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迷宮狂騒  作者: 榊原
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3/1投稿

 診療所から退院した翌日、身体はまだ真面に動かない。

 そして金がない、切実に金がない。

 普通に歩く事は出来る、普通に棒を持つ事も出来る、だが棒を振る事までは出来ず走る事もまだ難しい。


「……何時までついて来るんだよ」


 そして少し離れた後ろをひよこの如くついて来る一人の少女。

 非常に小さい、大きいのに小さい、俺の腰位までしかない小ささだ。

 俺もそこまででかい訳ではない、精々百八十ない位だ。

 それから見ると恐らく百四十もないかもしれない、それがずっとついてきているのだ。

 何度目になるか、俺は思わず溜息を吐きながら向き直る。


「ぁ、えと、えっと、あの」


 俺が声をかければこうしてビクッと身体を飛び跳ねた後にどもりながら俯き口を紡ぐ。

 どうしろと? これは俺にどうしろというんだ?

 こんな時の対処方法等一切習ってない。

 俺はまた一つ溜息をつきながら歩き始める。

 身体を成らす為に歩き続ける。

 丸々三日の間寝続けたのだ、そして身体に無理を掛け過ぎた、歩く事しか出来ない以上歩く事で少しでも身体を鳴らさなければいけないのだ。

 そしてやはりひょこひょこと静かに俺の後をついて来る少女。

 あぁぁぁぁぁ! もう本当にどうしろってんだよ!





 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 





 頭を抱えたくなってから数時間後、日が落ちて少しした時間帯、俺は今宿の食堂で少女と向かい合いながら飯を食っている。


「ありがとな、正直本気で助かった」

「あっ! っ、い、いえ! とんでもないです!」


 俺が礼を言うと顔を上げてパッと一瞬嬉しそうに笑みを浮かべ、すぐに通向いて全力で首を振る。

 今の現状を説明するとこうだ。

 俺、少女のヒモ。

 凄く情けないです。

 あれから歩き続け、腹が流石に限界近くなってから背負い袋の中から保存食を取り出して食べようとした時だった。

 この目の前の少女が突然声をかけて来たのだ。

 食事と宿位はお礼に私が払いますから一緒に食事をしませんかと。

 そして今に至る。


「そう言えば名前も名乗ってなかったな、俺はケルンだ」


 宜しくとは言わない、宜しくする気もない。


「あ、わ、私はリーゼですっ! ぁ、よ、宜しくお願いします」


 俺の言葉を聞いて意気込む様に名を名乗り、声が大きくなったことに恥ずかしいのか少しまた俯いて上目遣いに俺を見つめて来る。

 その後は特に会話もなく淡々と食事を済ませ、部屋に戻ろうとしたが――――。


「もしかして、一部屋しかとらなかったのか?」


 再び俺についてき俺と同じ部屋に入ろうとしたところで俺は頬が引きつる感覚を味わいながらリーゼに問いかける。

 コクコクと俺を見る事無くただ首を縦に振る。


「なら俺はのじゅ」「駄目ですっ!」


 俺の言葉に被せ、今までで一番大きな声でリーゼはそれを遮る。

 その後押し付けるように部屋に俺を押し込むと一緒に入ってきて部屋の鍵をかける。

 いや、そんな事されても俺が力づくでどけて出ようと思えば問題なく出れるんだが、と思ったが必死な様子で俺を見つめ、振るえているリーゼを見てそんな気が失せて行く。

 溜息が漏れる、リーゼと合ってから溜息が一気に増えた。


「どういう事なんだ? 何がしたいんだ?」

「け、ケルンさん! ケルンさんは私と一緒にPTを組んでください! お願いします、おねがい、お願いします!」


 目尻に僅かに涙をにじませ、掌を白くなるほど握りしめながら俺を必死に見上げそう声を上げる。

 何となく、そう言ってきそうな気はしてきていた。

 そうでもなきゃこんなずっと後をついて来ることもないだろうしな。


「すまんが断る、俺は誰かとPTを組む気はない、一人で潜る」


 そして決まっていた答えを返す。


「お願いしますっ! 何でもします、必要ならか、身体だってっ!」


 がくがくと音がなりそうなほど震え怯えながら、それでも俺に縋りつくような視線で何度もそう声をかけ続けて来る。

 頭を軽く掻きながら俺はやっぱり駄目だという返事しか返せやしない。


「わた、私ケルンさん意外と、PT組めない、怖くて、どうしようも無くて、でも、でもっ! それでも私は死にたくない、生きていたいんですっ! だから、だからお願いぃ」


 ポロポロと涙をこぼし、銀黒色の瞳を赤くしながら俺にとうとう本当に縋りついて来る。


「死にたくないなら尚更だ、俺といたら死ぬぞ。俺と一緒にいる奴は死ぬんだ、だから俺は一人で良い、もう近くに人はいらない」


 どうしてよいか内心で大慌てだ、女の子を泣かせるような真似をした事は今までないんだ。

 仕方がないだろう。

 それでも、それでも俺はそれに答えてやることは出来やしない。


「やだ、やだやだやだ! わた、わたし、私もう、ケルンさん以外に触れない、ケルンさんが近くにいないと声も出せない、怖くて足がすくんで何も出来ないっ!」


 いや、いやいやいや、どういう事?

 突然の告白に意味が解らず尚更困惑を強める。

 そんな俺の様子に気付いて、リーゼは絶対に逃がさないとばかりに俺の服を掴んだまま見上げ、とつとつと話を始める。

 俺とリーゼが迷宮から出てきて直ぐにリーゼもまた魔法の使い過ぎで気絶したらしい。

 俺は気づいていなかったが、俺が歩き続けている間リーゼは魔法を使い続けてくれていたという事だ。

 そして大きな問題は魔法の使い過ぎだけで、傷自体は殆ど塞がり残っていたのは疲労と血液不足程度。

 だからリーゼは翌日には目を覚ましたという事だ。

 その時、診療所の女性が近づいて来ただけで怖くて悲鳴を上げ頭が真っ白になって気絶したという。

 それからまた起きて、違う人が誰であっても近づけば怖くて震えて、どうしようもなかったのだと語った。


「でも、ケルンさんだけは大丈夫だった、ケルンさんだけは触れるし近づいても怖くなかった」


 涙は収まっている、それでもその瞳に映る怯えの感情だけは消えていない。

 これは俺が怖いという訳ではないらしい、俺が怖いんじゃなくて俺が離れるのが怖いらしい。

 思い当たる節はある、トイレの入り口まですらリーゼはついてきていた、偶々同じタイミングだったのかとも思ったが、実際は違ったのだろう。

 料理を運んできた給仕の人が近づいて来た時も目をつぶり震えながら過ぎ去るのを待っていたのもそれが原因なのかもしれない。

 俺が怖いのか、俺にこうしてPTを頼み込む事を悩んでいるのかと思っていた。


「ケルンさんだけなんです、ケルンさんだけ、だから、だから、お願いします。私に出来る事なら何でもします、死ねって言われない限り何でも受け入れます。だからお願いします」


 縋りから俺の腰元への抱き付きに行動が変化する、柔らかく暖かい感触が強く感じられる。

 やめてほしい、ただでさえ身体でもと言われた時に思わず視線が泳ぎそうになったんだ、本当に勘弁してくれ。

 どうにかしたくてもどうにもできない。

 乱暴に払いのける何て事も出来ずに俺はただただ頭を抱えて天井を見上げる。

 溜息がまた漏れた。


「死ぬぞ、俺と一緒に来たら死ぬ、今まで俺の傍にいて生きている人が一人もいないんだ、止めた方がよい、絶対にやめた方が良い」


 リーゼの為に、そう言い聞かせる。

 なんて訳ではない、もうこれ以上俺の近くで誰かが死ぬなんて嫌なんだ。

 名も知らない他人であればどうでも良い、どうでも、良い筈だったのに、くそっ!

 リーゼを見て、迷宮で死にかけてボロボロで俺に手を伸ばす光景が頭に浮かぶ。

 重ねちまった、それだけで見捨てられないでこの有様だ。

 だから余計に嫌なんだ、間違えて目の前でまたリーゼが、重ねてしまった人が死ぬのが絶対に嫌なんだ。


「い、良い、良いですっ、どうせ、どうせケルンさんについていけないなら死ぬんです! それなら、まだ生きていけるかもしれない可能性がある道を選びたいんですっ」


 声が震えている、死ぬのが怖くない訳がない、死ぬのが良い訳は絶対にない。

 それでもリーゼは譲らない、いや、それだから絶対に譲らないのか。

 絶対についていくとばかりに俺を離さない。

 嫌だ、本当に嫌だ。


「くそっ! 解った、解ったよ、ただついて来るなら絶対に約束をしてくれ、絶対に破らないと誓いを立てて約束をしてくれ。俺より先に死ぬな、死ぬなら俺が死んでから死んでくれ、俺の前で死なないでくれ。その為に俺はお前をリーゼを出来る限り守って見せる、だから俺より長く生きて俺より前にいなくならないでくれ、それさえ誓い守ってくれるなら一緒にいこう」


 嫌だけど切り捨てられない、それが出来る位なら最初から見捨てて逃げていた。

 くそがっ! 思わず心の中で罵倒が漏れる。


「は、はいっ! はい! はい! はい! 絶対に、絶対に死にません、頑張ります! わ、私も頑張ってケルンさんを守って見せます、だから、宜しくお願いしますっ」

「……ああ、宜しく頼む」


 俺の言葉にパッと顔を上げて赤くなった瞳を少しだけ輝かせながら嬉しそうに笑う。

 くそっ! また思わず心の中で罵倒が漏れる。

 一瞬見惚れてしまいそうになりそれが悔しくて顔を反らしながら俺も短く返事を返す。


「という事で俺は今日は外でね」「駄目です」


 そして俺は逃げるように部屋を出ようとして抱き付いたままのリーゼに止められる。

 必死に抱き付いて引きはがせない、歩けない。

 身体がまだ完全に回復していない事を思い出す、力づくで出来ると思っていたが今思えばそれすら今は出来やしない。

 冷や汗が背中を伝う。


「一緒にいてください、か、身体も好きにして良いって言いましたっ! だ、だから」

「待て! まてまてまて! 俺はそれは了承してない! それを求めてないっ! だからそういうのは辞めてくれ」


 俺だって成人した十六の男だ、その手の事に強い興味を持っている。

 それはもう、理性を手放して言葉の通り受け止めたいくらいに強い強い興味を持っている!

 だが、だがだ!

 弱みに付け込んでそこで何て真似は流石に出来ないしちゃいけない! それ位は俺にだって解る!

 リーゼは怯えて離れるのが怖くて、そして俺がいなくなる可能性があるのが怖くて言ってるだけだって言うのが解ってる。

 流石にそれでどうこうできるほど俺は人を捨ててない、捨てきれない。


「だ、大丈夫です、これでも身体は大人です、小さいですけど受け入れることくらいっ」

「わぁぁぁぁ! ちが、そういう事じゃない! 本当に勘弁してくれっ! お、俺だって興味がない訳じゃない、リーゼみたいに可愛い子ならなおさらだ! でも、リーゼのそれは違う、それで手を出しちゃいけないあれだ! だから止めろ、止めてくれっ!」


 こう立場が逆になっている気がする、悲鳴を上げるべきはリーゼで、怯えるべきはリーゼの筈だ。

 いや、実際にリーゼは怯えているだろう、だがそれ以上に俺が怯えているだけだ。

 悲鳴も上げているのは俺だけだ! ……くそがっ!

 だが慌てている俺はそんな事を気にしている余裕などなく、あたふたとし続ける。

 自分が何を口走っているかも解らずそれから同じようなやり取りをして――――。


「ケルンさんの手はあったかいですね」


 リーゼがベッド、俺がその脇で毛布をかぶってベッドに背中を預けながら座りながら眠る事になった。

 一緒のベッドで寝てくれないなら怖いから手をつないでください。

 最終的にそれに頷かされこんな有様になっていた。

 必死に目を背けるようにベッドに背中を向けて俺は手だけを握りながら目を閉じる。

 直ぐ近くに手を出す事を許してくれている可愛い子がいる、でも手を出しちゃいけない! そんな拷問染みた時間、俺は必死に目をつむり少しでも早く眠れるようにと集中する。

 ぎゅっぎゅと確認する様に時々リーゼの暖かい手が握られる。

 その度に集中が途切れ、身体が硬くなる。

 寝るんだ、早く寝るんだ。

 そんな事を想いながら、寝つけたのは結局朝日が出る少し前、次の日は当たり前だが寝坊して起きたのは昼過ぎとなり、起きた時にはリーゼが抱き付いて俺を見つめており、また俺は思わず悲鳴を上げたのだった。

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