011
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迷宮探索を始めてから一ヶ月程の時間が経った。
怪我をしなければ迷宮に潜り、帰ってきたその日一日、帰ってきたのが夜になればその翌日一日を休みにしてまた潜る、そんな事を繰り返し続けた。
最初のこ頃は一日スライムが数匹、少なくとも最低は三匹を倒して帰ってくるみたいな事が多かったが、そこそこ慣れて来てからは大体どのあたりにスライムが沸きやすいのか、どのあたりのゴブリンが出やすいのかが解るようになり、最近では一日二ケタに届くか届かないかのスライムを倒す事が出来るようになった。
ゴブリンは、一体から三体を潜った日に倒せれば良い方だ、リーゼの状態は大きく改善する事は無かったが、それでも少しは良くなってきている気がする。
最近では着替えを持っていく数を少なくしても問題が無くなってきていた。
だが今の現状一ヶ月も潜りながらいまだ一階の半分も探索が出来ていない、いや実際は半分もどころか全く出来ていないのかもしれないが、これだけ歩き回ったのだからせめて半分くらいは探索出来ていると思いたい。
「毎度、それ素材が銅だからそこまで丈夫じゃないよ。罅が入ったり大きなへこみが出来たら無理しないで買い替えないと駄目、気を付けて」
「ああ解った、色々助かるよ、ありがとう」
「良いよ、色々買いに来てくれるからね」
そしてスライムとゴブリンで少しずつ貯めた金で俺は小型の盾を買う事にした。
リーゼとある程度距離を開けて迷宮の中を歩けるのならばまだしも、現状では数m離れただけでリーゼは身動きが取れなくなってしまう。
戦闘中にスライム等に近づくために少し離れただけで震えながら足が竦んでいる位だ。
正直な話し迷宮に連れて行けるような状態ではない、無いのだが俺は迷宮探索を止める事は出来ない。
左手に円形の胴の盾を握り、重さを確認しながら軽く動かしてみる。
大丈夫だな。
それを確認してアウラにまた来ると伝えて店を後にする。
「リーゼポーションの残りってまだあったか?」
「はい、後一つだけ下級のポーションと解毒薬が残っています」
「それじゃあポーションももう一つ買いに行くか」
フードを深くかぶり込んだリーゼに確認し、人通りが多くなり始める前に俺達は移動する。
今の時間は早朝と言っても良い時間帯であり、まだ人はまばらにしか見えない。
人が多い時間帯だとリーゼが真面に動けなくなるという事が何度かあり、その辺りに気を付けなければいけないのでこんな時間帯だ。
アウラの店に開店と同時に入り込み、今はポーションを買う時にいつも利用しているあの人形が売っていた婆さんの店に向かう。
空は曇り空、雨が降りそうだ。
「リーゼ空模様が怪しいから少し急ぐぞ」
「解りました」
一つ確認してから小走りで店へと向かう。
リーゼもすぐにその後をついて来るのを確認しつつ、俺達はそれから直ぐに雨が降り始める前に店へと入る事が出来た。
「何時もポーションしか買えなくてごめんな」
「良いんだよ、ちゃんと無理せず帰ってきて、また買っておくれ。いつかもっと沢山の色んな物を買ってくれるのを期待しているからのう」
「直ぐには難しいが、欲しい物は沢山あるからな、金が溜まったら此処で必ず買いに来るよ」
「ほっほっほ、楽しみにしているよ」
そんなやり取りをしながら下級のポーションを一つだけ買う。
婆さんにまた来ると伝えて外に出れば。
「くそっ、やっぱり振って来やがったか」
ぽつぽつと雨が降り始めていた。
「あの、これを」
そんな俺にリーゼがすっとフード付きのローブを渡してくる。
「これは?」
リーゼが今まで来ていた物ではない、言に今もリーゼは何時ものローブを身に着けている。
「あの、必要になるかもしれないと思って作りました、えと、余り出来は良くないけど少しくらいなら雨も防げるかもしれないと思って、い、いらないならごめんなさい!」
「ああいや、そうか、作ったのか……凄いな。ありがたく使わせて貰うよ」
俺はあたふたとするリーゼに礼を言いながらそれを受け取る。
確かにパッと見ても縫い目等が結構荒く、裾の長さなどもあっていない。
だが着れないという事もなく、大きさ自体は問題ない事が解る。
俺はそれを被り、路地裏の雨が掛かりにくい場所を選びながら宿へと戻ろうとした。
大通りは軒下等の雨を避けながら進める場所がない、少し薄暗いが路地裏はごちゃごちゃしてる分雨を避けて通れる軒下等が多くあるのだ。
何度か通り抜けた事があるそこをリーゼと一緒に歩いていく。
この時の俺は油断し勘違いして忘れていた、迷宮にも慣れ外なら安心だと、それは間違いで外であっても、いや、外の方が人の方がよりいっそう危険だという事を。
路地裏の道を何気なく周囲に深く注意も払わずに進んでいた時だった。
「がっっ!?」
俺の頭に拳大の石が凄い勢いで飛んできたのだ。
それは俺の側頭部に当たり、パキと何かに罅が入る音が聞こえた。
俺はそのままどさっと水たまりが出来つつある地面に倒れ、視界が利かなくなる。
「えっ? え、あっ、け、ケルンさんッ!?」
そして遅れてそれに気づいたリーゼが悲鳴を上げながら俺に縋りついて来る。
「酷い、どうしよう、私じゃ治せない……あ、ぽ、ポーションっ!」
「使わせるわけねぇだろう? 馬鹿か?」
「きゃぁぁ!?」
慌てながらリーゼが俺の傍に座り込み、そんな事を呟きながら道具袋を漁ろうとしたところ、近くに何かが歩いて来る音が聞こえリーゼの悲鳴が上がる。
ガンっと何かを、恐らくリーゼをだろう蹴る音が聞こえ俺の傍からリーゼが離れて行くのが感じられた。
「づっり、ぜ」
ぐらつき飛びそうになる意識、視界はまだ利かず真面に身体も動かない。
「あぁ? まだ意識があんのかよ、取りあえずさっさと死んどけ」
「ぐがぁぁぁぁ!」
何かがそんな事を言いながら俺の背中に何かが突き刺さる。
ナイフ、刃が突き刺さる深さから恐らく間違いないだろう。
一度、二度、三度、四度と嬲るように何かは俺にそのナイフを突き刺した。
「あっ、ぐ、り、ぜ」
血が流れる、雨の冷たさもナイフの熱さも痛みの全ても感じられなくなっていく。
「ケルンさんっ! ケルンさんっ! はな、離してっ! いや! いやいやいやっ! ケルンさんっ!」
最後になるのか、無くなっていく意識の中で視界が少しだけ戻る。
その視界の中に腕を掴まれ嫌らしい視線でリーゼを根めるように見つめる男が見えた。
泣き叫びながらこちらに近づこうとしているリーゼも見える。
ああ、なんだ、本当にいざとなれば、動けるんだな、良かった。
意識がなくなる最後、俺はリーゼのそんな様子を見て安堵を覚えながら、生きなきゃいけないのにこれで死ぬのかと考えて意識が途切れた。




