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迷宮狂騒  作者: 榊原
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2/24投稿

 扉を開けて中に入ればふわりと古い道具の匂いが感じられた。

 中を見ればごちゃごちゃと沢山の良く解らない道具が並んでいるのが見える。

 店内はそこまで広くはない、一応看板に道具屋のマークは書かれていた物の半分削れ辛うじて読み取れるという程度だった。

 細長いテーブルの上にこれでもかと溢れんばかりに並べられた用途不明の道具達、その周囲にある棚にはポーションだと思われる緑色の液体が入った瓶や、紫色の明らかにあれは毒だと感じられる類の物まで並んでいる。

 俺はそんな中のアイテムに目を向けず、そっと入り口付近の窓から覗かせていた一つの人形を手に取った。

 懐かしい、そう思いながら人形に視線を這わせていく。

 変哲の無い木の人形、藁と布で簡単に装飾が施されその胴体に小さく文様が掛かれているだけの何の意味も持たない人形だ。

 そっと俺はその文様に手を這わせる。


「おや珍しい、幸運の木人形を知っているのかえ?」


 そんな俺に店の奥からそう声がかけられる。

 俺が振り返れば誰もいないと思っていた底にちょこんと座る婆さんの姿があるのに気が付いた。


「ああ、母さんが大事にしていたからな」

「ほぅほぅ、それは良い親御さんだったんじゃな、それは儂の作じゃが良ければ買っていくかえ?」

「……いや、ただ懐かしかっただけなんだ」

「そうかえそうかえ、そうじゃの、お前さんに必要なその人形は儂ではちとたらんかったの、すまんことを聞いてしまったのう」


 そんなやり取りをしながら俺はそっと丁寧にその人形を元の場所へと戻していく。

 そして婆さんに近づいて要件を告げた。


「構わないよ、それよりここで迷宮に潜るのに必要な道具とかは扱っているのか?」

「ふむ、一応扱ってはおるよ。と言っても一応と言ったようにちと特殊な部類になってしまうがの」


 そう言いながら婆さんはごそごそと近くの棚から道具をいくつか取り出しカウンターの上へと並べて行く。


「儂の所に在るのは基本的に魔具と呼ばれる類の物でな、これは魔照、魔力で光を灯すカンテラじゃの、こっちが魔縄という奴でな、長さ三十メートル程度じゃが魔力を込めれば使用者の望む通りにある程度動かせるという物じゃ」


 婆さんがそう言いながら実演してくれる。

 魔照は婆さんが何かをすると明かりが灯り、また何かをするとそれが収まった。

 魔縄は同じく何かをするとにょろにょろと鈍い蛇のようにのたうち動き始め、ゆっくりと縛ったり解いたりという事を繰り返した。


「魔縄は人を縛ったりする用途には向かないが、穴に落ちた時等に上に誰かがいなくてもひっかけ縛れる何かがあればどうにかなったりするからかなり便利じゃのう」


 試しにと婆さんは近くの支柱にその魔縄を巻き縛り引っ張ってみる。

 それはしっかりと縛られほどける様子を見せずにぐいぐいと問題なく使えそうなのが解った。


「そしてこれが魔水という魔具じゃ、これは魔力を込めると水が中に湧き上がるという物じゃの、ただこれは少しばかり魔力を多く使わなければならんのが難点じゃな」


 ほれと渡された魔水と呼ばれる水筒の様な魔具の中を覗けば確かに水が溜まっているのが見える。


「こういった類の魔具を扱っているのが儂の店なんじゃよ、普通の道具であれば管理局の隣にある大きな道具屋が一番じゃよ」


 中の水をコップに移し替え、俺にそのコップを差し出しながら婆さんはそう伝えて来る。


「どれもこれも安い物じゃないからの、物好きな奴等か余程迷宮に根を詰めて潜る様な者じゃなければ目を向けぬ物ばかりなんじゃ」


 婆さんもまた自分のコップに水を入れてコクコクとそれを飲み干していく。


「安い物じゃないというと幾ら位なんだ?」


 俺もまた差し出されたコップの水を感謝の言葉を告げ飲み干していく。


「魔照が五千ガルド、魔縄が三千ガルド、魔水は一万五千ガルドだの」


 高い、高すぎる。

 一ガルドあればパンの一切れが食べられる、十ガルドあれば昨日止まったような粗雑な宿で素泊まりが出来る、五十ガルドも出せばちゃんとした宿で朝と夜の食事つきで泊まる事が出来るのだ。

 確かに便利ではあるが全く手が出せない物だという事だけは解った。


「そうか、それは流石に無理だな、それじゃあポーションとかの類はそこの棚の奴で良いのか?」

「うむ、低級ポーションはそこの棚に並んでいる緑色の液体の瓶の奴じゃの、近くの紫色の刃毒を与えるポーションじゃから間違うと酷い事になるぞ」

「流石にそれは間違わないと思うよ、それでポーションは幾らなんだ?」

「低級のポーションなら一つ三百五十ガルドだよ」

「やっぱり高いな、あ、解ればで良いんだが普通のそう言ったロープやカンテラ、水筒とか袋とか一式必要そうな物を揃えるとなると幾ら位になるか解るか?」


 ポーションを手に取り買うかどうかを悩む。

 武具は百ガルド程予算より浮いたが、道具に使える予算はもともと五百ガルド、浮いた分と合わせて六百ガルドだ。

 半分以上が一本の子のポーションで飛んでいく。


「そうじゃの、最低限の物を揃えるなら百五十ガルドもあれば揃うと思うのう。余裕をもってと考えるのであれば水筒やカンテラの油等を多めに持つ事を考えて二百ガルド程度かの? と言っても重たすぎて持ち運びが出来ないとなっては意味がないからの、それを考えて決めると良いと儂は思うぞ」

「それ位か、それならこのポーションを一個貰えるか?」

「勿論じゃよ」


 俺はそれを聞き終えてポーションを一個カウンターへと持っていく。

 袋から金を取り出し支払いを終えると婆さんは無理はするんじゃないよと声をかけて来た。

 俺はそれに答える言葉は持たず、軽く頭を下げながら店を後にする。

 そのまま言われた通り立派な建物、迷宮管理局と呼ばれるその隣に建つ大きな道具屋の中へと入っていく。

 中は先程の道具屋と違いかなり広い。

 いくつものテーブルが並び、その上にポーションやナイフ、縄から蝋燭やカンテラ、松明等も色々おいてある。

 周囲の棚にはテーブルの上に並んでいる物より上質だと思われる類の道具が並び、店の奥には階段があり、その上へと立派な装備に身を包んだ歴戦の戦士と思えるような人が昇っていく姿も見える。


「いらっしゃいませ~」


 そして店の中に入るとカウンターの奥に建っている女性が笑顔でそんな挨拶で出迎えてくれる。

 と言ってもチラリとみられた後すぐに視線は外れ、他の客との会話に戻っていった。

 店内はそこそこまだ朝も早いというのに賑わいを見せており、十数人の姿が見受けられる。

 俺と同じようにまだ新品と思えるような装備に身を包んだ者から、傷つき修繕され何度も戦いを潜り抜けたと思えるような鎧を身に着けた者まで様々だ。

 取りあえずテーブルの上に並ぶ丈夫そうな三十メートルくらいのロープ、水筒を三つ、カンテラとそれに必要な油を五つ、大きな背負い袋と五つ程の小袋を手に取っていく。

 背負い袋の下部には小袋を結う事出来るようにと備えもつけられており、やはり剥ぎ取りの品等をこうして小袋に入れて運ぶようにしているのだと当たりがつけられた。

 これで良いかと考えた後、カウンターへと向かう前にテーブルの上に在る道具に目が留まる。

 紙と黒炭だ。

 そう言えばと、俺はこれから迷宮に潜ろうと思ったが地図も何もない、いや地図は高い物と相場が決まっている以上元より期待はしていないが自分が潜った場所をずっと覚えていられるかどうかと考え、俺はそんなに頭が良くないと結論付ける。

 十束の紙と紙に文字などを各用途用の黒炭も一緒に追加で抱えカウンターの上へと並べて行った。


「三十メートルのロープが一つ、小水筒が三つ、カンテラが一つ、カンテラ用の油が五つ、紙が一セット、黒炭が二つ、背負い袋中が一つ、結い袋小が五つで合計二百十ガルドになります」


 俺は袋から金を取り出し支払っていく。


「ありがとうございます、丁度頂きますね。またのご利用をお待ちしております」


 ニッコリとカウンターの女性は微笑み頭を下げて来る。

 つられるように軽く頭を下げ、俺は背負い袋の中に買ったアイテムを詰め込んでいった。

 それを肩にかけて持ち上げると少しだけずっしりとした感触が感じられる。

 問題がない程度、そう判断して俺はそのまま外にでた。

 保存食はどうするか、そう考えて周りをキョロキョロと見回し酒場と思われる店が一軒だけ丁度開店するように入り口が開かれたのを見て足を運ぶ。


「とと、あらお客さん? もしかして開くの待ってたかしら?」


 入り口を開けた女性は少し驚いたように俺を見てそう声をかけて来る。


「ああ、いや違う、偶々目に入っただけでタイミングが良かっただけだよ」

「それなら良かった、待たせたんなら悪い事したかと思ったからね、それじゃあいらっしゃい! ようこそ狂鹿の断斬亭へ」


 女性はからからと笑いながら俺を中へと案内してくれた。


「それでご注文は?」

「あっ、食事に来たわけじゃないんだごめん、保存食とかって扱ってるかと思って来てみただけなんだが、どうだ?」

「あ~そっちのお客さんだったの、家に来るって事は来たばっかりの子かしらね? 一応あるよ、でも保存食の類は管理局の中でも買えるようになってるよ。そっちの方が安いんだよねぇ」


 女性は勿論美味しいのはこっちの方が比べようもない位だけどねと胸を張る。


「そうだったのか、まぁ予想通り今日から初めて迷宮に潜ろうって思ってるんだ。ちなみにここで保存食を買うと幾らで管理局の中だと幾らなんだ?」

「家だったら一日分二食として十ガルド、七日分だと五十ガルドだね。管理局の中だと確か一日一食で五ガルドでなのか分だと二十ガルドだった筈だよ」


 家で出してるのはこんなのだよと、一度店の奥に行くとその現物の保存食をもって出て来た。

 塩で固められた干し肉と乾燥した野菜のセットだ。


「干し肉の塩を水で溶かして干し肉の油と塩でスープになるんだよ、そしてそこにこの乾燥した野菜を煮込むとそれなりに美味しく食べられるって訳さ。管理局の中で扱ってるのは黒パンが二つだった筈だから安さ以外じゃ絶対に家の方が良い物を出してるよ! 管理局の中に入る前にきたんだろう? あんたは結構運が良かったと思うよ? 実際こうして酒場とか食事が出来る場所で保存食を扱ってるって知らない連中も結構いるしね」


 それでどうすると女性は尋ねて来る。


「取りあえず三日、いや二日分の保存食を貰えるか?」

「はいはい毎度!」


 金を払うと嬉しそうに笑いながら女性は保存食を硬い紙に包んで渡してくれる。


「出来れば保存食以外に食事とかも御贔屓にってね」


 期待して待ってるよ! そう言いながら俺の背中をバンバンと叩く。

 見た目と相まって酷く肝っ玉の太い女将の様な存在だと感じながら、俺は無事に帰ったらよる事にすると伝えて店を出る。

 そしてもう一度道具屋に入り火種と焚き火用の薪をいくつか買い道具と装備に使う予定だった金をピッタリ使い切る。

 あと残っているのは登録費、それを支払えば本当の意味で無一文となる。

 迷宮で何かしらの成果を得なければ飢えて死ぬ、もしくは外で寝る事となり身ぐるみはがされて途方に暮れてやがて死ぬだろう。

 後がない、これ位で丁度良い。

 俺はそんな事を考えながら迷宮管理局の中へと足を踏み入れたのだった。

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