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フィオナ・ブランシュ

 開口一番に突っ込まれたくない恥ずかしい指摘を容赦なく突きつけてくる少女。

 剣人は大人げなく反論する。


「……泣いてないからな?」

 一応、剣人はもう二十代も半ばに入ろうとしている大人だ。

 それなのに年端もいかない幼女にバカにされたようで必死に否定にかかる。


「嘘」

 だが少女は鋭い。即座に否定し返す様はまるで検事だ。


「大体、私は貴方がいびきをかいてる時からここにいたし」

「げ……」

「いびきかきながら鼻提灯膨らませて涎垂れてたけど?」

 ずばずばと指摘してくる少女。


「え、マジ?」

「マジよ」

 こくんと頷きながら少女は立ち上がる。


「貴方が寝ている間にスリに合わないように見張ってたんだけど、一応」

 そして年頃の少女らしく、自身がした善行を誇るようにえっへんと胸を張る仕草をしてみせた。

 まな板のような少女の胸を目の当たりにした剣人はそらぞらしい作り笑いを浮かべた。


「お、おう。ありがとうな。じゃあな」

 これで一件落着。剣人はベンチから立ち上がり去ろうとするのだが、


「……ダメ」

 少女はあろうことか剣人のシャツの裾を掴んで離さない。


「お、おう? どうした。今度は何だよ? もしかして迷子なのか?」

「違うわ。お礼もらってないから――」


「見返りを求めた親切ならしない方がお互いの為なんだぞ。嬢ちゃん」

 ふう、と息をつきながら、剣人は少女の目線まで腰を屈めて諭す。

 だが、少女はブルーの瞳で剣人を牽制するように見つめ続ける。その視線に先程まで見えた無感情さは微塵も無い。何か含みのある、これは陰謀を抱いた目だと悟った途端。


「なら簡単。私がここで悲鳴をあげたら貴方はそんな事言っていられなくなる」

「恐喝かよ!?」

 剣人は思わず後ずさる。


「マジかよ……行儀の良いお嬢ちゃんだと思ってたらとんでもないガキだな」

「マジよ。あと……」

 少女はくるんと回り背中を向けながら剣人を横目で睨みつける。


「私は『お嬢ちゃん』じゃないわ。貴方にも名前があるようにね」

 名乗れってのか?

 剣人は仕方ないなと首の後ろを掻きながら、


「桐柄剣人だよ」

 少女は『そう』とだけ呟き間を置く。しかし、その目は好奇心に染まっている。

 もったいぶった調子でぱちぱちと瞬きながら目配せを向けてくる。会話の続きを要求しているのだ。

 剣人はわかったよと毒づきながら彼女が待っているであろう質問をぶつける。


「じゃあ、そう言う嬢ちゃんの名前は?」

 待ってましたと言わんばかりにゆっくり口の端に笑みを浮かべる少女。

 もったいぶったようにフリルの裾をつまみながら


「フィオナ。フィオナ・ブランシュよ、ケント。チナミに南フランス共和国出身」

 すっとお辞儀をして自己紹介してみせる。

 その仕草は育ちの良さが垣間見える。金持ちの娘なのかもしれない。


「で、何でここに来たんだ? ここ結構治安悪いんだぞ。子供一人で歩くのはやめとけよ」

「心配してくれるのねケント」

 ふふふと笑う口許を隠すフィオナ。

 少し逡巡してから呟く。


「ここにはそうね……トウキョウにいる内にいろんな街を見ておこうと思って」





 剣人はフィオナを連れて渋谷の大通りを歩く。

 フィオナ曰く、彼女の求めるお礼がこの先にあるのだと言う。

 端末上に浮かんだホログラムマップを楽しそうにスワイプしながら歩く少女。ちらりと隣を見ながら剣人は話しかける。


「さっきはこの町を見に来たと言っていたけど……」

「ええ」

 フィオナは操作に夢中で傍らの剣人には見向きもしない。時折、指で摘み上げるようにめぼしい店の情報をピックアップしている。

 どれもティーン向けファッションブランドの有名店だ。この辺は年頃の少女らしさも持っている。


渋谷(ここ)はどんな感想?」

「普通。思いの外ね。もっと殺伐としているとばかり。日本人はそれぞれ自分の立場を良く知っている民族なんだなって思ってたんだけどね」

 自分の立場を知っている?

 日本人である剣人にはフィオナの言いたい事がよく分からない。そんな、言葉に詰まる剣人を察したのか少女は小さく溜息をついた。


「ここが南フランスならあちこちで略奪暴動よ。それなのに日本人は皆秩序を守って生きているんだなって」

 一瞬彼女の答えの意味が分からなかった剣人だが、道の端でうずくまる者達を見て納得する。餓えた犬の目、ボロのような布きれのような袖は途中で破けていて節くれだった腕が露出している……浮浪者だ。

 渋谷テラリウムは屈指の歓楽街だがその日限りの仕事も多く、ワケ有りの者は日雇いの仕事に就いている。

 その賃金はちっぽけで、しかも酷いピン跳ねが横行しているとの噂も聞く。

 だが、それをいちいち指摘すると仕事の依頼が来なくなるので、彼らの多くは不条理を飲みこみながらも誰もやりたがらない仕事で食い繋いでいる。

 そんな彼らが暴動を起こさないのは牙を抜かれ漫然と従うような社会システムが出来上がってしまったからなのだろうか。


「成程ね――確かに日本人はアグレッシブさに欠けるかもな」

 理由はそれだけではない。この国の国民性も大きく関係しているのだとフィオナは言いたいのだろう。

 事実、大異変後世界各地で頻発した政変はここ日本でも例外なく起きたが、終始テレビの中の議場の茶番で終わっている。

 他国に目を向ければ、フィオナの出身国フランスやアメリカのように国家が分裂したり、統合の名の下に小国を大国が併合してしまったり様々な事案が発生している。

 日本の場合は、各都道府県の自治体による連合国家特区として()()()に再編された。

 そして、剣人が物心ついた頃、郊外戦争と言う限られたリソースの争奪戦が始まったのだ。

 その開戦の演説で当時の総理大臣は世界に向けて日本の目覚しい復興と躍進をアピールしていた。

  だが、その一方で様々な理由でテラリウムを追い出された者達の多くは人体に有害な紫外線が注ぐ野山や廃棄都市で今も暮らしている。

 そのリアルな情勢を良く知っているからこそ剣人は頭を振る。


「違う。ここは傘の下だから平和に見えるだけさ。郊外なんて無法地帯だからね……って君の国はテラリウムの中も治安が悪いのか?」

「ウィ。フランスはテラリウムが日本ほど快適じゃないってのもあるかも。反動勢力がテラリウム一個丸ごと占拠した事だってあるわ」

「すまん。世界情勢はサッパリなんだ」

 フィオナはそこまで言って初めて、端末から剣人に視線をシフトさせる。眉間に皺を寄せながらあからさまに不機嫌な顔だ。


「ニュースは見なきゃダメよ。貴方大人でしょ?」

「ご、ごめん……もっと勉強するわ」

 フィオナはそれを聞いてコホンと咳払いして仕切り直す。


「それにしても日本人は自分の役割を知って生きている。下位の人間は上位の人間に不満一つ言わずに奴隷のように従う。自分の意志を殺して集団の為に生きる様はまるで蟻ね」

「蟻か……フィオナは結構年齢の割りに達観してるんだな」

 それまで饒舌に話していたフィオナが口ごもる。


「タッカン?」

「え……?」

 微妙にアクセントが違うその言葉に剣人が一瞬間を置く。


「ノン。難しい日本語は知らない。あと私は14歳」

「マジかよ」

「マジよ」

 歳よりずっと幼く見えるぞ、と言おうとするが何とか堪える。

 この大通りでフィオナの意にそぐわない事を口走るのはあまり賢くない。機嫌を損ねたフィオナが叫んだりでもしたら――その瞬間剣人はロリコン変態の犯罪者だ。テラリウム地下の収容施設にぶちこまれてしまうだろう。

 そうならないように剣人は考える。


「うーん」

 一見ペラペラ会話できているようで分からない日本語もあるようだ。

 一応大学では教育学部に在籍していた過去を持つ剣人はフランス人のフィオナにも分かりやすく教えようと努める。


「大人びてるって言えばいいのか? でも、その歳でそこまで考えて物事を言い切れる人はいないよ。フィオナは大人だな」

「オトナ……」

 にこりと頬を緩ませ赤らめるフィオナ。大人と言う言葉が嬉しいらしい。

 少なくとも誉められているという事は分かっているのは間違いない。

 それを見て剣人からも自然にほっこり笑みが零れた。




 少女はこのカーストにまみれた街をどこか達観して見ている。剣人はそう思いながら少女を連れ添い歩く。

 そして、街の中心に聳えるタワーマンションを更に巨大化させたような建造物――テラリウムの傘の軸でもあるメインシャフトを仰ぎ見た。

 透過防護壁まで伸びる複数の枝が全てその柱から生えている。大小様々な枝をめぐらせテラリウムという一つの世界を形作る光景はさながら北欧神話の世界樹ユグドラシルだ。

 シャフト周囲にはこの街の支配者層の多くの富裕層が居住している。街の根幹を成す機能が集約されているだけでなく高級マンションの役目も果たしているのだ。

 その一方、柱の根元にはあちこちから集うあぶれ者達、その構図が剣人を言いようになく落ち込ませる。

「君はまだ14歳だ。俺よりずっと若い。うらやましいよ」

「ノン。その言葉の意図が理解できない」

 剣人が溜息混じりに呟いた一言は少女が理解するにはあまりに多くの事を含みすぎていたようだ。


「うーん。俺じゃ、もうこの世界の立ち位置は決まってる。それなのに現状を受け入れられずに生きてる。でも、君はまだ未来が末広がりに選択肢が溢れているんだ……そのつまり」

「何が言いたいか分からない。もっと分かりやすく」

 剣人は全てを見通すような透き通った青い瞳に見つめられ続きに困る。


「……羨ましいってこと! 俺なんかもうダメだよ」

 剣人はがっくりと肩を落としうなだれる。

 そこにフィオナが覗き込むように顔を近づける。


「貴方は何の仕事をしているの? ニート?」

「ニート!? まあそんな時期もあったけど……で、でも今は違うし!」

「ふーん。じゃあ働き者のケントは今は何をしてるの?」

 よくぞ聞いてくれましたと剣人が頷く。


「今は郊外戦争の契約兵士――モジュールアーミーさ。この街の遥か外、郊外でやってるドンパチで飯を食ってる」

 期間契約の兵士だと告げた瞬間、ほんの一瞬だけフィオナの目が見開いた。だが剣人は気づかない。そのまま続ける。


「けど、俺なんかもうダメだろうな。このまま使い潰されてどこかで死ぬだけ。だからまだまだいろんな仕事を選べる君がとても羨ましいのさ」

「ノン……ウィ。それなら私も同じ」

「?」

 剣人は訝しげにフィオナを見返す。

 剣人を見据える青い瞳ははっきりと焦点が定まっている。


「どういう事だよ……」

「私もソルジャー。郊外戦争で糧を得ているソルジャー」

「な」

 一瞬何を言っているのか理解できない剣人がどもる。

 二人はしばし立ち止まり見つめあう。周囲の通行人は二人を避けながら怪訝そうな顔を浮かべていたが、剣人はそんな衆目など最早気にならなかった。


 こんな女の子が?

 目の前の少女フィオナがこの郊外戦争の兵士だという事で頭が一杯だった。

 だが、剣人を尻目にフィオナは落ち着いた素振りだ。

 くいと裾を引っ張られハッとする剣人にフィオナは、


「自分の力の限界に悩む兵士は多い。目的地に着いたしアドバイスしてあげる」

 そう言って指差す先にはハンバーガーショップ。


「大切なお話をするには立ち話では難しい。つまり」

「つまり……?」

 コクンとフィオナが頷く。


「それは奢れと?」

「ウィ」


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