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迷宮狂騒  作者: 榊原
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2/28投稿

――――くそっ! 大人しくしやがれっ!


 夢だ、夢を見ている、忌々しい思い出したくもない夢だ。

 夢の中の俺は今よりまだ幼い、母さんが死んで、一人になって、そして助けてくれた旅人達と一緒に行動していた。

 魔物に、ゴブリンに襲われて必死に木の棒で相対したのはこの頃だった。

 気の良いリーダーの男ジン、その恋人の女リア、二人の保護者的な魔法使いの老人ガンドの三人の旅人。

 凄く強く、この人達以上に強い人はこの世にいないと思っていた。

 そう、思っていたんだ。


――――ヒヒッ、良い女だ、良い値段で売れそうだぜ。


 耳障りな男の声が響く。

 とある村でゴブリンの被害にあっていた村人の願いを聞いてゴブリンの討伐をこの旅人たちは快く引き受けた。

 ゴブリン自体は予想以上に数が多く、俺も守られながらでありながらも木の棒なんていう酷い物で応戦しなければいけない事にはなったが問題なく討伐を終える事が出来た。

 それで村人達は大した金銭でのお返しが出来ないのでせめて感謝の宴を開くのでゆっくりしてくれと言ってきた。

 旅人達は喜んでそれに乗り、そして――――今はジンもガルドも死んでいる。

 俺も背中を斬られ声も出せず視界もぼやけ死んだ者と思われていたのだろう。

 村人達は旅人や俺の飲み物に毒を入れ身動きをとれなくしたうえで斬りつけ殺そうとしてきた。

 必死に鈍い身体で抵抗しようとした旅人達だが、リアが最初に捕らえられ人質になると即座に何も出来ずに殺される事となった。

 そしてリアは瞳に色を無くし、血を口の端から流し、血の涙を流しながら死んだ男を見つめている。

 リアの喉奥からは押し出すような苦痛の声だけが時折響き、その周りでは村人達の男達が嬉しそうに囲み水音を立てている。

 かわるがわるリアに群がり、死なない様に猿轡の様に布を口に噛ませている。

 既に抵抗する気力も何もなくしている様子のリアが、茫然と死んだ恋人の姿だけを虚空の瞳で見続けているのだけが深くいまだに記憶に残っている。

 夢だ、忌々しい夢だ。

 そんな村人達は奴隷商が次に来るのはいついつだ等と話し、これで村も潤うという様な事を嬉しそうに話している。

 だがそんな呑気にしていられるのは極わずかの時間であった。

 爆発する様な轟音が村の入り口の方から響く。

 俺の視界は動かせない、何が起こったのかはこの時は解らなかった。

 だが視界に移る村人達が何事かと入り口を見た後怯えた様に悲鳴を上げ逃げ始めるのだけはしっかりと見えた。

 だがそんな村人達は逃げ切る事等出来もです、村を襲ってきたゴブリン達に殺されていく。

 旅人達が討伐したのはゴブリンの一部、本体は別にいたらしくそれらが報復にきたのだ。

 村人達は怯えながら今まで上で腰を振っていた男達がリアを乱暴にゴブリンに生贄の様に投げつけるが、汚れボロボロになったリアに価値を見出せなかったのか、それとも仲間を殺された事に怒り狂っていたせいなのか、ゴブリン達はリアを切り捨て村人達を殺して回った。

 それが見えた瞬間僅かに俺の口から声が漏れる、意思を無くしたはずの斬られたリアの瞳が動き俺を見つめる。

 そして涙を流しながら倒れ伏し、ゴブリン達が離れて行ったあとずりずりと傷つき汚れた身体で必死に這いずり自分達の道具袋まで辿り着く。

 リアは、そのまま俺に近づき道具袋の中に入っていた赤い色のポーションを俺に被せる。

 中級のいざという時の為にと残していたポーションだった。

 余りの痛みに声を上げそうになるのをリアに口を開けて声を上げる前に抑え込まれる。


――――ごめん、ね。でも、ケルン君は、頑張って、ね。


 痛みに歯を食いしばると同時に、抑え込んでいたリアの腕に噛みついてしまいながら、痛みを感じていないかのようにリアは悲しそうに俺を見つめる。

 痛みが引いて声を出せるようになった俺は、何でと涙を流しながらリアに縋る。

 このポーションなら自分を直せた筈なのにと。

 リアは首を振って青くなって冷たくなっていく身体で疲れた様な笑みを浮かべる。


――――あの人が、いない場所で、私は生きていけ、ないもの、あの人の傍、に行かなきゃいけ、ないの。

――――ケルン、君は、お母さんと、やく、そく、した、んだよ、ね? がんばら、ないと、いけ、ないよ、ね、いきて……ね……。


 そこまで口を開いて瞳から完全に色が落ちる。

 血は流れきり、もう溢れていない。

 冷たくなり、ゆすっても声をかけても返事も反応も帰ってこない。

 何で何で何で何で!

 何でまた俺の傍で大事な人達だけが死んでいく!

 何で俺に頑張れと押し付ける!

 何で……何でこんな苦しい世界で生きて行かなきゃいけないんだよっ!

 燃え始め崩れる村の中でリアに縋りつきながら俺は泣き叫ぶ。

 この時の俺は本当に運が良かったのだろう、これだけ騒いでいながら周囲の建物等が斃れる音、燃える火花の音等でゴブリン達に気付かれなかったのだから。

 日が昇り始める朝方、涙も喉も枯れ果てた中で俺はノロノロと起き上がる。

 村の火は鎮火している、ゴブリン達は既にこの村を後にしていた。

 残っているのは死臭漂う肉片と村の残骸だけだ。

 村人達だった肉片を蹴り捨て、旅人の人達を集めて穴を掘る。

 穴は二つにした、傍にって言ったたからジンとリアを一緒の穴に埋め、そのすぐ隣にガルドを埋めた。

 託されてしまった、生きてとまた託された。

 俺だけが生き延びた、生き延びてしまった、なら俺はその託された想いを何としてもやり遂げなければいけないだろう。

 生きる、生きなければいけない。

 絶対に生きてやる。

 俺は旅人達の穴の上に土を被せながら形見となる装備やアイテムを一緒に埋めていく。

 俺は頑張るよ、頑張るからいつかそっちに行ったら褒めてよ。

 そんな思いを抱きながら、枯れた筈の涙がまた零れる。

 旅人達と村の中の金を集め、それだけを貰うよとその粗雑にしか作れなかった墓に頭を下げる。

 そして俺は振り返らないでその村だった場所を後にする、一人で、一人ぼっちで。


――――誰か、誰か――――


 一人ぼっちで旅人達に教えて貰った街に向かって歩き始めた。





 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 





「っぁ! はっ! はっ! はっ! はっ! はっ! づぅ!?」


 懐かしすぎて忌々しくて思い出したくもない嫌な夢から荒い息を吐きながら目を覚まし、跳ねあがるように起き上がった瞬間に全身に走る痛みで視界が白く染まり火花が散った。


「がぁぁぁぁ!」


 思わず我慢しきれずに叫び声が漏れる。

 ドタドタと足音が響いた後バン! 扉が開く音が響き誰かが近づいて来る。


「おっ、目が覚めたか! っま、何をやったんだが知らねぇけどその傷だらけの身体でおきあがりゃ悲鳴の一つ位は漏れるわな」


 飛び散る火花が収まり、痛みが続く中で視界に色が戻ってきた俺にそう声をかけてきたのはエキサだった。

 パクパクと、痛みで声が出ない俺に笑いながら取りあえず横になって置けと言って見た目と裏腹に静かに俺の身体をベッドに戻してくれた。

 ベッド?

 それに気づいた瞬間思い出す、俺は――――。


「いき、ているんだな? 痛いってこと、は、生きてるんだ、な?」


 声を出すたびに肺がきしみ胸が痛む。


「おうおう、勿論だ、ってかあの傷でよくもまぁ生きてたもんだと思う位だったがな、一応あっちの嬢ちゃんにも感謝しとけよ? 精神が空っぽになって気絶するまで回復の魔法をかけ続けてくれてたみたいだからな。まぁ効果自体は下級も下級で切り傷を少しずつ治せる程度だったが、そのお蔭で辛うじてでも戻ってこれたようなもんだしな」


 そう言って視線を隣のベッドにエキサが向ける。

 そこには俺が助けた少女が青い顔をして眠っている姿が見える。


「ここ、は?」


 頷くのもしんどかったが、エキサの言葉に何とか頷き、俺はそう尋ねる。


「此処は管理局の横にある診療所だ、流石にびっくりしたぜ、買い取りして貰っているところに血塗れで死にかけのお前が帰ってきたんだからな。ああ、治療代は立て替えておいたからしっかり返せよ?」


 エキサは腕を組みながらそう説明してくる。


「かね、ない。けどかならず、かえす」

「無理に直ぐに何て言わねぇが、一応金自体はお前さんが集めて来たスライムの欠片とゴブリンの討伐代金で何とかなるぜ? お前さえ良ければ俺の方でそっちを換金してそれでチャラにするけどどうする?」

「それで、よいなら、たのむ」

「OKOK問題ねぇよ。そしてこれは新人のお前が無事に帰ってきたお祝いだ、とっとけ」


 俺の返答に頷きながら、二カッと最初に見た時と同じ人好きの擦る笑みを浮かべたエキサは袋を俺のベッド横のテーブルの上に置いていく。


「此処は三日後まで面倒見てくれることになってっからよ、ゆっくり体を直せよ? お前には期待してるんだからよ」


 そして最後にそう言いながらエキサは部屋を後にする。

 痛みが走る身体を少しでも楽にする様にゆっくりと息を吸って吐く。


「っ!」


 だがそれだけでも酷く痛む、辛い、辛いが――――。


「腕が、動く、な」


 僅かに激痛が走る物の折れた筈の右腕が動いた。

 左腕両足、共に痛みが走る物のしっかりとついている。


「づぅ!」


 確認するために僅かに動かしただけで火花が散る様な痛みが走り悲鳴が漏れる。


「い、いやし、の癒しの光り」


 一瞬ではなかったようで、少しの間視界が白く染まっていた俺に暖かい光と、柔らかいが震えている声が届いた。

 少しだけ痛みが和らぎ、視界に色が戻ると俺のベッドの傍らに座り込みながら青い顔をした俺が助けた少女がいた。

 美しい銀色の腰下まで伸びる髪、銀色に黒色が少しかかった綺麗な瞳、血の気が無くなって青くなっている元は白かったと良く解る肌、唇を震わせ、腕をプルプルと持ち上げて俺に向け魔法の光りを放っている。

 表情は光を放つ毎にだんだん青くなっていく。


「止めろ、大丈夫だ」


 声を出すとまた悲鳴が漏れそうになったが、必死にそれを噛み殺し俺は少女にそう声をかける。

 それにビクッと身体を震わせ、迷った視線で光を放ち続ける。


「止めろと、言っただろう!」


 思わずまた視界が白く染まる程痛みが走るが、少しだけ大きな声が出た。

 それに少女はビクッと大きく身体を再度震わせ、ついでに見た目からかけ離れた大きな胸部も一緒に大きく揺れる。

 思わず視界がそこに走るが俺は悪くない、仕方ない、仕方ない。

 そんな思わず視界をそこに投げてしまった事をごまかすように必死にそこから反らす。

 そしてそのまま少女は腕を下げると俺のベッドにもたれかかるように倒れ込んだ。


「助けたのに、此処で死なれちゃ、意味がないだろう」


 俺が苦しみながらもそう声をかければ、プルプル震える腕でベッドから身体を起こし、座り込んだまま顔だけを俺に向けて来る。

 誤魔化したわけじゃない。

 決してそうじゃない。


「あ、ありがとう、ございました。助けてくれて、ありがとう、あり、ありがどぅっっ!」


 そしてそのまま涙を浮かべたと思ったら、それを零してお礼を言いながら泣き始める。

 それを見て思わず勘弁してくれ。

 そんな俺の本音が漏れそうになり、溜息を吐こうとしたら痛みで吐く事が出来ずにただむせ込んだ。

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