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侵攻着々

 

 ジャガーノートのブリッジは深海のような青い暗闇に閉ざされていた。

 時折明滅する機器の光点。ホロディスプレイに表示された赤い光が室内に浮かび上がっては消えていく。

 だが、暗く静謐に満ちた光景とは対照的に現場は渾然一体と化していた。

 光点の規則的な明滅を遥かに超えるペースで小刻みなタイピング音が耳朶を打つ。

 あちこちで飛び交う状況報告と、指示を仰ぐオペレーター達。ひな壇のように折り重なって配置された座席群は全て人で埋まっていて、皆が慌ただしく作業に追われている。


 その壇の頂点で、鷲宮円加と郊外戦争運営部の男が並び立っていた。

 二人の耳元にはそれぞれインカムが装着され、目まぐるしく変わり行く戦場の状況がつぶさに報告されている。それらを聞き分けながら円加もまた下段に並び座っているオペレーターとのやり取りを繰り返している。


「ウィルムの戦車隊が指示を待っています」

「待機状態を崩さないで。戦二部隊の状況は?」

「ドレイク隊が敵歩行戦車部隊と交戦開始。優勢です」

「ドローンの方も進軍ペース予定通りです。先行したクーガーとの挟撃予定ポイントまで残り80」

「順調のようね」

 ふう、と一息ついた円加を見計らうように、


「なかなかに連携が取れておりますな」

 それまで隣で彼女の采配を目の当たりにしてきた運営の男が口を開いた。

 ゴマ塩髭をさすりながらディスプレイを仰ぎ見る男の瞳はまるで新しい玩具に夢中になる童子のようだ。

 普段は事務処理などで戦場を俯瞰する事は無い運営委員。今この場で実際に戦場の光景を目の当たりにし、高揚を抑えきれないと言った表情だった。


「敵の主戦力は旧大戦のデカブツばかりです。それに戦闘二輪も型落ちした量産モデルばかりですから」

 そんな現場を数多くこなしてきた円加は、ろくに事情を知らない運営委員に辟易しながら社交辞令的に会話を合わせる。


「ワイバーン隊の状況は?」

 円加は傍らに控えていた部下が出したお茶を一口飲み込むと息つく間もなく檄を飛ばす。

「このまま敵拠点の探索を継続との事です」

「了解。ひとまずこのエリアの本拠地を無力化すれば私達京都県区の仕事はおしまいね……で、虎の子のうちの県機はどうなの?」

 その様子はまるで、話に入り込もうとしてきた運営委員を寄せ付けない為の振る舞いにすら思える。その後も取り付く暇も与えないペースでオペレーターとの応酬を繰り返していく。


「運用艦アルゴノートより入電――県機テンペスト出撃完了。このまま石川県区軍と連携して敵の県機に当たるとのことです」

 それを聞いた運営委員は満足げな笑みを浮かべる。重役である自分には見向きもしてない円加相手でも気に留めていない様子だ。


「ここで県機を投入しますか」

 勝利を確信したように愉悦たっぷりの表情を浮かべる運営の男。

 京都県区が所有する県機テンペスト。その出撃は盤上にクイーンを投入するようなものだった。旧式を扱う敵対勢力を一気に押しつぶす、その為の一手。


「流石は群馬県区の総指揮官――鷲宮教授の娘だ。見た所、県機の運用にも長けてらっしゃるように見えますが」

 しかし、円加は隣から覗き込むように距離を詰めた男には振り返りもせず、巨大ディスプレイを見つめている。


「やめてください。私、県機の運用はあまり得意じゃないんです。群馬県区で働いていた頃に身を以って知りましたので……京都の県機は京都の皆さんにお任せしているんです」

 円加の頬が僅かに引きつる。これは緊張とストレスから来る無意識の挙動だと気づいた時にはもう遅かった。隣の男はそんな円加の触れたくない過去を探るかのように続ける。


「しかし、京都は潤沢です。貴女が群馬にいた時とは違う。施設も人材も装備も。ねえ? 群馬の県区軍は――」

「これ以上、私の前の担当県区の話をしないでもらえますか? ここは京都県区の戦艦です。それに――」

 そう言いかける円加の目は据わっていて、明らかに静かな怒りを主張していた。


「私はもう群馬県区とは一切関係ありませんので」

「これは失礼」

 少しも悪びれる様子も無く男は再び正面に顔を向ける。

 ――偉そうにペラペラと……

 円加は男の対応に尚更苛立ちを募らせるがそれはそれだ。今は任務に集中しなくてはと気持ちを切り替える。

 二人は暫くの間お互いの顔を合わせないまま、正面で刻一刻と変わり続ける戦場の状況を流し見ながら会話を続ける。


「京都県区軍と言っても殆どが下請けや雇われの人員ばかりです。この艦だってアルゴノートと違って使い古されてる旧型ですし、冷房が効かなくって。暑くてたまりませんよ」

「そんな状況でも貴方達はよく戦っていますよ」

 と、そんな二人の会話を割るように、最前列に座っていたオペレーターが立ち上がり振り返る。


「大変です鷲宮少佐!」

「何、どうしたの?」

 素っ頓狂な声を上げるオペレーター。円加は階段状になった通路を駆け下りる。

 だが、その足つきは彼女の焦燥感に見合わないほどおぼつかない。作戦現場にハイヒールで臨んだ身を忌々しく思いながら、円加はオペレーターの席に辿り着く。


「これを見てください」

 まだ年若いオペレーターは慣れない手つきで端末を操作していた。彼女の隣に屈みながら円加はディスプレイを覗き込む。

 他の陸上艦との通信を担当する彼女のディスプレイには様々な通信ログが乱立していて円加一人では把握しきれない。


「石川の部隊が県機クラスの戦力を確認したとの事ですが、衛星が確認したこのシルエットは……」

 そう言って操作すると様々な県機のデータベースに画面が切り替わり、該当箇所が赤くマーキングされていた。


「敵県機が判明したのね。よくやってくれたわ。でもこれは――え⁉」

 円加もその敵県機の情報を垣間見るが、赤枠に囲まれた敵県機の名を見た瞬間凍りついた顔色を浮かべる。

 浅くなった息が思わず漏れる。彼女のただならぬ気配に運営委員の男も駆けつけ、ディスプレイに見入る。


「これは……」

 運営委員である男の声もまた震えていた。

 振り返った円加は険しい顔つきで、運営の男の顔を始めてまともに凝視する。

「まずい事になりました。今すぐ合同軍本部に繋いで頂けますか?」





 旧八王子市郊外を西進した京都県区軍は山岳地帯の(へり)に突き当たった。

 この一帯は、かつてニュータウンとして多くの団地や住宅街が形成されていた事で知られている。

 しかし、既に多くの建造物は倒壊、あるいは蔦葉に巻きつかれ原型を留めていない。ブラインドだらけで敵が潜伏して迎え撃つには格好の場所だった。

 案の定、高台の上には固定砲台やバリケードが立ち並んでいる。

 陣地を築いた反動勢力は地形の高低差を利用し要塞化した高台で県区軍と戦う構えを見せていた。山肌はさながらスズメバチの巣のようなハチの巣状のブロック枠で補強されている。ところどころ艦砲射撃の直撃を見舞った箇所は抉れていて這い登る事が出来るので、そこが激戦区となっている。


「行け! 行け! 敵をいぶり出せ」

 集中投入された二足歩行ドローンのサベージが敵を牽制、その隙にウィルム隊や栗生美央率いるドレイク隊の戦闘二輪が住宅地を迂回しながら戦闘を繰り広げていた。

 オペレーターの話では他方面の県区軍もこうした幾つかの高台陣地の攻略に行き詰まっているらしい。

 また、敵の主戦力は殆どが防衛用の重装甲の移動砲台や戦闘車両だが、旧型の人型歩行戦車も数を占めていた。

 剣人はその姿を初めて見たのだが、どれも戦闘二輪の機動戦形態に比べると鈍重でいい的だった。

 人型のみの歩行兵器では地形に合わせてバイク、人型と自在に形態を変える戦二に対応するのは不可能だったのだ。


「連中を孤立させていけ。この戦いスピードが命だ!」

 リヒターは応戦しつつ通信を飛ばす。

 遺棄された民家が立ち並ぶ区画は遮蔽物に事欠かないとは言え、場慣れしていない剣人にとってはよくもまあ戦闘中に私語を叩けるもんだと叫びたくなる。


「敵の歩行兵器は戦闘二輪の開発で一気に価値を失ったガラクタだ。戦闘二輪の可変機構を生かして応戦!」

 ドレイク隊の戦闘二輪も何機か随行していた。二本足でボディサイドに武器を構えた中間形態で射撃を続けている。

 高台の裏手のこの住宅街は戦闘二輪とドローンが入り乱れる戦場となっていた。


「もう少しだ。ここを突破して山道に入れば高台の裏を取れる」

「来いよ新入り! 離れるな」

 遮蔽物から飛び出し、檄を飛ばしながら先行するドレイク機に剣人も続く。

 高鳴る排気音に便乗させるように闘争心を無理矢理高めようとする。

 そうでもしないとビュンビュンと掠める敵の弾丸や、跳ね上がる礫に気をおかしくしそうだったからだ。

 と、剣人と数機の戦闘二輪が進む先の旧道のど真ん中に変化が起きる。


「何だって――」

 荒れたコンクリートの真ん中に明らかに災害後に敷設された鉄の床面が設けられているのは遠目に見えていた。

 その床が割れるように動き、中から灰色の固定砲台が競り上がってきたのだ。鈍色に輝く砲身が剣人達に照準を向けた


「ここにもいるのかよ!」

 前方の戦闘二輪はすぐに人型形態に可変。砲台に取り付き手にした近接兵器――メイス状の装備で砲台を殴りつける。

 何度か殴りつける度に砲身は曲がり一旦離脱、タイミングよく到着したサベージの放ったミサイルで無力化。


「よし、進め!」

 戦闘は尚も続いていく。

 飛行偵察ドローンが先行し、敵の反応を確認――即座にフィードバックされた位置情報に従い戦闘二輪部隊が先手をかける。

 住宅地に潜伏していた旧式の大型兵器は次々と潰されていく。

 時折、生身の兵士が投降のサインを上げながら家屋から転がり出して来るのを剣人は見た。頼みの綱の歩行兵器やドローンを潰されては対抗できないのを知っているからだ。

 生身の人間が扱う小火器では鋼鉄の機動兵器や、量子タービンのエネルギー力場で覆われた戦闘二輪にダメージは通らない。

 こうして県区合同軍は圧倒的優位を保ちながら侵攻を続けていった。


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