東京県区にて。
現在進行形でより読みやすいように改稿ちう。
指摘あれば感想欄から気軽にコメントして、どうぞ。
燻る硝煙と土の匂いが広がっている。
空に浮いた巨大な日輪からは熱光が降り注ぎ、崩れ落ちたアスファルトを熱気で溶かさんとしていた。
既に人の営みが消えて久しいボロボロの国道沿い。その真ん中に戦車が静止していた。
ハッチから上半身を乗り出しているのは、この戦車の車長だった。皺が目立つ初老の男。浅黒い肌は彼の長い戦歴を如実に現している。
男は辺りを一望した所で双眼鏡から目を離した。
彼が乗るモスグリーンの二〇(フタマル)式戦車の隣には、二両の味方車両が控えていた。
どちらも藤色と灰から成る市街地迷彩で、デザインは凹凸が極力排除され、のっぺりとしている。
それも当然、これらの戦車には人が乗っていない。機構が大きく簡略化されたドローンなのだ。
彼は、それら無人の味方車両を見て溜息をつく。
「さて、やるか」
男の顔が引き締まり、戦車隊は砲塔をゆっくりと上に傾け始めた。
「――!」
上げていた手を一気に振り下ろす。
その合図でドローン二両の主砲が火を放った。轟音が埃塗れの大気を撃ち破る。
その後も数秒間隔で放たれる砲火。
車長を務める男は双眼鏡を再び取り出すが、土煙が充満して彼方まで見渡す事は出来ない。
そして、砲火が止んだ煙の中から、蜂の羽音のようなものが響き始めた。
「来たか!」
男の合図で三両の戦車隊は後退を始める。
後退しつつ、ドローン戦車が砲撃を再開。居並ぶ信号機標識電柱、ハイウェイのフェンス、その他諸々の朽ちた人工物を吹き飛ばしていく。
煙が晴れた先から足音の主がいよいよその姿を現す。
低いモーター音に重なるのは地響き。二本の足で器用に走り回る巨大な機械。
その足は太古に闊歩していた恐鳥のようだが、頭部は無い。
足の上にコンテナが乗っかっているような形をしている。
直後、角ばった胴体部から大口径の機銃が放たれる。
戦車隊は尚も後退、住宅街に侵入する。追撃者を撒こうとしているのだろうか。
男の乗るモスグリーンの戦車はコンビニの駐車場を曲がって停止。他の無人車もその近くの物陰を見つけて停止した。
静寂がしばらくの間支配し、再び近づく地響き。
今度は軽快な走行音ではない。獲物を探るようなゆっくりとした足取り。
二機の恐鳥兵器がキョロキョロと見回すたび、胴体部のカメラユニットが収縮する奇妙な音が聞こえた。
「さて、と」
――その様子をバイクに乗りながら窺う者がいた。
二○式戦車の真向かいに同じように身を潜めるバイク。黄色のフルカウルスポーツタイプの車体だった。
「よしっ、行け――」
ヘルメット越しにくぐもった少女の声。
それと同時に小さな無人飛行機達が追撃者に向かっていく。
円盤の頂点にカメラユニットを搭載した姿はまるでUFOだ。
この目玉付きの無人機は的確に敵の情報を送信し続けてくれる。
少女は、バイクのメーター上に浮かび上がったホログラムのタッチパネルを手際よく操作していく。
少女は無人機カメラの映像をヘルメット内に投影されたHUD越しに見ながら、指示を飛ばす。
「三号車、サベージを誘導して。起爆ポイントまであと少しなの」
その合図で少女のすぐ傍に停まっていたドローン戦車の一台が動き出す。車両前面部のセンサーアイが赤く瞬き、ゆっくりと動き出す。
履帯が段差を越え、軋むようなキャタピラ音が静寂を割っていく。
姿を現したドローン戦車を視認した恐鳥兵器――無人歩行兵器サベージ。
そのまま前進。もう一機のサベージも追従するように動き出し、戦車を追い始める。
対する無人戦車は応戦。轟音と共に榴弾が発射される。
しかし、難なく身をかわしたサベージは小走りで戦車に詰める。無人戦車の再装填は間に合いそうに無かった。
両者の距離はますます縮まり――
「ぽちっとな」
タイミングを見計らって、少女はハンドル部に据え付けられたボタンを押し込んだ。
瞬間、破裂音がサベージ二機の周りで巻き起こる。予め仕掛けられた爆薬が炸裂したのだ。
「敵歩行機。二機撃破を確認。ポイント加算お願いね」
弾むような声で通信を入れるとバイクを発進させる。
鉄塊に成り果てたサベージには目も暮れずギアを上げ加速。
そこら中で瓦礫が飛散していて、従来のバイクならば走るには難しい悪路だ。
それでも少女が駆る黄色いフルカウルは猛然と進んでいく。
後輪から迸る緑色の輝き。光塵が障害物を破砕し、更に車体の加速を助けているのだ。
「このエリアの歩行機は粗方潰した。行くわよ!」
少女は意気揚々とスロットルを煽り込んだ。
暗い管制室。廃都市で行われている戦闘を監視している者達がいた。
端末と一体化した多数の座席と、中央には巨大なモニター。
その管制室の頂点に赤縁眼鏡の若い女が立っていた。
耳に引っかけたヘッドセットを窮屈そうに弄くりながら栗色のロングヘアをはためかせる。その毛先は緩やかにカールを帯びていて煌めいていた。
短い丈のジャケットの下はワイシャツ。オフィスレディのようなタイトスカートを履いているものの、その着こなしはだらしない。何とも退廃的な印象を受ける。
管制室にこんな格好の女がいるだけで異質だ。しかし、周りの者達は目も暮れず作業に明け暮れている。
巨大なモニターには搭乗者のバイタル状態が秒単位で更新、モニタリングされている。マップには赤と青の光点が動き回っており、時々その中で動きを止めたり消失する光点もあった。
「ドローン戦車残り1」
「東部エリア、ウィルム4のポイント加算を確認……処理します」
「旧市街区、偵察車両部隊との通信が途絶しました」
戦況報告に明け暮れるオペレーター達。
「偵察部隊の替えはもう無いのよ……これじゃ赤字ね」
女は苦虫を噛むような表情を浮かべる。
瞬間、薄暗い青で染められた管制室に赤い電光が走った。けたたましく耳朶を打ちつけるのは警報音だ。
「何、何なの!?」
「ポイントアルファに未確認機接近」
「敵の増援!?」
「いえ……これは! アンノウン、急速に接近」
管制官が叫ぶ。
「ウソでしょう!」
素っ頓狂な声を上げた女に臆することなく、管制官は端末を操作する。
マップの端から黄色い光点が一つ、接近を続けていた。
不明機を表す『UNKNOWN』の表示がされている。
「衛星からの映像を見る限りはバイクと思われますが……」
「民間機の侵入は認められてないわ。すぐに運営に通達して判断を仰いで」
女は顔にかけたワイヤレスマイクを掴んで叫ぶ。
「こちら管制室、聞こえる? ウィルム1……アキ!」
返事は無い。
ふう、と溜息一つ。
苛立った心を鎮め、もう一度呼びかける。
「こちら京都県区軍司令部、鷲宮円加よ」
「――何だよ」
ようやく返ってきたのは面倒くさそうな男の声。円加は続ける。
「貴方の戦区に不明機が侵入した。コードイレギュラーを申請しているけど万が一敵機だったら撃ってくるかも……注意して!」
しかし、男からの返答は無い。
「もう……知らないんだから!」
円加はヘッドセットを外すと、床に向けて叩きつけた。