モジュールアーミー
「そんなこんなで、内戦が一段落ついたら上の辞令に従って東京まで来たってことなの」
驚くべきことに少女は傭兵派遣会社所属のモジュールアーミーだった。
あらゆる戦術を幼少期から叩きこまれてきたのだと言う。幼
だがフィオナは涼しい顔だ。バニラシェークをストローで上品に啜っている。
話が一時中断した所でテーブルの上を見る。トレーにはベーコンレタスハンバーガー、それにラージサイズのフライドポテト。
とてもじゃないがそれらを食べながら聞けるような軽い話では無かった。少なくともファストフードの店でする会話では無い。
「すごいよ……フィオナは」
テーブルの上で重々しく両の拳を組ませながら、剣人は俯いた。
「どこが? 小さな頃から必要な事だけを効率よく詰め込まれるトレーニングメニューよ。私の場合は直接銃を撃つようなソルジャーじゃなく兵器の操作だし」
フィオナはポテトを一本摘んで遊ばせながら上品に口に放り込む。
彼女の話しぶりでは相当場数をこなして来たらしい。それに伴う実績も十二分に感じる。
たった14歳のごく普通の少女。しかし、裏では郊外戦争に明け暮れている。
法に従って殺傷行為を間接的に行っているとは言え、ここまで戦闘行為そのものに特化しているとどうも薄ら寒さを覚える。
「感情を捨てて戦闘単位になりきるの。戦車でも戦二でもドローンでも、敵とエンゲージした瞬間自分と言う存在を捨て去れば兵器として効率的に動けるのよ」
自身を兵器だと簡単に言ってのけるフィオナ。しかし、それに対する剣人の表情はどこか悲しげだった。
剣人の場合、幼い頃は多くの日本人と同じように小さな幸せに囲まれ過ごす事が出来た。
しかし、フィオナは物心ついた頃からこの世界の郊外戦争と言う名のシステムに組み込まれていたのだ。人が人として生きていける事は国連でも謳われる人類の共通の理念の筈だと言うのに。
建前と本音があまりにも乖離している世界。剣人はそれを知っているが故に少女から次々と飛び出す言葉が棘のように心に刺さっていくのを感じていた。
「手も足も全て機械にささげて心はそれをコントロールするシステムだけに特化させるの。そうすれば大体上手くいくわ。今までもそうしてきた」
優しい響きの声音で余りにも冷酷無比な事を言ってのけるフィオナ。
そう言いつつ二個目のバーガーに手を伸ばす。その手つきが妙に緩慢で、これまで話してきた内容からかけ離れていて剣人の心を幾分か楽にさせる。
「それ俺のだぞ」
剣人の指摘にぴくりと動きを止めるフィオナ。次いでジトっとした目で不満げに呟く。
「……ケチ」
「俺の月給幾らだと思ってる?」
「そんなに稼いでないの? 一戦すればだいぶ凌げるでしょ?」
その報酬はバリウスの修理に充てられたんだ――なんてことは口を裂けても言えない。
郊外戦争は県と県、それぞれと契約関係にある国家間の代理戦争だ。
決して外部には漏れ出させる事の出来ない守秘事項が幾つかある。その中でも郊外戦争関係の情報は特に重要だ。己が戦力の露呈は郊外戦争と言う勝ち残り戦で大きなハンデとなりうるからだ。
例え少女でもおいそれと情報を流す訳には行かない。だから剣人はしどろもどろに返答を窮している。
「まあいいわ」
ぼやきながら、フィオナはシェークを一口した後で、
「ならアップルパイも追加で頼むわね」
「新手の恐喝だぁ」
剣人は思わず悲痛な叫びを上げたのだった。
真新しいトレーにはアップルパイがポツンと置かれている。
「ありがとう」
フィオナはパイを受け取ると幸せそうな顔で頬張る。
「これから先、君はどうするんだ? 死ぬ可能性だってあるんだぞ」
「貴方は死ぬのが怖いの?」
フィオナはパイを食べ終わった口を拭きながら剣人を一瞥する。それは決して皮肉ではない。また、死を恐れる剣人を見下す様子でもない。
心底不思議だと言わんばかりの無表情だった。
「俺は失う物なんてもう命くらいしかないんだ」
剣人には所帯は無い。特別大切だと思える存在もいない。
他の多くの人間がテラリウムで真っ当な職にありつき統合企業体の恩恵に預かり幸せな家庭で生きている中、剣人は希薄な人間関係のまま自分自身を延命させる為だけに生きてきた。
初戦で戦車の砲撃を受け飛びかけた意識が必死に呼び戻る最中、剣人の心を掠めたのは死の恐怖などでは無かった。
あの時の剣人にとってこの世界を諦めるのは簡単だったのだ。ただし、
「嫌だった――」
その後、剣人のいない世界が何事も無かったかのように動き出す事だけは腹が立つと思った。だからこそ意地になって生きようともがくのが桐柄剣人の行動の原動力だったのだ。
「死ぬのが怖いのは痛いから。という理由だけではないということね? あなたの場合は」
「……ああそうだ。俺はこの世界で何時までも這いつくばり続けるのはウンザリだ。だからモジュールアーミーに志願した。いつか見返してやる為に。君の場合はどうなんだ?」
「私は死なない。今もこれからもただ戦場に在り続けるだけ」
そう言って見据える瞳はどこまでも青く透き通っている。
「そうか……そうだよな。君の場合は」
剣人は一人納得する。やはり彼女は子供だ。
剣人のように生身で戦場を経験した者から出る言葉では無いと。
一方のフィオナはいい加減この手の話は飽きたと言いたげに溜息をしながら、
「それよりここのハンバーガーなんだけど」
露骨に話題を捻じ曲げる。
「どうした?」
「おいしいけど本場には負けるわね」
「アメリカの?」
「ウィ」
剣人の辛気臭い顔から初めて笑みが零れた。
「何だよそれ、君はフランス人だろう」
「アメリカにも行っていた時期があったのよ」
フィオナはムッとしながらハンバーガーを一口頬張る。
「アメリカなんてもう内部分裂して荒廃した落ち目の国よ。環太平洋連合なんて謳っていても所詮寄せ集め。そういう意味ではハンバーガーというジャンクフードの本場としては相応しいかも。いろいろまぜこぜになっているし」
そう言ってバンズをめくり、中に挟まれたハンバーグやらレタスやらトマトの輪切りやらを数えている。
それを見ていた剣人は思わずにやついてしまう。妙に饒舌にハンバーガーとアメリカ連合を語り比べるフィオナがおかしく見えたからだ。
「君は変わってるね」
小首を傾げるフィオナ。
「ノン。意味が分からない」
「戦場が日常なのにふと食べるハンバーガーにそこまでこだわれるなあってさ。俺はこの仕事を契約期間満了するまで気が落ち着かない。今日だって休暇なのにずっとそわそわしていてさ。君みたいな余裕は無いんだ」
羽根休めとして訪れた歓楽テラリウム『渋谷』だが、剣人は目的も無く街をぶらついていた。特にやりたい事も無く、何となく行動し時間が過ぎるのを待つだけの自分。
それに対しフィオナは戦場に自身を見出し、ハンバーガー一つに熱くなれる余裕がある。
上手くオンオフを切り替えながら生きている。剣人はそれがひたすら羨ましく思えた。
優しい笑みを浮かべながら、真向かいに座る少女――フィオナがレタスバーガーを頬張る姿を眺める。
ひと時の安らぎ、剣人にとって少なくとも今だけはと言える束の間の安らぎだ。
不意にフィオナが思い起こしたように俯き加減に呟く。
「ねえ。さっきからトレーに敷かれてる広告が気になるのだけど……やっぱりこのハンバーガーも食べたいわ」
「えぇ……」
「買って頂戴、ケント」
まだ食うのかよ……
バニラシェーク、ラージサイズのフライドポテトにアップルパイ、そしてレタスバーガー。尚も喰い足りないとフィオナは主張する。
予想もしていなかったおかわり要求に剣人は天を仰いだ。




