008
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昼過ぎの日が強く天から降り注ぐ時間帯、俺はリーゼと共に武具店屋へと訪れていた。
「いらっしゃい」
そして中へと入れは相変わらず不愛想な感じの挨拶だけをかけて来るカウンターの少女、俺は軽く頭を下げリーゼの姿を改めてみる。
今のリーゼは一枚のワンピースみたいな粗雑な厚めの布をすっぽり被っているような状態だ。
もともと身に着けていた装備類、それも布の装備類だったため完全にあの時に駄目になっており、買い直しておかなければいけないとなって今の状態だ。
ついでに帰りに普段着の買い物もしていかなければいけない、俺は別行動をしたいが離れようとすると泣きそうな表情で縋りついて来る、どうしようもない。
「自分で防具を選べるのか?」
そして俺はリーゼにそう尋ねれば、ふるふると首を横に振る。
そうだよなぁと頷きながら返事を返し、俺は素直にカウンターへと足を進める。
「こんにちは、こないだ来て武器と防具を買った者だけど覚えてるか?」
「私はそんなに記憶力に乏しい訳じゃないよ、しっかり覚えてる。見た所随分と酷い事になってるけど修繕?」
「ああ、いや、俺は今金がないからそれはまた今度頼む事にするよ、今日はリーゼの、この子の防具を見て貰えないかと思ってきたんだ」
「そっ」
軽く挨拶を交わし、少女は俺からリーゼへと視線を変えていく。
リーゼはビクッと身体を硬直させ震える。
俺の服の裾を強く握り、今にも倒れそうな様子を見せているが、少女はそれを気にした様子もなく関係ないとばかりに全身に目を這わせた後にカウンターから出て、俺が買ったレザーアーマ―よりも薄く少し軽そうな鎧を持ってきた。
「胸がその大きさだと入らないかもしれないけど、着てみて、それで重たかったり辛いようだったら流石に革と鉄系統の防具は無理だから」
そう言いながら直接渡さずにカウンターの上に置いていく、リーゼが震えて動かないので仕方なく俺がそれを受け取り少し距離を開けてから手渡していく。
「ご、ごめんなさい」
「いい、取りあえず言われた通り着れるかどうか、問題ないかどうか確認してみてくれ」
「はい……」
距離を開けてカウンターの少女が視線を外して興味を無くしたように肘をつきながらぼぅっとし始めたのを見て、リーゼは軽く呼吸を繰り返した後にそう言いながら俯いてレザーアーマ―を受け取った。
そして服の上から身に着けようとするが――――。
「これ、どうやって着るんですか?」
その言葉で俺の思考が一瞬止まる、これ、もしかしなくても俺が着せなきゃいけないのか?
助けを求めるようにカウンターの少女に視線を向けるが我関せず、そんな様子でこっちに視線を向けもしない。
リーゼの様子から何となく自身が話しかける、視線を投げるのはいけないという事が解っているような態度だ。
くそがっ!
最近口癖、いや、心の中で叫んでいるだけだか心癖か? それになりかけた罵倒を上げる。
レザーアーマ―をリーゼから再び受け取り、そしてリーゼを見てどうしたものかと手が止まる。
「……あっ。あ、あの、だ、大丈夫ですよ! さ、触られても何しても問題ありません!」
そして俺が迷い困っているのにリーゼが気づく。
それがレザーアーマ―の着方を教えるのに直接身体に触れなければいけないからだという事にも気が付いて、顔を赤くしながらそう言葉を投げて来る。
「いちゃつくなら後でにして」
そして背後からは少女の呆れた様な声音が響く。
くそがっ!
俺は覚悟を決めて触らねぇよと、声が震えない様に気を付けながら吐き捨てる。
急所となる場所の調整の為、そこを抑えるように内布の調整の為、嫌でも身体に触れなきゃいけない、いや、実際は嫌じゃない、嫌じゃないけど嫌なんだ、くそがっ! 自分で何を考えてるのか解らなくなってきた!
俺はとにかくリーゼの真正面から逃げるように背中に回り込み、レザーアーマ―を着せようとする。
だが、後ろからでも解る位にリーゼにレザーアーマ―を着せようとすると胸の膨らみが主張して柔らかそうに一瞬潰れ、元へと戻る。
真正面からじゃなくて良かった、絶対に我慢できないで視線が釘付けになっていた!
後ろからでさえその様子を凝視する様に見つめてしまい、すぐに視線を外しながら場所の調整を済ませようとする。
内布の場所を、本来はもっと丁寧に教えるべきなのだろうが俺には無理だ、震えないようにしながらも、実際動揺しているのが解る位に声を震わせながら俺は胸の場所を口で指示し、背中と脇腹には仕方なく直接触れながら説明していく。
柔らかくてあったかい、くそがっ!
思考が反れそうになるのを罵倒しながら必死に反れない様に気を張って進めていく。
「わ、解ったか? これで、大丈夫だろう。それで、どうだ?」
リーゼを真正面から今見る勇気は俺には全くある訳がない。
絶対に顔が赤くなっている、自分で解る位に熱くなっている。
「はい、始めて着たので少し苦しいですし動きづらいです。でも、重すぎるって気はしませんし、今まで来ていた布の装備よりは重たいですけど問題は無いと思います」
「そ、そうか」
俺がそれに目を向けずにそっぽを向きながら頷けば、カウンターから少女の呆れた声がまた響く。
「ちゃんと言いなよ、胸、それかなりきついでしょ? 少し苦しいってレベルじゃないと思うよ」
その声で思わず胸に視線が向いた。
身体の割に本気で成長しすぎて凄い事になっているそこを目のあたりにし、少しの間見つめた後首を振りながらすぐに視線を反らす。
俺が見た所でそんなのが解る訳がない、言えるのは凄かったって事だけだ!
「っっ!」
だが俺が一人慌ててる最中、リーゼは少女から声をかけられ俺に抱き付きながら震え始める。
今にも崩れ落ちそうな様子を見て頭が少しだけ冷えて、またその胸がレザーアーマ―の上からでも解るレベルで押し付けて来る感覚に熱くなる。
くそがっ!
大きく息を吸い込み頭を振って、カウンターの少女に悪いと一言謝る。
カウンターの少女は気にした様子をやはり見せずに軽く俺に手を振った。
少しだけカウンターの少女の視線を遮り、店の端による様に移動した後庇う様な位置に立ってリーゼに向き直る。
白かった顔を少し青く染めながら震えている姿が嫌でも見える。
……いや、それでこれからどうすれば良いんだよ。
思わず愚痴が口から漏れそうになるのを押しとどめ、心の中で叫ぶだけで済ませる。
解らない、解る訳がない!
くそがっ!
もう何度目か解らない罵倒を心の中で投げ捨てる。
「ご、ごめん、ごめんなさ、い。て、手を、手を握って、くれますか」
震えながら俺が困っている様子に気付いたのだろう、リーゼは震える声でそう言いながら俺を見上げる。
俺は言われるままにその両手を握る、冷たい、朝握っていた時は凄く暖かかったその掌が凄く冷たくなっている。
「あり、ありがとう、ございます」
そのまま倒れ込む様に俺に身体を預けた後、震えながらも呼吸を何度か繰り返す。
少ししてから少しずつ震えは収まり、掌の暖かさが戻ってくるのが解った。
リーゼからもぎゅっとその掌が握られ、何度か確かめるように強弱を付けながら離さないと言わんばかりに絡みつく様に握られる。
止めてくれ!
思わず悲鳴を上げたくなるのを必死に耐える。
カウンターの少女からヘタレめ、みたいな感じの視線が感じられる気がする。
気のせいだ、カウンターの少女をチラリと見れば全くこっち等気にしていない。
くそがっ!
此処で気の利いたセリフや他の行動の仕方何て知らないんだよっ!
俺は黙ってなすが儘になり、リーゼが落ち着くのを待つ。
「ぁ、ありがとう、ございます。ごめんなさい」
そしてようやく息が整い、頬を赤く染めながらリーゼは俺を見上げてそう声を上げる。
身体は離れ、手も――――。
「…………」
「…………っ」
手も離れると思ったのだが何時まで立っても離れない。
俺にはどうして良いかやはり解らずただ黙って手を離してくれるのを待つ。
暫くの時間ただ手を絡めるように握られ続け、カウンターの少女の溜息が聞こえた瞬間俺は身体をビクッとさせながら思わず手を離す。
た、助かった。
正直な感想がこれだった。
「ぁ」
そしてリーゼからは嫌だという様な意思表示の漏れる小さな声があがり、俺の手を追いかけてくる。
だがそれを途中で正気に戻ったように止め、頬を真っ赤に、耳まで染め上げて俯いて胸の前で組み直した。
「ご、ごめんなさい!」
「いい、気にするな」
それしか言えない、それ以外に何を言えと?
混乱する頭の中でリーゼの手が目に入り、その奥の胸に視線が刺さりそうになった所でレザーアーマ―も一緒に視線に入り、ようやく本来の尋ねなければいけない事を思い出す。
「そっ! ……それで、どうなんだ? 実際その、あれだ、む……あれだ、きついのか?」
今度は間違いない、カウンターの少女からヘタレがという様な視線が投げられる。
僅かに口元が歪み、面白そうに笑っている様子も一緒に見られ、くそがっ! とまた罵倒が心の中で漏れて出る。
思わず悲鳴染みた高い声が出たのは俺だって隠しようがないって解ってるよ!
「ぁ、は、はい、あの、実はきついです、かなり」
「かなりか」
「ぁぅ、はぃ」
俺は何を繰り返してるんだ馬鹿がっ!
恥ずかしそうに俯いてしまったリーゼと、馬鹿を見る目で見て来るカウンターの少女の視線にさらされ俺は泣きたくなった。
本当にどうすれば良いんだ。
俺は本気で泣きたくなった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「毎度、これはサービスであげるよ、面白かったし」
とうとう隠す気も無くなったカウンターの少女はニヤニヤと、今までの無感情染みた無表情から表情を変えて俺を見つめて来る。
「ありがとよっ!」
恨みがましい視線を俺は投げながら、リーゼの袋から金を払い礼を言いながら、サービスだとくれたリーゼがすっぽり被れる深めのフード付きのローブを受け取った。
「レザーアーマ―はサイズを合わせるのに一日掛かるよ、明日の昼位には出来ている筈だからそれ以降だったらいつでも取りにきて」
「解ったよ」
「それじゃまた贔屓にしてよ」
「……また来るよっ!」
恥ずかしさから反発する様な声音で吐き捨てるようにそう返事を返す。
実際にここ以外に店を知らないし、そしてこのカウンターの少女は実際凄く見る目があるのだろうと思うから。
俺が生きているのはこの少女のお蔭だ、この少女が選んでくれた防具が無ければ間違いなく死んでいた。
「ああそうだ、俺はケルン、お前に選んでもらった防具のお蔭で今回は命が助かった、ありがとう」
そこまで考えて礼を言おうとしていた事を思い出した。
そして名前を名乗りながら頭を下げながら少女を見つめ、礼を伝えていく。
少女は俺の防具にまた一度目を通し、俺を見た後首を振る。
「私はアウラ、この店の店主。まぁ礼を言う必要はないよ、私は勧めたけどそれを選んで買ったのはあんた、ケルンだから。でも礼を言ってくれたならそれは素直に受け取る。私の造った防具が役に立って良かったよ」
そしてアウラは小さく今までと違った笑みを浮かべてそう告げて来る。
ならと改めてありがとうと礼をいってアウラは頷き、俺は再度また来ると言い残してリーゼをつれて店を後にした。