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「取りあえず、今日は戻るか」
互いにある程度落ち着いてから俺はリーゼにそう告げる。
「あの、だ、大丈夫です。私なら大丈夫です」
もじもじとした様子ながら、同時に俺の言葉を聞いて凄く不安そうな表情でそう言ってくる。
いや、俺が大丈夫じゃないです。
「いや、取りあえずスライムのコアの欠片だけでも最低限今日の宿代位にはなるからな、無理しなくても良いだろう。……大丈夫だ、俺は約束は破らないから」
「あの、はい、解りました」
俺がそう言えば俯いて、小さくごめんなさいと言いながらもそう返事が返ってくる。
倒したゴブリンの耳を切り落とし、袋の中へと入れてから俺は道を戻っていく。
途中で腹が減り保存食を食べたりしながら数時間後、帰り道にスライムが一匹だけいたのでついでに倒して欠片を手に入れ無事に戻る事が出来た。
時間帯は朝方、外は暗いがしらけ始めるような時間帯のようで管理局の窓ガラスからその様子が見受けられる。
リーゼはフード付きのローブを被り直し、俺は依頼のカウンターへと向かって歩く。
受付にはうつらうつらしている男性が座っており、俺が声をかければビクッと身体を震わせ、誤魔化すような笑みを浮かべながら何かと訪ねて来た。
「スライムのコアの欠片の依頼の達成を確認してほしい」
「ああ、はい、えっと――――」
俺が袋からコアの欠片を出せば、その男性は手に取りながらその後重さをはかり確認作業を進めていく。
「はい、一個分ですね。端数はお返しします」
少しだけ多かった分が返ってきたので袋に戻し、依頼達成の二百ガルドを受け取った。
「またお願いしますね」
男性はそう言いながら俺から視線を外すとん~と声を漏らしながら体を伸ばしている。
俺はそこから離れ、管理局を出てから人気のない場所まで歩く。
朝方のこの時間帯、まだ人は殆どで歩いていない。
ちょこちょこと店の開店準備、朝食の仕込み等をしている人達がいる位だ。
周囲に人が全くいない場所まで来て俺は百ガルドをリーゼへと渡していく。
「えっ? あ、あの、私何もしてない、迷惑しかおかけしてないのに貰えません」
「いや駄目だ、受け取って貰う。PTを組んだ以上報酬等は均等に分けなきゃいけない」
「で、でも」
「これに関しては絶対だ、それが崩れるとPT何て組んでいけない」
「っ! ぁ、は、はい、わかり、ました」
少し冷たい風を感じ、徐々に日が昇り周囲が明るくなる中で俺とリーゼはそんなやり取りをしながら歩いていく。
日の光りで照らし出される街の中、木造の小さな民家、宿や料理店等の少し大きめの木造の店と、少し立派な石造りの店、それが広がる道は馬車が通れる程度に広めに作られている。
そんな広い俺とリーゼは今は誰もいない道の端をそれ以上会話もなく歩き続けた。
そして監理局から歩いて十分程度の場所、昨日も止まった宿に辿り着いて中へと入る。
宿と言っても宿と酒場が一緒になっている場所であり、中に入れば酔いつぶれテーブルの上で眠っている俺と同じアンサーの人達、もしくは街の住人達が見える。
俺はそれをちらりと見た後視線を直ぐにずらしカウンターへと向かい一泊頼むと告げた。
「お部屋はどうしますか? 一人用の部屋ですと朝食と夕食付で五十ガルド、二人用の部屋ですと八十ガルドになりますが」
「一人用ふた」「一人用一部屋か、二人用の部屋……お願い、します」
俺が言葉を言い切る前にリーゼが俺に俺の服の裾をひっぱり、縋りつくような視線でそう告げて来る。
そろそろ本当に我慢が限界に近いんで勘弁して貰えませんか?
そう、逆に縋るように、祈るようにリーゼを見るが、俺の意見なんぞ通る余地がなさそうだった。
くそがっ!
「……二人用の部屋を頼む」
そう言いながら俺は金を払う。
「はい、朝食は……直ぐに用意できますがどうしますか? 夕食は日が暮れてから声をかけてくれればお餅します」
「ああ、なら飯を頼む」
俺は鍵を受け取り、部屋の番号を聞いた後そう言いながら近くのテーブルに座る。
俺に引っ付く様に直ぐ隣にリーゼも座り、カウンターの人が大声で奥の厨房と思わしき場所に朝二つ! と声を掛け、その返事が返ってくるのが聞こえた。
お水はサービスだよ、とカウンターの人が言いながら水をくれ、俺はそれを煽りながら小さく息を吐き出す。
「あの、我儘ばかり、ご迷惑ばかりごめんなさい」
そしてリーゼは小さい身体を更に縮め、そう言ってくる。
「良い、余り謝らなくても構わない」
そう言いながら料理が来るのを待つ。
その後、小さくありがとうございますという言葉をリーゼが俺に告げ、運ばれてきた料理を平らげ部屋へと入る。
レザーアーマ―を脱ぎ捨て、身体を解し一息つく。
「水を汲んでくる」
そう言って部屋を出れば、そのすぐ後ろにリーゼもついて来た。
そうですよね、知ってた。
俺は気にしない様にそのまま宿の裏手にある井戸まで歩き、井戸から水を汲んで大きめの桶に水を貯めていく。
貯め終えた桶を運びまた部屋へと戻り、背負い袋の中に入れておいた綺麗な安布をリーゼへ放り投げる。
「終わったら呼んでくれ」
そう言いながら部屋を出ようとして服を引っ張られる。
お願いです、お願いです、外に出してください。
「……ごめんなさい」
「……扉のすぐ傍にいる、離れない、無理か?」
「ごめんなさい」
「……そうかぁ」
泣きそうな声でそう言われ、俺は肩を落とす。
俺は解ったと、小さく疲れた様な声になるのを抑える事が出来ずに返し、壁際ギリギリまで下がって壁を見つめる。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「さっきも言ったが、もうよい、頼むから謝るならなるべく早く終わらせてくれ」
「は、はい」
俺は耳を塞ぎ、目をつぶり、壁と対面しながら座り込む。
するすると、服が擦れ落ちる音が耳をふさいでいるのに聞こえてくる。
水が冷たかったのかリーゼの小さな「んっ」という甘く聞こえてしまう様な声も響く。
俺はより一層耳を強く手で塞ぐ。
時折ゴシゴシという布で身体を拭く音がそれでも聞こえ、早く終わってくれと祈り続ける。
何で俺はこんな目に合っているんだろう、泣きたくなった。
それから少ししてリーゼが近づいてとんとんと俺の肩を叩いたので、恐る恐る目を開き、耳から手を離して振り返る。
着替えて迷宮に入る前に来ていたワンピースの様な粗雑な布を身に纏っているの見える。
拭きが足りなかったのか、その服が肌に張り付き、服の下に何もつけていないのが解ってしまい俺は立ち上がる。
立ち上がって視線をそらしながら、水桶に近づき、そのまま新しい他の布を背負い袋から取り出して身体を洗おうとしてリーゼが恥ずかしそうに声を上げる。
振り返りそうになりながら、必死にそれを耐え、水桶の中の水が汚れているのに気づく。
そりゃそうだ、汚れてない訳がない。
俺は溜息を吐きながら布をもって桶を担ぐ。
黙ってそれを担いだまま部屋を出る、リーゼは当たり前のようについて来る。
って――――。
「いや、まて、リーゼ取りあえず部屋で少しだけ待てないか? 少しで良い、すぐに戻ってくる」
俺がそういうと、逃げられるとでも感じたのか、リーゼが抱き付きながらいやいやと首を振る。
止めてっ!
感触が、感触が、冷たいのにあったかくて柔らかい感触がっ!
悲鳴を上げたいのを必死にこらえ、俺は息を整える。
「に、逃げないから、あぁ、もう、取りあえずそれならローブをしっかり被り直せ」
「はい、あの、すぐ着ます、だから」
「解った! 解ったから、置いていかないから」
「は、はい、ごめんなさい」
トテトテと小走りで部屋の中に置いてあるローブを持ってきて羽織る。
そして戻ってきて俺の後について部屋を出る。
俺はそのまま庭にいき、水を捨て新しい水を井戸から汲んでいく。
もう面倒になり、その場で上を脱いで乱暴に身体を拭いていく。
下は適当にズボンを脱がずに拭い、これで良いと使った水を捨てて行く。
リーゼは頬を赤く染めながら何故か目をそらさずに俺を見たままだった、そこは目位反らせよと言いたくなったが言える訳もなく、俺は軽く桶を洗い、置いてあった場所へと戻していく。
そしてそのまま部屋へと戻り、疲れた様にベッドに座り込んだ。
部屋の中にはテーブルが一つ、椅子が二つ、ベッドが二つだ。
昨日の部屋より一回り大きいだけで、ベッドが二つ並ぶと殆ど余裕がない。
リーゼは、自分のベッドに行かずにそのまま俺が座った隣に密着する様に座り込んでくる。
……これは間違いを起こしてもそろそろ許されるんじゃなかろうか?
そんな事が頭に浮かびながら、俺は頭を振りながらこれからの事を話し合う。
「取りあえず、迷宮で今はまだゴブリンと合うのは難しいな」
「ごめんなさい」
「いや、もう良いって、仕方ない。まずは出来るだけスライムを倒して少しずつ金を貯める、そして少しずつでもゴブリンを見ても何とかなるようにしていこう」
「っ、が、がん、頑張ります」
「……ああ、悪いが頑張ってくれ」
部屋に置いて俺だけが潜る、そういう事が出来ればそれでも良い、見捨てられないんだ、それならそれでリーゼが離れていくまで面倒を見るのも別に良いと思ってる。
だがそれが出来ない、迷宮に潜る以外で金を稼ぐ方法もない訳ではない、だが俺は強くなりたい、死にたくない。
だから無理はさせる事になる。
「あ~あと、あれだ、明日迷宮にまた行くが、その前に着替えを少し買ってからにするか」
「あぅ、あの、は、はい」
何を言いたいのかは解ったのだろう、俯いて顔を赤くしながら頷いた。
ちなみに、テーブルの上には濡れた三角の布切れと、少し長めの包帯の様な布切れが干すように置かれている。
俺がいるのに、俺の視線があるのにと思いながらも、そこ以外に干せないし仕方ないのかと諦めるしかない。
なるべくテーブルの上を見ない様にしながら、時折視線が掠める。
くそがっ!
「明日からは出来る限り限界に近くなるまでは頑張って貰う、悪いが頼む」
「い、いえ! 私こそ本当にごめんなさい! あの、だい、大丈夫です、頑張れます! 頑張ります!」
「ああ、本当に悪い」
そんなやり取りをしながら疲れが、体力面だけじゃない色々な事が積み重なった疲れがそろそろ限界になりつつあった。
「取りあえず今日はもう寝る、お休み」
「あ、はい、おやすみなさい」
俺がそう言えばリーゼは立ち上がる。
そのまま布団をかぶり、久しぶりの布団の感触を味わいながら目を瞑る。
そしてすぐ隣のベッド、狭い部屋のせいでベッドは繋がるように設置されている。
そこにごそごそとリーゼが入り込んでいく音が聞こえ、掌が布団の下から伸びてくる。
「あっ、ご、ごめんなさい、でも……」
「…………」
くそがっ!
何かを言う事を出来ず、伸びて来た掌を握る。
嬉しそうにありがとうございますという声が聞こえてきたが無視した。
暖かなその掌を感じながら、流石に真面に眠れておらず、色々ありすぎて限界を超えていた俺は直ぐに意識を失う事が出来た。
本当に、本当に良かった。




