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約束

 フィオナのお腹がようやく膨れ、店を出るのを許された頃には空は宵闇に染まりつつあった。

 剣人の腹は今にも背中とくっつきそうだ。結局フィオナに奢るだけで剣人自身はコーラしか飲んでいない。

 せっかくの休暇の大半をハンバーガー屋で過ごしてしまった訳だが、不思議と悪い気はしなかった。

 だが、この一期一会も日没と共に終わりを告げるのだろうと思うと切ない気がする。

 

 そんな事を考えながら、剣人は今、フィオナと共にテラリウム外縁部の壁上通路を歩いていた。

 下の道路ではひっきりなしに自動車が行き交っているが、この場所は完全に歩行者用の区画だ。

 テラリウムを縁取る様に造られた通路はメンテナンス区画へ通じる役目も担っていて、見上げればあちこちで鉄柱や連絡通路が組まれている。

 それらは見栄え良くする為の造詣が凝らされていて、さながら中世ヨーロッパのカテドラルを縁取る骨組のようだ。


 見上げた鉄骨の隙間。そこから覗く透過防壁の空は赤紫色の煌きに満ちていた。

 程よく暖かい夜風はテラリウムの気温を調節しているシステムによる物なのだ。

 温度のせいか、湿度の感触のせいかは分からないが心だけあの頃にトリップするような感覚になる。

 視点を下げるとテラリウム外へ続く線路も見える。

 ゲートを抜けて郊外、そして他のテラリウムやギガフロートへと続くレールだ。

 不意に、昼に公園で見た夢が脳裏をよぎる。


「この線路を見てると思い出すんだ」

「?」

 横で一緒にテラリウムの街並みを見ていたフィオナが剣人を見上げる。


「俺がフィオナよりもずっと幼かった頃の話さ。今と同じようにこんな風に列車を見ていた。ガタンゴトンって音をさせて汽車はずっと向こうの町に行ってしまった。その荷台には戦車が何十台も積まれていたよ」

 フィオナは何も答えない。


「母さんから聞いた。戦車を載せた貨物列車はずっと遠く西の地に運ばれるんだって。でもその時の俺はあの戦争が何で起こったのかも、そもそも戦争が何であるのかすら、何も分かってなかったんだ……」

「仕方ないわよ。紛争地域の子供ならともかく、何も知らない子供に戦争がどんなものかなんて知る由がないわ。増してこの国は郊外戦争が始まるまで戦争なんて海の向こうの話だったんでしょ?」

 フィオナは博識めいた口調で剣人を宥める。

 が、剣人は高ぶりを抑えられない。手すりを握り締めながら呻く。


「俺は……あの頃はただ裸の貨車に載せられた戦車の群れがかっこいいなってくらいにしか思ってなかった。荷台に積まれた戦車達が向かった先で何をするかなんてどうでも良かったんだ。それなのに今の俺は郊外戦争の当事者だ……クソッ」

「……日本はまだ恵まれているわ」

「えっ」

 フィオナは手すりにもたれながら剣人を見つめる。


「日本は第三次大戦では派兵だけで済んだ。でも、アメリカやヨーロッパは最悪、今でも酷いものよ。でもこの国はとても綺麗ね。ケント」

 そりゃ日本は郊外戦争で十二分に潤っているからな。そう言いたかったがフィオナの母国の内情を考えると言い切れない剣人。

 かつての先進国であるフランスは第三次世界大戦で最貧国に甘んじているのが現状だ。

 ヨーロッパの多くの国々は日本のようにテラリウムがあちこちに作られた訳では無い。どこもぎゅうぎゅうに詰め込まれていて富裕層の間でも不満が高まっている。その中でもあぶれた労働者達を中心とした治安の悪化は大きな問題となっていた。

 その点、渋谷テラリウムは綺麗な街だ。例え表面的な物であって、郊外戦争に身を置かざるを得ない者が多くいるとしても、見せかけの平和は保たれている。

 そして、多くの人々はそんな見せかけの平和を何も考えず享受する事で平静を保っていられる。

 このテラリウムというシステムを維持する為に棄てられた外の世界がどうなるかなど、大部分の若者は考えた事もないだろう。


「ここはクソだ。綺麗に着飾られたクソみたいな街だ。でも君はこんな所でもマシだって言いたいのか?」

「そうよ。今この瞬間が切り取った絵画かスチール写真のように静止していつまでも続けばいいのに――そう思わない?」

 純真無垢な少女の質問。剣人はそれに答えてはいけない気がした。

 フィオナは達観している。それがフィオナ・ブランシェと言う少女を見て剣人が抱いた第一印象だった。

 だが、その歳の頃に比べ遥かに落ち着き払った振る舞いにはそれなりの理由があるのだ。彼女が幼年兵として過ごしてきた過去が嫌と言うほど証明しているのだろう。

 そう考えると、ぬくぬくと育ち、甘い考えで招いた過ちによって今の事態に陥った剣人は彼女に負い目を感じずにはいられない。

 剣人が暫くの間複雑な表情を浮かべていると、


「じゃあ私はそろそろ帰るわ。クライアントから召集がかかったみたいなの」

 そう言ってフィオナが取り出した携帯端末は着信のLEDが明滅していた。


「全く君って子は……」

「え?」

 剣人の言葉にフィオナは振り向く。


「俺の事、大人だなんて微塵も思ってないだろう? 俺は君みたいな女の子にどうしようもない世の中の愚痴ばかり言ってたんだぞ」

 苦笑気味に呟く剣人を見て怪訝そうな表情を浮かべるフィオナ。


「何を以って大人だというの? それに貴方の言う世界は――何人の大人と呼べる人間がいるの?」

 これまでのフィオナ通りの、どこか斜に構えた発言だった。


「哲学的なんだな……俺にはそんな事分からないよ」

「そう」

 そして、二人は夕闇包まれる中で見つめ合う。


「最後に良いかな?」

 もうこのまま別れれば二度と会うことは無いだろう。そう思った剣人は意を決してフィオナに問いかけてみる。

「何かしら」

 剣人は郊外戦争の事なんだが、と付け加えた上で問いかける。


「フィオナの所属はどこなんだ?」

 その瞬間、テラリウム内の予定プログラムに沿ったそよ風が二人に吹き付ける。

 フィオナは金色に輝く髪を風で乱しながら剣人を凝視する。


「何でそんな事聞くの?」

 理解できないという様子だが剣人は退かない。

「互いに知っておいた方が今後やりやすいだろう」

「そうかしら? 伏せておいた方がお互いの為だと思うけど」

 剣人の提案にフィオナは芳しく無い表情を浮かべる。


「ダメかい? でも、知らずに今後の戦いでもし出会ったら……」

「怖いの? 奢ってくれたからって容赦はしないわよ。勝負は勝負。ハンバーガーはハンバーガー」

「はは」

「なら貴方の所属は何処なの? 言いだしっぺの法則よ」

 難しい日本語を知っているなと剣人は感心しつつ、


「俺は……京都県区軍だ。ここから西の郊外に停泊している陸上艦は知ってるだろ? それが俺の母艦ジャガーノートだ」

「え」

 その瞬間、フィオナの表情が強張るのを剣人は見逃さない。

「俺何かマズイ事言ったか?」

 フィオナは小さく息を吸い込み呼吸を止めた。

 そこから決意したように一言、

「私は青森県区軍よ。沿岸の品川フロートに戦艦が待機してる、そこが私の寝床」

 再び風がそよぐ。

 空調で無理やり脚色された生暖かい風だ。

 剣人は絶句していた。

 青森県区は、円加から聞いていた次の相手の名前だったからだ。

 まさか今日たまたま出会ったフィオナが兵士で、しかも青森県区の所属だったなんて。

 こういう偶然があるものだろうか。


「そうか。まさか相手同士だったとはな」

「ノン。珍しくもなんとも無い。今この東京に常駐してる県区の派遣軍はそんなに無いし。もう郊外戦争も佳境だって聞いたわ。ここと、あと大阪でやってる軍隊との勝ち残りでとりあえず今後数年にわたる優先権が決まるって」

「ああ、言ってたな。そういや」

 剣人がジャガーノートに配属されてすぐ受けたガイダンスを思い出す。


「ところでケント」

「なんだいフィオナ」

「私は青森代表として、次の戦争。真剣勝負を申し込むわ」

 そして右手が差し伸べられる。小さな雪のように白い手。剣人は迷わず握り返した。


「……こっちこそ。望むところだ!」

 小さな手と大きな手。握手がなされた。

 決してスポーツの試合なんかではない――戦争だ。

 それなのに交わされた握手はとても暖かかった。

 まるで互いの健闘を讃えあうような……そうさせたのは剣人のある種の予言めいた確信だった。

 フィオナは前線には恐らく出てこないという確信が剣人にはあった。

 年少の兵士は体力面で大きく成人には劣る。大抵がドローン使いだ。

 ドローン兵器の台頭は戦争を一気にゲーム感覚の延長上の物に変えていった。実際、この手の兵科はどんどん低年齢化しているのだ。

 だが、彼女は恐らく本気で来る。ドローンだろうが操作する側のフィオナは決して容赦しないだろう。

 一歩間違えれば剣人は命を落とす。

 今日の邂逅でフィオナが持つ覚悟の強さをひしひしと感じていた。彼女もまた剣人と同じ明日食いつないでいく為にこの仕事をしているのだから。

 県と県の威信をかけた郊外戦争は、その戦場に全てをかける者同士の意地と意地のぶつかり合いでもある。

 フィオナがどんなに手ごわいだろうが試合には勝つ!

 過ぎ去っていくフィオナの小さな背中を見ながら剣人は拳を握り締めた。


「ん?」

 その瞬間、突然鳴り出す電話の呼び出し音。


『剣人君? 今どこにいるの?』

 電話の主は鷲宮円加だった。


「え、渋谷だけど」

『すぐ戻って! 大切なブリーフィングがあるの!』

 そして、電話は一方的に切られた。


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