003
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ガヤガヤと騒がしい音が響く店内。
迷宮管理局の建物の中は非常に広く高く、そして人が多くいた。
扉を開けて中に入ってまず最初に目に入ったのは奥にある巨大な水晶、青紫色で半透明の水晶だ。
大きさはどれだけ大きいのだろう、建物の天井まで伸び揺らめく蛍火の様な幻想的内光がその周囲に漂っている。
消えては付いて、付いては消えて、思わずその光景に目を奪われる。
「すげぇだろう? 俺も最初のころは来るたんびに目を奪われたもんだから良く解るぜ」
そんな風に茫然としていた俺の肩がポンと叩かれる。
驚き振り返ればがたいのよい金属鎧に身を包み大剣を背負った戦士が二カッと気持ちの良い笑みを浮かべながら俺を見ていた。
頬に傷がついており、僅かに見える腕の部分にも傷があるのが見える。
恐らく体のあちこちにも傷があるのだろう、歴戦の戦士、そういう印象が浮かぶ男だ。
厳つい顔ながら人好きのする様な笑みを浮かべる男の表情に俺は少し戸惑いながら頷いた。
「だろう? まぁその様子を見ると本格的に初心者って感じに見えてな、装備の様子も見れば尚更だけどよ」
入り口で茫然と水晶に目を奪われるのは此処に初めて訪れる者達の共通事項という事だ。
時折そうでない者もいるらしいが、大概はそうであり、そういう相手には手隙の迷宮探索者、アンクノウパゥサァー、未知を追及する者達という事でアンサーと呼ばれるらしい人達が簡単にレクチャーする様になっていると聞いた。
先輩が後輩に簡単なルールを教えるようなもんだなと男は笑う。
「っと、そういや名も名乗ってなかったな、俺はエキサってんだ、まぁ宜しく頼むぜ」
「俺はケルンだ、良く解らないけど教えて貰えるって言うなら助かるし、宜しく」
任せときな! と元気な返事がエキサからかえる。
取りあえずと前置きを老いてエキサが改めて水晶に視線を向け、俺もつられ水晶を見る。
「あれが迷宮の入り口だ。ラビスタルと呼ばれる水晶だな。おっ、丁度良い今から迷宮に潜る奴等がいるから良く見てろ」
そう言って視線を向けたの所には水晶の前に立つ六人組のアンサー達の姿だ。
何事か、少しの間水晶の前で立ち尽くした後手をそっと水晶に触れるとそこに入り口が開かれる。
水晶の色と同じ青紫色の直径二メートル位の門の様な不思議な入り口だ。
そしてアンサー達はその入り口から奥へと進み姿を消し、そして入り口が閉じる。
「見てたな? あの水晶の前で準備が整った後に【導け】の言葉であの門が開く様になってるんだ。どうしてかとかは聞くなよ? 学者連中じゃねぇんだから詳しい理屈何てわかりゃしねぇからな」
特にそんな事を知りたいと思っている訳でもないので素直に頷く。
凄い、そんな言葉しか出てこなかった。
「んでその周囲はまぁなんでもねぇただの広間みたいなもんだな、んで見てわかる通り左右に大きなカウンターがあるだろ? 左側は受付と依頼何かが受けられるカウンターで右側が採取したり剥ぎ取ったりした物の買い取りカウンターだ。勿論買い取りは信用できる買取屋がいるならそっちに持って行っても問題はねぇ、だが大概の場所じゃ買いたたかれたり騙されたりするからな、素直に管理局のを使った方が安全だ」
「買取の金額って言うのは決まってるんじゃないのか?」
「ん? あぁ、一応決まってはいるが、それは常時必要な類の剥ぎ取りや採取品に限ってだな。ポーションの材料やら食い物の元となる肉や野菜とかな? そうじゃない珍しい物、もしくは常時使う物じゃなく必要に応じて使う物、毒の類やそれを回復するための素材、石化や麻痺のポーションの材料となる物とかだな多いのは、そういうのを手に入れた時は時価だ、保管できている量が少ない時は高くなるし多い時は安くなる、んで外で売る場合は基本的に信用出来る、もしくは深い付き合いがある買い取り屋でもなけりゃ基本的に管理局より安くなるぜ、貴重品に至っては本気で馬鹿を見る事がある」
だから知り合いにその手の輩がいないんなら素直に管理局を使っとけとエキサに言われる。
物の価値も解らなければ、騙されているかどうかすらわからない今の俺には管理局以外を使う選択肢はないという事が嫌でも解る。
「んでカウンタの脇に階段があるだろ? その二階は相談所っていうかまぁ酒場みたいなもんだな、迷宮をどう潜るか、どんな物が必要か、依頼を受けてる場合は時折依頼で一緒になる奴等もいるからそいつらとの話し合いとかをする場所だ。んで三階は管理局職員と管理局長の部屋だ」
上を見上げれば天井と水晶部分だけ僅かに相手天井まで伸びている光景だけが見える。
上の階の光景を下から覗くのは難しいようだ。
「んでケルンは今までモンスターと戦った事はあるのか?」
「えっ? あ、ああ、一応ゴブリン達と何回か遭遇して応戦した事はあるよ、倒したりしたのは違う人だけど」
「ふむ、ってェ事は相手取ってビビって何も出来なくなるって事は大丈夫そうか?」
「ああ、その確認か、それは大丈夫。ビビる事はあってもそれで止まる事はないから」
止まれば強くなれないで死ぬだけだから。
「……そうか! 取りあえずそれならこっちだ、まずは受付を済ませちまおうぜ、終わればお勧めの依頼を教えてやるからよ」
俺の顔を見た後少し何か考えた様子のエキサは直ぐに二カッと笑みを浮かべて左の受付のカウンターに俺をつれて行く。
「リードゥ新人だ、登録を頼む」
「エキサさんはまた案内をしてくれていたんですね、ありがとうございます。初めまして私はリードゥ、この迷宮管理局の職員で受付業務を担当させて頂いています、宜しくお願いしますね」
エキサに連れていかれたカウンターに座っていたのは綺麗な女性だ。
淡い金色の髪をしっかりと整え腰下まで長し、微笑む瞳の色は黄色、白い肌とほっそりとした体形の美女と言って過言ではない女性だった。
「俺はケルン、宜しく」
そんな事は俺には特に関係もないのでそのままペコリと頭を下げる。
「ケルンさんですね、では登録を始めて行きたいと思いますが読み書きは可能ですか?」
「ああ、共通語なら問題なく読み書きを習ってるから大丈夫」
「でしたらこちらを一度ご覧ください」
そう言いながらリードゥは一枚の書類を俺の目の前に差し出しカウンターの上に載せる。
そこには自分の名前や出身地、現住所、出来る事等が書く欄があり、その下にはこの迷宮管理局に所属する以上は――――から始まる決まりごとが色々と掛かれている。
それを読んでいきながら、読み終えた俺はサラサラと名前や出身地を記載していく。
「まだ決まった宿とかは決めてないんだけど、その場合は現住所はどう書けば?」
「其れでしたら無しで構いませんよ、決まりましたら改めてお教えいただくようになります、後宿を変えたりした時もご連絡をお願いするようにしていますね。登録書の下記にも書いてありますが緊急招集を行う事があり、その時に連絡が取れないと困りますので」
「……緊急招集って言うのは頻繁にあるもんなのか?」
「いえ、基本的には滅多にありません。迷宮管理局の名のもとに大々的に緊急招集が行われる場合は迷宮からモンスターが溢れかねない場合位ですね。そして現状人が増え続け多くのアンクノウパゥサァーがいるので起こる可能性は殆どないと思っても大丈夫ですよ。後は個人に迷宮管理局から依頼したい事がある場合等、犯罪を起こした時に即座に動けるようにという確認の為が大きいですね。勿論依頼に関しては断る権利もありますので無理にという訳ではありません、緊急招集に至ってだけは起こってしまった場合は強制ですが」
「そんな事もあるのか、解ったよ」
問題らしい問題がなければ良いんだけど、そんな事を想いながら俺は記入を終え書類を返す。
「はい確かに、ケルンさんは新人アンクノウパゥサァーとしてこれで登録は終わりました。此方のネームタグをお持ちください」
書類を受け取ったリードゥはカウンターの下から続いて銅色のネームタグを取り出し俺に差し出してくる。
「あ、その前に登録料を頂いていませんでしたね、申し訳ありません。登録料で五百ガルドを支払っていただく事になっていますが大丈夫ですか? 現状お金がない場合は一時登録となり、迷宮に潜った跡の回収した素材類は全て迷宮管理局で買い取り、そこからまず登録料を回収させて頂くと言った形になりますが」
「それは大丈夫だ、ちゃんと持ってきてるから」
そう言いながら最後のお金を俺はカウンターに乗せる。
「……はい間違いなく確認いたしました、改めてこちらをどうぞ」
そう差し出されたネームタグを受け取った。
「強く握り自身の名前を念じてみてください」
「?」
良く解らないが言われた通りにしてみる。
すると握りしめた掌のネームタグは暖かさを放ち、すぐにそれが収まった。
「その表情を見ると成功したと思うのですが、確認して頂いてもよろしいですか?」
その言葉通り掌を開きネームタグを見てみれば、そこには俺の名前がしっかりと記されている。
「本名の確認も無事完了しました。これで完全にアンクノウパゥサァーとしての登録が完了となります」
それを聞いて俺は思わずリードゥを見つめる。
リードゥは変わらぬ笑みを浮かべながらニッコリと微笑んでいるだけだ。
此処で偽名などを使っていた場合はばれ、何かしらの問題となったのだろうとそれから解る。
見た目で判断するのは危ないと、俺は改めて心に誓った。
「うっし登録は終わったな? ケルンのは銅タグ、そこから鉄、銀、金、黒鉄、白鉄、虹石と変わっていく訳だ。これは依頼を受けたり素材を売却したりして迷宮管理局の信頼度と貢献度によって上がっていく訳だな、色が上がればその分買い取り金額に色を付けて貰ったり、ギルド内の買取カウンターで扱ってる道具類の割引サービスを受けれたりするから出来れば上げておいた方が得だぜ? まぁ上げすぎると面倒な依頼とかも舞い込むからそこそこ位で止めておくのをお勧めするけどな」
「エキサさん?」
「わぁってるわぁってる! もう言わねぇよ! ったくおっかねぇな」
エキサが上げすぎると面倒なと言い始めたあたりでリードゥの笑みが変わらないまま威圧感だけが増す。
そのまま可愛らしく小首をかしげエキサの名前を呼ぶと、エキサはビクッとした後に頭を掻きながら肩をすくめながらそんな返事を返した。
「(……逆らっちゃいけない人ってのは何処にでもいるもんなんだなぁ)」
それを見て村の幼馴染の事をちらりと思い出し歯を食いしばる。
「……悪い悪い、待たせたな! んで続いて依頼に関してだな、隣のカウンターだが、面倒だしリードゥ一緒に説明して構わないか?」
「ええ、問題ありませんよ。今は後ろに待っている人もいませんからね」
「助かるぜ」
俺が思わず思い出してしまった事で顔を俯かせると、元気な声でエキサがリードゥに確認しだす。
「んじゃ新人にお勧めの依頼だな、ゴブリンと相対した事があるってぇならまずはそのゴブリン討伐だ。迷宮内の浅い場所に潜んでやがるからな。あいつらは残虐で狡賢い、そして女好きだ。新人の女アンサーなんかが時々あいつらの巣で酷い事になってやがるから見つけ次第討伐する事が推奨されてる。んでもって依頼に常時その討伐依頼があるんだ、これは後からでも受けられる依頼だからな、迷宮でゴブリンを倒した場合帰りに受付で依頼を受けて達成すれば問題ねぇ。このゴブリンの討伐したという証は耳だ、両方セットで一体討伐したとみなされるぜ。最低五体は倒さないと依頼は達成扱いにならねぇから集めておいてってやり方も出来るな!」
「討伐以外ですが薬草の採取と鉱石の採掘も比較的安全な部類としてはお勧め出来る依頼となっています」
「ああ、いやそれは無理だ」
リードゥが薬草と鉱石についての依頼を説明しようとすると苦虫を潰したような顔でエキサが遮る。
少しだけ笑みが崩れ不思議そうな表情でエキサを見るリードゥ。
「薬草と鉱石の場所は特定の連中が縄張り扱いしてやがる、一度二度程度なら問題はねぇが、何回もやると目を付けられて中で消される可能性がたけぇんだよ。まぁ縄張り扱いしてる場所は解りやすいぜ、絶対にそこに一人以上待機している奴がいるからな、少量であったり根こそぎとったりする様子を見せなければ今言った通り一度二度くらいなら見逃されるが、それでも顔はしっかり覚えられるだろうな」
「その報告は受けていませんが?」
「お前さん方に行ったところでどうなる? 意味がねぇ。まぁ余りにも酷すぎる場合はこっちもこっちで動くから今回というよりも新人に進めるのは今の内は辞めとけ」
「……ええ、エキサさんの忠告はしっかりと心にとめておきましょう」
「頼むぜ?」
そんなやり取りをした後、俺に視線を戻しエキサはもう一つお勧めの依頼について言っておくぞと続ける。
「これはケルンの武器が棒見たいだからお勧めする相手だがな、スライムのコアの欠片集めだ。見た所それ鉄心が入ってる棒だろう? それだけの重さと強度があれば叩き潰せるだろうからな」
「スライムっていうと、あの酸の塊のモンスターか?」
「あぁ、やっぱりその辺りを勘違いしてるか。スライム酸のモンスターじゃねぇんだ。一応鉄と肉を溶かす特性を持っているが、溶かせるのは鉄と肉だけなんだぜ? 木材とか石の類は溶けねぇんだよ。と言ってもしっかりその棒を振って動けるようにでもならなけりゃゴブリンより危ないっちゃ危ないけどな。逆に言えばちゃんとそれを扱えて、動き回れるならゴブリンより安全だ、あいつらは動き自体は鈍いからな」
「意味のない依頼をお勧めしたというだけですと少しばかり受付としても情けないばかりですので、一つ依頼ではないですが面白い事をお教えしましょう。迷宮の洞窟内、初めて入る迷宮の先は洞窟となっているのでそこの事ですが、そこに落ちている少し大きめの手のひら大の石を見つけたなら余裕があれば拾って帰ってくると良いですよ。石を削った中に鉱石、極極稀にですが宝石の類等が入ってる事もありますので」
「ふぁっ!? ちょ、まて、それこそ俺はしらねぇぞ!」
「ええ、お教えしていませんもの、それが判明したのも此処一年程度だったのでエキサさんに今更教えても意味がないでしょう?」
「ああ、くそっ! 今こうして俺にも教えたって事はこれからは普通にその情報も広めていくってことだろう、情報収集がまだまだ足りてねぇじゃねぇか」
リードゥがクスクスと笑い、エキサが肩を落とす。
随分と仲が良いという事がその様子から良く解った。
「ああ、そうでした、ゴブリン討伐は五体で百ガルド、スライムのコアの欠片はしっかりと欠片と言える位には残っているのが前提で一つのコアの大きさ分で二百ガルドになりますね。スライムのコアの欠片は普通にやると大体三体程倒せば一つ分の大きさのコア分位になると思いますよ? スライムは特殊で死ぬ間際にコアが小さくなって少し溶けてしまいますからね」
「まぁ何事も経験だな、最初の内は安全マージンをしっかりと確認する事に努めるこった、自分が何処まで行ける、何処までは安全かを確認してからちゃんとした迷宮探索を始めた方が良いぜ。後迷宮の洞窟に限らねぇが暗い場所だな、そこでカンテラや松明を使う場合は気を付けろ、視界は確保できるが相手側から奇襲を受ける可能性も上がる、明かりがあれば遠くからでもそこに誰かがいるって言うのが解っちまうからな。大概暗闇にいるモンスターは暗視が利きやがるからな」
二人に色々と教えられ、俺は忘れないうちに買った紙に教えられた要点だけを書いていく。
「本当に助かる。取りあえず出来るだけ頑張って無理だと思ったら戻る事にするよ、生きなきゃいけないしな」
「おう! そうだぜ、死んだら終わりなんだ、しっかり生き残らなきゃいけねぇ! それが一番大事だ! ってあたりで簡単なレクチャーは終わりだ、頑張れよケルン」
「ありがとう、勿論だ」
「ふふ、私からも応援させて頂きますね、頑張ってください」
「ありがとう」
そんなやり取りをしてエキサは水晶の方へ歩いていき中へと入っていった。
俺は軽くリードゥに頭を下げ、エキサが入った後の水晶を少しの間見つめる。
そしてパンパンと頬を叩いて気合を入れ【紡げ】と声を上げた。