト了解。さあ、お仕置きの時間を始めましょうか」
お嬢様には見合わない獰猛な笑みで口元が歪む。スロットルレバーを思い切り押し倒した瞬間。
「え?」
荒野の向こう側からブースターの噴射光を吐き出しながら、真っ白な機体が近づいてくるのが見えた。
大きさも機体形状もテンペストと殆ど同じ、人型の機体。
間違いなく県機の類だ。そこまではブリーフィング通り。華麟が予想していた通り……だったのだが、
「嘘でしょ……?」
コクピット内で震えながら華麟が呟く。
先程までの気品に満ち溢れ、怜悧に溢れていた声音は既に今の彼女からは剥落してしまっている。メッキのように無残に散った騎士の気概。
現れた敵機はそれほどまでに圧倒的な機体だったのだ。
未だかつて無い恐慌を覚えた彼女は、レバーを握る手がガタガタと震えている事に気づき、慌ててグリップを握り直す。グローブの中の小さな掌は汗でぐしゃぐしゃだった。
「何をやっているの。この右手は……」
落ち着けと自分に言い聞かせる一方で、鼓動が早鐘のように加速していく。制御出来ないリズムが自分の身体の内側で暴れ続けている。ばくばくと加速し続ける不快なリズムに華麟は苛立たせながらコンソールを弾いた。
「そんな筈は無いわ……何であの県機が」
彼女が見据えるHUDには県機名が漸く表示されている。
想定スペックの三倍で接近する赤い光点。
決してこの場には似つかわしくない、伝説的な存在の県機が今まさに自分だけを殺そうと向かってくるこの事実。何度も戦場の空気を体験してきた華麟は初めて恐怖を覚える。
だが、退く訳にはいかない。近衛の家を継ぐ者として絶対に退けない。
――不貞の輩に正義の鉄槌を。
怯えきった心を奮い立たせる。
何を恐れる必要がある。このテンペストは最新鋭の装備と、現在の郊外戦争情勢に応じたOSのアップデートを施しているのだ。
そう言い聞かせながら、
「やってやろうじゃない。テンペスト、エンゲージ」
華麟は交戦を告げる言葉をクルーに伝える――それが彼女の発した最後の言葉だった。
「全機停止。ここで敵主力を撃滅する」
アキの一言で後退を続けていた戦闘二輪が停止、次々と迎撃準備に入る。
ワイバーン隊が粗方撤退し、戦車隊に合流。この市街地で敵の戦闘二輪を迎え撃つのだ。
遠巻きに聞こえる敵追撃部隊の低い排気音を聞きながら、剣人もまた僚機に倣い中間形態に移行する。
「ウィルム7。たまには命中させてみなさいよ」
エレナが発破をかけるようにバリウスに横付けする。そのままアサルトライフルを展開、黄色のフルカウルが競り上がる。剣人もそれに追随して愛機の両サイドにアサルトライフルを展開させた。安全装置解除、
「いくわよ、射撃開始!」
エレナの一声で二機のアサルトライフルが火を吹いた。フルオートでとにかく撃ちまくる。敵を狙った射撃ではなく味方の突撃を支援する為の援護だ。
「支援感謝する。突撃――!」
それに呼応するように剣人、エレナの両脇を数機の戦闘二輪がすり抜けていく。
甲高い排気音を上げて敵機の潜むビル群に消えていく友軍機。
無数の廃ビルが乱立する市街地跡は戦闘二輪に適した戦場だ。戦車や歩行機のような重装甲の相手でも軽快に裏を取る事が出来る。
「こちらも砲撃を開始する」
後方からの鹿杜達戦車部隊の通信。程なく目の覚めるような戦車部隊の砲撃が加わり、たちまちビル群は灰色の煙をあげ形を変えていく。
剣人やエレナは中間形態のまま尚も支援砲撃を加え続ける。
「敵機撃破確認。次ぃ!」
「了解!」
強烈な砲撃にいぶり出されて姿を現した歩行機を撃破。崩れ落ちる鉄の巨人の残骸を流し見ながら、剣人は中間形態のバリウスの重心を右に傾け索敵モードを起動させる。
剣人の意図を察したバリウスはのろのろと行進を続ける歩行機を照準に合わせようとローラー化した双輪の脚部を滑らせ旋回した。
円形のロックカーソルが敵の灰色の二足歩行機に重なろうとした瞬間、恐ろしい勢いで警告ウインドウが開いた。
「⁉」
耳をつんざくようなけたたましいアラートがヘルメットの中で反響する。
「何、どうしたの?」
負けじと叫ぶエレナのウインドウに重なるようにジャガーノートブリッジの円加の顔が表示される。
「全機、よく聞いて。味方の県機――テンペストが撃破されたわ」
「何だって⁉」
遠くで交戦を続けていた僚機がノイズ混じりに驚きの声を上げた。
戦闘は継続しているが恐らくは京都県区軍全てが円加の通信に耳を傾けている。
この戦場で圧倒的な決戦戦力である県機。それが撃破されたのだ。驚きを隠せない訳が無い。
「県機を倒された……?」
剣人がその答えを頭の中で巡らせようとした瞬間、円加が言葉を重ねる。
「敵県機を確認。機体名は鬼斬、繰り返す敵県機は鬼斬……」
「鬼斬……」
剣人はその名前をどこかで聞いたような気がするが思い出せない。
「野郎まだ稼動していたのか⁉」
鹿杜が弾かれたような声を上げる。いつもの落ち着いていて余裕がある鹿杜からは想像もつかない程の慌てぶりだった。事の重大さを剣人は直感的に感じ取る。
直ぐに円加が情報を付け加える。
「テンペストの送信画像で確認しました。恐らくは前の郊外戦争で行方不明になっていた機体よ!」
「岡山県機……?」
「昔の郊外大戦で大暴れした怪物だよ! 支援戦力無しのたった一機で四国全県と西日本の有力県がやられた。岡山が戦後もしばらく自治独立できていたのはアイツ一機の働きのせいさ!」
戦車が駆動する重低音に乗って鹿杜の通信が流れ込む。
「そんな事が……あり得るのか……」
過去の郊外戦争で一機とてつもなく強い県機がいる話は剣人も知っていた。しかし、普段郊外戦争の詳細を知る事が出来ない人間にとっては朧気な噂の範疇でしかなかったのだ。
新参者が過去の県機の活躍を知るには鹿杜のように昔から郊外戦争に従軍している者から口伝いで教えてもらう他に方法は殆ど無い。
それにしても、県機鬼斬の戦果は圧倒的過ぎて剣人はいまいち現実味を感じる事が出来ないでいた。
基本的に郊外戦争は連なっている物なのでトーナメントのような勝ち抜けや、県機を失ったら敗北と言った決まりは無い。だが、海外の各国と協働関係にあるとは言え県区の資産には限りがある。
闇雲に郊外戦争で勝利を重ね続けるよりも今後の繁栄を見据えて降りる事も必要だ――そして、十分力を蓄えたらまた積極的に戦争に参加する。
こうやって継続されてきた郊外戦争だが、その中でも県機一機で数多くの県の継戦能力を叩き落とすなんて所業は有り得ない。
「そんな奴が何故ここにいるんですか……?」
「こっちが聞きたいくらいよ!」
円加は半ば逆上したような勢いで声を荒げる。
隣で通信を聞いていたエレナも突然変わった戦況に興奮を隠し切れていない。
「円加! 撤退するの⁉ 今の戦力じゃ無理よ。ここは他県区の部隊と――」
「そうもいかない。敵の新手だ」
割り込むようにアキの冷静な一声。
即座に反映されたレーダーからの警告音を聞くまでも無く、新たな戦闘二輪の爆音が聞こえ始めていた。その中には見慣れない明らかに古いデザインの戦闘二輪もいる。
「中央を突っ切ってくるぞ。通すな!」
補給を終え戦線に復帰したワイバーン隊が突撃しながら銃撃を加える。
敵戦闘二輪は加速したまま、銃撃を受けても尚緩める事は無い。
両軍が距離を詰めていく。ワイバーン機が敵の先頭との白兵戦距離まで接近したその瞬間、急激な制動と共に敵二輪が可変する。
量子形成の燐光に染まったバイクがそのまま垂直に競り上がり、中間形態を取る事無く一瞬で人型と化したのだ。
そして、すれ違い様にワイバーンの二機を斬って落とす。相次いで爆散する二機の戦闘二輪。一瞬の出来事だった。
「何て速さだ。中間形態飛ばして変形しやがった」
剣人はたまらず叫ぶ。
白兵戦装備の格闘戦に長けた人型の特性を生かした立ち回りだった。
更に接近する敵の一団。
「俺が狙撃する」
リヒターがロングレンジライフルを顕現させ狙いを定めようとする。
飄々とした普段の様子とは打って変わって冷徹な眼差しだった。照準を見据える目が鋭く細められ、一瞬の間を置いて重い発砲音が響き渡る。
だが、敵の戦二は再びバイク形態に戻ると、リヒターの狙撃をあざ笑うかのように横滑りで回避してみせたのだ。その一連の動作の中でアクセルを緩めた様子は無かった。
外れた特殊徹甲弾が背後のコンクリート片を派手に吹き飛ばす。崩れ落ちる瓦礫をすり抜けて敵機が次々と接近してくる。その先頭には先程狙撃を開始したエースと思しき戦闘二輪。
「何だってんだよ、あの戦二は!」
無骨な造詣のパーツで構成されたタンク周り。二つ並んだライトは真四角形のビキニカウルに覆われていて見るからに古めかしいデザインだった。まだ戦二のデザインが機能面に追いついていなかった頃、比較的初期のモデルだろう。
「間違いない。あの機体が隊長機ね。照合――確認。機体名は、ザンザス!」
「ザンザス……!」
円加が叫ぶ戦二の名前はバイク好きの剣人でも聞きなれない物だった。
「青稜重工の初期の戦二だ」
「何だって⁉ バリウスと同時期のかよ」
アキが抑揚無く呟きリヒターが声をひっくり返す。
剣人は思わずアキを一瞥する――普段ならばこんな説明はいちいちしてくれないのに。
何故――しかしアキは剣人には全く見向きもしない。何度かTZFの操作盤をいじり、
「俺がやる。円加、データリンクは頼む」
「……ええ!」
その一言が開戦の狼煙だった。
一気に吹かしたTZFが唸りを上げて突進する。
アキの単機吶喊だ。それに合わせるように敵の隊長機――ザンザスも加速する。
真正面から向かい合う形で両機は接近する。
再び交錯するその瞬間、ほぼ同時に人型に可変したザンザスとTZFが手にしたブレードで鍔競り合いを始めた。
エース同士の戦いを目の当たりにして他の部隊も俄然戦意を燃やす。
「ドレイク隊全機、近接戦だ。派手にやるぞ」
「ワイバーン隊! 俺達も交戦する。前衛の援護だ!」
再び始まる乱戦。
「おおおおおお!」
剣人も負けじと変形、接近戦に特化した人型で敵の突撃を迎撃し、バイク形態と使い分けながら戦闘を続ける。
だが、その間も敵のクイーン――県機鬼斬は近づきつつあるのだ。急ぎこの場を制圧しなくてはならなかった。
「早くここを潰すぞ。県機まで来たら持たんぞ」
鹿杜が戦車を急速旋回させながら溜弾を放つ。背後の敵歩行機を撃破する爆風を背中で感じながら、剣人は二機の戦いを遠くから見る。
「あいつ……一人でやると言ってたけど」
ザンザス乗りと激闘を続けているアキのTZF。
だが、先程までの演舞のような白兵戦の応酬は終わりつつあった。
徐々に青いTZFがザンザスを圧倒し始めているのが目に見えて分かる。
業を煮やしたザンザスは湾刀で量子装甲で覆われたTZFの背部コクピットを狙うが、完全に見切っているアキはハンドガンの銃身を後ろ手に構えて受け止め――突き返しながら振り向き様に強烈な回し蹴りを入れる。
それが決着だった。
破裂音と共に吹き飛ばされたザンザスが剣人の真横を二転三転地表を転げながら通り抜け通り過ぎ、背後の壁に大穴を開け崩落する。
灰塵が晴れ、その中心でザンザスが大の字になって沈黙していた。朽ちた壁の中に完全にめりこんでいる。
腕部マニピュレーターは死に際の痙攣のように、生物めいた動きでひくついていた。
「すげえ……」
思わず息を飲む剣人。第三者視点だと二人の高速戦闘の間、何が起きたのか脳が処理しきれていない。
事の成り行きを呆然と見る事しか出来ない剣人。TZFはその横をゆっくりと通り過ぎ、歩みを進める。
右手に構えた拳銃型兵装はトドメの一撃を加える為のものだ。壁にめりこんだままのザンザスは完全に機能停止になっている。いくらフルチューンした機体とは言え、あれだけのダメージを負っては流石に戦闘続行は不可能だろう。
見ると周りの戦闘も殆ど終息しつつあった。剣人やドレイク隊、ワイバーン隊の奮戦もあってほぼ旧式の反体制軍はここに壊滅したかに見えた。




