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迷宮狂騒  作者: 榊原
9/16

009

3/3投稿

 夜、俺はまたリーゼと同じ部屋で一緒にいる。

 部屋は小さい、小さなテーブルが一つ、椅子も一つ、ベッドも一つだ。

 ベッド自体一人用の物であり、リーゼ一人であれば余裕があるが俺が寝る場合は余程密着して抱き付きながらでも無ければ一人しか眠れない大きさだ。

 そんなベッドの上に座り俺はエキサから祝いだと貰った袋の中を確認しながら、自分の財布の中身を改めて確認する。

 空っぽ、見なくても解った、見たら悲しくなった。

 宿代はまたリーゼに出して貰っている、早く金を稼がなければいけない。


「明日、リーゼの防具が出来たらそのまま迷宮に潜る予定だが大丈夫か?」

「え? あ、あの、私は大丈夫なんですけど、ケルンさんはまだ身体が……」


 俺の言葉に寄り添うように俺の横で座っているリーゼが驚いたように声を上げる。

 身体はまだきつい、だが今日一日動き回り、今なら棒を振るう、走る位なら何とかなる位まで回復していた。

 俺自身後数日はきついと思っていただけに、予想以上の回復の速さに驚いている。


「ああ、問題ない。そうじゃなくとも少しくらいは無理をしてでも行かなけりゃ金がないからな」

「お金……あ、あの、私がまだ数日位なら宿代もありますよ?」


 そう言いながら胸の間に手を突っ込んでそこから袋を取り出す。

 凝視した俺は悪くない、すぐに視線を逸らしたらセーフだ。

 そんな袋の中から取り出した金は三百ガルド、鎧や今日までの宿代や食事代を抜いてまだそれだけ残っている。

 だがそれはリーゼの金であり俺のではない、リーゼは良いんですと言うが俺が良くないのだ。


「取りあえず、しっかりと武器も防具も揃え直さないといけない、予備のポーションだって買っておかないと不安だ、金は幾らでも必要になるからな。その金は自分の服を買ったり、必要な物を買ったりするのに使うべきだろう、何時までも世話になったままでいられるか」

「私は、その方が良いんですけど」


 リーゼは不安そうに俺を見つめ、そう呟いた。

 まぁ、金をリーゼが出している以上俺は離れられない、そういう不安からなのだろう。


「一緒に行くと言ったからな、一度約束した以上は破らないよ」


 俺はそう言いながらリーゼから視線を外した。

 こう、少し恥ずかしかった。


「……」


 リーゼは何も言わずに俺の腕に抱き付き、手を握ってきた。

 止めてっ!

 思わず悲鳴を上げながらそう叫びたくなるのを必死の堪え、何でもない様にそっぽを向き続ける。


「明日に供えてもう寝る、リーゼもゆっくり休んでおいた方が良い」


 我慢が限界に来る前に俺はそう言いながらそっと立ち上がる。

 俺が立ち上がればリーゼは一瞬離れ、小さく返事を返した後に今日は一緒に寝てくれますかと言ってくる。

 出来るか!

 そう言葉を返し、結局昨日と同じように俺は毛布をかぶり、リーゼの手を握りながら眠る事となったのだった。





 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 





 翌日、リーゼの防具を受け取り、またあたふたしながらそれを身に付けさせ、これはラビスタルの前に立っている。

 深いフードを被り、俺の手を強く握りしめてうつむいたまま、少し震えるリーゼも一緒だ。

 そっと腰元の道具袋に手を這わせて中にしっかりとアイテムが入っているかを確認した。

 エキサから貰ったアイテムだ、中には下級のポーションが二つ、解毒薬が一つ、入っていた。

 改めてこれをくれたエキサに感謝しつつ俺は【導け】と呟き、開いた門の中へと入っていく。

 中は変わらぬ暗い洞窟だ、俺は直ぐにカンテラを付け、それをリーゼに持ってもらう。

 リーゼはフードを外し、視界を確保しながらカンテラだけを持つ。

 今のリーゼは丈夫なブーツとレザーアーマ―、そしてその下に粗雑な布の服を着ているだけだ。

 服は昨日着ていた様なワンピースの様なタイプではなく、長袖と長いズボン、肌をしっかり隠すような服だ。

 俺の装備は変わらない、棒とレザーアーマ―だ。

 取りあえず注意はしながら前に行った場所まで進んでいく。

 言葉もなくただリーゼと二人その迷宮の中を進み、道中三匹のスライムだけ倒して辿り着いた。

 一瞬そこに着いた瞬間リーゼは身体を固くするが、そこに何もいない事を確認して息を吐き出す。


「大丈夫か?」

「は、はい」


 俺が一応確認する様に声をかければ、少し硬い声でそんな返事が返ってくる。

 声を出せるだけ、しっかりと意思を持っているだけまだ大丈夫だろう。

 俺は改めてその広間に足を踏み入れる。

 そこはかなり広めの広間となっており、今抜けて来た道以外に奥に三つの通路が続いているのが見えた。

 広さ自体は十メートル程度の円形に広がった感じで、高さは天井が見えない程度。


「罠が、此処、中央に罠があります。前はそれに引っかかってあんな目にあいました」


 一度二度、呼吸を整えたリーゼはそう俺に告げて来る。

 その話しは今日迷宮に来る前にも聞いていたので頷いた。

 一度発生した罠でも、時間経過で罠は元に戻るらしい、そんな話をリードゥからも聞いたので俺は注意しながらその広間を調べて行く。


「これか」


 そしてその広間の中央、そこにこの暗い洞窟の中だと良く見なければ気づかない、少しだけ色が変わった地面があるのに気が付いた。

 そこを踏むと罠が発動するのだろう。

 俺は紙に改めて図と罠がある事を書き込んでいく。


「さて、それでどれに進む?」


 書き終えた俺は背負い袋に紙を戻してリーゼに尋ねる。


「えっと、私はケルンさんについていきます、地図は私も持ってないのでどれを進めば良いのか解らないです」

「俺も地図何て買う金がないから持ってないけどな。だからああして自分で作ってた訳だし、それじゃあとりあえず左から順番に見ていくか」

「はい」


 少し迷った後、俺はそう言いながら左の通路を進んでいく。

 また長い一本道が続く、途中何度かリーゼに体力は大丈夫かと確認すれば、下手したら俺より体力があるかもしれない程度に息も切らすことなく、リーゼは大丈夫ですと返事が返ってくる。

 ちなみに、俺は必死に誤魔化しているが少し息が上がり始めていたりする。

 体力作りを頑張ろう、リーゼを見ながら情けない自分の様子に内心で酷く肩を落としながら前へと進んでいく。

 そして――――。


「いるな、りーっ!」


 道の先から何か、というよりもほぼ間違いなくゴブリンであろう声が響き、俺は確認する様にリーゼに向き直ると大きく震え、目尻に涙を貯めている姿を目にする事になった。


「リーゼ、無理か?」


 近づいてそう尋ねるが、息を求めるようにパクパクと口を開き、震える手を俺へと伸ばす。

 それを握りながら、改めて無理なら戻るぞと声を出し、リーゼが涙を零しながら頷こうとした時だった。


「あっあっあっあぁぁぁぁぁ!」


 目を見開き、腰を抜かし、地面とズボンを濡らしながらリーゼは悲鳴を上げる。

 くそっ!

 それに俺は遅かった事に気が付いた、棒を握り直しリーゼに背を向けて振り返る。

 そこにはすっかり近づいてきてしまったゴブリンがいた。

 二匹、数自体は問題ない。


「いやいやいやいや! やぁ、やだ、やだっ!」


 リーゼは子供の様に泣きながら、汚れる事も構わずに腰を抜かしたまま後ずさろうとする。

 くそがっ!

 予想以上に取り乱すリーゼに、そうなりかねないと思っていながら、想像が甘かった自分自身に罵倒を飛ばす。


「とにかくお前等はさっさと消えろっ!」


 リーゼの悲鳴に気分を良くしたのか、ゴブリン達は嬉しそうに笑いながら飛びかかってくる。

 俺はそれに合わせて棒をふり、一匹のゴブリンを吹き飛ばす。

 そのゴブリンはそのまま壁に叩き付けられ、悲鳴を上げながらぴくぴくと震えて起き上がらない。

 もう一匹は俺のすぐ横を抜けてリーゼに近づこうとし――――。


「おらぁっ!」


 それを見て悲鳴を更に上げるリーゼを気にしながら、八つ当たりするかの様に苛立ちを乗せてその横っ腹に全力で膝打ちをかます。


「GYUE!?」


 奇妙な苦痛にもだえる悲鳴を上げながらゴブリンはリーゼの前に転がる。

 完全に止める事は出来なかったが、それでもリーゼに届く前には止める事が叶う。


「くそがっ!」


 そして罵倒を飛ばしながらそのゴブリンの頭に棒を振り下ろした。

 ぐぎぃという頭蓋骨が砕ける音と感触を手に感じながらゴブリンはまだ生きていた。

 だが声にならない声を上げ、ぴくぴくとけいれんしながら口から血を流し、すぐに息絶える。

 他にはいないかと改めて前を、そして後ろを確認して声も何も聞こえない事が解った後、リーゼへと改めて近づいていく。


「ケルンさんっ、助けてっ! ケルンさんっ、助けてっ!」


 目をつぶり蹲りながらリーゼは泣き続けている。


「大丈夫だ、もう終わった! もう大丈夫だ!」


 そして俺はリーゼの近くで、腰を下ろしてそう声をかける。

 俺の声が少しは届いたのか、びくびくしながら、真っ赤に目をはらした瞳で前を向いて俺を見る。


「あぅ、ぁ、ける、けるんさん、けるんさんたすけて!」


 そしてまだ理解しきれず、混乱したままらしくリーゼは震える手を俺に伸ばし、服を握りしめながらそう呟き続ける。

 ……え? それでこれからどうすれば良いの?

 いや、だから、俺はこういう時の対処何て何もわか――――。


「ああ、そうか」


 解らないと何時もの様に心の中で罵倒を飛ばそうとして昔の事を思い出した。


「大丈夫だ、大丈夫、リーゼ、もう大丈夫だ」


 俺は少し怖くなったが、それでもとこのままじゃどうしようもないと思い覚悟を決めてレザーアーマ―を一度外す。

 そしてリーゼの頭を胸に抱き、俺の心臓の音が聞こえるように耳を押し付ける。

 出来るだけ優しく頭を撫でながら大丈夫だと繰り返し続ける。

 昔、俺が怯え、泣き喚いた時に旅人達がやってくれたことだった。

 それを、思い出した。

 歯を食いしばる、今は俺の事をどうこうする場合じゃない! ぎりぃという歯を食いしばる音が少しだけ響きながら、小さく呼吸を吐き、改めて大丈夫だとリーゼに語り掛けて行く。


「あっ、あっぁぁぁ」


 俺がそうすればリーゼは手を腰に回して強く抱きしめて悲鳴をあげず、嗚咽を漏らすように泣き始め、徐々に声が収まり涙も収まっていく。

 俺は落ち着くまでただ只管そうやり続けた、それしかやり方を知らないから。

 やがて完全に涙もとまり、呼吸も落ち着いた物になった。

 良かった、これでっっっっ!?


「けるん、さんっ」


 終わった、大丈夫だと思った瞬間リーゼは俺を見上げ頬を上気させながら、熱い吐息を首元に吐き出して俺の名前を呼び始める。

 瞳は潤んだままで、はぁとまた熱く感じる吐息を吐き出していく。

 俺が視線を合わせると、リーゼはその潤んだ瞳を閉じて見上げ続ける。

 ――――。

 意識が飛んだ、一瞬意識が飛んだ!

 いや、解る、解るよ! 俺だって馬鹿じゃない、こういう場面の本を読んだことだってありはする!

 でも、これはでも! やって良いのか? 良いのか?

 酷い混乱の中俺は動く事が出来ず、ただ時間が流れる。

 そしてリーゼはそっと目を開くと、俺の腰から手を離した。

 ほっとしたのもつかの間で、話した手は首元に伸びてきて抱き付こうとしているのが感じられる。

 顔も近づこうとしているのが感じられ、俺は咄嗟に起き上がった!


「だっ! だいひょっ! 大丈夫だな! 落ち着いたな!」


 声が裏返り、噛み、そっぽを向いて慌てて俺は大声でそう叫ぶ。


「……ぁ、あぅ! あっ!」


 そして俺の行動で、リーゼはぼぅっと少しした後、今度こそ本当に意識を取り戻したのか恥ずかしそうに声を漏らし、小さな悲鳴を上げた。

 それに思わず向き直ってしまい、そこには耳まで真っ赤に染めたリーゼと、足元、脚の付け根を抑え込みながら涙目になって俯く姿が目に付いた。

 ああ……。

 それにそう言えばと俺も思い出す、悲しい事になってたなぁと。


「ごめ、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 そしてリーゼはうつむいたままそうやって謝り続ける。


「いや、こうなるかもしれないってわかってたから良い、取りあえず、ほらっ」


 俺はそれに軽く首を振り、背負い袋を手渡していく。

 それを受け取り、ごめんなさい、ありがとうございますというリーゼに再度首を振る。


「俺は少し奥をみて」「いやっ! ちか、近くにいてくださいっ」


 逃げるようにそう言って奥へ行こうとした俺に、縋りついて来るリーゼ。

 いや、でも、あの、な?

 俺はどうしたもんかと、逃げたいと、そう思いながらリーゼをちらりと見る。


「近く、近くにいてください、離れると、嫌、嫌なんです」

「いや、でもな? ほら、あれだ、あれだろう?」


 言いたい事は解って欲しい、あれなんだ、俺がいたらあれだ、恥ずかしいだろう?

 そんな事を言いたいが上手く口から出ない、リーゼはそれにいやいやと首を振る。

 え~、これ、やっぱり俺近くで待ってなきゃいけないの?

 酷い拷問だ、そう感じながら、仕方ないと俺はそっぽを向いて、解ったと返事を返す。


「何かが来ないか見張ってる、取りあえず、あれだ、その、準備を済ませろ」

「あぅ、ご、ごめんなさい、ごめん、なさいっ」

「あぁっ! ふぅ、とにかく大丈夫だ、気にすんな、良い、深呼吸でもして落ち着いてとにかく準備を済ませてくれ」


 くそがっ! と心癖になりつつあれが口から出そうになるのを必死に抑え、頭を乱暴に掻きながら俺はそう告げる。

 俺の為にも、本当に頼むから早く準備を済ませてくれ。

 祈るようなお願いだった。


「は、はい、す、すぐ」


 そしてリーゼは折れの言葉に頷いてぺちゃと音が鳴る何かを脱いで、するすると服が擦れる音が響いて来る。


「あぅ」


 それに恥ずかしそうな声がもれ、俺は反応しない様に必死に前を見る。

 その後水筒からとぼとぼと水が流れる音が響けば、ごしごしと何かを拭く音が聞こえる。


「あ、あの、ごめんなさい、あの、ケルンさん」


 そして一通り終わった後、リーゼが俺を呼ぶ。

 それに恐る恐る振り返れば、ズボンが水で濡れているが立ち上がり俺を見つめるリーゼと視線が合った。

 俺の視線はそしてその手に握られた何かに移り、すぐにバッと反らしてリーゼの顔を見る。


「ぅ、ご、ごめんなさい、ご迷惑ばかりおかけして、あの、それで本当に、本当に申し訳ないんですけど、袋、小さな袋を一つ貸して貰えませんか……」


 俺の視線の動きに気付いて、尚恥ずかしそうに、申し訳なさそうにそう声を上げる。

 黄色くなった白い布、それが一瞬見えた、俺はどもりながら頷いて、背負い袋の中に入ってるから好きに使ってくれと言いながらまた前を向く。


「ありがとうございます……」


 そしてそれに小さな、蚊の鳴くような声で呟いてごそごそと袋を漁る音がまた響いたのだった。

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