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迷宮狂騒  作者: 榊原
12/16

011-リーゼ

3/5投稿

 目の前では血が流れ雨水と混じって赤い水たまりになっている地面に横たわるケルンさんの姿が見えた。

 いやだ、いやだ、いやだ。

 あれは早く治療しないと助からない、早く魔法をポーションを飲ませないと助からない。


「ケルンさんっ! ケルンさんっ! ケルンさんっ!」


 私を助けてくれた人、私を唯一見て守ってくれる人、私を見捨てない人、私を私を私をっ!

 私だけのケルンさん。


「早く治さないとっ! ケルンさんっ!」

「うるせぇよ! 黙れっ!」

「ぐっ!」


 私が必死にケルンさんの元へといこうとするが、私の腕を何かがつかみそれを邪魔する。

 その何かは同時に煩いと喚いて私を殴り飛ばした。

 ああでも、そのお蔭で動ける。


「ケルンさんっ!」


 私は少し吹き飛んで腕の抑えが無くなったのを感じてすぐにケルンさんに近づいた。


「馬鹿がっ! 抑えとけって言っただろうがっ!」

「す、すいやせん」


 何かが喚いている、どうでも良い、今はケルンさんだ。

 ケルンさんがいないと私は生きていけない、ケルンさんがいないと私は何も出来ない。

 ケルンさんがいれば私は生きていける、ケルンさんがいれば私は何かが出来る。

 私は道具袋からポーションを取り出してその中身を傷ついて穴だらけになった背中に振りかける。

 飲まなければ効果は殆ど発揮されない、それでも少しはましになる。

 もう一本取り出して今度は飲ませようとするが、何かが私をまた蹴り飛ばしケルンさんから離される。


「ぎぃっ! け、けるん、さんっ」

「くそがっ! ポーションが一つ無駄になりやがった! 折角の俺のポーションを勝手に使ってんじゃねぇよ!」


 そう言いながら転がった私の傍にまた何かが近づいてきて蹴り飛ばす。

 その蹴りは私のお腹に突き刺さりぐぇと悲鳴が漏れた。

 強い痛みを感じるがそんなのは今はどうでも良い、ケルンさんだ、早くケルンさんを助けないといけない。

 ケルンさんは私がいつも死にそうにならない様にしてくれる、その為に傷ついてくれる。

 私が動けなくなれば待ってくれた、私が斃れれば傍にいてくれた、気を失っても離れないで手を握ってくれた。

 ケルンさんケルンさんケルンさん。


「ける、んさん」

「いい加減大人しくしろよっ! 売れなくなるだろうがっ!」


 ガンガンと私を蹴り飛ばしながら何かが喚く。

 どうでも良い、約束だ、約束があるんだ。

 ケルンさんは何時も守ってくれる、私も守らないといけない。

 ケルンさんが守ってくれる、私もケルンさんを守る、約束、誓い。

 そんなの無くても私にはケルンさんしかいないのだ、どうにかしないといけない、早く、早くっ!


「じゃ、ま、です、じゃま、ですっ」


 私は少しずつ私から離れていくケルンさん、死にそうになっているケルンさんの元へ行くのに邪魔をする何かに視線を向ける。

 邪魔だ邪魔だ邪魔だ。

 私は立ち上がる、痛みも何も今は感じない、ケルンさんに近づくのが、治療するのに必要ないから。

 邪魔な物はよける、邪魔な物はどける。

 そして私を見て何かが面白そうに笑う、どうでも良い、とにかくその何かを早くどけてケルンさんを助けるんだ。


「行かせる訳がねぇだろう馬鹿がっ!」


 そう言いながら私の腕をつかみ、転ばされる。

 邪魔だ、何故邪魔をするんだ。

 ケルンさんが笑えなくなる、私を見て仕方ないと、良いと苦笑をしてくれなくなる。

 声を聞けなくなる、匂いがかげなくなる、暖かさを感じられなくなる。

 邪魔だ。


「にしても少しばかりちいせぇが良い身体つきだぜ、高くうれがっ!」


 邪魔だ邪魔だ邪魔だ、さっさとどけろ。

 私は掴んでいる腕にかみついた、ぶちっと何かの肉をかみちぎったのを感じ、それを吐き捨てる。

 腕が離れ私はそのまま立ち上がりケルンさんに向かおうとしたが、背中に何かが刺さった。


「くそっくそくそくそっ! 糞アマがっ! なにしやがる! 殺すぞっ!」


 何かが喚きながら私の背中に何かを突きさしてまた転がされる。

 血が流れるのが見えた、ああ、ナイフか何かで刺されたんだ、それに気づいた。

 死にたくない、私は死にたくない。

 生きたいのだ、だからケルンさんを助ける。

 ケルンさんがいないと私は死ぬ、ケルンさんがいないと私は死ぬ。

 這いずりながらケルンさんに近づこうとするが、またナイフが突き刺される感覚が背中に感じた。


「くそくそくそっ! おいっ! 何やってやがるっ! お前も早くこいつをどうにかしろっ!」

「へ、へい! で、ですが兄貴、そんなにしちまったら売り物に……」

「うるせぇ! この俺に噛みついてきやがったんだ! しっかり後悔させてやぐがぁぁぁ!?」

「兄貴っ!」


 この邪魔をする奴を先にどうにかしないといけない、ケルンさん、ケルンさんならどうするんですか?

 ……ああ、そうだ、ケルンさんなら。

 私は道具袋の中に入れている剥ぎ取り用のナイフを取り出して背中に乗りながら喚いている何かに突き刺した。

 何かは悲鳴を上げながら私の背中から落ちる。

 私は起き上がってそのまま何かに近づいていく、何かは何かを喚き、私が刺した場所を押さえながら涙を流していた。

 そのまま近づいて私はその何かの首に剥ぎ取り用のナイフを突き刺した。


「ごぷっ」


 突き刺した場所から血が溢れ、何かの口から血と一緒にそんな音が漏れた。


「兄貴っ! て、てめひぃっ!」


 もう一つの何かが喚いて私に近づいて来ようとした、視線を向ける。

 何かは私を見ると足を止めて悲鳴を上げたあと、後ずさって逃げて行った。

 どうでも良い、これで邪魔をするのがいなくなった。


「ケルンさんケルンさんケルンさん」


 私はすぐにケルンさんに近づいてポーションを取り出した。

 口に含んでそれを飲ませて行く。


「ぎぃがっ!」


 白い目を見開き、意識は戻っていない筈なのに苦痛の声だけが上がる。

 背中の傷が少しずつ治っていく、完全には治りそうにない。


「癒しの光りよ」


 私は同時にその背中に魔法をかけて行く。

 血が足りなそうだ、ああ、そうだ、血ならあるじゃない。

 私は自分から流れる血をその背中にかける。

 でも、傷から血を入れても意味がないかもしれない、それに気づいて今度は自分の血を口に含んでケルンさんに飲ませて行く。

 中々飲んでくれない、でも、血が足りないと危ない、飲んでもらわないと。

 私は何度も何度もケルンさんに口付けをしながら血を呑み込ませていく。


「あぁ良かった。ケルンさん、これなら大丈夫そう、良かった」


 ケルンさんの背中の傷が治り、穴が塞がるのを見て私はホッと一息漏れる。

 そして、続いて背中と全身に痛みを感じ始めた。

 痛い、でも、これはケルンさんの為に感じる痛みだ、何処か心地良い。

 ずっとでもこのままでいたい、でもこのままでは死んでしまう。

 私はまだ死にたくない、ケルンさんと一緒にいなければいけない。

 あれ? 私は死にたくなかった、生きたかった、なんでだっけ?

 ケルンさんを見る、少し顔はまだ青白い、それでももう大丈夫そうなのがはっきりわかる。

 そっと赤く染まる唇に指を這わせる。

 ケルンさんは笑うと意外と可愛い、ケルンさんは意外とエッチだ、ケルンさんは凄く優しい。

 ケルンさんは不愛想そうに振る舞うけど感情豊かだ、ケルンさんは大人びて見える時もあるけど本当はかなり子供っぽい人だ。

 ケルンさんの手はごつごつしてるけど暖かい、ケルンさんの身体は色々傷ついているし大きいけど暖かい。

 ケルンさんの匂いは安心できる、ケルンさんの傍だと安心できる。

 ケルンさんは私を見てくれる、ケルンさんは私の名前を呼んでくれる。

 ケルンさんは私の為に生きてくれる、ケルンさんは私の為に考えてくれる。

 ああ、そうか私はこの人が好きなんだ、それに気づいた。

 この人と一緒にいたいから生きていたい、この人と一緒にいたいから死にたくない。

 この人の為なら何でもできそうだ、この人の為なら。

 あはっ、ケルンさん、私は貴方が大好きみたいです。


「あはっ、あははっ! ケルンさん、私、ふふっ」


 思わず笑みが漏れる。

 ああ、そうだった、私の傷を治さないと、ケルンさんが見たら心配するかもしれない。

 凄く心が軽い、凄く何でもできそうな気がする。


「癒しの光りよ傷を癒し塞げ」


 今まで使えなかった筈の長い詠唱が唱えられる。

 あはっ、ケルンさんのお蔭だ、ケルンさんが私に気付かせてくれたからだ。

 私を白い光が包んで背中の傷を、蹴られた場所を治していく。


「癒しの光りよ傷を癒し塞げ」


 そしてケルンさんにももう一度かけ直す。


「ケルンさん、私、もう大丈夫みたいです。でも、一緒にいてくださいね? 離れません、何をしても、どんなことをしても、何があっても」


 私はまだ意識が戻らないケルンさんに顔を近づける。

 そっと赤く染まる唇に唇を合わせた。

 吐息が漏れる、幸せだ。


「愛しています、何よりも、誰よりも、どんな物よりも、ケルンさん、私のケルンさん。私は貴方だけのリーゼになります」


 冷たい雨がほてった身体を覚ましていく。

 心地よい、ああ、私は今初めて生まれ落ちたのかもしれない。

 ケルンさん、一緒に行きましょう、生きましょう。

 どこまでも何時までもどんな時でも、私は必ずあなたの傍にいます。

 私はケルンさんに抱き付きながら意識が戻るのを待ち続けた。

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