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11〜20

どんな約束もどんな謝罪も、あなたにとっては食事と排泄と同じ価値しかないのだと気付いたのは、幸福だったのか不幸だったのか。気付かなければ私はまだ笑っていられたのだろうか。いっそのこと開き直ればいいのに、私を嫌えばいいのに。なら私も堂々とあなたを嫌いになれるのに。­


どうして僕はこんなにも不真面目で、大切だったものを傷付けているのだろう。食事をして排泄をするのと同じように、息を吸って嘘を吐く。偽善だらけの暮らしの中で彼女の笑顔が胸に刺さる。辞めなければいけないのは分かっている。でも、と言い訳して今は甘い砂糖水に浸からせて。



そういう人だと分かっていた。それでもあなたの隣を手に入れられるなら、それで満足できるはずだった。欲望は留まるところを知らない。次から次へと滝のように絶望へと落下していく。手懐けられない野生動物との暮らしにも似た緊張感と焦燥感で育てた愛に、蝕まれてく心が痛かった。


凶暴な欲望を止めることなどできる訳がない。俺は俺自身の奴隷だ。それに輪をかけるようにあいつの瞳は俺の嗜虐心を刺激する。だからあいつが悪い。こんなにも傷付けられても雨に濡れて震える仔犬のような眼で縋るあいつが。寒いなら温かさを求めればいいのだ。俺は今日も夜を抱く。



玄関の扉を開けるとむわっとした変に懐かしい匂いがした。揚げ物の匂い。リビングのテーブルにはラップに包まれた皿、鎮座するのはコロッケだ。いつだったか僕が美味しいと褒めちぎった君のコロッケ。はにかんだ君は可愛かった。眠る背中を眺めて胸が痛む。ゴミ箱が皿を飲み込んだ。



きっかけはソースだった。彼の為に個包装のソースを買ったのに、好きなコロッケを作った夜も、追いソースをしていた焼きそばの日も、袋は減らなくなっていることに気付いてしまった。馬鹿ね。どれだけ上手く偽装していたってバレバレなの。あなたが私の料理を食べなくなっていることなんて。



Yシャツの襟をひたすら擦る。あなたにはいつだって真っ白でパリッとしたものを着ていて欲しいから。きっとあなたは私がこんな形相でシャツを擦っていることなど知らない。だからこんなところにルージュなんて付けられてしまうのだ。馬鹿な人を独占したがる馬鹿な女。全て洗い流してやる。



お酒と煙草の臭いがする。でもこんなことで安心するような初心さは何処かに落としてきてしまった。私は知っている。これはカモフラージュの臭いだと。何処かのホテルの安っぽいシャンプーやらボディーソープやらを上書きする偽装工作。そんなことしなくたって私の嗅覚は牝の臭いを知ってる。



あなたの唇には魔法が宿っているのかと思っていた。触れた箇所には熱が灯り、体中の細胞が活性化するような心地さえした。あなたの熱が私の肌を融かして傷口を塞いだかと錯覚するほど、私はあなたに生かされてきた。もうその熱は私に向けられない。私の傷はぱっかり開いたままアイを垂らす。



『本日未明』『妻が夫を』『口論になり』悪質なノイズが日常に交じる。馬鹿な女がいたものだと呆れながら、私は目の前の憎き玉ねぎを刻み続ける。小さく小さく、どんどん小さくしても存在は消えない。まるで私と彼の間にある溝みたいに。見えなくても絶対そこにある。玉ねぎが目に沁みた。

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