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迷宮狂騒  作者: 榊原
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2/27投稿

 気絶したくても出来ない苦しみの中で、俺の視界には震え、回らない口で必死に助けを求め俺を見つめる少女の姿が映り続ける。

 動けない、じゃねぇ。

 俺は必死に這いずるように背負い袋の近くまで近づき中から小瓶を取り出す。

 緑色の液体が入った小瓶、十センチほどの細長い瓶に入ったポーション、それを取り出し飲もうとして腕が止まる。

 少女に視線が向く、飲め! 俺が飲むんだ、俺が飲まなきゃ死ぬんだ!

 そう思いながらもポーションを呑み込もうとした腕は動かない、何でだっ!

 苛立たし気に、俺は震える足で必死に立ち上がり少女に近づいた。

 くそくそくそくそっ! さっきから俺は何をしている、何で俺は自分が生きる可能性を下げるっ! 死にたくない、生きなきゃいけない! 解ってるならそう行動しろ!

 心が悲鳴を上げる、だが俺は足を動かし少女の傍で座り込み、少女に乱暴にポーションの瓶を口に突っ込もうとして一旦動きを止める。

 背中のナイフを引き抜きそこから血は溢れ出る、そしてポーションを乱暴に口に突っ込みたくなるのを抑え込み、少しずつ飲めと震える声で呟きながら少女に飲ませようとする。

 だが――――。


「くそがっ!」


 少女は既に自分でポーションを飲む程の体力もないようだった。

 意識だけはまだ残っているのだろう、それでも死にたくないと助けてと呟きながら俺を見ている。

 俺はポーションを少し口に含み、少女の口の中に無理やり流し込む。

 二度、三度と繰り返し全部のポーションを少女に与えて行った。


「ぎぃ!」


 青白い表情で今にも瞳から全ての色を無くしてしまいそうだった少女が悲鳴を上げる。

 背中の傷が少しずつ治っているのが解った、予想以上に質の良いポーションだったようだ。

 傷が治るスピードが非常に速い、血は収まりナイフが刺さった傷が塞がっていく。

 それと同時に痛みに喘ぐ少女の悲鳴が上がり、嫌な臭いが立ち込める。

 仕方ない、仕方ない、それは解るが思わず嫌な表情になるのは仕方ないだろう、俺はこの少女を見捨てられない、それがはっきりと解ってしまう。

 少女は回復しても歩けない、なら俺が背負って帰らなければいけないだろう。

 一人で歩いて帰っても死ぬかもしれない帰り道を、死にかけの俺が死にかけの少女を背負い馬鹿みたいに歩かなければいけないのだ。

 そう、濡れそぼっている少女を背中に背負ってだ。

 仕方ないと解っていながら下半身から滴り嫌な臭いを放つ濡れた少女を背負うのに嫌悪感が沸き上がる。


「ぁ」


 ポーションが完全に効き終えたのか、背中の傷が塞がり顔の晴れも多少引いた少女は俺を見つめる。

 揺れるように視線を動かしながら、縋りつく様に声を上げる。


「たす、けて、くださ、い」


 くそがっ!

 思わず罵倒が心の内で漏れる。

 何で助けた、何でこんな事をしている、答えのない苛立ちの声が心の中で嵐となって吹き荒れる。


「たす――――」

「っ! 解ってる! 連れて帰ってやる!」


 くそがっ! また罵倒が漏れながら、絶対に死ぬか、生きて帰ってやると強く想う。

 俺の被せるような声に少女はビクッと震えた後、揺れる視界を俺に合わせて、涙を流す。


「あり、がと、ござ、ます」


 まだ真面に口は動かないようだ、それでも俺が見捨てないと解ったのか、涙を流しながらそう俺を見つめお礼を言ってい来る。


「立てる、訳もなさそうだな」


 少し休んだおかげで痛みは更に酷くなる、だが痛みがひどいお蔭で気絶する事がない。

 嫌な現実だ、こんな現実は死んでしまえと悪態をつきたくなる。

 俺の言葉に少女はコクンと頷く。

 仕方なく無理やり意思の力だけで立ち上がった俺は少女背負おうとし、思い出す。

 ゴブリンの剥ぎ取り、きついが、これを持って帰らなければ自分の治療代すらないのだ、治療代もこれを持って帰った金額で足りるかは解らない。

 痛みと現実の有様に少しだけしっかりとした思考が戻り始める。

 プラプラ揺れる腕をみて、背負い袋から本来の用途ではない使い方をする為に焚き火用の薪を取り出し、ロープを斬りながらそれで添え木としながら腕を固定していく。

 それを終えた後、ノロノロとガンガンする痛みの中で必死に剥ぎ取りナイフでゴブリンの耳を削いでいく。


「くそっ! やりづれぇ!」


 片手では非常に耳を削ぎ落すのが大変だった。

 予想以上に時間をかけて十匹分のゴブリンの耳を削ぎ、新しい小袋を用意してその中に入れるなんて余裕もなく、乱暴にスライムのコアの欠片が入っている小袋の中に詰め込んでいく。


「あ、あの、ごめんなさい、ごめんなさい」


 そして時間が経ったためか少しだけ回復して真面に口が回るようになった少女は俺を見ながらそう謝ってくる。


「良い、もう良い、助けちまったんだ、絶対に連れ帰る」


 それに俺は乱暴にそう答えた。

 そして少女を背負う為に俺は少女に近づいていく。

 カンテラは、予想以上に丈夫な品の様だ、罅すら入らず残っていたのでそれを拾い上げ背負い袋と一緒に持ち上げる。


「あっ、あ、あの、あのあの、っっっっ!」


 そして俺が近づけば少女は顔を赤く染め、もじもじと下半身を捩る。

 少しだけ意識がしっかりとし始め、俺が近づき思わず顔をしかめた事で気づいてしまったのだろう。

 自分のいまの現状に。

 涙を浮かべ、流しながら、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいと耳まで赤くしながら謝り続ける。


「良い、仕方ない」


 ぶっきらぼうにそう返す以外の言葉を俺は知らなかった。


「……お前、物位は何とか持てるか?」


 そして背負い袋とカンテラをどうするかと考え、片手しか使えない現状少女を背負い支えるとその二つを持てない事に気付いて尋ねた。


「はぃ、立てませんけど、カンテラと背負い袋のそれを持つくらいなら多分できます、ごめんなさい、ありがとうございます」

「なら持ってくれ、それともう良い」


 背負い袋とカンテラを渡し、俺は少女を背中に背負う。


「ぎぃっ!」

「っ! だ、大丈夫ですか!」

「だ、だい、ぐっ! だいじょうぶ、だ」


 少女を背負った事で全身にまた痛みが走り膝をつく。

 少女は涙を流してまたごめんなさいと繰り返し始める。


「さわ、ぐな。だいじょうぶだと、言った筈だ。っ!」


 それに俺は乱暴にそう言葉を投げ、気合を入れて立ち上がる。

 ミシミシとまだ無事な場所から悲鳴があがり、胸からはめまいがする程の痛みが走る。

 間違いなく肋骨の類も折れている、折れていない訳がない、何で俺は生きているんだ?

 余りの痛みにクラクラとしながら、それでも意地となって倒れない。

 生きなきゃいけないからに決まっている!

 自分で生きている事に疑問を浮かんだ瞬間頭の中に熱が走り意識が覚醒する。

 そうだ、生きるんだ、生きなきゃいけないんだ!


「っ、いく、ぞ」


 そして俺は歩き始める。

 周りを注意する余裕なんてもはやない、モンスターに襲われれば終わりだ。

 だが俺はそんな事を気にする余裕もなくただ無心で前に前にと歩き続ける。

 背中に、首筋にポタポタと少女の涙が降りかかる感触が伝わってくる。


「づぁ、し、しっかり、つかまって、ろ!」


 俺に負担をかけない様にか、余りしっかりと抱き付かない少女がそれでずり落ちそうになり抱えている腕で無理やりそれを抑え込む。


「ぁっ、ごめ、ごめんなさい」


 遠慮するように、それでも逆にそれで迷惑が掛かっている事に気付いたのか、ある程度しっかりと首に腕が巻き付いていく。

 少女の暖かさと、濡れている部分の冷たさが伝わってくる。

 感覚がある、まだ生きている、まだ大丈夫だ。

 それを感じながらぼんやりとする意識でただひたすら前に向かって歩き続ける。

 どれだけの間歩き続けたのか、少女の声も何かを言っているのかは解るがそれが何を言っているの聞き取れない程意識が遠くなる、だが生きる為にいは進まなければいけない。

 ただただ感じられる少女のぬくもり、それを頼りに意識をたもち進み続ける。

 そして――――。


「――――ぁ」


 視界に明かりが灯る。

 ぼんやりとした視界の中でがやがやと煩い何かが聞こえ始める。


「――――っ! ―――――!」


 遠くなのか近くなのか、良く解らない場所で叫ぶような何かが聞こえる。

 生きるんだ、前へ進め。

 俺は足を前へと進める。

 進める進めるすすめ――――。


「良く生き残った、もう大丈夫だ」


 聞いた覚えのある男の声が聞こえた。

 ぼんやりとした視界の中で俺の身体を支える何かの感触が感じられる。


――――だい、じょう、ぶ?


 その言葉に声にならない声を上げた気がする。

 ぼんやりとした視界の中で何かが頷くのが見えた。


――――そう、か。


 俺はそして、その頷く姿を見て、今度こそ完全に意識を失った。

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