014
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迷宮の二階、そこに挑む前にと出来る限りの情報を集めたいとリーゼが言い出した。
俺とリーゼが一階を突破した事は知られている、というのも銅タグが鉄タグへと変化したからだ。
一階を突破できない人は絶対に銅から変化する事は無いという事を、その時にリードゥから聞いた。
それからだ、俺とリーゼは少しだけ色々と情報が利きやすくなったのは。
どうやら新人というか銅タグの人には一階の情報の触りしか流さない様にと注意されているらしい。
俺とリーゼもリードゥからそうお願いされた、下手な事をすると信用度が下がるので気を付けてくださいねと言われながらだ。
リーゼも前と違い普通に会話を出来るようになっているので二階についての情報は一週間ほどかけて色んなアンサー達から聞く事が出来ており、挑むために必要なアイテムを買いそろえる為にこの一週間は一階を再度潜っていた。
「毒と麻痺だったよな、四つずつ位持っていけばよいな。これが半分なくなるか、食料が危なくなった時点で帰るのを目安にすればよいだろう」
「そうですね、出て来るモンスターが増えているみたいですから強さもどうか確認しながらでしょうか?」
「そうだな、無理して死ぬのはごめんだからな。二階の相手が一階のゴブリン達の様に問題なく倒せる相手じゃなければ日帰りできる距離で最初の内は探索する感じにするか」
「はい」
新しく装備を整え、アイテムもそろえた俺とリーゼは最後の確認を済ませ迷宮の中へと足を踏み入れる。
本当に迷宮の中なのかと思う様な景色の草原、そこに風が吹く。
「風まであるんですね……」
リーゼは風に揺れる髪を押さえながらそう呟いた。
「ああ、だから匂い云々にも気を付けろって言われた訳か。ウルフリンクだったよな、この二階で一番多いモンスターは」
「はい、一匹見かけて声を上げる前に倒せなければ周囲の声が届く場所にいるウルフリンクが全部向かってくるようになるようです」
「おっかないな」
新しく買い替えたロングソードの柄をそっと触りとにかく動くかと言いながら前へと向かって足を進める。
それにリーゼもついてくる。
一階と違い一本道でも無ければ目印になる物もない。
俺とリーゼはこまめに地図を書き足しながら、先を進んでいく。
「これは、駄目ですね。地図だけですと間違いなく迷います」
そして門が見える範囲でぐるっとその周囲を回った後リーゼが困ったようにそう伝えて来る。
門が見えなくなる位置まで動くと方向が解らなくなりかねない、リーゼがそう言ったのでまず見える範囲で探索をしてみたのだが、そこで何かに遭遇する事は無かった。
「目印になる物か何かを埋め込みながら進むか?」
「いえ、今の状態でそういうのがないという事は恐らくそれは無理なんだと思います。コンパスでも買って方向を随時確認しながら進んだりした方がよさそうですね。太陽の位置等で解るかとも思ったのですが……」
そう言いながら空を見上げる。
そこには光り輝く太陽の様な玉が遥か頭上に浮かんでいるのが見える。
「あれは太陽でもなんでもないんですね。陰る事も無ければ動く事もありませんから大凡の当てにしかなりません」
困りました、そう肩を落とす。
「まぁしょうがないな、一度戻ってコンパス買ってから出直すか」
「はい、そうしましょう」
そんな感じで二階の最初の探索は何もなく幕を閉じた。
迷宮から戻った俺とリーゼは先ず婆さんの店に顔を出す。
「婆さん、方向が確認出来る魔具っていうのはあるか?」
「ほっほっほ、二階以降だと必須になってくるからのう、置いておるよ。コンパスでも何とかなる事はなるからの、余り売れておらんがほれ、これじゃ」
婆さんはそう言いながら手のひら大の丸いガラス玉みたいな物を取り出してコトンとカウンターの上に乗せる。
「これは?」
「これはのう、まず最初に起点となる場所を決めるんじゃ、そうするとその起点となる場所までの動いた場所からどの方向へ動いた、距離はどの程度というのが表示される魔具だの。ついでにその起点となる場所からどっちの方向に進んでいるかというのも解るようになっておるよ」
「便利だけど、コンパスの方が細かい進路確認には向いてそうだな」
「ほっほっほ、そうだの、これは咆哮確認もできるがどちらかというと帰還を確実に出来るようにするアイテムじゃからの。ただ単純に方向を確認するだけならばコンパスが一番じゃて」
「そういうもんか、それでそれは幾らなんだ?」
「これは二万ガルドじゃの、値段は高いがそれだけの価値はあると筈じゃ」
「たっかいな」
今の俺とリーゼでは手も足もでやしない。
頑張れば貯める事位は出来るだろうが、それならそれよりも武器や防具に金をかけたいと思ってしまう。
「ケルンさん、今は取りあえずコンパスだけで十分そうですね。ただ、この魔具はお金に余裕が出来たら必ず買いましょう。二階で今探してる場所は唯の草原ですけど森の中、山等が出て来たり迷路のような場所が出て来るとなった時にこの手のアイテムがあるとないでは生き残れる可能性が絶対に違います」
「そういうもんなのか、なら取りあえず頑張って金を貯めるか」
「ほっほっほ、なら頑張る事じゃ。魔具は迷宮の先へと進むのであれば絶対に必要になってくる物も多数あるんじゃ、必要に応じてしっかりと買っておくか、見つけておいた方が良いからの」
婆さんに最後そんな事を言われながらまた今度は買いに来ると伝えて道具屋で普通のコンパスを購入した。
時間帯的にそろそろ日が落ちる頃、俺とリーゼは今日は休んでまた明日迷宮へ向かおうと話し合い宿へと泊まる。
部屋は一部屋、離れたりしても問題なくなったのだから二部屋取ろうと言ったのだが頑なにリーゼがそれに首を振るのだ。
強引に事を運ぼうとしたら声もなく泣き始める、流石にそれでも強引にという事は俺にはできやしなかった。
その結果変わらず一部屋で俺とリーゼは過ごしている。
まぁ、あれだ、一部屋で一度一線を越えてしまった俺とリーゼは宿に泊まっている時は肌を合わせて一夜を過ごしていくようになっている。
溺れそうで怖い、だからこそ出来れば部屋を変えたいのだが、恐らく俺ではそれは無理だろう。
だんだんと変えたいと思う気持ちも薄れていくのがなお怖い。
そんな感じで翌日になり、俺とリーゼは迷宮の中へと再び足を踏み入れた。
「どちらの方向から探していきますか?」
リーゼがコンパスをセットしながら俺へと尋ねて来る。
「どっちっていっても何も解らないからな、取りあえず北の方向から調べていくか」
「はい」
リーゼがコンパスを持ちながら俺の後ろについて、俺とリーゼは歩き始める。
歩き始めて数時間程立った時だった、最初のモンスターを見つけたのは。
「リーゼ」
俺が咄嗟に地面にふせ相手に気付かれていないのを確認しながらリーゼに声をかける。
リーゼも俺の行動を見てすぐに同じように地面に伏せている。
「見える範囲にいはあのウルフリンクが一体しか見えませんが……仲間を呼ばれると一体も来ないという考えは捨てた方が良いと思います。話に聞くと大体五体から六体、多い時だと十体以上来る可能性もあるそうですから」
「そうだな、取りあえず、気づかれない様に近づけるだけ近づいてから声を上げる前に何とか倒したい所だが」
「幸いにも此方が風下になっています、匂いで気づかれる可能性は余程近づかないか限りは少ないと思います」
「そうか、ならゆっくりといくぞ」
「はい」
俺とリーゼはウルフリンクに気付かれない様にそっと這いながらそれへと近づいていく。
距離的に五百メートル程度、ゆっくりと相手がこちらの方向を向いていない時に近づき時間をかけながら百メートル位の位置まで辿り着く。
まだ遠い、だがこれ以上近づけば流石にばれる。
俺はウルフリンクがこちらと反対方向を見るのを待ち、その瞬間に静かに立ち上がり足に力を入れて駆ける。
俺が数十メートル近づいた所で相手もこちらに気付き、驚いたように逃げようとするが、こちらは勢いが完全についており、相手は初動、相手が逃げる前に何とか距離を詰めて剣でその背中を思いっきり斬りつける。
軽くその背中に刃は食い込み、苦し気な悲鳴をウルフリンクが上げその場に沈んだ。
だがまだ生きており、致命傷という程でもない。
俺は口を開きかけたウルフリンクに剣を離して首を絞めるように口が開けない様に締め付ける。
ぐぁぐぁと声にならない声、息が微かに漏れる音を発生させながらウルフリンクが必死に暴れ回る。
大きさは大体俺と同じくらい、だが最初に一撃食らわせその身体に傷を負わせていたこともありこちらの方が有利な状態になっていた。
「リーゼ!」
「はいっ!」
俺がその状態でひっさいにウルフリンクを押さえこみ、リーゼが近づいてきて俺が投げた剣でウルフリンクを斬りつけるが、真面に刃が食い込む事も出来なかった。
ならばとリーゼは今度は両手で逆手に剣を握り、全力で突き刺し始める。
流石にこちらは刺さり、苦し気な恨めし気な視線を投げかけて来る。
何度も刺していく、その度に相手の抵抗する力は弱くなり、十回近く刺した所でようやく完全にその息が止まった。
「終わったな? 周りに何かいるか?」
「はぁはぁはぁはぁ、っ、い、いえ、周りには、何もいないみたいです」
リーゼが慣れない、それも自分で持つには重すぎる剣を持って何度も扱ったせいか息を乱しながらも周りを確認して首を振る。
俺も起き上がり周囲を見回し、何もない事を確認してリーゼに助かったと礼を言いながら剣を受け取る。
「いえ、私も助けになれてうれしかったですから、これからも何か出来る事があれば遠慮なく声をかけてください。私に出来る事なら何でもしますから」
「助かる、これからも頼むな」
「はいっ!」
そんなやり取りをしながら息を整え、ウルフリンクの剥ぎ取りをしていく。
皮と牙が剥ぎ取ったさいの換金できるアイテムへと変わるのだが、乱雑につきまくったせいで皮は無理だ。
今の俺達の実力では皮を綺麗にとるのは難しいだろう。
牙を根元から抉り取り、牙だけを回収していく。
「取りあえず急いで離れるぞ」
「はい」
それだけを取った俺とリーゼはその場から急いで走って逃げる。
血の匂い、それが漂っているからだ。
それを頼りに仲間のウルフリンクが、もしくはそれを捕食する為の他のモンスターが近寄ってくる可能性がある。
俺とリーゼはその場から離れ、かなり距離を開けた場所で何が近寄ってくるかを確認するべく隠れる。
「……あれは、無理だ」
「そうですね、私達ですとウルフリンクですら二匹来ると危ないかもしれませんからね」
「そうだな、仲間を呼ばれる事を覚悟で真正面から戦うんであれば三体くらいは行けるかもしれないけど、それが多分限界だろうな」
「はい、なるべく後の事も考えると傷を負わないで安全に倒せるのは一匹でしょうね」
そんなやり取りをする視線の先には六体のウルフリンクが現れている。
風下に立ち、距離もかなり開けているためこちらには気づかれていない。
仲間の死を悲しむかのように鳴き声を上げ、暫くの間そうしていた後ウルフリンク達は散っていった。
「一体だけのウルフリンクか、他のモンスターを探すか」
「そうしましょう」
それが完全に見えなくなってから俺とリーゼは起き上がる。
ばっばっと身体に着いた草を振り払い、周囲の探索を始めて行くが、結局それ以降ウルフリンクを見つける事も出来ずに時間は流れる。
そして体力的に辛くなってきた俺とリーゼの意見は一致し、そのまま草原で寝るのは今の自分達では危険だと判断し迷宮の外へと戻る事になった。
「これは、暫くの間は金を稼ぐのが厳しくなりそうだな」
「そう、ですね。でも急いで死ぬよりは少しずつでもしっかりと力を付けて行った方が良いと思います」
「解ってるよ、取りあえず金が危なくなるまでは今日みたいに一体のモンスターを探して二階の探索、金が危なくなったら一階で金稼ぎって形にするか」
「はい、それが良いと思います」
小さく溜息を吐きながら俺はリーゼと連れ立って宿へと戻ったのだった。




